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【禍話リライト】「あかちゃんの人形」

平成の中頃の話だという。

Cさんは嘗て、関西のとある大学に在籍していた。

その大学の周辺は、どの物件も総じて家賃相場が高く、築年数の古いアパート等でもそこそこの家賃であったそうだ。

そんな中に異様に安いアパートがあったそうで、アパートの外にはわざわざ家賃が書かれていたのだという。

通う学生曰く、
「こんな安いのは、流石に気持ち悪い」
「中がボロボロ過ぎて、これ住民の物音がすごくて丸聞こえなんだろうな」
と、評価しており誰も住んではいなかった。

そんな中、新たに入学したNという学生が『安いから』と、そのアパートを借りたという話を、Cさんは耳にした。

一年生のクラス分けの場にてサークル勧誘等で来ていた先輩達から、
「お前すげぇな…」
「そんなところに入るなんて、お前大したもんだよ」
と、英雄呼ばわりされていたのをCさんは目撃していたそうだ。



そして入学して早一ヶ月。
ゴールデンウィークも明けた頃にCさんを含む学生達は、Nにその暮らしぶりを聞いてみることにしたそうだ。


「どう?不便か?」
「一個使えないクローゼットがあるんだよね」

「使えないクローゼット?ボロくなってるってことか?」
「いやそこ、人形が閉まってあんだ」

「え?誰の?」
「いや元からあるらしいんだよね、【あかちゃん】って人形が入ってんだ」

「【あかちゃん】って人形?赤ちゃんの人形じゃなくって?」
「人形は女の子位だけど、名称が【あかちゃん】なんだよ」



Cさん達は(気持ちわりぃな…)と、尋ねた事を若干後悔しつつも、今度はNのいう人形について聞いてみた。


「どんなのだ?」
「西洋人形で金髪なんだけど、着物に着せかえられてんだよ。かわいそうだよ、気の毒になぁ」

「どういう風に入ってるの?」
「クローゼットを開けると二段になっていて、その下側が木で出来た引き出しみたいになってて、そこ開けると【あかちゃん】がぐでぇって感じで、手足を投げ脱した感じで座らせられてあんだよ」

「おぉう……何それ………」
「そういうのがあって。普段閉めてていいんだけど、『週一位で開けてくれ』って大家さんに言われてるから開けてんだ」

「え!?で、ゴールデンウィークはどうだった!?お前も実家帰ったんだろ!?」
「あー、そん時はね、大家さんが鍵持ってから開けて入ってたらしいよ」
「お、おぅ…そうか………」

(めちゃくちゃ怖ぇな…やだなぁ……)等と、彼らは薄気味悪さを感じながら、Nからそこまで話を聞き出すことが出来たという。

流石に(お化けがそこに出る!)とまでは思ってはいないものの、住んでいる部屋の異常さから、アパートを管理している大家がやばい奴なのだと皆一様に感じていたそうで、Nの部屋に遊びに行こうと思う者はいなかった。



Cさん一人を除いて。

周囲が忌避感を持つ中、彼だけは逆に好奇心を刺激されてしまい、Nのアパートへ行ってしまったのだった。




Nの部屋に入り、早速件のクローゼットを見てみた。

年季が入ったボロボロのクローゼット。
そこを開けるとNの言っていた通り、下段に大きめの木箱状の引き出しがあった。

「開けていいのか?」
「いいんじゃない、別に」
「おう、じゃあ失礼しまーす」


Nの投げやりな返答を聞いた後に、木箱を開け中身を検めた。

木箱の中にそれはあった。
それは金髪の西洋人形だった。
しかし人形が着ていたのは着物だった。
どうやら本来着ていた洋服を脱がされ、無理矢理着物を着せられているような状態に見える。
また、その着物は市販のものではなく、手作りした物の様だった。

そんな何処か歪な人形が、手足を投げ出す様に広げて座っている。

全てNの言った通りの【あかちゃん】がそこに居たのであった。



「ウワァ、これが【あかちゃん】か………言われてみたら唇赤いな……」
「あ!それで【あかちゃん】かぁ!?」
「いや別に、(唇がすげぇ赤いな)って思っただけで、別にまぁ」

真っ赤に染まった人形の唇を見て、Cさんはその様に感想を漏らす。
それに呼応してNも声を発したが、Nは人形の名前の由来を知らない様子だった。

「いやぁお前が来てくれたおかげで、命名の由来が分かったよ!」

そんなNの感謝を聞きながら、改めて人形を見てみるが、他にこれといった発見は無かった為、木箱に戻しクローゼットを閉じたのであった。



そして夜。
ジュースを買いに行こうと、二人は外に出ようとした。
玄関に向かう廊下に出た時、Cさんはあることに気付いた。
Nの部屋は角部屋とのことだったが、部屋の向かい側にちょっとした空間があった。

(あれ?この空間なんだろうな?洗濯機とか置いてんのかな?)

よくそれを見てみると、恐らくは元々洗濯機が置かれていたのであろう空間であったことには間違い。
しかし今はその代わりに、部屋にあったあのクローゼット分が、ボコッと突き出ている形に見て取れた。

(あ!あのクローゼットって付け加えたんだ。後で!!)
Cさんがそれを理解できる位にあからさまだったという。


(確かにクローゼット側って何もなかったわ、壁に応じて押し入れとか!後で無理矢理クローゼット分、外側から付け加えたんだ!)

(うわー!!!きもちわりーかえりてーなになになに)

(言ってしまえばここは【あかちゃんの部屋】なんだ……【あかちゃん用に作られた部屋】………)



様々な考えや不安に駆られ、既に帰りたいもののNには『泊まりに来たい!』と言ってしまった手前、『怖いから帰る!』とは今更言いづらい。

Cさんは自分の軽率さを悔やみながらも、外に出た。

すると、更に嫌な事に気付いてしまった。



来る前は気に留めていなかったが、明らかに空き部屋が多い。
住まわせるにしても、わざわざあの部屋にこだわる理由はないはずだ。


(完全にヤバイ………)

結局Cさんは、まんじりともせずNと一緒に朝までジュースを飲みながらゲーム等をして過ごしたとのことだが、終始クローゼットから感じるプレッシャーに怖気づいていた。

(こわいな………こわいな……………)
と、気が気でなかったが幸いにも何事も無く夜が明け、無事帰ることが出来たそうだ。




そしてその日の夕方。

Cさんは、再びNと出会った。
すると、開口一番NはCさんに謝罪を入れて来たのだという。
しかし、その内容がまた妙なものだった。


「いやぁ……ごめんごめん見せたの悪かったみたいだわ。俺しか見て悪かったのかも……」

「え?どういう事?」

「いや、朝からね。大家さんが来てめちゃくちゃ急に怒られてね。別にカメラとかある訳じゃないんだけど、知っててさ」



(何コイツ普通に言ってんの?この異常事態を!?)

昨日あの部屋に居た人間は、自分とNだけである。
大家もそのアパートに住み込みでいるとのことなので、自分の来訪を知っていた可能性はある。

しかし、部屋の中で何をしていたのかを把握しているのは明らかにおかしい。



Cさんは大家の言動に内心驚きつつも、Nの話に耳を傾ける。


「『とりあえず一旦部屋から出てくれ!』『15分〜30分くらい出て行ってくれ!』言われて、部屋から追い出されてさ。
外出たけどさ、財布を忘れちゃって……。
戻ってきてすりガラスの窓からさっと見てみたら、大家さん夫婦が土下座してるっぽいんだよね、開けたクローゼットに向けてさ。
それ見て、(あらら…)って思って──」

その様に淡々と話すNを見て、Cさんは、(こいつ何言ってんだ……?)と、唖然としているが、それに構わずNは話を進める。


その後Nは、(土下座しているのを見られたら余計怒られる!)と思い、結局財布を取らずに再びアパートを出たという。

そして30分程時間を潰し戻ってみると、出入り口に大家の老夫婦が居たそうだ。

汗だくの顔を拭いながら大家の二人は、Nを怒るでもなく『もう勘弁して…そういうの勘弁して……』とひどく憔悴しきった様子で、そう懇願してきたのだという。


大家夫婦の異常な行動。
そしてそれを怖がるでもなく平然と語るNに、Cさんは辟易せざるを得なかった。

しかしそれで終わらなかった。


事が終わった大家夫婦が去り際に、Cさん宛に伝えてくれと、Nにこう話した。





「閉めた状態で謝って貰っていいか?」



それを聞いて、Cさんは『おぉう、そっかぁ……』と最早諦観しながら、首を縦に振る他なかった。

「どうしても言うからさぁ、頼むよー。夕べ見た時間より前にしなきゃいけないらしくて」
「お、おぅ……分かった。わかったわかった………」

結局二人はその足で、再びあのアパートに赴くことになった。




夕暮れ時にアパートに到着したが、既に異様な雰囲気が立ち込めている。

原因は光源の少なさだった。
アパートの外の明かりは、大家夫婦が管理していたが一つも点いておらず、そのアパートだけが真っ暗な闇に包まれていた。

「あれ…?暗いぞ……」
「大家さんが点けるんだけどなぁ」
「点けてから行こうか……」
「大元の電気は──」

と、アパートの敷地内に入ろうとした。
すると、その足元に何者かが地べたに座っていたのが分かった。

「うわぁ!!びっくりした……。何してんすか!?」

座っていたのは、大家夫婦の夫だった。


声をかけてみるが、夫はまともな反応を見せなかった。
ただひたすらに、小さく呻くような声を発しながら、唇を左手の二本の指でなぞり続けていたのだという。

その指と唇をよく見てみると、真っ赤に染まっているのが分かった。


(真っ赤だ!気持悪い!)

「何してんすか!?」



余りに異常な事態だった。
応援を呼ぶなり、介抱するなり何かしなくてはいけない。

そう思ったが、『これで明るくなったろう』と、Nが夫を無視して明かりと点け、『時間も迫っているから』と、Cさんに催促してくる為、一先ずNの部屋に急ぐことにした。



アパートの入り口。そのドアを開ける。
すると今度は、大家の妻が入口の床に座っていた。
見ると、妻も唇に何かを左手二本指で塗っているのが分かった。


塗られている箇所は、真っ赤に染まっている。


(何塗ってんだろ……)

色は真っ赤だが、どうも口紅っぽくはない。

よく見ると妻の手に何かが握られているのが分かった。





朱肉だった。





本来であれば印鑑に使うべき代物だ。

決して大の大人が、口紅代わりに顔に塗っていいものではない。




(ウワッ!!!)

そんな状態の人間に、なんと声を掛ければいいか分からない。
その結果、Cさんは咄嗟に「体に悪いですよ!」と、若干トンチキな声掛けをしてしまった。

しかし、妻はそれに対して「ンワァ……」と、夫同様にこちらに気付いているのかもよく分からない生返事じみた声を出すだけだった。


立て続けに見る大家二人のただならぬ姿に、Cさんは動揺を隠せずにいる。

しかし、Nはお構いなしに『時間無い!時間無い!』と急かしてくる為、妻も置き去りにしてしまった。


あまりにも奇妙な出来事が起こりすぎている為か、「じゃあこれもあとでな!なんか問題が山積やなぁ!」と、Cさんは場違いにも笑いながらそう話しつつ、Nの部屋に向う。




そしてNの部屋の前に着いた。

Nの部屋のドア。

その引き戸は既に開けられていた。



(開いてる…え?)

部屋の中に入り、室内を確かめる。

クローゼットも開いていた。



(え!?)

クローゼットの中も見る。

下段の箱も開いていた。




その中には、あの【あかちゃん】が見える。




『直ぐに部屋に入って謝れ』と言わんばかりに、Nの部屋の全てのドアが開いていた。

あまりにもおかしい過ぎる状況だ。

夕暮れも沈みかけた暗い部屋の中、Cさんは明かりを点け改めて確認する。






(ウワッ!!!首が右に曲がってる!?)



パッと見て、昨日見た人形と同一のそれではある。

しかしその首が明らかに右に傾げている。

それを見て、Cさんは咄嗟に(動いてる!!!)と思った。






しかし、それは誤りであった。








「スゲェな。育つんだこの人形」










(アア!!そうだ!!!)

Nのその一言で、Cさんは理解してしまった。




箱の中の人形は、僅かではあるが明らかに昨日よりも大きくなっていた。

成長し背が高くなってしまったが故に、箱の中で頭がつっかえていたのだ。

だから【あかちゃん】は、首を曲げざるを得えない状況にあったのだということに気付いてしまった。






「ウワァァァァァァ!!!!!!!」





Cさんは、もう限界だった。

Nも、大家夫婦も、【あかちゃん】も、全て無視してそこから逃げ出した。



あの人形の成長は微々たるものだった。
しかし、あそこはただのボロアパートのはずなのだ。
そこで、たった一晩で人形の素材が劣化するなどして変形し、身長に変化が現れる訳が無い。

仮に、大家夫婦やNが何か細工をしていたとして、Cさんに付き合わせる必要は無い筈だ。
そして、その種明かしがされたところで、彼らのこれまでの奇行やこのアパートの異様さに対する説明が付くとも到底思えない。





逃げ出したCさんが辿り着いたのは、借りてるマンションの自分の部屋だった。

取り合えず携帯の電源を切り、玄関の鍵を二重にかけ、念には念をといざという時に殴れるものを準備した。

Cさん宅は防犯設備が万全ではなかった為、もしこれから危害を加えんとする何かが来訪して来た時は、自分の力で対処する他なかった。

特にNは、Cさんのマンションを知っていった為、(来るんじゃねぇか……?来るんじゃねぇか………!?)と、怯えコーヒー等をずっと飲みながら、朝まで起き続けていったのだという。





極度の緊張と恐怖の中、時間だけが過ぎていき、やがて朝焼けが見えてきた。

Cさんは、何事もなく夜を越せたのだ。


(よかったぁ………)


朝日が部屋に差し込み、外からは小鳥のさえずりが聞こえてくる。

映画なら、ここからまもなく死がやって来る。

しかしここは現実だ。
そんな心配はない。

そんなことを思いながら、Cさんは7時頃に玄関のドアを開けた。






(いねぇな……よかったぁー!来なかったぁ…!)

外廊下に出て、ドアに背中を預けて安息を得た。

(よかったぁ……








ええ?)













ふと視線を落とした先にそれはあった。

ドアの低い場所。

そこに【リ】と書かれてあった。






朱肉の真っ赤な朱で。









(え、何これ?【リ】?ナニナニナニ!!?)





程なくして、理解出来てしまった。


それは【リ】と、書いているのではなかった。








ただ朱色に染まった指二本でドアをなぞっていただけなのだと。

その痕が【リ】に見えただけなのだということに…







(アアァー!!!指二本で誰かなぞってる!!!アア、コワイコワイ!!!)

Cさんは驚愕しつつも、取り合えず痕をウェットティッシュで拭き取り、その後は恐怖で震え続けていた。







そんなことがあった為、Cさんはその後そのマンションを引っ越した。

Nは、あの日以降大学に来ていないまま、音信不通になってしまったのだという。

Nやあのアパートに関わる全てについては、どうなったかは分からない。
Cさんはただ、Nが無事に地元に帰っている事を、祈っているのだそうだ。


「多分だけど、その人形の唇も塗ってたんだろうね…儀式で……。
それで【あかちゃん】……。多分そういうルールがあったんだなって………」

Cさんは、最後にそう言葉を漏らし、この話を締めくくった。



いくら安いからと言って、安易に手を出してはいけない。

そういうお話である。



出典:【禍話フロムビヨンド 第2夜+Q同時視聴】

(2024/07/06)(56:41~) より



本記事は【猟奇ユニットFEAR飯】が、提供するツイキャス【禍話】にて語られた怖い話を一部抜粋し、【禍話 二次創作に関して】に準じリライト・投稿しています。


題名は【ドント】氏(https://twitter.com/dontbetrue)の表記の題名に準じています。



【禍話】の過去の配信や告知情報については、【禍話 簡易まとめWiki】をご覧ください。


使用させて頂いた画像はこちらです。


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