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ispaceのミッション2打ち上げ時期がサクッと決まらないのは普通のことですよ
ispaceという日本発の宇宙ベンチャー(2023年に東証グロース市場に上場)が、まもなく年明け頃に月へ向けて月着陸船(ランダー)を打ち上げようとしています。2回目のチャレンジです。
私も上場ニュースでこの会社を知ってからは、動向を追ったりちょびちょび株を買ってみたりしています。
ただ、打ち上げへの期待が膨らむにつれ、打ち上げ予定日時の発表の仕方への細かい批判を目にし、なんだかモヤモヤしています。他人の言動にいちいち干渉しても仕方ないのですが、一言でまとめるとこうです。
そこらへんで凧揚げするんちゃうねん
都合のいいときだけ関西弁を持ち出してあれなんですが(関西出身なので許してちょんまげ)、なんかね〜もったいないんですよ期待・応援の仕方が。そこ重要ちゃうちゃう、てところを詰めても仕方ないというか。。
とはいえ、単なる私の認識不足もあるかもしれないと思い、多少根拠を固めるために参考になりそうな過去実績を調べてみました。
Falcon9に載せます
まず前提知識として、月面への着陸船そのものとそれを地上から打ち上げるロケットは別物です。ispaceは月面着陸船を造っていますが、打ち上げロケットの開発は行なっていません。
そのため、2024年9月のispace公式配信でも言及されている通り、SpaseX社のFalcon9というロケットに積まれて打ち上げられる予定です。
このSpaseXという会社、イーロン・マスク氏経由で知っている人も多いかとは思いますが、とんでもない回数の打ち上げを行なっています。2024年はすでに100回を超えているそうです。
SpaseXのことをあまり知らなかった私は知った当初、頭がついていきませんでした。莫大なコストと高度な技術が要求されるロケット打ち上げを年間で100回?? しかも最近は、打ち上げたロケットのブースターを回収(単体で正確に着陸させて)して『再利用』という概念を現実のものにしたSFみたいな企業です。
ispaceはこのSpaseX社の力を借りて宇宙空間へ着陸船を放ち、さらに月面への着陸を目指します。自社のロケットと打ち上げ場を使っているわけではないという点は、スケジュールを考える上で最低限押さえておきたいポイントです。
SpaseXはispaceのように様々なクライアントからの打ち上げ依頼を引き受けているため、サービス利用者向けのマニュアルも用意されています(上記リンクを開きページ最下部からUser's Guideをダウンロード)。
内容にざっと目を通すと、『7.4 SCHEDULE』や『8.1 OVERVIEW AND SCHEDULE』あたりがスケジュールに関連する箇所になるでしょうか。解説できるほどの知識はありませんが、とにかく細かい段階を経てやっと打ち上げに至りますってことです。
ちなみにミッション1と同様に(他にもTwitterで言及している方がいたので間違い無いかとは思いますが)、月着陸船は打ち上げられてから月面着陸まで3〜4か月ほど掛かります。燃料をたくさん積んでその推進力で時短到達する方法もありますが、燃料の最小化や着陸船の軽量化・ペイロードの最大化? などを狙って、ispaceではあえて時間を掛ける方法を選んでいると記憶しています。
HAKUTO-Rプロジェクト(ミッション1・2)を紹介したこちらのページに、ちょうどミッション1の航行軌道が載っていました。ご参考まで。
過去の打ち上げ事例
ispaceのミッション2を考える上で、参考になりそうな近年の打ち上げ情報をいくつか集めてみました。
■ 月着陸船の打ち上げ事例に絞ってピックアップしています
(追記:NASAのCAPSTONEは月着陸船ではなく衛星のプロジェクトでした。失礼しました。)
■ これ以外にも韓国・中国・インド・米国の打ち上げなどがあったみたいですが、すべて網羅するには時間が足りないため日本と米国の主要な事例と思われるものをピックアップしました
■ 小タイトルは月着陸船の「開発元」と「ミッション名? もしくは船名」です
■ ‘打ち上げ’ と ‘打上げ’ は各社・機関のプレスで表記揺れがありますが、本noteでは ‘打ち上げ’ で統一しています
ispace ミッション1
SpaseX社のFalcon9ロケットで打ち上げ
惜しくも着陸直前のトラブルにより民間企業で世界初の月面着陸成功は逃しましたが、重要な成果を残しました
2022/10/12
「最短で2022年11月9日~15日」の打ち上げを公表
(詳細日時は打ち上げの約10日前に決定予定と記載あり)
2022/10/31
月着陸船が打ち上げ地へ輸送完了
2022/11/02
イベント告知リリース内で「最短で2022年11月22日以降に予定」と記載あり
2022/11/17
予定日時を「11月28日(月)17時46分(日本時間)」と発表
2022/11/24
予定日時を「11月30日(水)17時39分(日本時間)」へ変更と発表
※ 天候不順→ ミッション1と同じ射場で先に打ち上げ予定の他社が延期→ 玉突き式にミッション1も延期、と説明あり
2022/11/28
ランダーのFalcon9ロケットへの搭載が完了
2022/11/30
打ち上げの「12月1日(木)17時37分(日本時間)」への延期を発表
※ SpaceX社のロケットに一部確認作業が必要となったことが理由で、ランダー自体の不具合は確認されていないと説明あり
2022/12/01
打ち上げの再延期を発表
※ SpaceX社のロケットの追加点検作業の発生が原因で、新たな打ち上げ日はSpaceX社との協議後に確定次第お知らせすると説明あり
2022/12/02
新たな打ち上げ日は12月3日〜6日のブラックアウト期間(計画軌道での航行が難しい期間)を考慮し、それ以降の日程で決定し発表すると追加発表
2022/12/07
新たな打ち上げ日時を「12月11日(日)16時38分(日本時間)」とすると発表
2022/12/11
予定通り打ち上げを実施したことを発表
JAXA 小型月着陸実証機(SLIM)
三菱重工業?のH-IIAロケット47号機で打ち上げ
私もYouTube中継を見ました
2023/03/31
宇宙基本計画工程表における2023年度初めの打ち上げ想定を、2023年8月以降へ延期・調整を行うと発表
※ H3ロケット試験機1号機の打ち上げ失敗原因究明を進めている & H-IIAロケットへの技術的影響評価を行った上で次の打ち上げに臨む→ 今月からSLIM打ち上げ準備作業に入ることは難しい & 月軌道投入可能期間も考慮する必要がある、と説明あり
2023/07/11
打ち上げ予定日時を「2023年8月26日(土)午前9時34分57秒(日本標準時)」と発表
2023/08/24
打ち上げを「8月27日(日)午前9時30分15秒(日本標準時)」に延期すると発表
※ 天候の悪化が予想されると説明あり
2023/08/25
打ち上げを「8月28日(月)午前9時26分22秒(日本標準時)」に再延期すると発表
※ 天候の悪化が予想されると説明あり
2023/08/28
本日の打ち上げ中止を発表
※ 高層風が打ち上げ時の制約条件を満たさないと説明あり
2023/09/01
打ち上げ日程は週明けに改めてお知らせすると補足発表
※ 打ち上げ中止以降、今後の天候の推移を含めた確認を行っていたものの、少なくとも週明けまでは天候の回復が見込めないと説明あり
2023/09/04
新しい打ち上げ日程を「9月7日(木)午前8時42分11秒(日本標準時)」と発表
2023/09/07
予定通り打ち上げを実施したことを発表
NASA CAPSTONE
Rocket Lab社のElectron rocketで打ち上げ
※ NASAのニュース情報が膨大かつ分かりづらかったため、Rocket Lab社のリリース一覧から情報を拾い直しました
※ CAPSTONEは、the Cislunar Autonomous Positioning System Technology Operations and Navigation Experiment の略だそうです
2020/02/14
NASAからlaunch providerとして選定された旨のリリース内に「2021年初め」を予定していると記載あり
2020/12/11
進捗報告のリリース内で「2021年Q2に打ち上げ予定」と記載あり
2021/02/09
別の先行ミッションのリリース内で「2021年Q3に打ち上げ予定」と記載あり
2021/08/06
CAPSTONE missionについてニュージーランドの打ち上げ場に変更し「2021年Q4に打ち上げ予定」と発表
2022/05/16
CAPSTONEの宇宙船がニュージーランドの打ち上げ場に到着した旨のリリース内で「5月31日に始まるlaunch windowに向けて」と記載あり
2022/06/23
「6月27日09:50 UTCに開始するlaunch window」に向けて準備中と発表
2022/06/28
「6月28日09:55 UTC」に打ち上げを実施したことを発表
Intuitive Machines Nova-C
SpaseX社のFalcon9ロケットで打ち上げ
この後2024年2月29日に、民間企業として世界初の月面着陸成功を成し遂げます
2023/10/27
「2024年1月12日開始のmulti-day launch window」に打ち上げ予定であると発表
2023/12/04
月着陸船Nova-CをフロリダのCape Canaveralに配送完了したと発表
2023/12/19
打ち上げ時期を「2月中旬以降のmulti-day launch window」に変更すると発表
※ 天候不順によりSpaceX社の打ち上げmanifestが変更された影響と説明あり(選挙戦でよく聞く ‘manifesto’ とは異なり「積み荷目録」の意味合いのようです)
2024/02/05
打ち上げ予定を「2月14日12:57 a.m. EST以降のmulti-day launch window」とすることを発表
2024/02/15
「2月15日 1:05 a.m. EST」に打ち上げを実施したことを発表
総括
影響要因
いかがでしょうか?
上に挙げた事例のように、ロケット打ち上げに延期や時期の微調整は付きものである、と私は認識しています。最初から「何月何日何時何分に打ち上げます!」と決め打ちするのは非常に難しいのです。
おおまかには次のような要因が観察されます。
打ち上げ時の気象条件(天候)
ロケット打ち上げ企業(SpaseXなど)や他の打ち上げ顧客とのスケジュール調整
月と地球の位置関係等を考慮した打ち上げ適格期間
緊急のメンテナンス(打ち上げロケット側の調整がほとんどか)
オンタイムであることは重要なのか?
ここで冒頭の『そこらへんで凧揚げするんちゃうねん』に立ち戻りましょう。
月着陸船の開発には、数年以上の歳月と数十億・数百億円レベルの資金が投じられています。失敗したからまた来月打ち上げましょう、というわけにはいきません。打ち上げ後はやり直しがきかず、また打ち上げられた後の月着陸船は大幅に柔軟な運用ができません。限られた燃料/限られた機材/限られた通信/限られた航行タイミングの中で計画通りに進めていくには、あらゆるリスクを最小限に抑えたベストのコンディションで一発勝負の打ち上げをやり切る必要があります。
もちろん計画やスケジュールを軽視することはよくありません。ミッションを達成するために計画に沿ってプロジェクトを進めることは重要です。ただし、それはあくまでも月面着陸およびその先のミッションを達成することが最重要テーマであって、開発・打ち上げ計画はそのための『手段』でしかありません。計画性を持って進めることは手段・手法であって、決して『目的』ではないのです。
計画通りに進めることに固執して結局ミッションが達成できなかったら、もはや意味が分かりません。“打ち上げ日を細かく調整する” という不確実性は『目的』を脅かす不確実性ではなく、むしろ目的達成の可能性を高めるために必要不可欠な不確実性・流動性であるという認識を持つことが大事ではないでしょうか。
日本人は時間通り・計画通りに物事を進めることを重視しかつ得意な性質があると思いますが、オンタイムで進めることの優先度はケースによって変動する、という点には留意が必要です。もちろん規模感・スパンにもよるので、急に「1年遅延します」とかだとまた話は変わってきますが。
ちょうどIntuitive Machines社(民間企業として世界初の月面着陸成功)のCEOが良い感じのコメントを残されていたので、以下に紹介します。
“There are inherent challenges of lunar missions; schedule changes and mission adjustments are a natural consequence of pioneering lunar exploration. Receiving a launch window and the required approvals to fly is a remarkable achievement, and the schedule adjustment is a small price to pay for making history.”
(Google翻訳:月面ミッションには固有の課題があり、スケジュールの変更やミッションの調整は、先駆的な月面探査の当然の結果です。打ち上げの時期と飛行に必要な承認を得ることは素晴らしい成果であり、スケジュールの調整は歴史を作るための小さな代償です。)
ドキドキしながら気長に待とうぜ
ということで、数週間や1〜2か月レベルの日程調整に一喜一憂して憤るのは、やはり過剰反応だと思います。
あと、もし(短期的な)株価の奮わなさを一方的に企業のせいにしているのならそれは勘違いです。大抵の場合、それはあなたに見る目がない(一人で勝手に上がると思い込んだ挙句自分の判断ミスを都合よく他人のせいにしている)だけであり、描いたシナリオが浅かったり(=知見が足りない)、不確実性の織り込みが不十分なだけです。
だからその程度の胆力しかないのなら個別株投資はやめなさい、と言いたいです(株主総会で存在感を発揮できるくらいまとまった株数を持っているのなら話は別ですが)。
ふう… すみません言い過ぎました。ネガティブな反応は期待の裏返しなので仕方がない面もあるとは思います。1企業としてのみならず、日本の、いや世界の宇宙進出・ビジネス発展への寄与が見込まれる中、誰もが成功を祈っているいう点で私たちは一致していると思います。
もう少し待てば、いずれ打ち上げとその後の月面着陸トライはやってきます。温かく辛抱強くワイワイと見守りましょう。
期待しています。RESILIENCEランダー
追記(25年1月23日)
打ち上げ予定日前に印象的なメッセージと動画が公開されたので、貼っておきます。
ispaceは別のプレスでも『失敗』という言葉を使っています。何かの記事にもなってましたが、自ら「失敗」という言葉を使うのは決して簡単なことではありません。ミッションへの覚悟と社内合意形成と株主対話が必要になることが容易に想像できます。率直にすごいなと思いましたし、この2文字には深い意味を感じました。
日本を、失敗できない国にしない
— ispace_HAKUTO-R (@ispace_HAKUTO_R) January 6, 2025
それもまた、私たちのミッションだと思う。
いつか人は、月に住めるようになる。
その成功の途中に、私たちはいる。
HAKUTO-R Mission2
月面への再挑戦、まもなく#日本を失敗できない国にしない pic.twitter.com/WFmujHpIRA
“私たちは2023年のミッション1軟着陸の失敗に臆することなく”
— うにぽん☮️ (@c0h66ant1er) January 1, 2025
自ら「失敗」という言葉を使うのはけっこうすごいことだと思う。社内合意形成も経て深い意味が込められている。
“誰かに未来をゆだねるのではなく
(中略)
自分達の手で開きます”
も決意を感じて良い。 https://t.co/m4Y458xiQc
また、年末に公開された質問回答集が芯を食っていておもしろかったので、これも紹介します。
![2024年12月19日に公開された適時開示「ミッション2進捗に関して頂いたご質問への回答公開」](https://assets.st-note.com/img/1737595451-sEc4kQwUdZzR01MOlLmn7yNC.png?width=1200)
打ち上げ日の公表にあたっては、打ち上げ業者である SpaceX 社及び共に打ち上げを予定している Firefly 社からの了承を得るまで、当社から公表することは出来ません。
この様に頭に「最速」と付ける表現は、SpaceX 社側との調整によるものであり、ロケットの打ち上げ日が変わりやすい当業界においては一般的な表現と言えます。
月面着陸成功までのスピードは重要であるものの、我々は単発の「レース」をしているのではございません。
当社にとっての競合だけでなく、打ち上げ業者も含め、月面産業に関連するプレイヤーが増え、複数存在することが市場の発展そのものであり、この流れは総じてポジティブなことだと捉えております。
RESILIENCEランダーは先日無事打ち上げられ通信も確保し、1月23日現在、万全の滑り出しで地球周回軌道を航行しています。月面着陸トライまで待ち遠しいですね。
'24/12/11 更新(一部加筆修正 & NASAのCAPSTONEについて大幅追記)
'25/01/23 最終更新(一部修正&新情報を追記)