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ロッキン・ソニック2025の思い出(後編1 Death Cab For Cutieを通じて)
海浜幕張に向かう電車の中で、自分は、高鳴る胸のトキメキを抑えられなかった。ロッキン・ソニックにおいて、一番観たかったのはPulp、ということは確かだけれど、この時間だと、多分、Weezerのみならず、Death Cab For Cutieも観れるかも…?そう思ったのだった。
Death Cab For Cutie。
自分とDeath Cab For Cutieの出会いは、2001年のことだった。
90年代というか、小学生の終わりくらいまで、B'zとか、サザン・オール・スターズとかを聴いていた所、ちょうど中学生になった姉貴が、「IN ROCK」なる、洋楽アイドル雑誌を購読して、Back Street Boysとか、Britney Spearsとか、当時流行っていたポップスを聴き始めたのだった。それなら俺も、何か聴いてみたい…という思いで買った、2000年の夏に出たGreen Dayの『Warning』こそが、自分にとって、新たな世界への入り口だった。当時、布団にくるまって、『ハリー・ポッターと賢者の石』を読みながら、『Warning』を聴いていた時の、なにか、自分の世界を見つけつつあるような、マジカルな感覚というのを、俺は、忘れたくない。そういった感覚を、ゆくゆくは、我が子にも味あわせたいものだ…と思っている。
ただ、Green Day的な、やんちゃで、パンキッシュな在り方、というのに、若干の精神的な相容れなさを感じていたころ、2001年に出たのが、Weezerの『Green Album』と、Death Cab For Cutieの『The Photo Album』だった。
今でも覚えている、Death Cab For Cutieの『The Photo Album』と出会ったのは、当時の愛媛の中心地にあったラフォーレなる商業ビルの最上階のTower Recordだった。当時、自分にとってそこは文化の最先端で、その、Tower Recordの試聴機に飾られているCDを一枚一枚、各々30分くらいかけて聴いていくのが、何より楽しかったのだけれど、なんか黄色っぽくて綺麗なアルバム・ジャケットに惹かれて、『The Photo Album』を聴いて、端的に、Green Dayや、Weezerよりも、グッと大人っぽいな、と思った。歌詞が、長くて、詩的で、色々言ってんな、と思った。ここでも、新たな世界が開かれるのを感じたと言っていい。
新たな世界が開かれるということ。10代から20代にかけて、そういった感覚を何度も味わうのは、それは、ある意味当たり前のことなのかもしれない。事実、「初めて◯◯する」ということの連続だからだ。愛媛の片田舎の農村地で生まれ育ったので、初めて市内というか、松山市に行った時の、大都会にやってきた、という、めまいのするような感覚は今でも覚えているし、初めてTower Recordに行って、こんなにたくさんCD置いてるお店があるの!?と思ったのもなんとなく覚えているし、Tower Recordの隣に(多分)Village Vanguardとかがあって、こんな、アンダーグランドな雰囲気のお店があっていいの!?と思ったものだった(今にして思うと、アホみたいな話ではあるが)。
それがどうしてだろう?自分が大学生になったくらいで、Tower Recordは潰れて、松山市内は急速にシャッター街になり、車でしか行けないような郊外に、エミフルMASAKIという、醜悪な、巨大なショッピングモールが出来て、以降、若者が出かけるのは、エミフルMASAKI一択という状況になってしまった。
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俺は、これを、非常に嘆かわしいことだと思う。というのも、エミフルMASAKIには、というか、AEON的な、郊外の巨大なショッピングモールには、無駄というものがないからだ。
Tower Recordで彷徨っていた頃の、物理的に把握出来る範囲の中に、とても数え切れないほどの小世界が広がっていて、じっくり探せば、思いがけないような拾い物というか、ある意味、自分が本当に欲しかったものが見つかりうる、というような感覚を、エミフルMASAKIではけして味わえないからだ。そこには、ユニクロはあるだろう。欲しかった、ヒートテックとか、靴下は手に入るだろう。厳密に在庫管理された、小規模なレコード屋さんもあるだろう。でも、そこには、無駄というものがない。隅々まで蛍光灯(?)の光で照らされて、全部が、想像の範囲内であるという、悪夢のような状況だ。
ということで、自分は、エミフルMASAKIに対して必要以上に憎しみを抱いている。それは、文化的な豊かさに対するアンチテーゼである、という風に思う。
ただ、本当にそんなに悪いものなのか?という疑念を感じないでもない。
単に「自分の子供時代と違う」から、拒否感を感じているだけではないか?
自分の子どもをエミフルMASAKIに連れて行ったら、自分が子どもの頃に感じたような、めまい的なものを感じるのではないか?
そういった事を考えている時に、ポール・オースターの『冬の日誌』という、自伝みたいな本を読んでいて、出会った一節にハッとした。
古きよき日々などに用はない。ふとノスタルジックな気分に陥って、人生を今より善くしてくれると思えたものが失われたことについて嘆いてしまうたび、君は自分に、ちょっと待て、よく考えろ、いまを見るのと同じ目でじっくりあのころを見てみるんだ、と言い聞かせる。
するとじきに、いまもあのころも大して変わりはせず、基本的には同じなのだという結論に君は行き着く。
そういうことなのか?
幕張に向かう電車に揺られながら、自分は、Death Cab For Cutieの、「The New Year」を聴いていた。
「I wish the world was flat like the old days
古き良き時代のように、世界が平らだったらいいのに
Then I could travel just by folding the map
そしたら、僕は地図を持って旅に出られるのに
No more airplanes or speed trains or freeways
飛行機も、新幹線も、フリーウェイも必要ない
There'd be no distance that could hold us back
そうすれば、僕らを隔てる距離なんてなくなるはずさ」
気がつけば、生暖かい涙が頬を伝っていた。
そう。海浜幕張駅が近づいていたのだ。
(続く)