【今日の日常の神秘】虫刺されと意識の話
久しぶりに虫に刺されたようなのだった。
ようなのだった、と表現するのは、実際に虫に刺されたかどうかは確認できないからである。
確かに、小さな黒い華奢な虫が自分の手に止まったのを見た。
しかしその虫が自分の手を刺したかどうかは定かではないのだった。
何故なら刺された実感がないからだ。
体感的には、その虫はふわりと自分の手にとまり、そして去った。
それだけだ。
しかしその数秒後、猛烈な痒みが我が皮膚を襲った。
丁度、先程虫がとまった箇所である。
見ると、虫がとまった箇所の皮膚には小さなふくらみが発生していた。
めっちゃ痒い。
我が脳味噌は、その現象を虫刺されと認定した。
かつて虫刺されに遭いやすく、しかも虫刺されの箇所が湿疹化し長患いし、オールシーズンその湿疹に悩まされていた時代から幾年月。
虫刺されという現象に徹底的に向き合い、観照し、虫刺されという現象を、虫という他者と自己との関係とそれに対する自己の反応のパターンとして捉え、気づきの契機としてきた。
少なくとも自分にとっては、虫刺され現象は、他者にエネルギーを吸い取られ、それに対して地味にダメージを食らうという反応のパターンの再現であった。
それが発生する時は、十中八九、自分と(虫に限らず人間を含む)他者との間に、類似の関係性のパターンが起きているのだった。
誰かと一緒に居ると、その誰かにエネルギーを奪われて疲労困憊する、みたいなアレである。
所謂お人好し、誰かに依存されやすい人、共依存の人、他者との境界の薄い人にはよくあるパターンである。
虫刺されが起こるたびに、その関係性のパターンに気づいては、他者との関係性を見直し、手放すことを繰り返してきた。
その結果、近年では滅多に虫に刺されなくなっていたのであった。
今年は自家製虫除けスプレーを作らずとも、虫刺され現象が起きずに済んでいた。
そして、今日、ものすごく久しぶりに、虫刺され現象が起きたのである。
まじかー。最近他人様との間になんかあったっけ…
と、思い返そうとしたが、痒すぎて記憶を呼び起こすどころの騒ぎではない。
一刻も早く楽になりたい。
原因を探るためにごちゃごちゃ記憶を反芻しているひまがあったら、しのごの言わずに今ここ・この瞬間の自分のエネルギーを整えればよいのだ。
そんなわけで、自分の身体全体を物体では無く、エネルギーフィールドとして捉え直した。
そして、自分というエネルギーフィールドを、宇宙の創造の源=ゼロである場に統合し、融かすイメージをした。
それでおしまい。
あとは待つだけである。
三次元はタイムラグがあるため、イメージワークをしても具現化には多少時間がかかるのだ。
イメージワークをして直ぐに痒みは軽くなったが、また振り返してくるので、意識のフォーカスを痒い場所から逸らした。
全体を意識して、自分の中心軸を整えた。
5分ぐらい経っただろうか。
虫刺されの痒みと皮膚の膨らみは跡形もなく消えた。
そういうことだよなあ…
子どもの頃から何十年も、虫刺されと虫刺されの後遺症の湿疹に悩まされた過去が嘘のようだ。
俺の意識は変わった。万歳!
反応しているのは自分だし、自分の意識がその現象を引き起こしているのだ。
もう、皮膚の痒みを虫のせいにしなくてもよいのだ。
意識を変えれば、起こる現象も変わるのだ。
もう原因を深掘りしなくていいし、シンプルに今ここ・この瞬間どうあるかだけにフォーカスしてればいいんだなあ。
宇宙はシンプルだ。
そして、宇宙は面白いのだ。