I'm going to like me⑤
◯◯が早桜大に入学してから、早1ヶ月が過ぎようとしていた。
オリエンテーションも終わり、履修登録も無事完了し、講義も本格的に始まっていた。
大学の講義は基本的に90分単位なので初めは高校との違いに戸惑ったが、講義によっては居眠りをしたりスマホをいじったりもできるので、それなりに上手くやっていた。
この1ヶ月の中で、◯◯にも三つほど変化があった。
一つ目は、家の最寄りにある居酒屋でバイトを始めたこと。
チェーンではなく個人経営の昔ながらの居酒屋だが、店主夫妻が優しく働きやすい環境だった。
まかないだけでなく、残った料理を持って帰らせてくれることもあり、一人暮らしの◯◯にとっては非常にありがたかった。
二つ目の変化は、和との仲が深まったこと。
◯◯「和さん、おはよう」
和「あ、◯◯くんおはよう!」
初めはずっと敬語で話していた◯◯だったが、和の方からいつまで敬語なのかとツッコミが入り、押し切られるようにしてタメ口で話すようになった。
そのおかげもあってかすっかり打ち解けたようで、良い意味で気を使わずに話せるようになっていた。
そして三つ目の変化はというと…
「相変わらず仲良いね〜お二人さん」
そう、和以外の友人ができたことである。
彼女の名前は菅原咲月。
和と同じ高校出身であり、和と一番仲の良い友人でもある。
和と同じように分け隔てなく明るく接するタイプのようで、和の紹介もあってすぐに打ち解けられた。
咲月は二人とは学部が違うが、同じ講義を受講することも多く、仲良くなった今では三人でいることも多くなっていた。
◯◯「3限の課題っていつまでだっけ?」
和「確か来週までだったと思う」
咲月「え!?課題なんか出てたっけ!?」
和「出てたよ!先週言ってたじゃん!」
咲月「完全に寝てた…」
◯◯「しょうがない、後でLINEで課題内容とノートの画像送っとくよ」
咲月「さすが◯◯様!いや〜、持つべきものは友達だねぇ!」
和「もう、さっちゃんは本当調子良いんだから……◯◯くん私にも見せて」
◯◯「いや和さんもかい…」
こんな感じで和や咲月に振り回されることも多いが、二人のおかげで楽しい大学生活を送っていた。
そんなある日、姉から1通のメッセージが届く。
『前に芸術サークルに入ったって言ってたから、これ送っとくね〜。数人ならこれで入れるからサークルのメンバーでも誘って!』
姉が送ってくれたのは、とある美術展の電子チケットだった。
◯◯(せっかくだし、さくらさんと和さんに声掛けてみるか…)
サークル活動の時間、◯◯はさくらと和を誘ってみることにした。
◯◯「…というわけなんですけど、よかったらどうですか?結構ボリュームがある美術展なので、ゴールデンウィークにでも行こうかなと」
和「え、行きたい!好きな芸術家の作品が出展されてるらしくて、前から行きたいって思ってたんだ!」
◯◯「さくらさんは?」
さくら「私も行きたかったけど、ゴールデンウィークは実家に帰省する予定なんだよね…残念だけど今回は行けないや」
◯◯「そうですか…」
◯◯は和の方をちらりと見る。
和も◯◯と同じことを考えていたのか、こちらを見ていたようで目が合ってしまった。
◯◯「二人になっちゃうけど大丈夫?」
和「私は全然大丈夫!◯◯くんは?」
◯◯「僕も大丈夫だよ」
和「じゃあ決まりだね!」
さくら「ごめんね。私は行けないけど、二人で楽しんできてね」
和「はーい!」
◯◯「ありがとうございます」
こうして◯◯と和は、ゴールデンウィークに二人で美術展に行くことになった。
帰りの電車内、和はるんるんとした様子でスマホをいじっていた。
◯◯「ご機嫌だね、そんなに楽しみなの?」
和「そりゃそうだよ!好きな芸術家の作品が見られるんだし、それに…」
◯◯「それに?」
和「◯◯くんとデートだもん」
◯◯「で、デート!?」
驚いてつい声が大きくなってしまい、周りの乗客に白い目で見られてしまう。
和「じょ、冗談だよ!そんなに驚かないでよ」
◯◯「あ、そうだよね…」
◯◯の反応にすっかり和も恥ずかしくなってしまい、つい冗談だということにして誤魔化してしまう。
二人の間に気まずい雰囲気が流れる。
◯◯「そういえば、和さんの好きな芸術家って誰なの?有名な人?」
◯◯は空気を変えようと和に質問した。
和「うーん、最近少しずつ出てきてる人だから分かんないかも…この人なんだけど」
和はスマホでプロフィールを検索して、◯◯に見せた。
画面を見た◯◯は、一瞬驚いたような表情をして言った。
◯◯「…え、本当にこの人?」
和「そう!◯◯くん知ってるの?」
◯◯「いや、まあ、そりゃ知ってるけど…」
和「?」
◯◯の反応に、和は不思議そうな顔をする。
◯◯(そっか、和さんにも話してなかったんだっけ。だったら…)
◯◯「和さん、美術展に行く人なんだけど、一人増えてもいい?」
和「え?うん、全然いいけど…」
◯◯「まだ確定じゃないから、決まったら連絡するね」
和「うん、分かった」
和は二人じゃないということに少しショックを受けつつも、一体誰が来るのだろうと疑問に思うのだった。
その日の夜、◯◯は姉に電話で連絡をしていた。
◯◯『チケットありがとう。サークルの友達と二人で行くことになった』
姉『そっかそっか!◯◯にも無事友達ができたみたいでお姉ちゃん嬉しいよ』
◯◯『それでなんだけどさ、一つお願いがあって…』
◯◯は姉に事情を説明した。
◯◯『…ってことなんだけど、どうかな?』
姉『確認するからちょっと待ってね…』
少し経って、再び姉の声が聞こえる。
姉『うん、大丈夫そうだよ』
◯◯『よかった。申し訳ないんだけど、お願いしてもいい?』
姉『もちろん、可愛い弟の頼みだからね。…それにしても珍しいね、◯◯が私にお願いなんて』
◯◯『まあちょっとね…』
姉『ふふっ、良い友達ができたんだね。それじゃあ、色々決まったらまた連絡してよ』
◯◯『OK、ありがとう。…それじゃ』
姉『はーい、おやすみ〜』
通話を終えた◯◯は、ホッと一息つく。
◯◯「久し振りに姉さんと話した気がする。忙しいはずなのに時間作ってくれて感謝だな…」
やはり◯◯が一方的に苦手意識を持っていただけで、いきなりの頼みにも嫌がることなく、むしろ頼られて嬉しそうな様子だった。
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そして迎えたゴールデンウィーク初日、美術展に行く約束の日を迎える。
美術館の最寄り駅で待ち合わせの予定であり、◯◯待ち合わせの5分前に着くが、和は既に到着していた。
◯◯「和さん、お待たせ」
和「ううん、全然待ってな……って、ええぇぇぇぇ!?」
和は◯◯を見て、いや正確には、◯◯の隣にいる人物の姿を見て、驚きの声を上げたのだった。
第5話 -完-
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