僕と五百城さんの46日戦争 ①
Prologue
台風で延期となり、遅れて開催となった地元の夏祭り
親が町内会の役員のため、○○も手伝いに駆り出されていた。
人の波が一旦落ち着いたので、休憩のため階段を上り人気の少ない神社の境内に出ると、そこには夏祭りの会場をじっと眺める浴衣姿の少女がいた。
○○(初めて見る子だな…)
彼女は○○の存在に気がつくと、軽く会釈をして微笑んだ。
「いい町やね、ここ」
○○「うん。のんびりしたいいところだよ」
「私な、関西から引っ越してきたんよ。どんな所か不安やったけど…上手くやってけそうな気がするわ」
○○「そっか…上手く馴染めるといいね」
「あ、急に話しかけてごめんな?そろそろ行くわ」
彼女はそう言って立ち去ろうとするが、慣れない下駄のせいか、ちょっとした段差に足を取られ躓いてしまう。
○○(危ない!)
○○は咄嗟に彼女を抱き止めた。
○○「大丈夫?」
「あっ…ありがとう」
彼女は頬を少し赤らめながら、○○から身体を離した。
「へへ、なんか君とはまた会えそうな気がする!それじゃあ、お祭り楽しんでな!」
そう言って手を振りながら立ち去る彼女の後ろ姿を、○○はじっと目で追っていた。
○○(綺麗な子だったな…また会えるかな)
名前も知らない彼女のことが、○○の心の中に深く残った。
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1日目
「なあ聞いた?今日から転校生がくるらしいぞ」
「まじ!?女の子かな?可愛い子だったらいいな」
朝、教室に入るなりクラスメイトの中ではその話題で持ちきりだった。
○○(転校生か、そういえば昨日の子も引っ越してきたとか言ってたっけ…)
転校生という言葉に、○○はふと昨日の少女の姿を思い出した。
そんなことを考えているとチャイムが鳴り、担任の教師が教室に入ってきた。
「みんな席に着け〜!知っている人もいるとは思うが、今日からこのクラスに転校生が入ることになった!」
一同(ザワザワ…)
「はい静かに〜!じゃあ入ってくれ」
ガラガラという音と共に教室の扉が開くと、そこには見覚えのある姿があった。
「はじめまして!兵庫県から来ました、五百城茉央です!」
綺麗な黒髪を靡かせながら笑顔でお辞儀をした彼女は、間違いなく昨日○○が出会った少女だった。
茉央「よろしくお願いします!」
クラスメイトからは歓迎の拍手と歓声が上がる。
そんな光景を眺めながら、○○は昨日の出来事を思い出していた。
○○(まさかとは思ったけど、本当にあの子だったなんて…)
「じゃあ席はあそこの空いてる席に座ってくれ」
空いている席とは○○の隣だった。
茉央「はい!」
そう返事をして席へと向かう茉央は、○○に気づくとパッと顔を輝かせた。
茉央「あ!君もこの学校やったんや!」
○○「うん、偶然だね」
茉央「へへ、やっぱりな。なんかまた会える気がしたんよ。これからよろしくな」
茉央はそう言って微笑みながら、隣の席に腰掛けた。
休み時間になると、茉央の周りにはあっという間に人だかりができた。
「彼氏いるの?」
「好きな食べ物は?」
次々に投げかけられる質問を茉央は一つ一つ丁寧に答えていく。
そんな様子を見守っていると、不意に目が合う。
そして彼女は微笑みながら、こちらに向かって小さく手を振ってきたのだった。
放課後になり帰る支度をしていると、茉央に声を掛けられた。
茉央「○○くんの家って昨日の神社の方面やんな?もしよかったら一緒に帰らへん?」
○○「うん、いいよ」
茉央「やった!ありがとう!」
こうして二人は一緒に帰ることになった。
帰り道、他愛もない話をしながら歩いていると、突然茉央がこんなことを言い出した。
茉央「○○くんは、今付き合ってる人とかおるん?」
○○「いや、いないよ」
茉央「ほんま?…じゃあもし、茉央が○○くんのこと気になってるって言ったらどうする?」
○○「え…?」
突然の告白に思わず動揺してしまう○○だが、茉央はすぐに笑いながら言った。
茉央「なんてな、冗談や!もしかして本気にしてもうた?」
○○「なっ…からかわないでよ…!」
茉央「あはは!ごめんごめん!結構可愛いとこあるんやな」
楽しそうに笑う茉央の横顔を見て、○○は少しだけドキッとしてしまった。
その後も歩いていると分かれ道に差し掛かった。
茉央「あ、茉央の家こっちやから、ここでお別れやな」
○○「そっか、じゃあまた明日」
そう言って別れようとするが、茉央は何やら考え込んでいる様子だ。
茉央「…そうや!茉央と勝負せえへん?」
熟考の後、茉央は唐突にそんなことを言い出した。
○○「勝負?」
茉央「そう!茉央と○○くんとで、どっちが相手を好きにさせられるか勝負や!」
○○「えっ!?そんな急に言われても…」
茉央「ええやん!勝った方が負けた方に何でも命令できるってことで!」
○○「でも…」
茉央「もしかして、負けるのが怖いん?○○くん、案外ヘタレなんやなぁ〜」
煽るような口調でニヤニヤとこちらを見てくる茉央に、○○も思わずムキになってしまう。
○○「…わかった!やるよ!」
茉央「お!そうこなくっちゃな!」
こうして、二人の恋の駆け引きが始まったのであった。
茉央「それじゃあ、明日の朝もこの場所で!ほな、また明日な!」
○○「え!?いやちょっと…!」
茉央は言うだけ言って足早に走り去ってしまった。
○○(流れで勝負することになっちゃったけど、明日から大丈夫かな…)
明日からの波乱を予感しつつも、どこか楽しみにもしている○○だった。
○○「あ、明日の時間聞いてないじゃん…」
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2日目
○○「さすがに早すぎたかな…?」
茉央が何時に来るか分からず、いつもより30分早く家を出た。
「だーれだっ?」
突然背後から伸びてきた手に視界を塞がれる。
○○「…まさのり?」
茉央「こーんにーちはー!ってなんでやねん!」
○○「おぉ…本場のノリツッコミだ。」
茉央「それにしても早ない?約束の時間より大分前よな?」
○○(あれ、時間伝えたつもりでいるのかな?それなら…)
○○「五百城さんと一緒に登校できると思ったら楽しみで早く起きちゃって…」
茉央「……」
○○(やばっ、さすがにキモかったか?)
茉央「きょ、今日のところはこれぐらいにしといたるわ!///」
○○(うーん、これはズッコケた方がいいのだろうか…)
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3日目
昨日は○○に早速上手く転がされてしまった茉央。
茉央(でも、今日はそうはいかんで!)
○○「おはよう五百城さん」
茉央「おはよう。なあ、今日の茉央いつもとどこか違うと思わへん?」
そう言って茉央は○○に顔を近づける。
○○「ど、どこかって?」
茉央「ほんまに気付かへん?ほら、よく見てやぁ」
茉央は更に距離を詰める。
○○「ち、近いって…」
茉央(ふふ、ほんまは別にどこも変わってへん。けど、これだけ近付かれたら少しは意識するやろ!)
○○は顔を赤くしながら茉央と距離を取ろうとする。
そんな○○に茉央はすかさず追撃をかける。
茉央「もしかして…照れとるん?」
すると、○○は顔を逸らしながらも言った。
○○「…当たり前じゃん。そりゃこんな可愛い子に顔を近づけられたら照れるよ…」
茉央「…っ!///」
○○の言葉に思わずドキッとする茉央だったが、なんとか平静を装う。
茉央「そ、そうなんや…。まあ、そう言ってもらえて光栄やわ…」
まさかのカウンターで形勢逆転を許し、今日もKO負け寸前の茉央であった。
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4日目
休み時間、○○はスマホでゲームをしていた。
茉央「へえ、ゲーム好きなんや」
画面を見た茉央が話し掛けてくる。
○○「まあ人並みだけどね。五百城さんは何か好きなものあるの?」
茉央(せや!)
茉央「茉央が好きなのは…○○くんやで?♡」
○○「……」
茉央「どうや…?ドキッとした?」
○○「いや…それが本当ならもう僕の勝ちじゃない?」
注:二人は惚れた方が負けという勝負をしています
茉央「あっ…!や、やっぱり今のなし!」
どこか空回りする茉央。しかし…
○○(今のは心臓に悪い…)
飄々として見える○○にも、実はしっかり効いていたのだった。
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5日目
茉央「あっという間に金曜日やなぁ…」
○○「なんでテンション低いの?明日から3連休なのに」
茉央「休みの間は○○くんと勝負できひんやん?それに茉央まだこっちにほとんど友達おらんし…」
茉央は寂しげな表情を浮かべている。
○○「…そういえば、明日母さんに買い物頼まれてたんだよね」
茉央「?それがどうかしたん?」
○○「一人じゃつまんないから、誰か話し相手として一緒にきてくれたら助かるんだけどな〜」
○○は白々しい顔をしながら言った。
茉央「…なんや、もしかしてデートのお誘い?」
○○「いや違うけど」
茉央「即答かい!ちょっとくらい考えてくれてもええやん!」
○○「ごめんごめん(笑)明日予定あった?」
茉央「特にない…けど」
○○「じゃあ一緒に行かない?この辺りの案内も兼ねてってことで」
茉央「…しゃあないなあ。茉央が一緒についてったるわ」
茉央は満更でもない表情を浮かべ嬉しそうだ。
○○(なんだかんだ言って、五百城さんも引っ越してきたばっかで寂しいんだな…)
そんなことを考えていると、不意に茉央が口を開いた。
茉央「なあ…」
○○「ん?」
茉央「その…明日楽しみにしとくな!」
照れているのか、顔を伏せながらそんなことを言う彼女はとても可愛らしく見えた。
○○(やっぱり可愛いな…)
どんな小細工よりも、自然体の彼女の言葉や仕草が一番○○にとって魅力的に映っているのだった。
その日の夜、○○が部屋でのんびりと過ごしていると、スマホの着信音が鳴った。
○○(あれ?五百城さんから電話だ)
あの会話の後にLINEを交換し何通か明日についてのやり取りをしていたが、突然の電話だった。
○○『もしもし』
茉央『あ、○○くん?今何しとったん?』
○○『部屋でゆっくりしてただけだよ』
茉央『そっか!実はな…明日楽しみで寝られへんねん』
○○『遠足前の小学生みたいだね…(笑)』
茉央『もう!茉央だって女の子なんやで!?少しぐらい可愛いって思ってくれてもええやん!』
○○『あはは、ごめんごめん』
他愛もない話をしながら過ごすこの時間を、○○も心地良いと感じていた。
茉央『…なあ、またこうして時々電話してもええ?』
○○『別に構わないよ』
茉央『ほんまに!?やったー!じゃあまた明日!』
そう言って一方的に切れた通話。
しかし○○は不思議と寂しさを感じなかった。
○○(はは、相変わらず慌ただしいな…)
そんなことを思いながら、明日また彼女と話すことが待ち遠しいと思う○○だった。
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6日目
翌朝、集合時間の30分程前に待ち合わせ場所に着いた○○だが、既に茉央の姿があった。
どうやら向こうも同じことを考えていたようだ。
○○「五百城さん、おはよう」
茉央「おはよう!○○くん来るの早ない?」
○○「五百城さんこそ…」
茉央「ふふ、そうやね。…それより、何か他に言うことないん?」
○○「え、うーん…」
○○は改めて茉央をまじまじと見つめる。
いつもの制服とは違い、パンツスタイルの私服姿は新鮮で、彼女のスタイルの良さを際立たせていた。
○○は難しい言葉ではなく、思ったままを素直に口にした。
○○「私服…可愛いよ。凄く似合ってる」
茉央「そ、そう…ありがと…」
半ば言わせたような形ではあるが、あまりにストレートな言葉に頬を赤らめて俯く茉央。
茉央「…よかったぁ」
聞こえないように呟いたその声は、安堵と喜びを含んでいた。
二人は地域で一番大きいショッピングモールにやってきた。
茉央「そういえば、お母さんに何頼まれてたん?」
○○「家のドライヤーが調子悪くてさ、新しいの買って来いって。五百城さんは何か見たいのある?」
茉央「茉央は服が見たい!これから寒くなってくるから秋冬のが欲しいなって」
○○「なるほど…じゃあ僕は家電コーナー見てくるよ。五百城さんも自由に見てて」
そう言ってその場を離れようとすると、不意に腕を掴まれた。
○○「え?」
振り返るとそこには頬を膨らませた茉央がいた。
茉央「そんなん寂しいやん…!せっかく一緒に来たのに…」
○○「いや…でも、服のこととかよく分からないし」
茉央「茉央と一緒に回るの嫌なん…?」
首を傾げながら潤んだ瞳で見つめてくる茉央に思わずドキッとする。
○○「い、嫌じゃないけど…」
茉央「…なら決まりやね!ほら、早よ行くで〜!」
そう言ってけろっとしている茉央に、強引に腕を引っ張られる。
○○「ちょ、ちょっと…!」
茉央「うふふ…」
楽しそうに笑う茉央。
そんな彼女を見て○○はやれやれという表情を浮かべながらも、掴まれた手を振り解くことはしなかった。
それからは二人で過ごす時間を思う存分楽しんだ。
お互いに似合う服を選んだり、最新の家電の進化に驚いたり、ペットショップで動物の可愛さに癒されたり…
そんな時間はあっという間に過ぎ去っていき、そろそろ帰る時間になった頃、二人はゲームセンターにやってきていた。
茉央「○○くん凄いなぁ。茉央は何回やっても取れへんかったのに、一発で取っちゃうなんて」
茉央は自分の顔よりも大きなペンギンのぬいぐるみを、嬉しそうに抱きながら言った。
○○「たまたまだよ。五百城さんのおかげでだいぶ取れやすくなってたから」
茉央「…なあなあ、最後にあれ撮らん?」
茉央が指差した先には、プリクラの機械があった。
○○「ええ…僕はいいよ、撮ったことないし」
茉央「大丈夫!最近のはめっちゃ盛れんねんで!」
○○「いや、そういうことじゃなくて…」
またしても茉央の勢いに押し切られ、二人で撮影ブースに入る。
そして…
茉央「あははっ、○○くん表情硬すぎやって!」
出来上がったプリクラを見て、茉央が笑い転げる。
楽しそうな表情でポーズを決める茉央とは対照的に、○○はどこかぎこちない笑顔を浮かべていた。
○○「だから嫌だって言ったのに…」
茉央「平気やって!可愛く撮れてるから」
○○「そういう問題じゃ…」
言いかける○○だったが、茉央があまりにも嬉しそうにシートを眺めていたので、それ以上は何も言わなかった。
帰り際、
茉央「今日は楽しかったわ!またお出掛けしよな!」
○○「うん。また行こう」
茉央「あと…手出して?」
言われた通り手を出すと、そこに何かを握らされる感覚があった。
○○「これは…キーホルダー?」
茉央「買い物いっぱい付き合ってもらったし、今日の記念にと思って…。いらんかったら捨ててくれてええから」
茉央は少し恥ずかしそうにしながらそう告げる。
○○「…ううん、ありがとう。大切にするよ」
○○はキーホルダーを握り締めながら答える。
茉央「ぬいぐるみにプリクラに、宝物がいっぱい増えてもうたわ…。ほな、また来週学校でな」
○○「うん。また学校で」
茉央(ほんまはな、宝物もう一つあるねん。けど…これは茉央だけの秘密や)
そんなことを考えながら帰路につく茉央の手には○○にあげたものと色違いのキーホルダーが握られていたのだった。
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7日目
茉央は自分の部屋でぬいぐるみを抱きしめながら、昨日の余韻に浸っていた。
茉央(お出かけ楽しかったなぁ…)
そんなことを考えていると、不意に部屋のドアがノックされた。
茉央「はーい」
返事をすると、ドアの隙間からひょこっと顔をのぞかせたのは母だった。
母「…なにニヤニヤしてんの?」
茉央「え?そ、そんな顔してた?」
慌てて両手で頰を揉みほぐす。
母「してたわよ。まさか好きな子でもできた?」
茉央「で、できてへんわ!」
茉央は頰を赤らめながら反論する。
茉央「それで、何の用やったん?」
母「あ、そうそう。お昼ご飯できたから呼びに来たのよ」
茉央「はーい、すぐ行くわぁ」
そう言い残して母が部屋を去ると、茉央は一人ベッドの上で呟いた。
茉央「好きちゃう…よな?」
自分に言い聞かせるようなその呟きは、誰に届くこともなかったが妙に熱を帯びているのだった。
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