I'm going to like me②
翌朝、◯◯は目覚ましの音で目を覚ました。
◯◯(うぅ…まだ眠い…)
昨晩の疲れが残っていたのか、まだ寝足りないような感覚だったが、渋々ベッドから起き上がった。
この日は入学式の後、新入生向けのオリエンテーションが予定されている。
◯◯(最初が肝心だし、しっかりセットしないと…)
まだ数える程しか着ていない綺麗なスーツに袖を通し、寝癖のついた髪を整え、新品の革靴を下ろす。
◯◯(うーん、意外と時間ないな。朝はコンビニで買って食べるか…)
ベッドの上でダラダラしていたのと、慣れない髪のセットで余計な時間を使ってしまったようだ。
◯◯は急いで支度を済ませ、家を出て最寄りのコンビニに向かうのだった。
サンドイッチとカフェラテを買い、コンビニを後にして駅へと向かう。
道中で朝食を食べ終え駅に着くと、ちょうど電車が着いたところだった。
◯◯「お、ラッキー。幸先良いな」
◯◯は満足げに呟き、電車に乗り込むと車内を見渡した。
しかし、座席が埋まっていて座る場所がない。
◯◯(げっ…座れないのか…)
コロナの影響でテレワークが普及したことで多少マシにはなったものの、◯◯が利用する東西線は混雑率が高いことで有名だ。
幸いピークは過ぎていたため身動きが取れない程ではなかったが、座席が空く気配はなかった。
◯◯(うーん…まあ、仕方ないか)
◯◯は吊革に掴まり、スマホを取り出しニュースなどをチェックして時間を潰すことにした。
しばらく電車に揺られていると、1件のLINEが送られてくる。
送り主は姉からで、入学を祝うメッセージと、一人暮らしの◯◯を心配する文面が綴られていた。
正直、◯◯は姉に対し苦手意識を持っていた。
姉弟仲は決して悪くないのだが、幼少期から周囲に優秀な姉と比較されて育っており、自身のコンプレックスを増長させる存在として認識している。
それでも無碍にはできないため当たり障りのない返信をしていると、いつの間にか大学近くの駅へと到着していた。
◯◯は電車を降り、大学へと向かう。
今日から◯◯が通う"早桜大学"は、私立ではかなり上位の偏差値を誇る名門大学である。
この大学に合格している時点で十分上澄み側の人間なのだが、「運が良かっただけ」と◯◯は考えている。
そんな◯◯が何故この大学を選んだのかというと、これくらいのレベルの大学でないと両親が納得しないと思ったからだ。
特段この大学に強い思い入れがあったわけでは無かった。
駅から少し歩くと早桜大学の正門に辿り着き、受付で入学式の会場を聞いた後、指示に従って講堂へと向かう。
学部ごとに座席が分かれているらしく、◯◯は自身が所属する文学部の座席を確認して腰を下ろした。
◯◯(やっぱり新入生だけあってみんな初々しいなあ…。まあ、自分もそう見えてるんだろうけど)
講堂の中はかなり混雑していて、新入生同士の会話の声で騒がしい。
◯◯(それにしても色んな人がいるな…)
話すような相手がいない◯◯は、周囲の観察をすることで時間を潰していた。
春休み中に染めたのだろうか、ピカピカのスーツとは対照的な金髪の学生も散見され、「正直似合ってないなあ」などと失礼な感想を抱いた。
ふと隣に視線をやると、綺麗な黒髪を靡かせた美少女が目に入る。
◯◯(うわ、めちゃくちゃ美人…)
つい目が釘付けになってしまったが、彼女も◯◯同様一人で座っているようだ。
◯◯(あ……)
その姿を見て既視感を覚える。
◯◯(この子、昨日の…)
そう、彼女は紛れもなく、昨日◯◯が酔っ払いから助けた女の子だった。
◯◯(改めて近くで見ると、とてつもない美人だな…)
あまりにぽけーっと見惚れていたので、不意に彼女と目が合ってしまう。
「あ……」
◯◯は気まずくなりすぐに目を逸らすが、彼女も気付いたようで、◯◯の方を見て口を開いた。
「あの…昨日はありがとうございました」
◯◯「え!?ああ、いや、大したことはしてないですよ。同じ大学なんて偶然ですね」
◯◯は彼女の顔を見てドギマギしながら返答する。
「本当に助かりました。昨日はちゃんとお礼できてなかったので…」
◯◯「いやいや、気にしないでください!本当に全然大したことしてないんで…」
「ふふ…優しいんですね」
そう言って彼女は微笑んだ。
◯◯(…ああ、こんな笑顔向けられたら、大抵の男は勘違いするなぁ)
そんなことを思いながら、この時ばかりは自身の自己肯定感の低さに感謝した。
「それでは、まもなく入学式を開式いたしますので、皆様ご着席ください」
そろそろ間がもたないと思っていたので、アナウンスが入り◯◯はホッと胸を撫で下ろした。
「ふふ、続きはまた後で…」
◯◯「あ…はい」
そう返した直後、講堂内の照明が落とされ、入学式が始まった。
◯◯(ふわぁ…大学の入学式といってもやっぱこんな感じか。お偉いさんのありがたい話ばかりで退屈だなぁ)
欠伸を嚙み殺しながら横目で隣を見ると、彼女はしっかりと前を向いて話を聞いていた。
◯◯(よく眠くならないなぁ…)
その後も眠気と戦いながら、時折隣を見て彼女の横顔を眺めつつ式は進んでいった。
入学式が終わり、◯◯は大きく一つ伸びをした。
◯◯(あー、終わった終わった。昼食べてオリエンテーションまでゆっくりしよ)
荷物をまとめて席を立とうとすると、隣の彼女が話しかけてきた。
「あの、すいません。この後お時間ありますか?」
◯◯「え?あ、はい…大丈夫ですけど」
突然のことに驚きつつも返事をすると、彼女は嬉しそうに微笑んだ。
「よかったらこの後お昼一緒に食べませんか?」
◯◯「え!?あ、はい…僕でよければ」
今後の進展などは全く期待していなかったが、せっかくこんな美人が誘ってくれたので、ご一緒させてもらうことにした。
「よかった…それでは行きましょう!」
◯◯(結構積極的なんだな…。あ、そんなことより名前聞いてないや)
◯◯「あの…」
「はい?」
◯◯「自己紹介…してなかったですよね?僕は、池田◯◯っていいます」
彼女は顎に指を当てて少し考え込んだ後、恥ずかしそうに口を開いた。
「そういえばそうでしたね…!井上和です。和風の和で"なぎ"です」
◯◯「井上さんですね。よろしくお願いします」
和「あ、和でいいですよ?私も◯◯くんって呼ぶので!」
◯◯「えっと…じゃあ、和さんで…」
和「むぅ…」
◯◯(しまった!なんか不機嫌にさせてしまったみたいだぞ…)
◯◯が慌てていると、彼女は少し考えるような素振りを見せた後、悪戯っぽく笑った。
和「まあ、いきなり呼び捨ては難しいですよね?いいですよ、今はさん付けで」
◯◯「は、はい…すみません」
和「ふふ、謝らなくてもいいのに。それじゃ行こっか?」
いつの間にか話し方も敬語ではなくタメ口に変わっていた。
◯◯(きっと距離感が近い子なんだろう。勘違いしない…勘違いしない…)
すっかり和にペースを握られている感じがしてならなかったが、不思議と悪い気はしなかった。
この出会いが自分を大きく変えることになるとは、この時の◯◯はまだ知る由もなかった。
和(グイグイ行き過ぎて引かれてないかな?でも仕方ないよね…)
(…よかったらこれ、使ってください。テスト、頑張りましょうね)
和(私を"二度も助けてくれた人"にこうしてまた会えたんだもん)
第2話 -完-
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