とある若頭の高校生活⑦
次の日、待ち合わせ場所に着いた◯◯だが、まだ七瀬の姿は見えなかった
◯「ちょっと早く着きすぎたかな…」
「だ〜れだっ?」
カップル同士の待ち合わせのお約束ともいえる行為
こんなことをするのは一人しかいない
◯「…七瀬だろ?」
七「へへ、正解!そんなことより◯◯、遅刻やで?」
◯「いやまだ20分前なんだけど。いつから待ってたんだ?」
七「1時間前から!楽しみ過ぎて早く着き過ぎてもうた」
◯「はは…まじかよ」
七「それじゃ行こか!今日はよろしくな?」
◯「おう」
まずは、七瀬が行きたいと言っていた原宿に行くことにした
実は◯◯も来るのは初めてで、竹下通りの人の多さに圧倒されていた
七瀬もやはり年頃の女子らしく、色々な写真を何枚も撮ってSNSにアップしていた
その一方で◯◯は、タピオカミルクティーを飲みながら、「この黒いやついらなくね?」という元も子もない発言をしていた
続いて、ゲーム好き七瀬の希望で秋葉原に行くことにした
さすがの品揃えで、最新作から古めのマニアックなものまでやずらっと並んでいた
◯「相変わらずゲーム好きなんだな」
七「うん!実際にプレイするのはもちろんやけど、こうやって眺めてるだけでも楽しいわぁ」
その後は浅草に行き、仲見世通りで食べ歩きをしながらぶらぶらと歩いた
楽しい時間は過ぎるのが早く、あっという間に辺りは暗くなっていった
七「なあなあ!最後にあそこ行きたい!」
◯「ん?」
七「綺麗やなぁ〜!それにやっぱり通天閣の何倍も大きいなぁ!」
◯「スカイツリーか、俺も登るのは初めてだな」
七「今日はありがとう」
◯「いいよ礼なんて、俺も楽しかったし」
七「あんな、◯◯に言いたいことがあるんやけど…」
◯「どうしたんだよ改まって」
七「今日一日一緒にいて改めて思った。やっぱりなな、◯◯のことが好きや。だから…」
「ななと付き合ってくれへん?」
その雰囲気から、七瀬が冗談で言っているわけじゃないことは◯◯にも分かった
◯「…ありがとう。七瀬の気持ちはめちゃくちゃ嬉しいよ」
七「じゃあ…」
◯「でもごめん、七瀬とは付き合えない」
七「…いくちゃん?」
◯「…ああ」
七「そっかぁ、また振られてもうたなぁ…」
◯「…悪い」
七「謝らんといてや、余計に悲しくなるやろ」
◯「いや…」
七「最後に一つだけお願い聞いてくれん?」
◯「ああ、俺にできることなら」
七「明日ななと一緒にお祭り行ってほしい」
七瀬のいうお祭りとは、小さい頃に何度か一緒に行った地元の祭りだった
◯「…分かった。行こう」
七「ありがとう…」
沈黙が続き気まずい雰囲気が流れるが、七瀬がおもむろに口を開いた
七「…そろそろ帰ろっか」
◯「ああ、送ってくよ」
七「ううん、大丈夫。今日は一人がいいんや」
◯「そっか…分かったよ」
七「今日はほんまにありがとう。楽しかった」
◯「俺も楽しかった」
七「◯◯、また…な」
◯「ああ、また明日な」
七(…あほ)
七瀬の突然の告白で、自らの気持ちに気付いたように見えた◯◯
罪悪感からお祭りの誘いをOKしてしまったが、正直気まずかった
◯(どんな顔して会えばいいんだよ…)
そして次の日、同じように早めに待ち合わせ場所に着いた◯◯だったが、またしてもそこに七瀬の姿はなかった
◯「またどっか隠れてんのか…?」
しかし、待ち合わせ時間を30分ほど過ぎても七瀬は現れない
◯「はは、嫌われたのかもな…帰るか」
しかしその時、息を切らしながらこっちに向かってくる人物がいた
「はぁ…はぁ…遅くなってごめん!」
◯「え…なんで…?」
そこには、自分が人生で初めて恋をした相手、生田絵梨花の姿があった
生「ごめんね。いきなりなぁちゃんから連絡もらったから、浴衣の着付けに時間が掛かっちゃって」
◯「七瀬から…?一体どういうことなんだ?」
生「予定が変わって、大阪に早く帰ることになったから代わりに行ってくれって頼まれたの」
◯「俺そんなこと聞いてな… あ、あいつまさか…?」
その時携帯が鳴った
七瀬からのLINEだった
その頃、大阪に向かう新幹線の中
七「芝居なんて慣れないことはするもんやないなぁ。…しっかりな、◯◯」
そう呟いた七瀬の目からこぼれ落ちた何かが、一つの恋の終わりを告げた
◯「くそっ…見送りくらいさせろよバカ野郎…」
生「◯◯…?」
◯「悪い、もう大丈夫だ。…こんな形になっちまったけど、改めて俺と祭り行ってくれるか?」
生「うん、もちろん」
◯(…ありがとな、七瀬)
予期せぬ形で、二人きりの初デートとなった
二人並んで屋台の間を歩きながら、◯◯はなんとも言えない違和感を感じていた
◯(あれ、絵梨花ってこんな可愛かったっけ…?)
乃木高でもトップクラスの美少女であることは承知の上だが、いつもより魅力的に見えていた
ドンッ
生「いたっ…!」
◯「大丈夫か?」
生「うん、平気。ちょっとぶつかっただけだから」
◯「そっか、それならよかった」
生「それにしても、人多いね…」
◯「結構大きい祭りだからな、この後花火も上がるみたいだし」
生「あのさ、◯◯…」
◯「ん?」
生「はぐれちゃいそうだから、手繋いでてもいい?」
絵梨花自身も七瀬に背中を押されたこともあり、今日はいつもより積極的だった
◯「あ、ああ… いいけど」
そんな絵梨花の積極的な行動と繋いだ手から伝わる温もりに、珍しく◯◯も動揺していた
◯「祭りの屋台ってワクワクしねえ?食い物とかなんかいつもより美味く感じるしさ」
生「分かる!正直値段とか結構高いけど、ついつい買いたくなっちゃうんだよね」
◯「食べたい物あったら何でも言ってくれよ。急に誘っちまったみたいだしおごるよ」
生「いいの!?」
◯「ああ、遠慮しなくていいよ」
生「じゃあ〜 焼きそばにたこ焼きでしょ、あとフランクフルトといか焼き!」
◯「…え?」
生「幸せ〜! ◯◯ありがとっ」
◯「すっげえ…」
結局その後デザートでチョコバナナにかき氷まで完食し、ご満悦の絵梨花だった
◯(絵梨花が大食いだってこと忘れてた… 勢いで格好なんてつけるもんじゃねえな…)
◯「それにしても人多いな… これじゃあ花火見れないかもな。いい場所は取られちゃってるだろうし」
生「それなら、私穴場知ってるよ!行こ!」
◯「お、おい、待てって」
手を引かれるがままに、◯◯は絵梨花についていった
生「ついた!ここだよ!」
◯「確かにいい場所だな。ここからなら綺麗に見られそうだ」
生「でしょ?ここのお祭り毎年来てるんだけど、お気に入りの場所なんだ〜!」
誰と来たんだ?なんて聞けるわけもなく、◯◯が一瞬不安そうな顔をしたのを絵梨花は見逃さなかった
生「あ、今男の子と来たんじゃないか?とか思ったでしょ?大丈夫、去年はまいやんと来たから!安心して?」
◯「べ、別にそんなの気にしてねえよ」
生「ふふ、それならいいんだけどね」
その時、大きな音と共に花火が上がった
生「わぁ… 綺麗」
◯「おぉ…」
二人は隣り合って座り、夜空に上がる無数の花火をしばらく見つめていた
生「ねぇ、◯◯?」
◯「ん?」
「私ね、◯◯がこの学校に転校してきてくれて、こうやって出会えて本当によかった」
「…ああ。俺もだ」
そして絵梨花は、そっと目を閉じた
鈍感な◯◯にも、それが意味することは分かった
花火の音さえかき消すのではないかというくらい、心臓の鼓動が高鳴っていた
二人の影が重なろうとしたその瞬間
〜🎶
◯◯の携帯の着信音が鳴った
突然の不意打ちに二人は顔を背けてしまう
◯「ごめん」
生「ううん、平気」
電話自体は設楽組の組員からで、報告のための定期連絡だった
◯「悪い、知り合いからだった。大した用件じゃなかったわ」
生「あ、そうなんだ…」
◯「…なんか喉乾いちまったな。ジュース買ってくるからちょっと待っててくれ、すぐ戻ってくる」
気まずさに耐えられず、◯◯は逃げるようにその場を離れた
◯(くそ、だっせえ… 気まずくなってつい逃げちまった)
飲み物を買いに行くなんていうのは、その場から離れるための口実だった
◯「とりあえず飲み物買ってすぐ戻るか…」
屋台がある方に歩いて行くと、何やら辺りがざわついている
◯「はぁ、喧嘩か何かか?」
見ると、高校生くらいの女子が、強面の男たちに絡まれている
「お嬢ちゃん、やってくれたなぁ。どうしてくれんだよ?高いんだぜこのシャツ」
「す、すみません…」
どうやらナンパではないようだが、男にぶつかった拍子に服に飲み物をかけてしまったらしい
気が弱いのか、彼女はかなり怯えているようだった
人目が多いので傍観していた◯◯だったが、男たちのある単語が耳に入る
「俺たちはここら一帯を仕切ってる『武勇会』の人間だぜ?」
◯「!!武勇会だと…?」
その言葉を聞いた◯◯は人混みをかき分け、その中に割って入った
◯「お前らがこの辺を仕切ってるって?笑わせんな、武勇会さんよ」
「ああ?誰だテメェは?」
◯「設楽◯◯、って言えば分かるか?」
「設楽だと!?」
「◯◯っていえば、組長の息子で若頭の…」
◯「今日はせっかくの祭りの日だ。それに人目も多い。手荒なことは無しでいきてえんだが、どうしてもってんなら、場所を移そうか?」
「さすがにここであいつと揉めるのはまずいな」
「ちっ… おいお前ら行くぞ!」
そう言うと男たちはその場を後にした
◯「俺の顔を知らなかったところから見ると末端だろう。それにしても、武勇会がどうしてうちのシマに…?」
「あの…」
声の方を見ると、先ほど絡まれていた女の子が立っていた
「私、遠藤さくらって言います。助けてくれてありがとうございました」
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◯「え、遠藤さんも乃木高なのか?」
遠「はい…乃木高の2年生です」
その後話していると、彼女も乃木高の生徒だということが分かった
◯「今日は一人で?」
遠「いえ…友達と一緒です」
友達と一緒に祭りに来ていたが、どうやら人混みに流されてはぐれてしまったらしい
絵梨花を待たせているため早く戻らなければいけないのは分かっているが、また絡まれないとも限らないので、友達と合流するまでは一緒にいることにした
遠「ごめんなさい、助けてもらった上に一緒に待ってもらっちゃって…」
◯「気にすんな。さすがにあの後で遠藤さん一人置いていけないしな」
遠「あの、私の方が後輩ですしさん付けはやめてください。さくらで大丈夫です」
◯「ん?ああ、分かったよ」
ドンッ
遠「きゃっ…!」
その時、人波に押されたさくらがバランスを崩す
ガシッ
が、間一髪で◯◯が抱き抱える
◯「怪我してないか?さくら」
遠「は、はい…」
◯「そっか、ならよかった」
遠(き、距離が近い)
もちろん不可抗力だが、何の下心もなくこういった行為をやってのけてしまうあたりこの男はタチが悪い
「ふーん、そういうことだったんだ」
神様はどうしてこんなにも残酷なのか
絶望的なタイミングで、今一番会いたくない相手に見られてしまう
◯「絵梨花…」
生「ずっと待ってたのに、一緒に来た相手ほっといて他の女の子と回っちゃうんだ」
◯「違うんだ、これは…」
生「何が違うの?抱き合ってたじゃない」
遠「あの、誤解なんです。先輩はただ…」
生「いいのよ、私たち別に付き合ってるわけじゃないから。"ただのクラスメイト"でしょ?〇〇」
◯「………」
怒りとも悲しみともとれる眼差し、そしてその瞳から流れる涙を前に、◯◯は何も言い返すことができなかった
生「私、帰るから。◯◯なんて… 大っ嫌い」
絵梨花はそう言い放つと足早に去っていってしまった
遠「あの… 先輩、ごめんなさい。私のせいで…」
◯「あぁ、いいんだ、さくらが気にすることじゃねえよ」
遠「でも…」
◯(何浮かれてやがったんだ俺は)
実際、自分の立場を忘れる程に、友人たちに気を許していた自分がいた
しかし、いくら仲良くなろうと自分はヤクザであり、交わることはない
◯(そうだよ…あいつの言う通り。ただのクラスメイトだよ、俺たちは)
◯◯の心の扉が再び閉ざされていく音がした
「さく!ごめんね、はぐれちゃって」
◯「友達来たみたいだな。それじゃ、俺は帰るぜ」
遠「あ…」
その場を後にする◯◯の背中は、助けてもらった先程よりもどこか小さく見えた
遠「先輩…」
「さく?何かあったの?」
遠「うん…実はね…」
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