見出し画像

崩落する優雅な都--映画『アデーレーー名画の帰還』2015年

 本作は、古き良き時代の都ウィーンから逃れてきた老婆の過去と彼女が長年気にかけていたクリムト作の叔母の肖像画、それを取り戻そうとする同郷の若い弁護士の法的劇がテンポよく展開され、飽きさせない(本作サイト)。

 ホロコーストの物語であり、法廷ドラマでもあり、かつ当時のウィーンの人びとや芸術家たちのドラマでもあるといった多面的な面を散漫になることなく上手く畳み込んでいる。
 
 それにしてもウィーンは魅力的だ。当時ウィーンでは、ユダヤ人をはじめ多民族が入り混じり、古さと革新が危うい均衡を保っていた。そのことがフロイト、ハイエク、カール=ポパー、クリムト、シューンベルク、マーラーなど世界的な文化人を多数輩出したのだろう。しかし、この危うい均衡とその矛盾はヒトラーの登場を許し、意図も簡単にその世界は崩落してしまう(参考:シュテファン・ツヴァイク『昨日の世界』1942年)。

   このことが人びとの興味を引くようで、この崩落を映画にしたものにウェスアンダーソン『ブダペストホテル』2014年、ニコラウス・ライトナー『17歳のウィーンーーフロイト教授人生のレッスン』2018年がある。いずれも、優雅さとその後のユダヤ人やマイノリティの過酷な運命が暗示されている。
 
 こうした優雅さと崩落は、どの時代のどの国でも起こる。日本も穏やかな崩壊過程にあり、その悲劇が日々生まれているだろう。そして、崩落による喪失は半世紀かけて取り戻せればいい方で、一生かかっても取り戻せないこともある。それでも、人は悲劇になぜだか魅了されるものらしい。
*画像はWikipediaより


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?