アイスを買いに
昼食を食べたあと起きていられない。ホットカーペットの出力を「強」にして、簡易的な枕に頭をもたせ、簡易的な毛布をかぶってラジオをかけたままこの時間まで寝てしまっていた。外は暗い。
パーソナリティーが今日の天気とか週末の天気とかあとなんか楽しげなことについて話しているのを意識の端々に捉えながら、わたしは何か深刻な夢を見ていたらしい。目が覚めて右の手のひらを見ると、親指以外の全爪の食い込んだ痕が刻まれていた。愛のために闘っていたのか、夢の中のわたしは。
寝ているあいだにも何度かよぎったことだが、ホットカーペットの上で寝ていたので喉がカラカラだ。アイスが食べたい。ここは直球の、バニラが。15分くらいかけてコンビニに行く決心を固めて立ち上がると、テーブルの上に昼食後に飲もうと思って淹れたコーヒーが置かれているのが目に入った。すっかり冷め、湖のようにうち静まった水面がまだ眠っているかのようだ。ひとくち飲んで、わたしは上着を掴んで外に出た。
マンションから3分程度のところにあるコンビニで、わたしはまずトイレ掃除シートを手に取る。数日前掃除をしたときに切らしてしまっていた。女所帯だが、わたしも娘もなるべく早くトイレを済ませたいのかどうしても便座裏の前の方が汚れる。小便に前のめりな女たち。それから、コンビニ店舗の真ん中あたり、レジに向かうレーンに沿って置いてあるアイス売り場に足を運ぶ。ここのセブンイレブンはアイスのセレクトに愛情が感じられない店で、いつも変わり映えのしないラインナップが、それでもそれぞれに何か使命を果たすべく陳列されている。何かとても美味しいアイスが食べたいぜ、というときには向かないが、今日のように心が決まっているときは話が早い。わたしはセブンオリジナル的なソフトクリームをひとつ、やや乱暴に掴むとレジに並ぶ。袋は断った。
マンションの部屋に戻り、玄関に入ってすぐ右にあるトイレのドアを開ける。トイレ掃除シートをしまっておくためだ。食品をトイレに持ち込むのも少々抵抗があるが、トイレ掃除シートをリビングに置いておくのもはばかられる。小さな倫理観がわたしの中で戦ったのち、「だってトイレの前、今通ってるじゃん」が勝利した。漫画のうんこみたいな形のソフトクリームを持ち込みながら、トイレのタオルかけに掃除用品を入れるべく提げている袋にシートを入れる。トイレの神様に見つかったら「神聖なるトイレにそんなうんこっぽい形状のものを持ち込むとは、けしからん」とか言って雷を落とされたりするんだろうか。くわばらくわばら。
廊下の壁に設置してあるつっぱりラックに雑に上着を引っかけ、ダイニングの丸椅子に座り、ソフトクリームの容器を開ける。こうして、まんまとトイレの神様の怒りからも逃れ、バニラのアイスを食べるに至ったのだ。なんとなくチョコじゃなくてよかったと思った。アイスがよりうんこっぽいことで、神様の怒りも激しくなりそうだ。わたしは美しくらせんを描いたソフトクリームにかぶりつく。テーブルには相変わらず冷めたコーヒーが、湖のように静かな水面を湛えてこっちを見ていた。
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