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僕がひろったケルベロスと、お休みの過ごし方

「あなたたちにはアルバイトをしてもらいます」
「アルバイト?」

「働いてもらうってこと」
「この間も言ってましたね」

「うちの店、人いないし、店長も適当な人だから多分行けると思うんだよね」

ハンバーガーチェーン店は、人気な割に従業員数が少なく、常にアルバイトの募集が出ている。

それに、それぞれがバラバラのところでやっているよりも俺が監視できる場所でアルバイトをしてもらった方がこちらとしてもありがたい。


「はい!質問!」
「はい、テレサ」

「ゴシュジンはどんなアルバイトしてるんですか!」
「まずゴシュジンはやめろ。そんで、俺のアルバイトはハンバーガーショップだな」

「はんばーがー?」
「お前らがまだケルベロスだった時にあげたやつ、覚えてないか?」

「あー!あれ美味しかったよね~!」
「うん、美味しかった」


どうやら、ハンバーガーはこのケルベロスたちの口にもあったようだ。


「はいはーい!しつもん!」
「はい、ヒナ」

「ハンバーガーたくさん食べられますか!」
「多分、友人紹介みたいな制度使えばすんなりうちの店で働けると思う」

「ちょっと!○○がわたしのこと無視した!」
「ヒナが変なこと言うから」

「テレサ~!アルノもわたしのこといじめる~」
「はいはい、よしよし」

泣きついたヒナをテレサが慰める。

その二人を見て、アルノは呆れたように笑っている。

なんとなく、この三人の関係性が見えてきた。

多分、長女がテレサで、次女がアルノ。

上二人が合っているはわからないけど、末っ子はヒナで確定だろう。


「話を戻すぞ。まあ、ってことだから、明日早速うちの店来てみるか。多分さっき言った通りすんなり働けると思う」
「お仕事か~。私、したことないからちょっと楽しみかも」

「私は不安だな……。ミスとかしたらどうしよう……」
「今からそんな緊張しなくてもいいよ。だから今日はゆっくり休んでくれ」


俺も明日はバイトで、昨日の休みはほとんど買い物でつぶれたから、今日はゆっくり散歩して、公園でゆったり本でも読もうかな。


「アルノ、どうする?」
「私は……ちょっとゲームしてみようかな。○○さん、いいですか?」

「ああ、いいよ」
「じゃあ、私も~」

「○○さんはどうするんですか?」
「俺?俺はちょっと散歩かな。天気もいいし」

「それ、ついてっていいですか!」

そう言って勢いよく手を挙げたのはヒナ。

まさか散歩についていきたいと言われるとは思わず、俺はびっくりしてしまった。


「まあ、全然いいけど……」
「ありがとうございます!準備します!」


ヒナが着替えだしたので、俺は慌てて部屋を出た。

さっきはびっくりしてしまったが、よく考えればこの子たちは犬みたいなものなんだから、散歩に行きたがるのも当然か。

まあ、アルノは見た感じインドアな気がするけど。


「準備できた~」
「鍵は一応閉めてくから。二人とも、留守番頼むな~」

ゲームに熱中している二人に一声かけて、俺たちは家を出た。

今日は日こそ出ているけれど、風が気持ちよくて、そこそこ過ごしやすい日になっている。


「○○、散歩とか好きだったんだ」
「うん。自然を感じられるのが好きなんだ。野良猫が日向ぼっこしてるとか、花が咲いてるとか、風が気持ちいいとか」

「なんか、わかるかも」
「へえ、わかる?」

「うん。お日様も気持ちいし、風も気持ちいい。○○がこの空気が好きなの、わかる」
「なんか、意外だな。ヒナってそういうの気にしないタイプだと思ってた」

「ちょっと、女の子に失礼じゃない?」
「すまんすまん」


雑談にもならないような雑談を交わして、俺たちは近くの公園にたどり着いた。

公園では、遊具で子供たちが遊び、おじいちゃんやおばあちゃんが木陰のベンチで一休みしている。

まさに、平和。


「俺たちも適当なベンチ座るか」
「あ、あそこ空いてる!」

「ナイス」
「でしょ~」


木の下。

木漏れ日が葉っぱの隙間から差し、葉桜を風が揺らす心地のいい音に包まれて俺たちはベンチに座った。


「きもちーね」
「だろ~。こういうとこで本読むといいんだよな~」

「読書好きなんだ」
「小さいころから、なんとなくね」

「ねえ、この花何?」


自分で聞いてきたくせに、とはちょっと思ったが、俺の興味もヒナが指をさした花に向いていた。

そこにあったのは、ピンクの花。


「それはコスモスだな。秋の桜って書いて秋桜コスモスって言うんだけど、咲く季節は夏なんだよ」
「へぇ、詳しいね」

「まあな。俺、中学の頃に園芸委員会で委員長やってたんだ」
「それ、何やるの?」

「校内の花壇の手入れとか、どんな花育てるか決めたりとかかな」
「すご!」

「まあ、最初の頃こそみんな手入れは手伝ってくれてたんだけど、夏休みの間とかは特に、俺一人で手入れしてたこともあったな」
「なんで?みんなも呼べばよかったじゃん」


純粋な疑問って感じで首をかしげるヒナ。

まあ確かに、今考えれば強要したって良かったのかもしれない。

だけど、


「誰かがサボったら、花は枯れちゃうんだよ。それが嫌だったのもあるし、夏の手入れは暑いし、基本は退屈なものだからね」
「○○も退屈だった?」

「そうでもなかった。その時に花壇で育ててた花はペチュニアって花なんだけど、かわいらしい花だし、色とりどりで見てて飽きないんだよ」
「そっか。……○○は、優しいんだね」

「今のどこに優しさがあった?俺は別に、誰もやらないし、花が枯れて怒られるのが嫌だっただけで……」
「へへん、教えてあー……げない!」

「なんだよ、期待させやがって」
「あ、見てみて!わんちゃん!かわい~!」

「自分だってもとは……」
「犬じゃないし!」

「まだ言い切ってないだろ!」
「言いそうだった!」


くそう。

この二日でバレるか、さすがに。


「大体、ケルベロスに向かって犬は……あ!」


ヒナが横を向いていた俺が向いていた方と反対を指さし、目を見開きながら大声を出した。

それに驚いてそっちを見てみると、転んだ子供が今にも泣きそうな顔をして倒れていた。


「ったく……」


俺はベンチから立ち上がり、その子供に駆け寄った。

膝を擦りむき、多くはないが血を出しており、傷口は砂で汚れていた。


「大丈夫か?泣かなかったのはえらいな」
「泣がない……。ヒーローだがら……」

「さすがだ、ヒーロー。ヒーローは強いから、傷口洗っても泣かないよな」


男の子は黙って、力強くうなずく。

そんな男の子の手を引いて、水道で傷口を洗う。

その間も、男の子は涙を目に溜めてはいたものの、それを絶対にこぼすことは無かった。


「よし、傷口洗っただけだから、ちゃんとした手当はお母さんにやってもらうこと」
「うん!ありがとう、おにいちゃん!」

「次からは足元気を付けるんだぞ~」


ケガしたことなんか忘れたように走っていった男の子の背中を見送って、俺はヒナのところへと戻った。

ヒナは、なにやらにやにやしながら俺の方を見ていた。


「なんだよ」
「ほら、やっぱ優しいじゃん」

「いや、別に普通だろ」
「素直じゃないなぁ~!」

「うるさいなぁ」


再びベンチに座ると、ヒナが俺の肩に頭をのせてくる。

俺は驚きのあまり飛び跳ねてしまいそうだったが、すんでのところで足に力を入れて踏みとどまった。


「え、ちょ、な、なな、何してんの!?」


動揺は隠せなかったけど。


「え~、肩に頭乗っけてるの」
「それはわかるよ、さすがに。な、なんでってこと」

「それはね~、あそこ」

ヒナに言われて視線を上げると、少し離れたベンチで老夫婦が仲睦まじく、手を取り合って、肩を寄せ合って。

ベンチが広く見えるくらい寄り添って座っていた。


「ああいうの、いいよね」

ヒナが肩から頭を話して、俺の顔を見てけらけら笑ったあと、ひょいとベンチを降りた。


「そろそろ帰るか?」
「ううん。まだ、歩きたい」

「はいはい」

俺がベンチから立つと、ヒナが俺の手をがっしりと握った。


「なんだよ」
「別に、特別な意味はないんだけど、こうやって手つないで歩くのもいいなって」

「まあいいけどさ」
「やったぁ」

「なんか、あの二人といない時のヒナって、騒がしくない……こともないし、おしとやか……ってわけでもないか。忘れてくれ」
「ちょっと、今すっごく失礼な言葉が聞こえた気がするんですけど!」

「気のせい気のせい」


膨れるヒナ。

俺は、気づいてはいるけれど、かまったら負けな気がするので気づいていない振りを決め込む。


「ここはまた、さっきとは雰囲気違って静かだね」


公園にある池。

その周りを、俺たちは手をつないだまま歩く。


「子どもたちはあっちの遊具とか砂場の方に集まるから。こっちはあんま人も来ないから静かなんだ」
「こういう雰囲気もすきー」

「いいよな。心が落ち着く」
「わたしも」

「なあ、ヒナって意外と繊細なのか?」
「はい、失礼ポイント1ね。わたしだって、こういう雰囲気に浸ることだってあるんだから」

「ちなみに、その失礼ポイントが貯まるとどうなるんだ?」
「えっとね……3ポイントで私に美味しいものを貢がなきゃいけなくて、5ポイントで私のお願い一つ聞かなきゃいけない」

「意外とポイント上限低いのな。気を付けないと」


どうせ今考えたんだろうけど、それを口に出してしまったら失礼ポイント2になりかねないので口を噤んでおく。


「そーだよ。だから、気を付けて発言することだね」
「はいはい」

「…………」

会話が途切れて、お互いどちらのターンなのか探り合い。

風と、水面の揺れる音。

そして、低く、唸るような音。


「……ヒナ、おなかすいてる?」
「……ほ、ほんとのことだから、失礼ポイントはつけないでおいてあげる」

「じゃあ、帰るか」
「いいの?」

「俺も腹減ってきたしな。って言っても、カップラーメンくらいで済ませるつもりだけどな」
「かっぷらーめん?」

「そっか、知らないか。まあ、期待してていいぞ。すっげぇうめぇから」
「えー!たのしみー!ほら、早く帰ろ!」


握られたままの手。

勢いよく走り出したヒナにひかれて、俺も走らざるを得なくなる。


「はやっ!」
「おなかすいたー!」


頬を伝う汗。

風に舞って、空へと消えた。




・・・




「あっちぃな……」


夜になって、日は出てないといえど蒸し暑さは据え置き。

そんな暑さに夜中にもかかわらず叩き起こされてしまった俺は、せっかく起きたのなら水の一杯でも飲んでおこうかとベッドを降りた。


「…………?」

誰か、ベランダにいる?

外が明るかったせいだろうか。

カーテンも窓も閉まっていたけど、ぼんやりと誰かの影が見える。


「だれか、いるのか?」

恐る恐るカーテンを開けてみると、ベランダの手すりに手をかけて外を眺めるヒナの姿があった。


「しずかに……!二人が起きちゃう……!」
「どうしたんだよ、寝てればいいのに」

俺もどうせ起きてしまったんだし、ちょっとくらいはいいかと思ってベランダに出てヒナの隣に並ぶ。

風があればそこそこ涼しいな。


「なんか、眠れなくて」
「なんかってなんだよ」

「なんだろうね……。なんか、寝れなかったの」
「そういう日ってあるよな」

「楽しくて寝れなかったに近いかも。まだ二日しかたってないけど、○○に拾って貰ってから、毎日が楽しいんだ」
「まだ気がはえーよ。まだ寝られない?」

「たぶん」
「じゃあ、あの二人には内緒でアイスでも食べるか」

「食べ……!る……」

大きな声を出しそうになり、慌てて口をふさいだヒナに思わず笑みをこぼしながら、俺は冷凍庫からアイススティックを二本出してベランダに戻った。


「ほい」
「ありがと~」

花の蜜のように口に広がる甘さ。

身体がすうっと冷えていく。


「いったぁ……!」
「急いで食うからだ……。いてぇ……」

ヒナのことを笑ってはいたけれど、かくいう俺も冷たいアイスが頭に染みる。


「○○もじゃん」
「お互い急いで食べすぎだな」

「今日のこれは、二人だけの秘密だね」


安っぽい、アイス二本の秘密。

だけど、大切な、大切な秘密。



………つづく!

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