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爬虫類が好きな義理の姉は、人肌が恋しい

三年生になって、アルノと同じクラスになれて。

夏の大会も近いし、進路も決めないといけない。

そんな中、俺の頭を悩ませる名刺が一枚、机の上。


「はぁ……」


『君を、我々のチームに迎えたいと思っていてね』

三日前、突然うちを訪れて、名刺と学校のパンフレットを置いて行った全国でも屈指の強豪大学の監督。

自分の実力を認めてもらえたような気がした。

自分の努力を認めてもらえたような気がした。

純粋に嬉しかったし、ワクワクもした。

だけど、俺の進路希望調査票は未だに白紙のまま。


「○○~、ご飯できたよ~」
「んー」

本当に、どうするべきか。

三日前、あの日の夜のアルノの声を思い出す。

忘れてなんて言われても、忘れられない。



・・・



「ご飯食べたらお風呂、入っちゃってね」
「ん……」

上の空。

返事もどこかふわふわしてる。

私のせいかな……

『私.…..どんな顔したらいいのかわからなくて……』

私のせい……だな……

自分の気持ちをコントロールしきれなくて、溢れ出してしまった言葉にならない感情。

あんなこと、言わなければよかったって後悔は三日前からずっと私の中にずっと残り続けたまま。

ほんと、どうしてあんなこといっちゃったんだろ……


「ごちそうさま」
「洗い物、やっとくよ」

「ありがとう」


食器をシンクに置いて、○○は着替えを取りに部屋へと戻る。

いつものような笑顔は、ここ最近見れてない。

クラスの男子たちと話している時だってどこかその笑顔の奥には悩みがあるように感じられる。

これは、私のせい。

だったら、私が何とかしないと。


「よし、頑張るぞ」

ひとこと、自分に言い聞かせるように気合を入れて、私は水道のレバーを上に上げた。




・・・




大会前、おそらく休日が続くのは今週が最後。

ではあるのだが、正直今はオフなんて欲しくもないのだが、ここ最近は練習試合に練習にと毎日のように部活があったから監督にも完全休養日として念を押されている。


「あー、体動かして~」
「だーめ。監督さんにも、トレーニング禁止って言われてるんでしょ?」

「そうなんだけどさ~。こうやって寝っ転がってると、下手になる気がしてなぁ」

ストレッチを終えて、未だにお昼。

最近の忙しさとのコントラストで、時間の進みが遅く感じる。


「そんなことないでしょ。○○、いつも頑張ってるんだから」
「でもなぁ……」

「……じゃあさ、今日はちょっと私に付き合ってくれない?」
「アルノに?」

「うん、私に。行きたいところあるんだよね」
「どこ?」

「それは行ってからのお楽しみ。着替えたら教えて」
「わかった」

俺の返答を聞き届けて、アルノはとてとてと階段を上る。

俺も、体を起こして水を一杯飲んでから自分の部屋へと戻ってクローゼットを漁る。

普段来てるシャツとジーンズに手早く着替えて、アルノに声をかけた。


「着替え、終わったよ」
「もうちょっと待って~」

そう言われて、リビングで待つこと五分。

珍しく、髪を自分で編み込んだアルノが階段を降りてきて姿を見せる。


「自分でやったん?」
「もちろんですよ」

「できるようになったんだ」
「私だって成長してますから。このくらいは、多少、苦戦はしたけど……」

「したんだ……」
「そ、そんなことはいいから、行くよ」


アルノに腕を引っ張られてソファから立ち上がり、窓の鍵が閉まっているかを確認して玄関をくぐる。


「で、どこ行くかは……」
「ひみつ~。まあ、あんまり隠す意味もないんだけど」

「じゃあ教えてよ」
「ひみつ」

アルノは頑なに行先を教えてはくれない。

俺は聞き出すのを諦めて、アルノに黙ってついていくことにした。


「最近、調子どう?」
「まあ、ぼちぼち。練習試合の結果もいいし」

「大会、勝てそう?」
「ん~……勝負は時の運って言うし、その運の要素を限りなくゼロに近づける努力はしてるかな」

「そっかそっか」
「そんな感じやね~」

「電車乗るよ」
「うい」

電車に揺られること三十分。

乗り換えなし、一本でたどり着いたのは動物園の近くの駅。


「動物園?行きたかったとこ」
「ちょーっと違うかな」

「ここ、ほかに何かあったっけ?」
「あるんだな~」

軽い足取りでアルノがチケットの販売所まで歩いていき、チケットを二枚買って戻ってきた。


「いこいこ~」

ゲートを抜けた先、そのすぐ右。


「両生爬虫類館……」
「たのしみ~」

動物園じゃなくて爬虫類館か。

メインどころに行かないあたり、らしいな。


「○○、爬虫類とか苦手なほう?」
「いや、全然。小さいときとか、トカゲ捕まえてた方」

「じゃ、全然大丈夫だね」

建物は動物園の一角。

この動物園には友達と来たことはあったが、爬虫類館には入ったことがなかったから新鮮で少し楽しみでもある。


「いざ」

初の爬虫類館へ。

期待に胸を躍らせる俺を最初に出迎えたのは、大きな水槽と、その中に鎮座するオオサンショウオ。


「でっけぇ……」
「一番大きい個体だと、1.5mくらいあったみたいだよ」

「アルノとおんなじくらいじゃん」
「さすがに私のが大きいし!」

「さすがにな」
「もう……!」

頬を膨らませたアルノ。

すたすたと先に進んでしまったアルノについていくと、蒸し暑い、広がった空間に出た。


「熱帯って感じだな」
「アマゾンって感じだね」

「あの魚、なに?」

目線がちょうど水面で、まるで川の中。

俺たちの周りを大きな魚やワニの水槽が囲む。


「あれはね、アロワナだね」
「アロワナ……。ゲームでしか見たことない」

「わたしも、生で見るのは初めて」
「こっちのワニもでっかいなぁ」

「イリエワニだよ。その子は、大きいので8mくらいになるんだって」
「かじられたら終わりだな」


アルノ、詳しいな。

博士だな。


「先生、次行きましょう」
「先生……!?なに、急に」


次のコーナーは、そんな先生待望のトカゲたち。


「かわい~!」
「ちっこいな~」

「かわいくない?」
「そういわれると、かわいくも見えてくる」


どっちかと言えばかわいいのは、派手な色したトカゲよりも、それを見て目をキラキラと輝かせるアルノの方だ。


「食べちゃいたい……」
「何言ってんだ……?」

「だってほら、なんとなく、パクっとイケそうじゃん」
「いや、パクっといこうとは思わないだろ」

「そうかなぁ……?」


ガラスに鼻がくっつくんじゃないかってくらい近づいて、トカゲたちがそれを興味津々に見つめて。


「レオパルドゲッコー、飼いたいなぁ……」
「レオパルドゲッコー……?」

「この子たちのこと」
「名前カッコいいな」

「かわいい~」


どうやら、レオパルドゲッコーにご執心の様子のアルノ。

あたりを見渡してみると、俺の目を引いた一匹の亀。

のっそ、のっそ。

もしゃもしゃと、葉っぱを頬張るリクガメ。

気ままに、マイペースに。

時間を大幅使って生きているみたいなリクガメ。


「カッコいいな……」
「○○、どうかした?」

「あ、ああ、いや、カメ見てて」
「カメ……?あの子?」


アルノが、俺が見ていたリクガメを指さす。


「そうそう」
「ガラパゴスゾウガメだね。陸で活動するカメの中では世界最大種って言われてるんだよ」

「なんか、あいつ余裕あるな」
「余裕……?」

追われるものもなく、追うものもなく。

繕うものもなく、張る見栄もなく。

なぜだか、そんなガラパゴスゾウガメに心を奪われた。

こんな気持ち、ゾウガメはしったこっちゃないんだろうけど。

爬虫類館を出て、せっかく来たのだからと動物園も一通り巡った。

ペンギンたちを見るアルノは、さながら仲間のような手をしながらじっと眺めていたし、レッサーパンダを見るアルノは、その可愛さに何度も悶絶しかけていた。


「楽しかった~」
「レッサーパンダ、かわいかった」

「○○は今日どの子が一番だった?」
「やっぱ、ガラパゴスゾウガメ」

「ほぉ、渋いね。私はやっぱレオパルドゲッコーかな」
「ほんとに連れ帰るんじゃないかってくらい興味津々だったしな」


夕焼け空にいわし雲。

吹く風はどこか、夏の訪れを予感させる。


「おなかすいた」
「なんか食ってく?」

「ラーメンとか?」
「ありだな~」


ラーメンは非常に魅力的な提案だ。

なんて考えてしまえばもう後戻りはできず、すでにラーメンの口が出来上がる。


「ラーメン屋なら、○○の方が知ってそうだよね」
「まあ一件、ハンド部のやつに勧められてるとこはあるぞ」

「じゃあそこで」

手持無沙汰だった左手に、温かくて細いアルノの手が触れる。

そういえば、今日はこうして手をつなぐこともなかった。

俺は、その手をそっと優しく、それでいて確かにほどけないように握り返した。



・・・



「おなかいっぱいだ~」
「また今度行こ」

「私もちゃんと連れてってよ」
「そりゃもちろん」

お店を出るころにはすでに夕日はその姿を隠していて、代わりに月が優しく街を見守る。


「帰り、なんか甘いものコンビニで買ってくか」
「ありだね」

何にするかな。

シュークリームとかいいな。


「……ねえ、○○」
「どうした?」

「私、○○に謝りたくてさ」
「謝る?なんで?」

「ほら、あの……この間、さ。○○のこと、困らせちゃったと……思って……」


思い出されるあの日の夜。

アルノはずっと、あの日のことを気にしていたんだろう。


「俺は別に気にしてないよ。迷ってるのも、俺の都合だから」
「それでも、私は謝りたかったの。ごめんね」

「アルノって、変なとこ頑固だよな。どうせあの話も大会勝たないと白紙だし。だからさ、アルノには一つお願いがあるんだよ」
「お願い……?」

結局、一番の原動力はなんなんだろう。

誰かのため、みんなのため。

自分のスカウトがどうとか、個人の結果がどうとか。

チームのみんなで、一日でも長く。

なんてのも、一番じゃない。

俺の中の一番は、


「アルノには、一番前で、俺のこと応援しててほしい」


アルノに、かっこ悪いところを見せたくない。

結局俺は、これに尽きる。




・・・




『一番前で、俺のこと応援しててほしい』

真っすぐ、私のことを見つめて○○はそう言った。

○○の覚悟で、○○の決意で。

だから私も、今は未来のことなんか考えないで、目の前の○○のことだけを見つめていようって決めた。

でも、だからと言って、〇〇に甘えたりはしないのかと聞かれたら断固NOと言わせてもらいたい。


「○○~」
「ん?」

お風呂上り、髪を乾かし終わった○○の名前を呼ぶ。

もうすでに眠気が襲ってきているのか、○○の返事はぽやっとしたものが帰ってくる。


「その……」

これを口に出すのは、いつになっても恥ずかしいなぁ!

お風呂入ったのに、汗びっしょり。


「い、一緒に寝よ……!」
「なんだ、そんなこと?いいよ、ちょっと待ってて」


○○がソファから立ち上がり、テレビを消して、スマホをポケットにしまう。


「さすがに俺の部屋か」
「別に、私の部屋でもいいけど……」

「いや、それだと俺が寝れない。緊張して」
「さっきは『そんなことか』とか言ってたくせに」

「しょ、しょうがないだろ……!」
「まあ、今回は〇〇の部屋で勘弁してあげますよ」


なーんて、私も○○のベッドがよかった。

「はやくねよ~」
「寝るテンションじゃないな」

だって、その方が○○に包まれている感じがして落ち着くから。

なんだか、憑き物が落ちたような気がして、いつもより深く眠りにつけた。




……つづく

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