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『あおはるっ!』 第8話

体育館の騒がしさが、まるで別の世界の出来事かのように静かな保健室。

私は片方の靴を脱いで、椅子に座っている。

咲・ねえ、私は大丈夫だからさ、戻ってもいいよ?
〇・そうもいかないだろ。先生もいないし、応急処置くらいしとかないと

手際よく包帯やテーピングを準備していく○○。

保健室に二人きり。

どうして、こんなことになったのか……


球技大会も二日目。

一日目も中々にハードな試合も多かったなか、うちのクラスは全クラスが勝ち上がるという好成績を収めていた。

和・今日も頑張ろうね!
〇・うん、絶対優勝しよう!

二人とも、かなり気合入ってるみたい。

それも当然のことで、昨日のあんなにも凄い試合を見せられたらこっちだってアツくなるし、気合も入る。

咲・私たちも頑張ろうね
薺・うん、いいとこまでは行きたいね

私たちバスケ組も気合入れてかないと。


咲・ナイシュー!

本日の応援一試合目は、薺の出ている男子バスケ。

女子のとは違って、迫力もスピードも凄い。

その中でも薺は頭一つ……いや、半分くらい抜けてうまい。

〇・薺、やっぱうまいよなぁ……
咲・うん、運動神経いいって言うか、視野が広いって言うか

薺は確かにうまいんだけど、チームメイトへのパスが絶妙。

自分で決められる場面も多いはずなのに、その機会を他の人がシュートを打つ機会に回してる。

和・みんな、楽しそう

薺の人柄も相まって、うちのクラスは和気あいあいとしたチームになっている。

和・鈴谷くんのプレーでみんな繋がってるって感じするね

そこが、薺の魅力なんだろう。

誰とでも息を合わせられるというのは天性のものだと思う。

ただ、ムカつくことも多いけど。

試合は残り半分。

〇・っしょ……

○○がおもむろに立ち上がる。

咲・○○?
〇・ちょっと、練習してくる

そう言い残して、小走りで体育館を出ていった。

さっきから、どこかそわそわした様子だった。

薺に感化されて、早く体を動かしたくなったんだろうな。

和・私も行く!

和も飛び出して行った。

私は……

咲・薺、ナイス!

薺が白い歯を見せてこっちにピースしてきた。

私は、残って応援することにした。


球技大会もいよいよ大詰め。

薺・俺たちの分まで頑張ってくれ……!

うちのクラスから決勝に残ったのは二種目。

咲・大げさすぎでしょ
〇・任せろ!
和・足引っ張らないように頑張るね

先に決勝戦が行われるのはバドミントン。

〇・応援は最後までできないんだっけ?
咲・うん。ダブルスは見れないかも……

咲月は苦笑いしながらそう言った。

〇・いい報告、期待しててな
和・頑張るからね

井上さんが、ラケットをもってコートに向かう。

その背中を、強く頷いて見送った。

試合は、細かいミスこそあれど、終始井上さんのペースで進んだ。

井上さんはセンスがいいから、ここ二週間でかなり伸びた。

女子相手ならそうそう負けることもないだろう。

「あと一点!」

声援を受けて、最後の一点もきっちりと取り切った。

〇・おめでと、いい試合だった!
和・ありがとう!次は○○くんの番だね

ハイタッチを一つして、井上さんと入れ替わる。

向かい側の選手は、見覚えのある三年生。

野球部の人で、かなり運動神経よかったはずだ。

ちょっと気まずかったけど、「久しぶりだな」と一声かけてきただけだった。

〇・あ……お久しぶりです!

ちょっとだけ声を張り上げると、不思議そうな顔をしてサーブの体制に入った。

優しく挙げられるシャトル。

試合が、始まった。


一進一退の攻防が繰り広げられていた。

さすが決勝戦と言うべき試合だった。

技術的には差はないか、椿木くんの方が少しだけ上。

だけど、相手がかなり粘り強くて椿木くんもいつもよりミスが多い。

試合はデュースまでもつれ込み、試合時間もかなり長くなってきた。

〇・ちょっと、汗拭いてきていいですか?

椿木くんが、いったん試合を中断して、こちらに来た。

髪の毛から滴り落ちるほどに大量に汗をかいている。

体育館の気温は、人の量と外気温が組み合わさってかなり高くなってきた。

この試合までの疲れも残った状態だし、かなりきつそう。

和・大丈夫?

そう、声をかけてみる。

〇・…………

集中か、それとも……

椿木くんからの返答はない。

16-16までもつれ込んだ試合。

マッチポイントは対戦相手の三年生の方に入った。

ちょこんと前に落とした羽を拾おうとした椿木くんのラケットが汗で滑って、手からすり抜けていった。

天を仰いで悔しそうに顔をしかめ、手の汗をジャージの腿の部分で拭う。

そしてまた、気の遠くなるほどのラリーが始まる……と思った。

椿木くん側のコートにシャトルが高く上がる。

チャンス……

しかし、風が吹いた。

おかしな話だ。

バドミントンの試合中に風なんて。

生徒が出入りする際に、正規の出入り口を使わなかったせいだった。

シャトルは風にあおられて、落下予測地点から逸れた場所に落ちる。

不意を突かれた椿木くんは、それに反応できなかったみたいで。

大きなガッツポーズを見せる三年生とは裏腹に、椿木くんは大きく肩を落としてコート際に戻ってきた。


和・惜しかった~!ドンマイ、次がんばろ!
咲・風はしょうがないよ

二人は俺を気遣って励ましの言葉をかけてくれる。

まあ、嬉しくないわけじゃないんだけどさ。
悔しい気持ちは、やっぱりなくならない。

薺・スタミナ足りてなかったね~
〇・うっせ

敗因は薺の言う通り。

スタミナ不足。

流石に二年半ちゃんと高校野球をやってきた人と、途中でドロップアウトしたやつとでは体力の差が激しい。

次はダブルス。

今のスタミナ切れの状態で、井上さんを引っ張っていけるか?

咲・スタミナ切れてても和を引っ張ってかないと……とか、思ってるの?

咲月が、不意にそう言った。

咲・和、こいつに言ってやってよ
和・ダブルスだからさ、引っ張ってくんじゃなくて支え合ってこ!

屈託のない笑顔にハッとさせられた。

咲・下向くとか、背負いこむとか、○○らしくからね

咲月のその言葉に、改めて気付かされた。

〇・ごめん。序盤は負担かけるかも
和・それでよし

咲月は「頑張って」と一言残して大体育館に向かった。

一人で自滅して負ける前に気付かせてくれてよかった。

さっきの悔しさは一旦置いておけるくらいには晴れやかな気持ちで最後のダブルスに向かえた。


咲・決勝、頑張るぞ!

みんなで円陣を組んで、練習を終える。

バドミントンはもうすぐ終わるかな。

勝ったかな?

多分、大丈夫だよね。

心臓、バクバクだ。

シュートは入るから大丈夫だと思う。

体育委員の人が整列を促す。

向かいあった時の威圧感の違いを考えると、同級生との試合は楽でいい。

高く挙げられたボールがコートの上にバウンドして、試合が始まった。


マッチポイント。

和・チャンス!

高く上がったシャトル。

さっきは打てなかった軌道の羽。

ちょっとだけムカつくから、いつもより強めに。

抜けるような音がして、シャトルは鋭く対戦相手の頬をかすめる。

「13-11で、優勝は……」

〇・よっしゃあ!!!
和・勝った~!!!

ここ二日間で一番のハイタッチ。

〇・やったね、井上さん!
和・ううん。椿木くんのおかげだよ

〇・いやいや、井上さんが序盤頑張って耐えてくれてたからだよ
和・椿木くんこそ、後半の連続得点すごかった!あれが無かったら勝ててないよ

互いで互いを称賛しあう。

薺・はい、女バスの練習行きますよお二人さん

〇・ああ、だな!
和・すぐ行こ!

人混みをかき分けて、大体育館に向かって走った。

薺・おお、こっちもいい試合してる

前半終了間近でリードは二点差。

バドの応援に残ってたクラスメイトと一緒にベンチの近くまで向かう。

和・頑張れー!

井上さんの声援が届いたかのように、咲月がシュートを決め、四点差で前半を終えた。


前半を終えてベンチに戻ると、脇に親指を立て、笑顔の○○。

咲・優勝した?
〇・もちろん

和・椿木くん、かっこよかったんだよ~
咲・私も負けてられないな

ブザーの音が鳴って、後半が始まる。

やっぱりみんな、疲れてて動きが悪い。

少し、足がもつれる。

私も疲れがピークだ。

パスを少しずつ散らしながら、点差を守っていく。

このまま時間が過ぎてくれればいいんだけど。

と、思っているときほどうまくは行かないものだ。

「ナイッシュー!」

スリーポイントを決められて一点差。

時間はまだ残ってる。

咲・ボール頂戴!

早めに点が欲しい。

一人、二人と抜いた。

シュートか、パスか。

どっちに……

咲・あ……

足がもつれ、私は転んで尻もちを着いてしまう。

咄嗟にボールは出したけど、立ち上がれない。

足首がずきずきと痛む。

痛い。

どうしよ。

痛い。

試合が、中断される。


薺・あ、転んだ......!

咲月が足を滑らせたのを見て、薺が間抜けな声を出す。

和・ねえ、大丈夫かな?

足首を抑えたまま、座り込んでしまって動かない。

審判の生徒が一回試合を中断した。

俺は、咄嗟に

〇・おい、大丈夫か?

咲月のもとに駆け寄っていた。

咲・どうだろ、多分大丈夫……

立ち上がろうとして、体重をかけると痛むみたいで、咲月は顔をゆがめる。

〇・歩ける?
咲・どうだろ......

それじゃ、負担がかかる可能性もある。

最適かつ最速なのは……

〇・はぁ……しゃあなしか

頭に思い浮かんだのは一つの選択肢。

〇・ちょっとだけ、我慢しててな

咲・え、ちょ...…

咲月の華奢な体を抱える。

いわゆる、お姫様抱っこ。

冷やかすみたいな声も聞こえる。

〇・落ちないように捕まってろよ

俺はそのまま体育館を飛び出した。


〇・咲月、ドア開けて。俺、手塞がってるから
咲・あ、うん

私は〇〇に抱えられたまま保健室のドアを開ける。

〇・誰かいますか?

返事はない。

保健室の先生は運悪く席を外しているみたいだ。

〇・とりあえず......

〇〇は私を椅子の上に優しく降ろして、窓を開ける。

〇・とりあえず、流水で足冷やして

言われるがまま、私は患部に水を当てる。

咲・冷たっ......

水を当てると、より熱を持っているのを強く感じる。

〇・氷のう......あった......

〇〇が氷のうを引き出しから取り出して、氷を詰める。

〇・水で冷やせたら中入って。タオルは、そこに干してあったやつだけどいいよな

そう言ってタオルと氷のうを押し付けると、〇〇はまたも何かを探し始める。

濡れた足を丁寧に拭いて、氷を当てる。

ひんやりとして気持ちいい。

保健室は、〇〇がガサガサと棚を漁る音だけがする。

大盛り上がりしている体育館とはまるで別の世界のよう。

咲・ねえ、私は大丈夫だからさ、戻ってもいいよ?
〇・そうもいかないだろ。先生もいないし、応急処置くらいしとかないと

〇〇が私の足元にテーピングとアンダーラップを並べる。

〇・こう言うのは、早めにやっとかないと悪化するかもだから

〇〇の手が優しく私の足に触れる。

咲・ひゃっ......!

くすぐったくて、変な声が出てしまう。

〇・動くなよ、巻けないだろ

だけど、〇〇はどこまでも冷静。

咲・ごめん......

こいつ、なんとも思ってないのか!

くるくると手際よくアンダーラップが巻かれて、その上から固くテーピングで固定される。

〇・これでよし

そう言うと、〇〇は私の隣に座る。

〇・一人じゃ暇だろ。俺も別にあんま戻る意味ないし
咲・和と話さなくていいの?

〇・え、なんでここで井上さんの名前が出るんだよ

首をかしげる○○。

咲・だって……

あんなに一緒に練習して、球技大会優勝までして。

結構仲も深まった今なら、話も弾んだりするんじゃないの?

だけど○○は、ちょっと恥ずかしそうに

〇・なんとなく、咲月と話したくて。ダブルスの前に発破かけてくれたお礼も言えてないしな

なんて言って、はにかんだ。

胸が、キュッと締まった。

こいつ……ほんとに……

きっと、勝てないってわかってたから。

少しは戦えるなんて思った。

だけど、昨日のバドミントンの試合で、あんなに輝くような笑顔を見せる○○の隣は、私じゃなかった。

私が入り込む余地なんてあるのか、不安になった。

あんな輝く笑顔は、私には引き出せるかどうかわからないけど。

咲・しょうがないから、そんな○○の話し相手になってあげようかな
〇・おう、助かるわ

今だけは、陽だまりみたいな優しい笑顔を独り占め。

〇・なんか、咲月とこうして二人っきりで話すのって久しぶりな気がするな
咲・確かに......いつも薺とか、和がいるもんね

〇・……最近、どうよ
咲・そんなに会話下手くそだったっけ?

くだらないことで笑って、変な昔話で盛り上がって。

私が昔、同じような感じでケガしたことなんてなんで覚えてるのよ、ほんと。

咲・でも、私少しだけ安心したんだ
〇・なにが

咲・野球ちゃんとできてたから当然なんだけどさ。もう、体は大丈夫なんだなって思って
〇・ああ、おかげさまで絶好調だよ

○○がどや顔で腕をぐるぐる回す。

咲・それは結構なことで

お互い話題が尽きた。

開いた窓から昼下がりの風が吹いて、沈黙を揺らす。

○○の方はわからないけど、こんな状況でも気まずくならないのは良好な関係を築けている証だと思う。

隣で、○○が体を伸ばしている。

リラックス、してるのかな。

二人っきりで、保健室。

咲・ねえ、○○

冗談めかして、探りくらいは入れられないかな。

咲・○○ってさ、私のこと……

保健室の扉が開いた。

「ケガ人がいるって聞いたんだけど」

どうやら、私がケガをしたというのを聞いて先生が保健室に戻ってきたようだ。

脇にもう一人膝が赤くなっている生徒がいるから、別の人の手当てにあたっていたのだろう。

「あれ、手当終わってるじゃん」

私に施した手当てを褒められて、○○が少し得意げな顔をしている。

「競技はもう全部終わったみたいだし、戻れそうなら教室戻んなよ」

私たちは、湿布を二枚ほど貰って保健室を出た。

教室に戻る道中、

〇・さっき、なに言おうとしてたんだよ

とか聞いてきたけど、

咲・ううん、大したことじゃないから

熱くなった顔を悟られないようにだけ気を付けながら、ごまかした。

さりげなく、松葉づえ代わりに肩を掴んでいても文句を言わずに歩幅を合わしてくれる優しさも一人占めしながら。




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