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義理の姉からバレンタインを貰えないなんてことないですよね!?

クラス中の男子がそわそわとしだして、その季節の到来を知る。

世はバレンタインの季節。

男子にとって、この季節は天国と地獄に二分される。

彼女や仲のいい異性が居るもの。

もしくは、そう言うのをしてくれそうなマネージャーのいる部活に所属しているものは天国。

一切女子かかわりなんてありませんっていう者たちは地獄。

しかし、そんなこと関係なく全員がそわそわとして、その日の直前は男子全員がワンチャンスを求めて女子に優しくするのだ。


「お、俺その資料持っていこうか?」

うちの部員も例外じゃないな。

力自慢を生かして、女子の持っている重たい荷物を率先して持とうかと提案してまんまとフラれて帰ってきた。


「そわそわしすぎじゃないか?」
「いいよな、○○はよぉ!」

次の授業の準備をしていると、突然そんなことを言われる。


「アルノちゃんがいるもんなぁ……。愛妻弁当に、手をつないでの登校。クソ……!俺にもそんなコがいればなぁ!」
「いやいや、貰えるとは限らな……」

「んなわけないじゃんかよぉ!勝ち組が憐れみを向けるなよぉ……!」
「悪かったって」


大会前の休日練習の日。

アルノが俺の忘れた弁当を持ってきてくれた日。

部員のみんなの疑念が確信に変わった日だったらしい。


「しっかし、○○に彼女かぁ……」
「いつまで言うんだよ。恥ずかしい」

「だってよ、そんな感じ全然しなかったからさ。確かに、お前はそこそこカッコいいし、ハンドボールも上手いし、勉強もそれなりだし、背も……って、○○ってもしかしてそれなりにハイスペックか?」

「あんまり褒めんなよ……」
「ムカつく!アルノちゃんからチョコ貰えなくても知らないからな!」


それは……やだな……

アルノからのチョコは欲しい。

だけど、懸念点としては最近アルノは委員会の活動が忙しそうというところか。


「ま、アルノちゃんしっかりしてそうだし、大丈夫だろ」


しっかり……?

いや、してないって訳じゃないんだけど、普段のあれやこれやを見ているととてもしっかりしてますと胸を張っては言えない……かも、しれない。




・・・




練習が終わり、最後に戸締りをして部室を出ると、井上が白い息を空に立ち昇らせながら柱に寄りかかっていた。


「お疲れ、○○くん」
「井上もお疲れ。遅くまで残って、何かあった?」

「○○くんのこと待ってたのに、何かあった?って」


井上はくすぐるように笑う。

手には、ラッピングされた小さな袋を持っている。


「どうせ、前みたいに練習ノート書いてたんでしょ?」
「そうだけど」

「偉いね、○○くんは。他のみんなにも見習ってもらいたいよ」


呼吸だけが夜に溶けて。

沈黙が闇を深くする。


「今日、バレンタインでしょ?」
「そうだな」

「これ、”みんな”に配ってるの」
「ありがとう。中は……クッキー?」

「チョコチップクッキーだよ。大事に食べてね」
「ああ。もう遅いし、駅まで送るよ」

「駅までじゃなくてもいいよ。別れ道までで…..いいよ」


井上の表情はどこか暗く、ほのかに落ちる雪だけが俺たちを揶揄うよう。

時折照らす街灯も、ちょっかいを掛けるようにチカチカしている。

しんとした夜の街には、俺たち二人の足音はうるさいくらいだった。


「ここまでで大丈夫だから……!じゃあ、また明日!」


駅前通りの明るくなった街路樹の下を、井上が走り去っていく。


「ちょっと、一枚失礼します……」

口に入れたチョコチップクッキーは、寒さを忘れるくらい甘かった。




・・・




「はぁ……はぁ……」


思わず、逃げるみたいに走って去ってしまった。

でも、渡せた。

そうなのかなって思ったのは、学園祭。

後夜祭で、彼があの子のことを抱きしめているのを見た時。

そうだろうなって確信したのは、修学旅行。

無自覚だったみたいだけど、その気持ちに気が付かせてしまった。

そしてこの間、付き合ってるんだって、知ってしまった。

だから、”彼には”チョコチップクッキー。

これでいいんだ。

鈍感な君だから、ほんとは口に出して伝えないといけないんだけど。

そんな勇気、私には無いから。

いつか、その意味を調べた時に、私の思いが伝わらないことを祈ろう。




・・・




「お、おい……○○……?」
「おわりだ……せかいの……おわりだ……」

「どうしたんだよ、机にずっと突っ伏したままで。朝からそんなんじゃねえかよ……。も、もしかして、アルノちゃんからほんとに貰えなかったのか……?」
「最近、忙しいんだってさ……。知ってたけどさ……」


昨日家に帰ると、もうすでにアルノは寝ていた。

夜型のアルノだから、こんなに早く寝てるなんて珍しいなと思って今朝になって聞いてみたら、想像以上に委員会の仕事がハードだから疲れたんだと。

『ちょっと、言い訳じゃないんだけどさ。最近忙しすぎて、昨日のアレを……ほら、アレを作る時間無くてさ……。また今度作るからさ、埋め合わせさせて!今度……二、三日以内に作るから……待ってて!』

とも、言っていた。


「うざ!貰えるんだからいいじゃねえか!さらっと惚気るなよ!井上からしか貰えてない俺が惨めに……。って、井上からチョコ貰えてるって中々幸運なことなのでは……?ありがとうハンドボール!アイラブハンドボール!」

「え、チョコ貰ったん?」
「井上からか?いつも通りな。お前、貰えなかったの?」

「いや、俺クッキー貰ったんだよ」
「お前だけクッキーなんか……。もしかしたら、特別な意味とかあったりしてな!バレンタイン クッキー 意味っと……」


検索して出てきた画面。

【意味 友達でいよう】


「お前……何かしたんか……?」
「いや、してないと思うけど……」

「じゃあ……」

緊張が走る。

こいつ、もしや何かわかったのか……?

「わからんなぁ……」

いや、わかんないのかよ。




・・・




「そう言えば、イチゴ大福あるんだけど食べる?」


夜、部屋でストレッチをしていると、ドアをはさんでアルノが声を掛けてくる。


「食べる食べる」
「じゃあ下きて」

階段を降り、リビングに行くと、買ってきたにしては綺麗にお皿の上に並べられたイチゴ大福が三つ。


「全部いいよ。私はもう食べたから」
「はーい」

要件が終わったのか、アルノはそそくさと部屋に戻って行ってしまう。

残された俺とイチゴ大福三つ。

とりあえず食うか。


「んま……。ん……?」

もちっとした生地と、程よい酸味のイチゴ。

そして、中身は……


「チョコか……?」

あんこだと思って食べたから不意を突かれてしまったが、これもまたいいもんだな。

あまりの美味しさに、二つ目、三つ目もあっという間に胃袋に。


「ごちそうさまでした」

お皿を洗って、飲み干したミネラルウォーターのラベルをはがしてごみ箱に捨てようとしたとき。その中の白玉粉の袋とイチゴが入っていたであろうプラスチックの箱、そしてチョコレートの包み紙が見えた。


「あ、そう言うことか」

点と点がつながる感覚。

多分、あのイチゴ大福はアルノの手作りだったんだ。

だとしたら、もっと味わって食べておけばよかったとほんの少し後悔も生まれる。

ともあれ、ちゃんとお礼は言っておかないと。


「アルノ~」

部屋のドアをノックする。


「はいはい」

すぐにアルノは出てくる。


「イチゴ大福、美味しかったよ」
「な、なんで私に言うのかな~」

「あれ、アルノの手作りでしょ?」
「なぜバレたし……」

「バレたくなかったのかよ。だったらもっとゴミは下の方に隠しとかないと」
「ぬかった……!」

「あれって、もしかしてアレ?」
「そーですよ!アレですよ!そのままチョコとか恥ずかしいし、あれならカモフラージュできてたと思ったのに!」


子供みたいに悔しがるアルノ。


「ま、まあ、お返し待ってるから!じゃあ、おやすみ!」


閉められたドア。

その勢いが相当恥ずかしかったのだということを思わせる。

俺も何か作って渡すか……

一か月後のお返しの日に思いを馳せた。




………つづく

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