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義理の姉が空を見上げる横顔は、夜空に輝く花火よりも綺麗でした

「あつい~……」


夏休みに入った。

学校はおろか、外に足を運ぶことすら少なくなって、私は絶賛運動不足。

おつかいに行くのすら命懸けだ。


「あつ~い……」

八月のお昼の空気は吸い込むたびに肺が焼けていくような錯覚をし、滴る汗は命のタイムリミットのようにも思える。


「暑い暑い言うなよ。余計に暑くなる」


毎日のように練習に行ってる○○ですらこの夏の暑さというのはうっとおしいらしく、さっきから小さめのため息を多くついてる。


「さっさと買い物済ませて帰ろう」


近くのスーパーへのおつかい。

お義母さんが冷蔵庫を開けたら何にもなかったんだって。


「うん、早く終わらせ……」

ふと、目に入ったチラシ。

今週末の花火大会のお知らせ。

今週末か……

ちらりと数歩先を行った○○の方を見てみる。

誘ったら一緒に行ってくれるかな。

それとも、もうすでに別の子と……

ほわほわっと井上さんの顔が浮かんで、それを頭を振ってかき消す。


「おーい、アルノ。何止まってんの?」
「あ、ごめん!」


私は小走りで○○に追いつく。

だけど......


「わ……!」

足がもつれて、体のバランスを崩してしまう。

このままじゃ、転ぶ……!


「危ない……!」

私は○○の胸の中にジャストフィット。

あまりに突然のことで一瞬思考がフリーズする。

状況が頭の中で整理できて、急に汗が噴き出してきた。


「あ……ごめん……」
「い、いや……」


パッと○○から離れて、○○の顔を見てみる。

目撃者は居ないとは言え、あの状況は○○にとっても照れ臭いものだったらしく、背けた顔が赤くなっている。


「は、早く行こう」


○○は私に背を向けて歩き出す。

私も置いて行かれないように早足になった○○に着いていく。

帰ったら、○○を誘ってみよう。

今は流石に……無理だから。



・・・




「あっつ……」
「汗やば……」

灼熱の中、蒸発してしまいそうなほどの日差しを何とか乗り切っておつかいを済ませて何とか家まで辿り着いた。


「アルノ、先シャワー浴びてきていいよ」
「ありがと~」

汗でびっしょりのシャツのまま、冷蔵庫に入ったミネラルウォーターをコップに注ぐ。

俺も今すぐシャワーを浴びたいけど、流石にここはアルノに先を譲るのがマナーだろう。

コップの中の水を一気に飲み干すと、一ミリも悪いなんて思っていないだろう母さんが近づいてくる。


「お疲れ、○○」
「俺よりアルノに言って。俺はまあ、このくらいの暑さは慣れてるから」

「あら、男らしい」
「うざっ」

母親からのこういった茶々は思春期の高校生には天敵とも思えるほどにうっとおしい。

母さんの言葉を聞き流しながら、いつアルノが上がってもいいように着替えを用意しておく。


「○○~!出たよ~!」


下からアルノの声。

意外と早かったな。




・・・




夜、いつも通りソファに寝転がりながらスマホをいじっていると、どこからか視線を感じる。


「…………」
「…………?」


体を起こして視線の正体を探ってみる。


「あ」
「あ……」

リビングの外からこっちを覗いてるアルノとばっちり目が合う。

アルノはバツが悪そうに目線を逸らし、陰に隠れてしまう。


「アルノ……?」

声を掛けてみると、おずおずと陰からアルノが姿を再び現す。

後ろ手を組んで、まだ視線を逸らしながら。


「何か用でもあった?」
「そ、そんな大した用事でもないんだけど……」


そこまで言って、アルノは黙り込んでしまう。

そこで止められるとこっちとしては気になってしかたがない。


「あ、あのさ……花火大会……のチラシをお昼に見かけて……○○さえ良ければ一緒に……」

ぽつ、ぽつとアルノは話し始めた。

遊びに誘うのも、映画に誘うのも最近はすっと誘ってくるようになったと思っていたのに、花火大会となると話は別らしい。

しかし、アルノがあんな態度だとこっちもなんだかドキドキしてくる。


「あ、別に部活の友達とかと行くなら別に無理しなくてもいいよ!」


頭の中で予定表を広げる。

花火大会は今週末。

でも、確かその日は……

ちょっと、意地悪を思いついた。


「一日練習か……」
「あ……そっか……そうだよね……」

アルノはわかりやすく、目に見えて肩を落として落ち込んでいる。

チクリと良心が痛む。


「い、行けないなんて言ってない。練習は五時には終わるし、花火大会ってそれよりも遅いでしょ。学校から直接行くから風情とかは欠片も無いかもだけど……花火、一緒に見よう」
「ほんとに……?」

「うん。ほんとに」
「じゃあ、約束!」

アルノが俺の方に腕を伸ばして小指を立てる。


「うん、約束」


差し出された指に、俺も指を立てて、交差させる。

この約束破ったら、きっと一週間は口きいてくれないだろうなと思いながら。




・・・




週末の一日かかったきっつい練習を乗り切って、部室で制汗シートで念入りに汗を拭きとる。


「なあ、○○」
「ん?」

「今日、花火大会じゃんか」
「だな」

「俺らハンド部の非リア組ってさ、去年は花火の音聞きながら部室で独り身パーティーした仲じゃんか」
「だな」


うん、汗のにおいはだいぶ消えた。

急いでシャツを着て、バッグを背負う。


「○○、何でそんなに急いでんだよ……」


部室から出ようとしたとき、部員の一人に腕を掴まれる。


「おい、何してんだ。急いでんだから離せよ」
「なんでそんなに急いでるのか話してから行けよ……」

「それは……」
「お、お前……まさかデートじゃあるまいな……!」

「デート……」


じゃないよ。

とも、言いきれない。

アルノは前に俺と出かけた時もデートだって言ってた。

今回だって、少なくとも俺はそうとらえている。


「お、お前……」

掴まれていた腕が解放され、部室には悲壮感が漂う。

これ好機と、俺は部室から飛び出した。


「この裏切りもんが!」とかの声も聞こえていたけど、それは無視。


『駅前のデジタルサイネージの前に集合ね!』と記されたメッセージを確認して駅まで走る。

次第に汗が滲みだし、さっきまで気を付けていたのは何だったのかと思ってしまう。

次第に周囲の人たちの格好は普段着から浴衣や甚平といったものが増えてくる。

部活終わりで、スポーツウェアみたいな格好の俺は浮き気味だ。

時刻は午後六時。

指定された広告の前。

バッグをロッカーに預けて向かったのだが、そこにアルノの姿はない。


「あれ……?」

アルノが約束を破るなんてことは考えにくいよな……

準備が遅れてる?

それとも……何か事件に巻き込まれてたりする……?

アルノは変な人に絡まれがちだ。

俺の経験だけでも二回ある。

探しに行くかと思った瞬間。


「お待たせ」

聞きなれた声。

その声に振り返る。


「遅くなってごめんね……」


薄い紫の浴衣に、花の髪飾り。

普段ももちろん可愛いのだが、それとはまた違った綺麗さがある。


「いや、今来たとこだから……」


思わず見惚れてしまって、出てくる言葉に覇気がない。


「どう……かな……?」
「あ、ああ。すっごい似合ってるよ」


改めて口に出すと、なんだか恥ずかしい。


「い、行こう……!」

照れを隠して、改札を通る。

そのままホームに向けて歩こうとすると、シャツの裾をキュッと控えめに引っ張られた。

俺は、再びアルノの方に向き直る。


「ひ、人多いじゃんか……だからさ……」


そう言って、差し出された右手。

人目も気にしてなのか、小刻みに震えている。

顔も、背けられてるけれどほんのり赤くなっているのがわかる。

明らかに無理してる。

だからこそ、これを断るのは男じゃない。

俺はそっと、何も言わずにアルノの手を握る。

手汗とか、大丈夫かな。

気の利く一言も言えなかったし。


「○○……!」

アルノが手を握り返す。

ホームでも、人の多い電車の中も、目的地の駅に着いてからも、その手は結ばれたまま。




・・・




「人多いね……」

駅から出て、あまりの人の多さに圧倒される。

うちの最寄り駅なんかとは比べ物にならないくらい、浴衣に甚平と祭りの格好をしている人の割合が多い。


「手、繋いでたら逸れないでしょ」
「そうだね」

河川敷に並んだ屋台。

客引きの声と雑踏。

気を抜いたら活気に酔いそうになる。


「先、場所取っちゃった方がいいかな?」
「あー確かに。その方がいいかも。今のうちに食べたいものあったら考えておいて。場所確保出来たら俺が買ってくるよ」

「どうしよっかな」


川には揺れる満月が写り、下る土手には大勢の人が談笑しながら花火が揚がるのを今か今かと待っている。


「あ、あそこ」

アルノが指さす方を見ると、ちょうど二人分くらい空いたスペース。

俺たちはそこに小さなシートを敷いて、スペースの確保に成功した。


「何にするか決めた?」
「わたあめ食べたい」

「オッケー」
「あとたこ焼き」

まだ花火まで時間があるからか、屋台の周りの人混みは解消されておらず、屋台にたどり着くまでも一苦労。

何度も人とぶつかりそうになりながら人混みの中のちょっとしたスペースに出る。

その時、目の端に映った。


「お母さん……」

今にも泣き出してしまいそうな子供の姿。

推定五から六才。

赤い浴衣をぎゅっと強く握りながら俯いている。

きっと、みんな見えてはいる。

だけど、手を差し伸べようとする人はいない。

誰だってそうだ。

友達と、恋人と、家族と過ごしている時間。

手を伸ばすをを躊躇うだろう。


「君、迷子?」

俺だって、天秤にかけた。

だけど、ここで見て見ぬふりをしてしまったら後味が悪いから。


「うん……」
「お母さんと来たの?」

「うん……」
「とりあえず、本部に行ってみよう」

アルノ、ごめん。

花火始まるまでに合流できないかも知れない。

俺は心の中でアルノに謝って、子供の手を引いた。


「ぐすっ……」


きっと泣きたいくらい不安だろうに、決して涙を流さず、強く俺の手を握っているだけの女の子。

強い子だ。

偉い子だ。

再び人混みの中に突っ込んで、一直線に本部を目指す。

昔、俺も迷子になって大学生くらいの兄ちゃんたちにこうやって手を引かれたっけ。

懐かしい気持ちを思い出しながら人の切れ目にたどり着く。


「放送かけてもらえば、きっとお母さんも見つかるからね」


こくりと小さく頷いた女の子。

ようやく本部のテントが見えてきた。


「着いたよ。ここで待ってればお母さんも……」
「ママ……!」


女の子が俺の手を放してテントの方に一直線に走っていく。

本部の人と話していた女性がどうやらこの子のお母さんだったらしい。

女の子はお母さんに抱き着いて、ようやく大泣きし始めた。

そのまま俺が立ち去ろうとした時。


「あの、あなたが娘を連れてきてくれたんですよね」
「あ、はい」

女の子のお母さんに引き留められる。


「何かお礼を……」
「いや、いいですいいです!お礼が欲しくてやったわけじゃないので。では、花火楽しんでください!」

一礼して、その場を素早く離れる。

花火が始まるまであと十分。

屋台は空き始めているとはいえ、並んでいたらアルノから課せられたわたあめとたこ焼きを買ってくるというミッションを達成できない。

俺はとりあえずすぐそばにあったわたあめの屋台に並んだ。

列こそ進むけど、時間も同じく進んでいく。


「わたあめ一つお願いします」
「あいよ!」

元気な店主さんからわたあめを買って、スマホを見る。

花火が始まるまで残り四分弱。

たこ焼き買ってる時間は無いな。

わたあめを片手に、人の流れに乗ってアルノの元に到着。


「おかえり。遅かったね」
「ごめん、わたあめしか買えなかった」

「いいよいいよ。代わりに今度二人でタコパしよ!」
「うん。そうしよう」

「で、何かあったの?」
「ちょっとね」

「人助けしてたんだ」
「え、見てたの?」

「やっぱそうだったんだ~」


見てたって訳じゃないらしい。

じゃあ、何でわかったんだ。


「○○が何か変なことやらかすわけがないからね」


アルノからの期待はうれしいけれど、これはヘマをした時がちょっと怖いな。


「はい、とりあえずわたあめ」
「ありがと」

アルノにわたあめを手渡して、花火が上がるのを待ちわびて空を見上げる。


「そろそろじゃない?」

アルノのその言葉に応えたかのように夜空を一筋の光が昇る。

雄大に、夜空に煌めく大輪の花。


「わぁ……」

その声に、俺は思わず意識を吸い寄せられた。

赤く、黄色く、オレンジに。

色とりどりの光に照らされて宙に咲く花よりも綺麗な横顔。

心臓を震わすような音と、鼻孔をくすぐる火薬のにおい。

こっちを見ろと花火が語り掛けているようにすら感じるが、生憎俺の視線はアルノに釘付けにされて離れない。


「ねえ、○○」

こちらを見ずに、アルノはそう言った。

花火が開いた音がするたびに一層笑顔を輝かせる。

わたあめをぎゅっと握りしめて、どこか無邪気さを感じさせながら。


「すっごい綺麗だね!」
「うん。すっごい綺麗だ……」


花火は上がり続ける。

ふいに、アルノが俺の方を見た。

バッチリと目が合う。


「ちょっと……恥ずかしいじゃん……」

まだ、さほど食べ進めていないわたあめで顔を隠すアルノ。


「ご、ごめん……!」

俺は一度空に目をやる。

だけど、視線はすぐに横を向いてしまった。

純粋な意味で、花火を楽しめましたかと聞かれたらノー。

なのかもしれない。

だけど、間違いなく。

今日一日充実していましたかと聞かれたら俺は、それはそれは力強く、イエスと答えられる自信がある。


「今日、一緒に来れてよかったな……」

今日一番の轟音が空気を揺らし、夜が照らされた。


「○○、何か言った?」
「ううん。何でもない」

どうやら、俺の言葉はアルノには届いていなかったらしい。

まあ、それでよかったんだけど。




・・・




「電車も混んでるな」
「うん。座れるかな……」


花火も終わり、みんな余韻そのままホームで今日の感想を口々に語りあっている。

電車が到着し、ドアが開く。

私たちは運良く端っこの席を確保できた。


「ごめんね、○○。部活終わりに付き合わせちゃって」
「そんなのいいよ。俺だって楽しかった」


電車は動き出す。

心地のいい揺れが眠気を誘う。


「アルノ。誘ってくれてありが……と……」


肩に重み。

小さく聞こえる息遣い。

超至近距離の寝顔。


「○○……」
「…………」

返答無し。

ぐっすりみたい。


「ほんとに、ありがとね」


私はそっと○○の頭を撫でて、花火の余韻とこの状況を堪能しながら電車に揺られることにした。




………つづく

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