僕が拾ったケルベロスは、翌朝目が覚めると3人の美少女になっていました
暑い、夏の夜。
湿った風と、ぼんやりとした公園の街灯。
「犬……じゃ、ない……!?」
闇に紛れるほど真っ黒で良質な毛並み。
柴犬くらいの大きさ。
それが入った段ボールには【ひろってください】の文字。
ある一つの特徴さえ抜けばどう考えても犬なのに、主張の激しいその見た目がその生物が犬であると決定づけるのを阻止してくる。
そう、俺の目の前の生き物には、首が三つあったのだ。
・・・
「ありがとうございました~」
時刻は夜の十時。
ハンバーガーチェーン店で働く俺。
シフトの時間も十時まで。
「○○くん、アップしていいよ」
「あざす!」
「そうだ。ハンバーガー余っちゃってさ、捨てるのも勿体ないから持って帰りなよ」
「いいんすか!あざっす!」
先ほど作ったのに、デリバリーがキャンセルになって余ったハンバーガー二つ。
紙袋に入れ、それをビニールに入れてスタッフルームに持ち帰る。
「お、○○くん上がり?」
「上がりっす。店長は今日も締めまでっすか」
「そうだよ……今日で七連勤だよ……」
「ドンマイっす……。まあ、今夏休みなんで、シフト足りないとこあったらどんどん言ってください!」
「○○くん……。助かるよ~」
「では、お疲れ様です!」
制服の上から薄手のパーカーを羽織って、自転車に乗り夜の街へと漕ぎ出す。
生ぬるい、湿度を含んだ風がジトっとして気持ち悪い。
街灯の下に伸びる俺の影が長く映る。
なんとなく気だるい夜だ。
まあ、明日明後日は休みだし、今日はちょっとだけ夜更かしだってしてもいい。
見ようと思ってた映画でも見よっかな。
ペダルを踏みこみ、自転車の速度を上げる。
公園を横切れば近道。
ハンドルを右に切って、公園の街道を突き進む。
そんな時、ふと聞こえてきた小さな鳴き声に足が止まった。
耳を澄ますと、やっぱりどこかからかすかな「ワン」という声がする。
俺は自転車を降り、手で押しながら音のする方へと向かった。
暗がりの中、【拾ってください】と書かれた段ボール箱がひとつ。
街灯に照らされて、中に入っている生き物がぼんやりと見える。
段ボールの中の犬。
いや、
「犬……じゃ、ない……!?」
犬ではない。
真っ黒な毛に、三つの首。
これは、俺でも知っている。
ギリシャ神話に出てくる神話上の生き物。
ケルベロス。
しかし、俺の知るケルベロスはもっと大きい生き物という印象が強かったものの、段ボールに入ったケルベロスは柴犬くらいの大きさで、少々弱っているようにも見えた。
「……お前、こんなとこで何してんだ?」
自転車を傍らに停めて、俺はそのケルベロスの前にしゃがみ込む。
警戒する素振りもなく、俺が伸ばした右手に真ん中の首が頭を擦り付けてくる。
ふわふわした毛並みが心地のいい感触を掌に伝える。
「捨てられたのか……。てか、ケルベロスなんて誰が捨てるんだよ……」
周りを見回しても、人の気配はまるでない。
段ボールの中には古い毛布が一枚だけ。
マジでケルベロスなんて誰が捨てるんだよ。
眠っている様子の右の首と、人懐っこそうな真ん中の首。
そして、元気なく俯く左の首。
「……腹、減ってるか?」
俺の問いかけに、言葉を理解しているのか真ん中の首が縦に揺れる。
俺は自転車のハンドルにかけてあったびビニール袋を持ってきて、そこから三つのハンバーガーを取り出す。
「犬にハンバーガーっていいのか?塩分とか……でも、ケルベロスだから関係ないのか……?てか、首が分かれてるだけで胃袋は一緒なのか?」
ケルベロスの生態なんてわかるわけもない。
首が三つだから、二つのハンバーガーを半分ずつに割って、それぞれの首に与えてやる。
左の寝ていた首も匂いにつられて目を覚ましたようで、起きて早々ハンバーガーに食らいついていた。
「うまいか?」
ワンとなくケルベロス。
真ん中は元気がいいな。
「でも、ごめんな……。うちのアパート、ペット禁止なんだ……」
俺の住むアパートはペットを飼うことができない。
てか、ケルベロスってペットになるのか?
「じゃあな、いい人に拾ってもらえよ」
名残惜しさこそあるものの、その心をなんとか押さえつけてケルベロスに背を向けた時だった。
パーカーの裾を力強く引っ張られ、俺の足が止まる。
振り返ると、元気なさそうだった右の子がパーカーを噛んで俺がこの場を離れるのを阻止していた。
「いや、うちペットダメなんだってば……!」
引きはがそうとしても、中々離す気配はない。
それどころか、真ん中の子まで引っ張り出す。
「……ああもう、わかったよ!一晩だけだからな!絶対騒いじゃダメだからな!」
根負けした俺は、一晩だけケルベロスをうちに連れ帰ることにした。
体も洗ってやった方がいいだろうし、ご飯も何かしら食べさせてやった方がいいかもしれない。
なにより、現実離れしたケルベロスという生き物だろうと、ここで見捨てて行ってしまったら後悔するかもしれないと思ってしまった。
段ボールを持ち上げてみると、意外と重量がある。
そしてなにより、俺の自転車はスポーツバイクだから籠もついていない。
「…………お前、走れるか?」
「ワン!」
やっぱり真ん中は元気がいいな。
今更だが、ケルベロスって鳴き声「ワン」なんだな。
潰した段ボールを真ん中の子が加え、自転車を走らせる俺の後ろをケルベロスが付いてくる。
どうか、誰にも見られませんようにと急いでアパートまで帰って、鍵を取り出し玄関を開ける。
「ほら、ケルベロスは一回風呂行ってくれ~」
利口なケルベロスは俺の指示に従って風呂場で待機してくれている。
俺も着替えを用意して、適当にその辺に放って、風呂に入る。
「犬に人間のシャンプーって確かダメだったよな……。それにシャワーもちょっとぬるめの方がいいか?」
自分の手にシャワーのお湯を当てて、念入りに温度を確認しながら熱さを調整する。
まああったかいかな……?くらいの温度になったら、いきなり顔にかからないようケルベロスにかけてやる。
「ワフ……!」
真ん中が気持ちよさそうな鳴き声でなく。
やっぱこいつは元気だ。
「シャワー、気持ちいいだろ。外に放置されてたから、汚れとかも溜まってるかもしれないしな~」
実家のチワックスを思い出すな。
今元気してっかな~。
ケルベロスの毛並みはなかなかにふわふわで、撫で心地抜群。
「ちょっと首元洗うから目気を付けてな」
ケルベロスが利口だったから、お風呂に入れるのも楽でよかった。
俺が頭とか洗っている間も騒ぐことなくケルベロスは待っていた。
「待たせてごめんな。ドライヤーするからな」
風呂から上がって、タオルで念入りに拭いてからドライヤーをしてやると、乾いた毛並みは元のふわふわにあっという間に戻っていった。
「ご飯は……さっき食ったから朝か」
「クゥ……」
「ダメだ。明日の朝作ってやるから」
軽く三つの頭を撫でてやって、俺はベッドに転がった。
「じゃあ、寝るから静かにしてるんだぞ」
ケルベロスたちにそう告げてから、俺は電気を消して目を瞑った。
・・・
「頬っぺつついたら起きるかな?」
「えー!やってみる?」
なんだか、騒がしいな……
「やめなよ、二人とも」
女の子の声……?
いやいや。
今の俺に、連れ込むような女の子はいない。
てことは、夢か。
「つんつん」
「えい!」
夢にしてはえらくぼやっとしてるし、実際につつかれている感覚もある。
「起きないね?」
「疲れて寝てるんだから、やめてあげなよ……」
「キスとかしたら起きるかも!」
キスされちゃう!?
これは夢なんだし……
「ん……」
なんて期待も虚しく俺の目は覚める。
眼前に広がる光景。
寝転がっている俺を覗き込むように、三人の女の子。
もれなく全員、超絶美少女。
「うわぁ!だ、誰だよお前ら……!」
「もう、起きちゃったじゃん」
「おはよう、ゴシュジン!」
俺は目の前の光景が信じられず、慌てて飛び起きた。
やはり、女の子が三人。
ご主人って俺のことか!?
この子たち、どうやって入ってきた!?
「ご主人さま、私たちのこと忘れちゃったんですか?」
「え~、さみしい~」
「いやいや、俺は君たちのことまったく知らないけど!?」
「説明も何もないから、ご、ご主人様困ってるじゃん」
口ぶりからして、俺と面識があるのか?
てか、昨日拾ったケルベロスは……?
……ケルベロス?
「お、お前ら、もしかして……昨日のケルベロスか?」
「ゴシュジン!ご明察!」
「まじか……。ちょっと頭痛い……」
「風邪?わたしたちが看病してあげよっか!」
「多分そういうことじゃないとおもう……」
昨日のケルベロスはやっぱり夢とかじゃなくて、朝起きたらそのケルベロスが三人の女の子になっていて……
考えれば考えるほど現実離れしている。
ここ、ほんとに現実だよな?
まだ寝てて、夢見てるわけじゃないよな……?
そう思って頬っぺたをつねってみると、しっかりじわっとした痛みが残った。
てことは夢じゃないってことだ。
「うーん……君たちはほんとに昨日のケルベロスなんだよね?」
「そうだよ~!昨日ゴシュジンがこのアパートだとペットは飼えないっていってたから、ニンゲンの姿になったんだよ」
「ペットがダメだからって、女の子三人を家に連れ込んでいいってことにはならないんだよなぁ……」
「それなら、私たちみんな十八歳以上だから大丈夫だよ!」
「そういうことでもないんじゃないかなぁ……?」
「ちなみに、君たちは何歳なの……?」
「えっとね、二歳かな!」
「……はい?」
「犬の年齢で二歳だから、人間換算だと十九歳になるかな?」
一応十八歳以上なのか。
って、そこが問題じゃないだろ。
「君たち、名前は?」
「私はテレサ!よろしく、ゴシュジン!」
「わたしはヒナ!」
「ア、アルノです」
別に、名前を聞いたからってこの状況がどっちにも転んだりはしない。
それどころか、犬の形してないから元の場所にも返しづらくなってしまった気がする。
「ゴシュジン、どうかした?」
「……まず、そのご主人って呼ぶのやめよう。今後どうなるかわからないけど、年下の女の子にご主人様って呼ばせてるのはちょっと……問題になりかねない」
「でも、わたしたちご主人さまの名前知らないよ?」
「そっか、ごめん。俺は○○。○○さんでも、呼び捨てでも○○くんでもいいから、ご主人様以外で呼んでくれ」
「ゴシュジン改め○○くん!」
「○○!」
「○○さん……」
「三者三様って言葉はこのためにあるんだな」
「あ、わたしそれ知ってるよ!みんな違ってみんないいって意味でしょ!」
「まあ、そういう解釈もできるかな……」
さて、考えるべきは今後のことだ。
うちで三人ともっていうのは無理ってこともないけれどかなり狭い。
しかし...…
「君たち、今後行く当ては……」
「ない!」
「だよねぇ……」
「あの、○○くん……」
「どうした、テレサ?」
「お、おなかが空きました……」
時刻は午前十時。
俺も昨日は半分に割ったハンバーガーしか食べてないし、意識したとたんに腹が減ってきた。
「じゃあ、なんか作るか」
「わたしたちも何か手伝う?」
「二人とも料理できないじゃん」
「アルノ辛辣!」
「まあ、三人は待ってていいよ。ちゃっと何か作るから」
キッチンに移動し、壁に掛けてあったエプロンを付けて冷蔵庫の中を確認する。
パックのご飯と、卵にウインナー。
調味料もあるし、これなら炒飯を作れそう。
「よし、作るか~!」
卵をボウルに割り入れ、溶きほぐしてからパックのご飯もそこに入れて混ぜる。
ウインナーは細かく切っておいて、サラダ油を敷いたフライパンで炒める。
表面がカリッとしてきたらご飯を入れ、引き続き炒める。
味付けはシンプルに塩、コショウ、醤油。
「よーし、できたぞ~」
あとはお皿にそれっぽく盛ったら完成だ。
「おいしそ~!」
「これは、なんて料理ですか……?」
「ああ、ケルベロスだから知らなくてもしょうがないか。これは炒飯って言うんだ」
「ちゃーはん……!食べてもいい?」
「いいぞ」
それぞれスプーンを持って、炒飯を掬って口へ運ぶ。
「ん!美味しい!」
「料理上手だね、○○くん!」
「こんな美味しいばっの、初めて食べたかも……」
「もっと褒めてくれていいぞ」
可愛い女の子たちに、目を輝かせながら自分が作った料理を美味しいって褒めてもらえるなんて……
一人暮らしの料理はだるいなって思ってたけど、こんなご褒美が待っていたんだとしたらちゃんとしておいてよかった。
「美味しかった~」
「ありがとうございます」
「そういう時はな、『ごちそうさまでした』っていうんだよ」
「ごちそうさまでした……ですか?」
「そう。この国の文化なんだ。手を合わせて……ごちそうさまでした」
「ごちそうさまでした!」
・・・
「さて、今後のことを決めないとな」
「○○さん、私たちのこと捨てるの……?」
さっきまで元気だったテレサが急に上目遣いでこっちを見つめる。
「そういうのはやめてくれ、心が痛む」
「でも、タダでお世話になりっぱなしも申し訳ないよね……」
「でも、行く当てないのもほんとだよ!」
この子たちは悪くない。
しいて言えば、ケルベロスをあんな場所に捨ててったやつと、情に絆されて拾ってきてしまった俺が悪い。
「どうすっかな……」
「やっぱ、無理だよね……」
一気にしゅんと、落ち込んでうつむいてしまったテレサ。
それを見て、ヒナもアルノも下を見つめてしまう。
「…………あぁもう、わかったよ!」
やっぱり、昨日軽々しくこの子たちを連れかえった俺が悪いな。
それに、ここで見捨ててしまったらそれこそ薄情者だ。
俺は、そうはなりたくない。
「準備して買い物行くぞ。友達が泊まった時用のマットレスとかはあるけど、お前らの着替えとかは諸々何もないからな」
「それって……!」
「しばらくはうちで面倒見てやる。ただし、バイトはしてもらうぞ。なんなら、俺のバイト先で働かせる」
「ゴシュジン……!」
「ご主人はやめろ!」
一匹が三人。
拾ってきたケルベロスが起きたら美少女になっていて……
まだ、正直頭が追いついていないところもあるけれど、俺と彼女たちの騒がしくて不思議な共同生活はこうして始まったのだった。
………つづく!