誕生日を迎えた義理の姉は、一日くらいお姉ちゃんって呼ばれたい
時計の針が刻一刻と日付の移り変わりが近づいていることを知らせる。
秒針が進むにつれて、それを見つめる俺たちはどこかそわそわしていた。
「もうすぐだ」
「カウントダウンして!」
アルノに言われるがまま、残り五秒からカウントを数え始める。
「3……2……1……誕生日おめでとう」
「ありがと~!」
3月17日。
アルノの誕生日。
アルノの方が一つ上。
とはいっても、日付が変われば俺の誕生日だし、そんなに関係ないか。
「さて、年齢も私のほうがお姉ちゃんになったわけですが」
関係ないって俺は思っていたけど、アルノのほうはそうでもなかったようで。
「今日一日くらいは、私もお姉ちゃんらしいことをしてみたいのですよ」
「……ほう?」
「いや、お姉ちゃんらしいことをしたいのもあるけど、○○に弟らしいこともしてほしいって言った方が正しいかも」
「ごめん、もっとわかんない」
「とにかく、今日は私がお姉ちゃんだから。まずは私のことをお姉ちゃんって呼んでみよっか」
「急にそれは中々……」
急にお姉ちゃんと呼べと言われても、気恥ずかしさがこみあげてきて声帯がそれを拒否する。
「ほら、はーやーくー」
期待の眼差しが俺のことを責め立てる。
無言の圧に、俺は思わずのけぞってしまいそうになる。
「お……おねえ……ちゃん……」
俺の根負けだ。
一日くらいはこんな日があってもいいか。
「なぁに?弟よ」
「なんだその呼び方。弟のこと家で弟って呼ぶ姉は居ないだろ」
「たしかにそうかも。じゃあ、私は普通に○○でいっか」
一日くらいはとか思ったけど、中々骨が折れそうな一日が幕を開けた。
・・・
「おーい、○○ー!朝だよー!」
「おはよ……。はやいね……」
朝八時。
いつもよりは遅いけど、休日にしては早い時間。
そして、いつもとは違う点としてはアルノが俺のことを起こしに来たところ。
「おはよ。顔洗ってきちゃって」
「アルノが俺のこと起こしに来るなんて、珍しいね」
「アルノ?」
「お姉ちゃん」
「そう、お姉ちゃんだからね」
なんでかご機嫌なアルノが部屋から出る。
夜言ってたことはやっぱり実行せねばならないんだなと再認識した。
「アル……姉ちゃん、今日は誕生日だしさ、何かやりたいことある?」
「それがなーんにもないんだよね。日常を送れるのが一番幸せと言うか……」
「それはそれで困ったな」
「んー……。じゃあ、○○と一緒に体でも動かそっかな。弟の相手をするのもお姉ちゃんの役割ってね」
「よし、じゃあ天気もいいしランニングでも行くか」
そうと決まったら早速ジャージに着替えて外に出る。
軽いストレッチをしている最中にアルノも動けそうな格好に着替えて外に出てきたけど、少し心配そうな表情を浮かべていた。
「自分で言ったけど、大丈夫かな……。足首捻ったりとかしないかな……?」
「アルノも最近運動不足でしょ。そんなにペースはあげないから大丈夫」
ストレッチを終えて、風を切って走り出す。
春の空気はどこか花の香りも含んでいるようで、喉を通る息も気持ちがいい。
普段のペースよりもだいぶゆっくり、風景を楽しむくらいのスピードで走ってはいるけど、
「ま、まって……速い……」
後ろのアルノはそうでもなかったらしく、ちょっと走っただけでも息が切れて足がもつれるほどにまでなっていた。
「姉ちゃん、もう少し体力つけた方がいいよ」
「お、おとうとのくせに……なまいきなやつだ……」
言い返す言葉にも覇気がない。
俺は少しスピードを落として、アルノに並ぶ。
「ほら、ゆっくりでいいから息整えて」
「すぅ……はぁ……」
「整えたら、一定のリズムで呼吸するのを意識して」
「うん…..!」
呼吸を一定に保ち、その呼吸と合わせるように歩調も整える。
呼吸と体の動きがあってくることで、疲れにくくもなる。
「どう?ちょっとは楽になったんじゃない?」
「しゃ、しゃべる余裕はないかも……」
「一旦、公園辺りで休憩いれよっか」
近くの公園までおよそ五分、アルノと並んで風を切る。
アルノは公園に着くなり、ベンチに座り込んだ。
「つかれた……」
「はい、お茶」
「ありがと……」
自販機で買った小さいサイズのお茶。
一気に飲み干せるサイズで、ペットボトルさえ捨ててしまえばこの後の荷物にもならない。
「○○は、毎日続けてるんだもんね……えらいね……」
「そんなにバテてお姉ちゃんぽいセリフ言っても説得力無いって」
「面目ない……」
もう、春が指先を見せる季節で、花々は蕾を揺らす。
太陽の光も世界を温めて、気持ちのいい汗が流れる。
「でも、いいね、こういうの」
だいぶ回復した様子のアルノがベンチから立ち上がり体を伸ばす。
「なんかさ、外に出てこうやって汗を流すとさ、世界感じるじゃん」
「わかる。生きてるよね」
「さっすが私の弟」
「そのスタンスは変えないんだ」
「空気が気持ちーね」
「ちょっと休んだら行くよ」
もう一度軽いストレッチをはさんでから走り出す。
今度は、アルノのペースに合わせてさっきよりもゆっくりと。
たまには、こんなのもいい。
いつもはトレーニングの意味合いが強いランニング。
負荷とか、ペースとか色々考えて走ってたけど、今日は何にも考えずにただただ体を動かすだけ。
「ちょっとは体慣れてきたんじゃない?」
「ちょっと……だけね……!」
さっきと同じで、運動不足の体には結構響いてそうだったけど、アルノの顔は晴れやかだった。
・・・
その後、俺たちはスポーツセンターに足を運んだ。
決めてたわけじゃないけど、走ってきて体はあったまってたしいいかなって。
「走るだけだと退屈じゃん」
「まだ体動かすんだ……」
「姉ちゃんが言ったんだからね。体動かしたいって」
アルノの手を引いて中に入ると、バスケにテニス、サッカーにバッティングセンターとローラースケートなどなど。
様々な施設が目に入って思わず心が躍る。
「どっから行く?」
「○○に任せるよ」
球技とかより全身使うやつがいいな。
施設一覧を見ていると、ちょうどよさそうなものが目に入る。
「よし、これにしよう」
アルノを連れて向かった先はトランポリン。
いくら運動神経に難ありのアルノでも、ただ跳ねるだけのトランポリンは大丈夫だろう。
アルノの心配はそんなにせずに、俺はトランポリンの上に乗る。
当たり前だが、普段よりも高く飛べるこの感覚。
こんなに飛べたらどれだけハンドボールが楽になるか。
「調子はどんな……」
「たすけ……!うべ……!」
トランポリンで跳ねたアルノは、バタバタとした末に場外に飛び出していった。
トランポリンで遊んでるというよりかは、器具に遊ばれていると言った方が正しいのかもしれない。
クライミングでは、
「行けそう?」
「手汗との戦い…..ってか待って、これ結構怖いかも!」
「行ける行ける!」
何とか登り切っても、
「これどうやって下りたらいいの!」
「ハーネス握って飛べばいいよ!」
「ほわぁ~!」
奇声を発しながら、降りたというよりかは落下。
エアーランでは……
「わ……!」
「あで……!」
バタバタと転んでは起きての繰り返し。
姉の威厳はどこに行ったのやら。
「ぜぇ……ぜぇ……。こんなに体って動かないものなのか……」
「でも、おもしろかったよ」
「バカにしてるな!」
「してないしてない」
その後も、いろんな種目をやって。
どれをやってもアルノはどこかぎこちなかったけど、転んでも転んでもあきらめることはなかった。
・・・
スポーツセンターでの運動を終えて、うちに帰り、シャワーも浴び終えた俺たちは、両親の帰りを待つまでの暇な時間をいつものように映画を見て過ごすことにした。
見る映画は、アルノのリクエストで新しくサブスクに入ったホラー映画。
結構怖いらしく、提案されてから俺は中々憂鬱だ。
「○○はホラーが苦手だもんね」
「アルノがわーきゃー言いながら見てくれるから、それありきだな……」
「怖くなったら私に頼ってくれてもいいんだよ」
「いや、頑張るよ」
そうして、電気を消してから上映会が始まった。
評判通り、映画の序盤から怖さフルスロットルって感じで、俺は目の隙間から見るので精いっぱい。
こんなの、よく見ようなんて言えるわ。
そんな俺の頼りはアルノの反応だけ。
しかし今回、アルノのリアクションが聞こえてこない。
それを不自然に思っていると、肩にほんの少しの重さを感じた。
「姉ちゃん……?」
俺の肩を使って、気持ちよさそうな寝息を立てるアルノ。
普段積極的に体を動かす方じゃないし、あれだけ動いた後に暗くなった部屋で映画を見るのは、眠気にあらがえなかったみたいだ。
「……何回転んでもあきらめなかった姿、カッコよかったよ。姉ちゃん」
「ん…………」
寝てるからいいかって思ったけど、やっぱり恥ずかしいもんは恥ずかしい。
返答は無かったけれど、そっちの方がありがたい。
映画の音量を下げて、なるべくアルノの眠りを妨げないよう、動かないことを心掛ける。
映画が終わっても、アルノはぐっすり眠ったまま。
年齢よりも幼く見える寝顔。
やっぱり、姉の威厳なんてないよ。
俺はそっと、アルノの柔らかい髪を撫でた。
・・・
「もうすぐ日付変わるね!」
「今回はアルノがカウントダウンしてよ」
「いくよ、3……2……1……」
長針と短針が重なる。
日付が変わって、3月18日。
「誕生日おめでとう、○○」
「これでまた同い年だな」
「もうちょっと○○にお姉ちゃんって呼ばせたかったのにな~」
「また今度ね」
「今日は○○、部活だもんね」
「うん、そうだね」
「じゃあ、誕生日の○○くんには私がとびっきりの夕食を作って待っててあげようかな」
「楽しみにしてる。じゃあ、おやすみ」
一日違いの誕生日。
昨日はアルノで、今日は俺。
今日の夕食は何が用意されるのか。
”お姉ちゃん”の気合の入った夕ご飯を今から楽しみにしながら、俺は眠りについた。
………つづく…?