聖なる夜、僕の想いを義理の姉に伝えることにしました
窓の外には昨日に一日中降り続いた雪が積もり、太陽に照らされた結晶たちがキラキラと輝く。
「…………」
一か月くらい前の修学旅行の日。
あの日以来俺はこんな感じだ。
多分ずっとあったこの気持ちに自覚してしまったあの日から、俺はどこかおかしいんだ。
「はぁ……」
枕元に置いてあったジンベイザメのぬいぐるみを抱き寄せて、うずくまるようにしてベッドに潜る。
こんな風に、抱きしめられたら……
「いやいや……」
流石に考えがキモいって……
ベッドから這い出て、何か空腹でお怒りの腹の虫を収めるためのものがないか、バターの香りがするキッチンに確認しに行く。
「あ、○○おはよ」
「おはよ」
バターの匂いの元はここだった。
キッチンにはすでに食パンを頬張るアルノが居た。
「パンならあるよ。焼く?」
「自分でやるよ、そのくらい」
「はーい」
食パンを焼いて、コーヒーを淹れて。
まるで優雅な朝ごはんに見えるお昼ごはん。
正確に言えば午後三時を過ぎているからおやつか。
「○○、これから何かする?」
「何かって?」
「トレーニングとか、ゲームとか」
「いや、寝る」
「お疲れですか」
「しばらく試合が無いから、先生が追い込み週間とか言い出してさ」
ボールを使った練習の頻度が減り、ひたすらトレーニングとフットワーク。
正直体バキバキで体力も底。
「今日ご飯何食べたい?」
「んー……カレー」
「はーい」
アルノの返事を聞き、俺は部屋に戻ってベッドに体をダイブさせた。
…………そう言えば、来週はクリスマスか。
アルノの予定はどうなんだろう……
やっぱ、友達と過ごすのかな。
それか、誰か好きな人と……
もしかしたら、彼氏と……!?
聞くべきか、聞かぬべきか。
ぐるぐると思考が駆けまわる。
どうしよう。
考えすぎてしまった俺は、眠るにも眠れなくて、ぼーっとスマホをいじっていた。
・・・
「お、○○。ご飯ちょうどできるよ」
アルノの言う通り、程なくして炊飯器が仕事を終えた音が鳴り、湯気が立つほどあったかい状態でカレーがテーブルにやってくる。
「いただきます」
二人でくだらない話をしながら夕飯を食べ終えて、シャワーも浴びて。
あとはゆっくりしながら眠くなるのを待つだけ。
俺はソファの背もたれに体を預けて、だらしのない体勢で動画を見る。
「よいしょ……っと」
ソファの反対側。
ちょっとだけ離れた場所にアルノは座った。
今か……?
聞くなら、今しかないのか……?
「あの……さ……」
いざ、それを口にだそうとすると、分厚くて重い門が喉にできてしまったかのように声が出ない。
「何、急に改まって……」
そんな俺の様子が伝播したように、アルノの表情も緊張したようなものになってくる。
「あー……えっと……その……」
どうしちゃったんだ。
おかしい。
いつもの自分じゃないみたいに、言葉が詰まる。
胸の奥の奥の方がなんとなくもやもやして、声が震えて、呼吸が浅くなって。
見つめるアルノの瞳に、意識を吸い込まれてしまいそうになる。
「来週のクリスマスの予定なんだけど……もしよかったら、俺と……過ごしてもらえないかな……って……」
俯いて、ようやく絞り出せたその言葉。
返答がない。
顔、見れない。
「その……嫌だったらいいんだけどさ……!」
返答が数秒無くて、怖くなって、保険を掛けるように次の言葉が出てしまった。
ほんと、ださいな。
「嫌なんかじゃないよ」
その言葉に、無意識に俺の顔が上がる。
「むしろ嬉しい!どこ行こっか!」
俺とアルノの間にあった隙間がグッとなくなり、肩と肩が触れるほどの距離感が出来上がる。
「私、ここのイルミネーション行きたかったんだ~」
アルノのスマホの画面を二人で見ながら予定を立てる。
「ほら、すっごい綺麗……」
そうしていると、不意にアルノのスマホ画面の上部、メッセージアプリの通知のバナーが顔を見せる。
「…………!」
アルノが慌ててスマホを引っ込める。
差出人こそわからなかったが、文章は見えてしまった。
「……見た?」
「み、見てない……!」
見た。
『○○くんのこと、上手にデートに誘えた?』って文章が、はっきりと。
「気を取り直して……」
もう一回、当日の予定について話し合ったけど、俺の頭はそのことにリソースを割けるほど冷静にはなれなかった。
・・・
雪がぱらぱらと花吹雪のように舞う。
太陽も沈み始めて、聖なる夜の到来を告げる。
「アルノ、準備できた~?」
「もうちょっと待って~!」
部屋の扉をノックして、アルノの準備が終わったかどうかを聞いてみるけれどまだできていなかったみたい。
かれこれ二十分はこうしている。
「もーだめだー!」
情けない叫びと共にアルノが部屋から飛び出してくる。
「○○~マフラー巻いて~」
「はいはい」
差し出されたマフラーを受け取り、正対したアルノの首元に優しくマフラーを巻く。
「はい、完成」
「おー。さすが○○。私よりも全然器用だ」
「それほどでも」
「よーし、行こ行こ」
玄関を開けると、冷たい風が吹き込む。
気温は氷点下間近。
寒いはずだ。
「手袋忘れた……」
そう思って一度部屋に戻ろうとした時、人肌の温もりを右手に感じた。
「こうしておけば寒くない……でしょ……」
アルノが俺の右手を握る。
顔は寒さのせいか少し赤い。
いや、背けているところを見るに、恥ずかしいんだろう。
……恥ずかしいなら、やめておけばいいのに。
とは、言えない。
「はぁ……」
白い息が空へと立ち昇る。
積もりはしない粉雪が髪に落ちる。
「○○は冬好き?」
「ん~……どっちかと言うと嫌いかも。寒いし。アルノは?」
「私は好きかな~。鍋作ったり、雪だるま作ったり、あえて暖房付けずに布団にくるまってたり。あとは、こうやって寒いな~って文句言いながらもっこもこのマフラーにうずくまって歩くのも、結構嫌いじゃないんだよね」
「へぇ……」
「あ、でも乾燥には気を付けないと」
「そっか。じゃあ、俺も冬好きになる努力するわ」
そんな冬トークを繰り広げていると、あっという間に駅に到着。
電車に乗り込むと、周りには仲良さげなカップルが車内を埋め尽くしていた。
「これ、みんなイルミネーション見に行くのかな」
「そうじゃない?」
「私たちもカップルに見えるのかな?」
「そう……じゃないかな……?」
三駅電車に揺られて、降りてすぐの大きな公園。
電飾に木々が彩られ、まるで星々が地上に降りたようにも感じられ、クリスマスの雰囲気をより一層華やかに醸し出す。
寒空に包まれた街と、多くの人々で賑わった公園のコントラストが眩しい。
「あっち、でっかいツリーがあるんだって」
「あー。道理であっちに人が集まってるんだ」
「行こ」
アルノに引かれて、人の流れに乗る。
俺たちを囲むイルミネーションの光が、赤に、青に、黄色にと輝いて幻想的な色彩で満たしていく。
人の流れの中、歩みは次第にゆっくりになる。
会話は特になく、ただただイルミネーションにも負けない、輝くアルノの笑顔を眺めるこの時間に身を委ねていた。
「そろそろ?」
「だね……あ、あれじゃない!」
わかりやすくテンションの上がったアルノの指さす先、電飾に包まれた大きな木。
でっかくなったクリスマスツリーそのもの。
「めっちゃ綺麗……」
思わず、言葉を失った。
ツリーの雄大さだけじゃなく、その周囲で輝く色彩も鮮やかで、俺は大きく冷たい空気を吸い込んだ。
まるで、時間が止まったようだった。
そのくらい、俺は目の前の光たちの織り成す光景に目を奪われていた。
「○○がまさかここまで気に入ってくれるとは」
アルノの声で現実に帰ってくる。
俺を見つめるその顔はどこかいたずらっぽく笑っていた。
「…………!」
その顔に、胸がキュッとしまって、体温がカッと上がる。
「○○?」
「いや、何でもない……!」
「そう……?ならいいけど。あっちも行ってみよ」
手を引かれて、俺はアルノの隣を歩く。
ドキドキ。
そんな言葉じゃ言い表せないほどに心臓が高鳴る。
「これこれ。これも見たかったんだ」
海の中を模したような真っ青な光のトンネル。
夜に溶ける様な深い青が心地よく包み込む。
「ここ、修学旅行で行った水族館みたいじゃない?」
「確かに。こんなところあった」
あの日の思い出がよみがえる。
鼓膜を揺らす潮騒と、肌を撫でる風。
跳ねた心臓と、自覚した想い。
「いや~、楽しかった~」
一通り見終わって、一周して元のツリーの付近に戻ってきた。
胸のどこかで燻ったままの想いは、その存在をどんどんと強くしている。
「〇〇はどうだった?」
今日はこれで終わり。
家に帰れば、母さんが料理を作って待っていて、きっとケーキなんかも用意されてるはず。
本当に、これで終わりでいいの?
「○○?」
アルノが黙り込んだ俺の顔を覗き込む。
頭の中で天使と悪魔が壮絶な争いを繰り広げる。
「あ……!……のさ……」
「はい……!」
「……伝えたいことがあるんだ」
「はい……」
身体がガチガチに固まるのを感じる。
視界がきゅうと狭くなるのを感じる。
7mスローでもこんなになったこと無いのに。
とてつもない緊張が襲う。
そんな俺を見て、アルノは背筋を伸ばして俺に向き直る。
・・・
きらきらと輝くイルミネーション。
クリスマスだから、人はたくさんいたけど、すっごく楽しめた。
だけど……
「○○はどうだった?」
○○の表情は、今日一日どこか固い。
私の言葉にも返答がない。
何か考え事をしてるみたいに。
「〇〇?」
楽しくなかったかな……
誘ってくれたのは〇〇の方だし、○○の行きたいところもあったかもしれない。
だけど、結局私が行きたいところに連れて行ってもらっちゃった。
結局、私のわがままを聞いてもらった。
「あのさ……!」
「は、はい……!」
俯いていた○○を覗き込んだ時、○○は急に何かを思い出したように声を出した。
私は思わずそれにビックリして返事が裏返ってしまう。
「伝えたいことがあるんだ……」
深刻そうな顔。
詰まらせながら発された言葉。
「はい……」
思わず、○○のまとった空気に充てられて私も背筋を正してしまう。
何を言われるんだろう……
どんなことを伝えられるんだろう……
嫌なことばかり考えてしまう。
・・・
言葉が出てこない。
不安が襲う。
「あのさ……私から一つだけいいかな?」
「あ......うん……」
緊張の糸が解れる。
空気が一瞬緩む。
「○○は今日、楽しかった?」
「もちろん……!めっちゃ楽しかった……!」
「よかった」
アルノが優しく微笑んだ。
幸せそうなその微笑みに、喉を覆っていた氷が融けていく。
「じゃあ……俺からも……」
咳ばらいを一つして、気持ちを整える。
言葉は、飾らず、真っすぐに。
「俺、アルノのことが好き……です」
改めて言葉にすると恥ずかしくて目が見れない。
「その……よければ俺と……付き合って欲しい……」
言い切った。
言い切って、俺はアルノの方に再び視線を移す。
返答は、無かった。
だけどその代わりに、口元を抑えて、瞳を揺らす姿が目の前にあった。
「ちょっと待って……五分くらい、返事できない……」
雪が止んで、星が顔を出した空の下。
本当に五分くらい、アルノは黙ったままだった。
「ごめん、待たせて」
「いや、いいよ……」
「すっごいうれしい。私も……○○のこと......ずっと、好きだったから……」
ほっとして、全身から力が抜けていく。
じわっと視界が滲んで、体を締め付けられる感覚がした。
俺は、抱き着くアルノをそっと抱きしめ返す。
「……帰ろっか」
「うん。帰ろう」
結ばれた手。
指と指が絡み合い、普段よりもずっと固い。
「ねえ、このことどうやってお父さんたちに説明しよっか」
「どうしよっか……」
「まあ、なんとかなるか!」
「うん。なんとかなるよ」
二人の吐く息が夜の空に混じる。
街灯が淡い明かりを投げかけ、雪は再び静かに舞い降りる。
遠くから聞こえる聞きなじみのあるメロディ。
寒い夜風に身を預けながらも、心はほんのり温かさに包まれる。
「なんか、いつもと変わらないな」
「確かに!」
いつもとは変わった関係の、いつもと変わらない二人の笑い声が、冬の夜に響いた。
………つづく?