『あおはるっ!』 第12話
夏に入り、衣替えの季節。
ブレザーからワイシャツに変わり、それでもなお暑い毎日がやってくる。
和・もう夏だね~
咲・うん、暑くて嫌になっちゃうね
じりじりと照り付ける陽光。
教室の中で本当によかったとすら思わせる。
〇・腕、どうしたの?
半袖の和の腕。
痛々しい湿布が貼られていた。
和・これ?ちょっと、弓で……
弓?
薺・うちの学校に弓道部あったっけ?
確かに。
うちに弓道部どころか、弓道場すらあったなんて話は聞いたこと無い。
和・部活じゃないんだ。中学の頃までは弓道部で、今は小学生の時少しだけお世話になってた弓道場にまた通ってる感じ
〇・へえ……
和・で、そこで久しぶりに腕を払っちゃって……あざになってるからそれを隠してるの
咲・衣替えの季節になんて、運悪いね……
和がうんうんと頷く。
薺・じゃあ、今は部活入ってないの?
和・うん。どこかに入ろうかなって思ったけど、友達いなくて……
薺がニヤリとした。
あ、こいつまたなんか企んでる。
薺・文芸部とかどうよ。○○と先輩の二人だけだし
和・文芸部……
だよな。
薺なら言うと思ったわ。
和・今日、見学に行ってもいいかな?
〇・うん。先輩も喜ぶと思うよ
放課後。
薺・で、咲月はなんで写真部の部室にいるわけ?
咲・だって、薺一人だと部活無くなっちゃうじゃん
薺・それはそうだけど
咲・で、私は部活に入ってないじゃん
薺・そうだね
咲・じゃあ、私は写真部に入ろうかなって
薺・ふ~ん
得意げな顔をする咲月。
本心を言えば、だいぶ焦ってるんじゃないかと思う。
無理して、俺のために写真部に入るなんて言わなくていいのに。
薺・そっか。じゃあ、とりあえずスマホでいいから写真撮って見よっか
俺はカメラを持って、部室を出ようとした。
彩・失礼します
薺・小川?どうしたの?野球部になら入らないよ
彩・入部希望です!
季節は七月一週目。
入部の季節はちょっと前。
薺・……え?
彩・ですから、私は写真部に入部したいんです!
なんでという疑問が一番に浮かぶ。
薺・てっきりマネージャーやってるかと……
彩・お二人がいないなら野球部のマネージャーはやりません!
咲・へぇ、彩は写真に興味あるんだ
彩・咲月さん!咲月さんも写真部だったんですか?
咲・えへへ、まあね
薺・いや、咲月も今日からじゃん
咲・うるさい
小川はニコニコとしていて、どこか嬉しそうだ。
咲・彩、なんか楽しそうだね
彩・だって、咲月さんと同じ部活なんですもん
小川がキョロキョロと部室を見回す。
彩・そう言えば、咲月さんと鈴谷先輩がいるのに椿木先輩はいないんですね
薺・そんないつも一緒にいるわけじゃないからね~
彩・じゃあ、今日椿木先輩は部活お休みなんですか?
咲・○○は写真部じゃないからね
彩・じゃあ何部なんですか?
薺・○○は文芸部だよ
小川は少し驚いた顔をする。
薺・意外だった?実はあいつ読書家なのよ
しかし、すぐに小川は納得したみたいで。
彩・確かに、何度か読書しているところを見たことがあります……!
薺・それ、スコアブックとかじゃないよね
彩・……何はともあれ、これからよろしくお願いします!
今日だけで、部員が二人も増えた。
池田先輩、何とか写真部は存続できそうです!
和・こっちの方は人いないね
〇・実習棟の三階だからね。吹奏楽部も、美術部も、大体一階だしね
和・なんか、ワクワクする
周囲を見渡しながら歩き、見るからにソワソワとしている和。
〇・わかる。放課後の学校っていいよね
かく言う俺も、この時間の学校は好きだ。
運動部の生徒の声が微かに聞こえるから。
〇・多分、先輩もいるんじゃないかな?
空き教室のドアに手を掛ける。
〇・アルノ先輩、入部希望者連れてきました~
和・アルノ、先輩……?
窓を開けて、カーテンが風に揺れる教室で本を読んでいる影が一つ。
ア・入部希望?
もちろんアルノ先輩。
和・……!
〇・同じクラスの……
和・アル!
ア・あら、井上の和さんじゃない
……?
想定外の反応。
もしかしなくても、知り合い?
〇・二人って知り合いなの?
和・うん。中学が一緒で、たまたま奉仕活動が一緒だった時に仲良くなったんだ。一緒の高校だったんだね~
ア・私は知ってたけどね
和・え、嘘!
ア・そりゃそうでしょ。和は有名人だから
あきれた様子のアルノ先輩。
〇・逆になんで知らなかったのさ
和・連絡は取ってなかったし、先輩と会う機会も無かったし……
先輩と会う機会……
〇・球技大会とかあるじゃん……あれ、先輩いました?
アルノ先輩は目を逸らす。
〇・あれ、いました……?
ア・風邪……ひきました……
和・でも私たち二年生だし。去年は……?
アルノ先輩は目を逸らすどころか、開け放した窓の方に向かってしまい、こちらには背中しか見えない。
その背中も、どこか負のオーラが漂う。
ア・…………
〇・先輩?
ア・……初日にケガして、恥ずかしくて後は人影に隠れてました
〇・え
ア・…………
再びこちらを向きなおした先輩は、膨れっ面で、肩を細かく震わせている。
ア・だって、運動できないし……
和・運動だったら私、教えるよ!
〇・俺も協力しますよ!
ア・いや、多分そう言う問題じゃないんだよね……
悲壮感漂う声色。
ア・私、ほんとにセンス無いんだと思う……去年だって、キックベースでボールを蹴ろうとしたら、ボール踏んじゃって、足くじいて、尻もちついて……
和・そんな、ことが……
口調は心配しているが、和は笑いをこらえている様子。
ア・あー!和、もしかしなくても笑ってるな!
先輩はそれを見逃さない。
和・く……笑って……ふふ、ないですよ……
ア・今、「ふふ」っていったじゃん
〇・でも、なんとなく先輩は運動できなさそうだなとは思ってましたよ
ア・ちょっと○○くんまで!
普段は二人して本を読んでいるだけの空間が、笑い声で彩られる。
アルノ先輩って、友達同士だとあんな風に笑うんだ。
和も、人をいじるときはあんな顔してるんだ。
薺・失礼しまーす!
騒がしく、教室のドアが開く。
ア・相変わらず騒がしいね、鈴谷くんは
くすくすと笑う先輩。
薺・笑い声が外まで聞こえてきたもんで~
咲・何話してたんですか?
ア・いやぁ……
多分、恥ずかしいんだ。
俺は、和にアイコンタクトを求める。
目が合って、お互い頷く。
和・ふふ、秘密
ここは先輩の名誉のためだ。
秘密にしておこう。
薺・で、和は文芸部入ることにしたの?
和・うん、○○くんだけじゃなくてアルもいるなら尚更楽しそうだし!
咲・アル?
〇・二人は知り合いだったんだって。中学が一緒らしいよ
咲月は合点がいったように手を打った。
薺・あ、そうそう。うちにも新入部員が入ったのよ
〇・おお!よかったじゃん!
咲・期待の新人だよ!
薺・咲月も新人だけどね……入ってきて~
廊下から、小柄な人影一つ。
彩・そんなに大げさに言われても困るんですけど……
〇・小川!そっかぁ、写真部入ったのか
ア・……いい……
〇・……?
感激している俺の横。
口元に手を当てて、固まるアルノ先輩。
彩・あの……
途端、俺の横を素早く横切る影一つ。
ア・かわいい!!!!!!
アルノ先輩が小川に抱き着いて、頭を撫でまわす。
ア・こんなかわいい子が居たなんて!
先輩、こんな人だったっけ?
咲・ねえ、先輩ってこんな人だったの?
咲月が俺に耳打ちしてくる。
そうか、咲月もそう思うよな。
〇・いや、知らなかった
俺も初めてだ。
こんな先輩を見るのは。
彩・やめてください~
ア・かわいいねぇ!
薺・あっはは!髪の毛ぐしゃぐしゃ!
彩・笑ってないで助けて~!
爽やかな風が吹き抜けて、小川の助けを求める声と、薺の笑い声が、いつもは静かな空き教室に響き渡った。
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