茉央が君のこと好きなの全然気付いてないじゃんか...
「はい、じゃあ今日の授業はここまで」
四限目終了のチャイムが鳴って、クラスメイトは学食や購買に走りだす。
僕はそんな荒波の中、一人弁当箱を持って教室から離脱しようとした。
屋上とかいいな……
中庭もいいかもな……
なんて考えていたんだけど。
「ねえねえ、○○くん」
隣から肩をとんとんと叩かれて、僕はおずおずと振り向く。
「え、えと……なんの用でしょうか……」
「もう、そんなに怯えなくてもいいのに」
声の主は五百城さん。
クラスの中でもトップクラスの人気者。
もちろん、女子からって意味だけじゃない。
男子からの人気も多分一番。
僕ももちろん可愛いと思う。
だけど、本来僕が関わるような人じゃなかった。
「いや、だって急に声かけてきたし……」
それなのに、なぜか彼女は僕によく声をかけてくる。
たまたま入学直後に隣になって、それ以降ちょっとだけ話すようになった。
曰く、話しやすいとかなんとか。
僕としてはいい迷惑……とまでは言わないけれどもだいぶ大変だ。
話しかけられるたびにド緊張だ。
「友達に声かけるのに理由いるの?」
「いや、特にいらないと思うけど……」
「だよね。じゃあ、友達と一緒にご飯を食べたいのに理由は?」
「そっちは少しだけ問題があるかと。それに、僕そんな用事だって聞いてないし」
僕がそう否定すると、五百城さんはむっと右頬を膨らませる。
ハリセンボンよりは少し控えめに。
だけど、眉をひそめて少しだけ怒ってるよって言うのは確実にアピールしていた。
「だって、○○くんと茉央は友達でしょ?」
「うん」
「じゃあ、一緒にご飯を食べるのも……?」
「下手に噂されちゃったりするかもだし」
次は、ジトっとした目で僕を見つめてくる。
そして、不貞腐れたように唇を尖らせた。
「いいじゃんかぁ……」
小声でそう呟いて、視線は僕から一向に逸らさない。
「…………」
僕が押し黙ったまま悩んでいると、五百城さんはもう一度口を開いた。
「○○くんに泣かされたって言う……」
それはまずい。
クラスで目立たない方の僕と、人気者の五百城さん。
みんながどちらの意見を尊重するだろうか。
そして、その後の顛末は……
そんなの、火を見るよりも明らかだ。
「わ、わかったよ……」
「やった」
五百城さんは鞄の中からかわいらしい包みに包まれた弁当箱を取り出して、机の上に広げようとした。
「ちょ......教室は……」
さすがに教室で二人、並んでご飯を食べているのを見られるのは後々大変なことになりそう。
「どこかで食べようとしてたの?」
素直で助かった。
五百城さんは僕が元々どこかで食べるのを好むと思ったみたいで、弁当箱をもう一度包みなおす。
「屋上か中庭で食べようかなって」
元から人気が少ないところを選んでいたが、こうなったら尚更その二択に迫られる。
「どっちにしようか?」
「五百城さんはどっちがいい?」
「うーん……」
腕を組んで、うなったまま首をひねる五百城さん。
ここまで真剣に考えている姿を見ると、逃げるために選択肢を提示したのが悪く思えてくる。
「屋上がいい!」
「じゃあ、そうしよう」
よしよし。
屋上は基本、人が少ない。
これなら、バラバラに行けば変な噂が立つことも……
「そうと決まったら、早く行こ」
そっと、けれど確かに掴まれた右手。
「え、ちょっと……!」
引っ張られて、僕は教室から引きずり出される。
注目が僕らに集まる。
驚きの声、うらやむような視線。
こうならないための提案だったのに……
形容しがたい疲れを感じながら屋上に到着。
「ん~……海くらい気持ちいいね~」
「海……はちょっとわからないかな」
気疲れでぐったりしている僕とは正反対に、屋上の空気の気持ちよさに体を伸ばしてリラックスしている五百城さん。
そんな僕たち二人は、街が一望できるフェンスの際に腰掛けて包みを広げる。
「わぁ、○○くんのお弁当おいしそう!」
「そ、そうかな。ありがとう」
「もしかして、自分で作ってるの?」
「うん。親にあまり迷惑かけたくないから」
じっと、何か言いたそうに五百城さんは僕の弁当箱を見つめている。
箸で卵焼きを持ち上げると、視線がそこに固定されたように着いてきていた。
「えっと……一つ、食べる?」
「いいの?」
「いいよ、全然」
「じゃあ、ん!」
口を開けた五百城さん。
てっきり、自分で持っていくもんだと思っていた。
「それはどういう」
「ん」
軽く周りを見てみる。
誰もいない。
僕は顔を背けながら五百城さんの口に僕が今箸で掴んだままの卵焼きを入れる。
「どど、どうかな?」
「ん~!」
僕が聞くと、まだ咀嚼中の五百城さんは大きく目を見開く。
そして、しばらく味わってから飲み込むとこちらを向いて一言。
「うまいおき!だね!」
うま……いおき……?
うまいおきって……なんだ?
「もう、その顔やめてよ。なんか恥ずかしくなってきた……」
「ごめん……!うまいおきが何なのかちょっとわからなくて」
「あー!バカにしたでしょ!」
肩をぺしぺしと叩かれる。
別に痛くはない。
「してない、してない」
痛くはないんだけど、なんだかむず痒い。
「なら、いいけど!」
「で、うまいおきって何?」
「やっぱりバカにしてる!……まあ、教えて進ぜよう」
こほんと小さく咳払い。
そしてにまっと笑顔になる。
「うまいおきって言うのは、私が美味しいものを食べたときに美味しい!って心の底から出ちゃうやつなのだ!」
なるほど。
わからん。
美味しいじゃダメなのだろうか。
……というのは、言わないでおこう。
「ねね、○○くんって歩きで登校してたよね」
「うん。家、そんなに遠くないから」
「どの辺?」
「う~んと……ちょっと小さいんだけど、あの鉄塔の奥の青い屋根、わかる?」
「あの滑り台みたいな斜めの?」
「そうそう、それが僕の家」
五百城さんからの明確な返答はない。
だけど、そっかそっかと一人で何か納得したようにうなずいていた。
「五百城さんは?」
「うちは反対側。ちょっと着いてきて」
促されるまま僕は五百城さんについて行く。
「えっとね、私の家はあそこの赤い屋根の家」
「あ、あれかな」
「真っ赤な屋根って周りに無いからわかりやすいよね。でも、反対側かぁ……」
「なにか、言った?」
「な~んにも?はやく教室戻んないと五時間目遅刻しちゃう!」
そう言って、屋上のドアまで走ろうとして。
「あだっ……!」
転んだ。
どこからか飛んできたビニール袋を踏んづけて滑ったらしく、それはそれは綺麗に尻もちを着いた。
「いってて……」
「大丈夫?」
あまりの勢いで流石の僕も心配になってすぐさま駆け寄った。
でも、その表情はどこか楽しそうにも見えた。
転んだのに。
いや、逆に転んだからこそなのかも。
「うん、大丈夫。あ、ありがと」
僕が伸ばした手を支えにして、五百城さんは立ち上がった。
「えへへ……どんくさいおき、だった……」
照れ臭そうに。
…………。
どんくさ……いおき……?
どんくさいおきって、なんだ……?
「ねえねえ、これから時間ある?」
お昼ごろからなにやらそわそわとしていた五百城。
放課後になって僕に声をかけてきた。
「あるけど……どうして?」
「お昼の卵焼きのお礼したいから、ちょっと付き合ってもらえないかなぁって」
「いいよ、付き合うよ」
お昼にあんなところを見られたんだ。
それについて、ずっとクラスの男子たちに詰められていたばっかりなんだ。
今日はもういいか。
諦めよう。
「やった、じゃあ行こ」
五百城さんについて行って、いつもは歩かない道を歩く。
手と手が触れるか触れないかの距離で。
電車に乗せられて、三十分ほど揺られる。
駅を降りて少し歩くと、圧倒されるほどの水平線が目の前に広がっていた。
「近くだから、来た事あるかな?」
「いや、初めて来たよ」
「ふ~ん。そっかぁ、初めてかぁ」
「お昼に言ってたこと、ちょっとわかるかも」
「え、なにか言ってたっけ?」
「屋上、海くらい気持ちいいって」
五百城さんは顎に手を当てて考える。
「ん~……言ったかも?」
覚えてないならまあいいか。
僕は目を閉じて、自然に体をゆだねる。
ざざんざざんと波の音が僕を包む。
なんとなく時間がゆっくり流れてるみたいだ。
「どう?○○くんに私のお気に入りの場所見せたかったんだ」
「そうだったんだ。すごい、いい場所だね」
「でしょ」
沈黙と潮騒が流れる。
「ねえ、私が何で○○くんをお昼いっしょに食べよとか、海行こって誘うかわかる?」
五百城さんが俯いて、僕にそう聞いた。
どうして。
理由か……
「友達だから……とか?」
「友達……」
「うん。僕はそんなに友達多い方じゃないから、五百城さんが話しかけてくれるのは嬉しいよ。でも、五百城さんは人気だから、僕なんかと仲良くしててもいいのかなって思うことは……多々ある」
「…………やっぱ、気付かないよね」
五百城さんがぼそっと呟いた。
何に?と疑問が提示される。
「僕、何に気付けてないかな?」
そう聞くと、五百城さんは顔を上げて一直線に僕の方を見つめる。
頬を、赤く染めながら。
「茉央が、○○くんのこと好きだっていうこと」
時が止まった。
状況を飲み込めなかった。
五百城さんの放った言葉。
言葉はわかる。
意味はわからない。
「僕なんかの、どこがいいの」
なんで、五百城さんが僕なんかを好きって言うんだろう。
五百城さんにはもっと、いい人がいると思うのに。
「困ってたらすぐに手を差し伸べてくれる優しいところ……」
また、五百城さんは俯いてしまった。
耳まで真っ赤に染めながら。
「僕なんかで、いいの?」
正直返答に困った。
五百城さんはそう言うけど、周りの人はどう思うだろう。
僕なんかが、五百城さんと付き合うなんて。
「君"だから"、いいの」
そう言う五百城さんの目には涙が浮かんでいた。
それを見て、僕は僕のバカさ加減に呆れた。
卑屈になりすぎて、何も見えていなかったんだと。
それなのに、自分の気持ちを見ていなかったんだと。
「その……不束者ですが、よろしくお願いします」
「危ないから、降りた方がいいよ」
夕日が水平線に沈み始めて、僕たちは海岸沿いの道を駅に向かって歩いていた。
五百城さんは縁石の上を歩き、僕はひやひやしながらそれを見守っていた。
「大丈夫だよ。それに、心配なら手、握って」
にやにやしながら、こちらに手を出して五百城さんはそう言った。
「…………はい。これで、いい?」
僕は、素直にその手を取る。
手汗、大丈夫かな。
「わ……その……結構、恥ずかしいね」
強気に来ていた五百城さんも、意外と恥ずかしかったみたい。
だけど、僕たちは駅に着いても、電車に乗っても。
五百城さんの家の前に着くまでずっと、その手を固く握ったままだった。
……fin
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