見出し画像

『あおはるっ!』 第3話

踊り場から、声。

彩・なんで、お二人は野球部を辞めちゃったんですか?

声の主は小川。

薺・いや……

うろたえているのは薺。

俺は思わず、影に隠れてしまう。

彩・言えない事情があるんですか?

薺・いや、そう言うんじゃないよ

彩・私、お二人のプレーに惹かれて……

薺・……

彩・お二人のことを見て、マネージャーになろうって決めたんですよ


あれは、中学に入学してすぐのことだった。

どの部活も活動が活発で、それでいて強豪と言われる中学だった。

彩・何に入ろうかな……

仮入部届を握って、校内を練り歩いていた。

元気な声が聞こえて、窓の外に目をやる。

彩・野球部……

勧誘のためか、はたまた毎日やっているメニューなのか。
野球部が行っていたメニューは紅白戦だった。

ちょっと、見てみようかな。

張り紙にはマネージャー募集と書いてあったし、野球好きだし。

見てみるだけタダ。

そんな軽い気持ちで見に行った。

そこで私は、衝撃を受けた。

春の風が強く吹き付けるような。

大雨の中の、轟雷のような。

そんな言いも知れぬ感覚。

バッテリーの二人に、強く惹かれた。

キャッチャーの鈴谷先輩は、柔らかいキャッチングをしていて。

ピッチャーの椿木先輩は気持ちよさそうに投げて、どんどん打ち取っていく。

そこには、一朝一夕では築き上げることなんてできない信頼感があって。

楽しそうにプレーする二人から、私は目が離せなかった。


彩・お二人共、中学の時はあんなに楽しそうにプレーしてたじゃないですか!

小川の声が、静かな廊下に響き渡る。

彩・野球、嫌いになっちゃったんですか?

薺・……好きだよ。野球は、今でも

彩・じゃあ、なんで?

薺は、物憂げな顔で肩を抑える。

……話すのか。

小川にだけは、話すことはないと思ってた。

俺達をあんなに慕ってくれているからこそ。

薺・入部早々、肩も肘もやっちゃってね。必死だったんだよレギュラー取るのに

彩・そんな……

薺・〇〇まで一緒にやめると思わなかったけどな。あいつ、俺以外に球取ってほしくないって言って辞めたんだ。バカだよ、ほんと

彩・そんなこと言われたら……

薺・だから、あいつのことは、嫌いにならないでよ

薺は小川を残して階段を下りた。

スマホが震える。

薺からのメッセージ。

『居るのバレバレ。校門のとこで待ってるわ』

俺も、小川とはなるべく顔を合わせないように、校門に向かった。


咲・……

ちょっと、気まずい……

一緒に帰ることになったのはいいものの、何を話せばいいのか……

和・ねえ、咲月は二人とどのくらい一緒にいるの?
咲・ん~……家が近いから、物心ついた時には一緒にいること多かったかな?

和・長いね~
咲・ちなみに、クラスも一回も別になったこと無いんだよ

和・それはすごいね!もう運命じゃん!
咲・う、運命!?

和からの不意打ちを受けて、声が上ずってしまう。

運命……

そう言われたらそうかも知れない。

和・いいなぁ……
咲・どうして?

和・私、友達少なくて……
咲・え、以外!和って人気あるから……

そう言って、ここ何日かの和のことを思い浮かべる。

窓際の席で、外を眺めながら、友達と談笑……

してない。

和・心当たり、あるよね

和は微笑みながら私の顔を覗き込む。

和・私に声かけてくれる人、少ないんだ。私自身、何の関係もない人にグイグイ行けるタイプじゃないし……
咲・じゃあ、私は何で?

和・椿木くんのお友達って聞いて。椿木くんは珍しく私に話しかけてくれたんだよ
咲・へぇ……○○が……

和・あと、咲月はなんか友達になれそうって思ったの!

そう言った和は、私の手を握る。

普段はクールに見えて、確かに話しかけづらいところもある。
だけど、こんなにも無邪気な笑顔で笑うんだ。

友達になって、初めて知った。

きっと和は、私の気持ちも、○○の想いも知らない。

それでも、

多分、勝てないなぁ……

なんて気持ちも、ほんの少し芽生えた。


家に帰って、鞄を下ろす。

今日の楽しみ。

アルノ先輩から借りた本を取り出す。

掛けられたカバーを外して、表紙を見てみる。

〇・恋愛……いや、青春小説

アルノ先輩にしては珍しいチョイスだな……

椅子に座って、パラパラと本を捲ってみる。

捲っていた本の間から、はらりと何かが落ちた。

〇・しおり?

落ちたしおりを拾い上げる。

〇・これ、アルノ先輩のだよな

ひっくり返してみる。

押し花のしおり。デザインは、四葉のクローバー。

これ、普段から使ってるものなんじゃ……

もし、無くなって困っていたら。

〇・明日、ちゃんと返さないとな

しおりをそっと机の上に置いて、俺は一ページ目を捲った。


〇・おはよう、二人共
薺・おはよ……ってお前、昨日寝た?
咲・元気ないね、目も腫れてるし

〇・いや、実は

夜通し、アルノ先輩に借りた本を読んでいた。

咲・○○っぽいね
薺・何周したの?

〇・七

そして、六回泣いた。

咲・だから目、腫れてるんだ
〇・いや、この小説すごい泣けるんだよ

先輩と後輩の恋愛小説。

冴えない後輩男子に恋をした先輩の話。

重い病に侵された後輩くんに、思い切ってキスをして、その力で後輩くんが元気になる。

逆白雪姫みたいなお話で、リアルなのかファンタジーなのかわからない世界観で、最初は何なんだと思ったが、もう一周、もう一周としているうちに手が止まらなくなる。

そして、涙も止まらない。


薺・でさ、結構いい写真取れたのよ

学校に着く間際、薺が鞄からカメラを取り出す。

〇・お前、ちゃんと写真部やってんだな
咲・サボってばっかだと思ってた

薺・ひっど。まあいいや、これこれ

薺が見せたのは、笑顔で話す俺と咲月。

咲・この写真、いつの間に?
薺・それはまあ、初日にちょちょいとね

咲・ねえ、これ貰っていい?
薺・あとであげるよ

そんな会話を聞きながら、俺はジッと写真を見ていた。

〇・いい写真だよな。薺、いい腕してるよ
薺・おっと?そう言われると照れますなぁ

…………。

薺・おい、沈黙はやめろ。本気みたいだろ
〇・はは、これ俺にもくれよ。俺、この写真好きだ

薺・はーい。じゃあ二枚お買い上げで……って、なんで咲月は顔真っ赤なの?
咲・う、うるさい……!

咲月は何やら、ずかずかと先に行ってしまった。

〇・おーい、咲月?何で振り返んないんだよ!……おい、お前が怒らせたんじゃないか?
薺・ほんと、お前って……はいはい、追いかけるよ~

グイグイと薺に背中を押されながら、咲月を追いかけた。


和・あ、三人ともおはよ!

教室に入ると、井上さんが真っ先に挨拶をしてきた。

薺・はよ~
咲・和、おはよう!

二人が挨拶を返す中、

〇・お、おはよう!

詰まって、ぎこちない挨拶になる。

和・ねえ、椿木くんは今日のお昼購買行く?
〇・あ、うん。購買かな

和・じゃあ、一緒に行こ?

ほんのりと、上目遣い。

〇・も、もちろん

チャイムが鳴り、自分の席に笑顔で戻っていく井上さんに、心を撃ち抜かれる。

薺・幸せそうな顔してますなぁ
〇・う、うっさいな。あれはにやけもするだろ

後ろの席に着いた薺がちょっかいを掛けてくる。

必死で口元を隠して、周りのクラスメイトに表情を見られないようにする。
実は先ほどから視線が痛い。

薺・まあ、わからんでもないけどね
〇・お前の方はどうなんだよ。写真部の先輩

薺・わー!わー!わー!
〇・子供か。たまにはこっちにもいじらせろよ

薺はいつも飄々としていて、俺や咲月をからかうことも多い。

〇・池田先輩、アルノ先輩曰くかなりモテるらしいぞ
薺・わ、わかってるよ、そんなこと

けど今日は、珍しく薺のうろたえる姿が見れた気がする。


今日の私には、一つの秘策がある。

和・椿木くん、購買行こ~

そう、秘策。

〇・あ、うん、行こう

咲・わ、わたしも行く!

一緒に着いてく作戦。
我ながらいい作戦。

〇・お前、いつも弁当じゃん
咲・今日は、忘れちゃって!

和・じゃあ、咲月も一緒に行こ!

昨日の夜から、お母さんに今日のお弁当はいらないと言っておいてよかった。

咲・うん!

勝ち目が全然なくたって、挑まない理由なんてないんだから。


ボーっと、一点だけを見つめてファインダーを覗く。

夕暮れの花壇と、すずめ。

ここだと思う場所で、シャッターを切る。

ボケもなく、いい写真が撮れた。

薺・うん、中々……

ふと、視線を上げてみると沈む夕日を背景に、カメラを構える池田先輩の姿。

ファインダー越しに見える、一生懸命なその姿に、

俺は、無意識のうちにシャッターを切っていた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?