完璧美少女と言われる僕の彼女は、二人きりになるとそんな片鱗全く見せなくなっちゃいます
「あの……和、さん?」
時刻は19時を回り、カーテンに遮られていない窓からは夜空が顔をのぞかせる。
「ん……」
「その、そろそろ離してほしいんですけど」
僕の彼女井上和は、床に座ってスマホの漫画アプリを開く僕の背中に顔をうずめ、体に腕をきつく回したまま返事をする。
「えと……そろそろお腹空いたなって……」
「ん……!」
「はぁ……」
今日はうちの親が帰ってこないとはいえ、ずっとこのままではご飯も食べられないし、トイレにも行けないし、風呂にも入れない。
「なにかあった?」
和がこうなってしまうのは大体何か嫌なこととか、上手くいかないことがあった時。
「…………」
特に返答はない。
返答が無いってことは何かあったってこと。
こんなに態度には出すくせに、下手に強がりだから一回聞いただけじゃその原因を話してくれないことが多い。
何年も一緒にいる僕にとっては慣れたもんだ。
和は、完璧美少女。
周りはそう言う。
そりゃあ、そうも見えるだろう。
成績もそれなりにいいし、部活でも成績を残している。
極めつけに、和は現在アイドル活動も行っている。
「それに比べて、幼馴染のお前は……」
一緒にお昼を食べていた友人が、笑顔で談笑している和と僕を見比べる。
「うっせ。お前に和のなにがわかるんだっての」
「なにそれ、付き合ってるみたいじゃん」
その指摘に僕は慌てて口を紡ぐ。
危うく僕と和の関係がばれるところだった。
「別に、ただの幼馴染だよ」
「はいはい」
友人がゴミ捨てとトイレのために席を立つ。
そのタイミングを見計らったように和がこちらにやってくる。
「○○、今日の夜は一人?」
「多分一人」
「じゃあ、お仕事終わったら家行ってもいい?」
「……ああ、夕飯」
「そう!」
「何食べたい?」
「ん~……ピーマンの肉詰め!」
「じゃあ、材料買って待ってる」
そんなやり取りの後、和は午後の授業には向かわずに仕事とレッスンに向かった。
で、帰ってきたと思ったら、おもむろに僕に抱き着きはじめて今に至る。
「とりあえず、ご飯にしよ。和が食べたいって言ってたピーマンの肉詰め作るから」
「……このまま作って」
無茶な注文をしなさる。
「じゃあ、立って。抱き着いたままでいいから」
「ん……!」
女の子が抱き着いたまま階段を下りるなんて、傍から見たらめちゃくちゃ異様な光景だろう。
僕は和に抱き着かれたまま冷蔵庫から食材を取り出す。
「お仕事で何かあったの?」
「んーん」
違うみたい。
「じゃあ、レッスン?」
「……」
何も答えない。
当たりかな?
「なにか、上手くいかなかったの?」
「……ん」
「……油使うから、離れてて」
ようやく和は僕を解放し、リビングのソファに寝転がりに行った。
クッションを抱いて、テレビをつけるでもなく寝転がる様子を見るに相当落ち込んでいるんだと感じ取れる。
「できたよ」
すくっと立ち上がって、和は食卓に着く。
「どう?」
無言で食べ進める和に聞いてみる。
「美味しい……」
「よかった」
その後も、僕たちは無言。
だけど、別に気まずくはないのが不思議なところ。
「ごちそうさまでした」
食器を片して、僕が部屋に戻ると和もそれについてくる。
「もう遅いし、そろそろ帰らないと」
「うち、誰もいない。着替えも持ってきてある……」
「和はアイドルだから。あんまり男の家にいるのも……」
「でも、私は○○の彼女だし……」
拗ねモードだ。
こうなった時の和は頑固で大変だ。
だとしても、今日は返さないと。
この流れで何度うちに泊めたことか。
「だとしても、今日は帰った方がいいよ。明日も学校なんだし」
「ねえ、○○」
「なに?」
和は、目にうっすらと涙を浮かべる。
「○○は私が○○のおうちに泊まるの、嫌?」
いつもこうだ。
いつもこうで、
「……わかったよ。今日もうち泊まりな」
いつも僕は甘やかしてしまう。
「ありがと……」
別に、和のかわいさに当てられてって訳じゃない。
……とも言い切れないけど、頑張ってきて、落ち込んでいる和を邪険にするのも忍びない。
「僕は課題やってるから」
「じゃあ、充電する」
充電するのはスマホではない。
和自身。
またも僕の背後から腕を回す。
「和も課題やらないと」
「充電出来たらやる」
「そっか」
床に座り、課題を始める。
背中に重さを感じるのは少々やりにくいところもある。
三十分ほどが経ち、和は腕を解く。
「充電終わった」
和は鞄の中から問題集を取り出し、僕の向かいに座り、黙々とそれを進めていく。
「今日、レッスンでいっぱい怒られた。ダンス、私だけ揃ってなかったって」
おもむろに、そう呟く。
問題集から顔を上げないまま。
「ダンスも、歌も、他の子はもっとすごくて、私ダメダメじゃんって」
続けて、和が言葉を零す。
「それで和は落ち込んでたんだ」
僕は解き終えた問題集を閉じて、和の方を見る。
「うん。でも、もう大丈夫」
そう。
和は、強い。
弱いところは基本的に僕にしか見せないくらいには強い。
だから、和が僕に向かって大丈夫って言ったってことは。
「抱え込んでないよね」
「○○と約束したから。爆発しそうになったら○○に言うって」
だいぶ回復した証拠。
「ならよかった」
夜はだんだんと深くなる。
もうすぐ日付が変わってしまう時間。
「そろそろ寝るよ」
「待って、課題終わらない!」
「もう……」
学校では『完璧美少女』なんて言われているけど、全然そんなことはない。
和のこんな姿を見たら、クラスのみんなはきっと驚くんだろうな。
「終わった……」
シャワーを浴びたり、その都度休憩しながらなんとか和の課題を終わらせた。
「お疲れ。和はベッド使っていいよ。僕はいつも通りソファで寝るから」
そう言い残して、僕が部屋から出ようとすると、Tシャツが何かに引っ掛かる感覚。
「和……?」
振り向くと、和が僕の服の裾を掴んでいた。
「どうした?」
「……じゅ、充電……し足りなかったかも……」
回りくどい言い方するなぁ。
なんて少しほほえましく思う。
「どうして欲しい?」
僕は、少しだけ意地悪をしてみる。
「……もう、いじわる」
和は唇を尖らせて、目線を逸らす。
「ごめんごめん」
胸が苦しくなるほどに愛くるしいその姿に、思わず笑いがこみあげてしまう。
「い、一緒に……寝よ?」
そんな可愛い顔で見つめられたら断ることなんてできないじゃんか。
「わかったよ。ベッド狭いけどいいんだね?」
「そっちのが……近くていい……」
あぁ……かわいい。
僕はなるべくベッドの端っこによって、和の寝るためのスペースを確保する。
しかし、和はそれなのにも関わらず僕に抱き着いてそのまま寝息を立て始めた。
翌朝。
カーテンの隙間から朝日が差し込む。
僕はもちろん、全然寝れなかった。
当然だろう。
贔屓目なしに見ても、和は全人類の中でもトップクラスの可愛さだ。
そんな美少女が、僕を抱き枕にしながら寝てたんだぞ。
寝れなくなるのも当然じゃんか。
隣の和は、いまだに気持ちよさそうに眠っている。
僕は緩んだ和の腕を抜け出そうとする。
「ん……」
しかし、抜け出そうとしたとたんに和の腕の力が強くなる。
「…….ふふっ」
小さな笑い声。
部屋には二人。
僕じゃないから……
「和、起きてるな」
「あ、バレちゃった」
和が目を開けて、子供のように笑う。
「朝ごはん作るから離して」
「私も手伝う」
「じゃあなおさら離してよ」
「はーい」
和がパンを焼いて、僕が目玉焼きを作る。
のんびり食べていて、和の家に一度忘れ物を取りに行くのを忘れるのまでいつものセット。
「早く教科書取りに帰らないと!ほら、○○も早く!」
「それ、僕がついて行く必要あるかな!?」
家が近いからこそのんびりとしてしまう。
それも考え物だ。
「早く行くよ~!」
和に手を引っ張られて通学路を走る。
「なんで僕まで!?」
「だって、私の彼氏でしょ!」
学校に着くのは結局ギリギリだ。
休み時間。
「○○、課題見せてくんね?」
「いいけど、ちゃんとやって来いよ」
課題を映しながら、
「和ちゃん、今日もかわいいよな」
笑顔を振りまいている和を見て、友人はそんなことを呟く。
「話しかけに行ってみれば?」
「無理無理!あんな完璧美少女に、緊張して話しかけられないって」
僕は昨夜の和のことを思い浮かべる。
ちゃんと、年相応に甘えて、落ち込む和の姿。
「そんなんじゃないよ、和は。結構話しやすいと思うよ」
「いやいや。それは幼馴染の○○だからだろ」
「う~ん……まあ、そうかも?」
「だって、十七年もずっと近くに居るんだろ?○○にしか見せない一面もあるんだろうなぁ」
うらやましいと口からこぼれるのを尻目に、僕は和の寝顔を、和の拗ねた顔を思い出す。
「どうなのよ、その辺。○○だけが知る和ちゃんの顔とかあるん?」
僕は、目いっぱいの笑顔を浮かべ、
「まあね」
たった一言だけ、そう返した。
……fin