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義理の姉が風邪を引いてしまったので、付きっきりで看病することになりました

「○○、今日は朝練無いんだっけ」
「うん、今日は無いよ」

「じゃあ……」

最近、アルノの様子がどこかおかしい。

おかしいって言うのはちょっと失礼になるかもだけど。

家での様子はいつもと変わらない。

だけど、


「今日は一緒に学校行けるね」

家の外でも、俺への接し方がかなり優しくなった。

そのせいで、友人からアルノに対する評価はうなぎのぼり。

前までは「きつい奴と一緒に住んでて大変だな」なんて言ってたやつも、今では「あんなかわいい子と一緒に住んでるなんて羨ましすぎるだろ!」なんて言って手のひらを返してる。

…………?

そのせい……?


「まあ、いいか」
「今日なにか他に用事あったりした?」

「いや、そう言うんじゃないよ」
「ならいいけど。○○、早く着替えちゃいなよ」


そう促され、さっさと着替えてリビングに戻る。

アルノはソファに座って天気予報を見ていた。


「三十パーセントか……」
「三十なら降らないんじゃない?」

「ならいいけど。でも、一応持ってこ」


アルノが傘を鞄に入れたのを確認して家を出る。

横並びで歩く通学路。

ちょっと前までなら見られなかった光景だろう。


「○○、明日は部活?」
「明日と明後日は無いよ。監督がどこかに勉強会みたいなの行くらしい」

「じゃあ、ずっと一緒に居られる?」
「まあ、居られると思うけど」


なんだか、上機嫌になったアルノ。

最近は外でもこうやって感情が表に出ることが多くなったように感じる。

そうしていた方がムスッとしているよりも断然かわいいので常にそうしていて頂きたい。


「じゃあね」
「うん」

教室の前で別れると、クラスメイトからの痛いほどの視線を感じた。

大体は男子たちからの視線。

例にもれず、今日も嫉妬と羨望の眼差しだろう。


「今日は並んで仲良く登校ですか」
「別に同じ家に住んでるんだから、朝練無いのに別々に登校する意味もないだろ」

「はー!これだから○○くんは!」
「何がだよ」

「もう付き合っちゃえよ!」
「え……は!?それとこれとは別問題だろ!第一、アルノの方がどう思ってるかなんて……!」


友達は、俺の返答を聞いてゲラゲラと笑っていた。


「そんな笑うこと無いだろ」
「いや~、これだから○○くんはって思って」

「何だよ……」
「そのままでいてくれや。ほら、着替えて体育館行こうぜ」


なんだか釈然としないが、ジャージに着替えて、道中も何かといじられながら体育館に向かった。




・・・



「じゃあ、今日の授業はここまで。しっかり復習しておくように」

睡魔と激しい戦闘を繰り広げた六限もチャイムの音で終戦を迎え、ようやく部活の時間。

ようやくとはいっても、そこまで心待ちにしていたわけではない。

明日が休みだから絶対に今日の練習はきつい。


「○○、これから部活?」
「そう」

「頑張れよー」


友達の気の抜けた応援を背に教室を飛び出す。

早く着替えてストレッチとかしないと。


「あ、○○待って!」


と、思って廊下を駆け出そうとしたとき、アルノに呼び止められて急ブレーキをかける。


「はい、傘」
「二つ持ってきてたの?」

「いや、一つだけど」
「じゃあアルノが持っててもいいんじゃないの?」

「でも、今雨降ってないよ」

窓の外はどんよりと厚い雲が空を覆っていて、今にも雨が降り出しそうではあるものの、雫は落ちてきていない。


「ほら、今降ってなくてこれから降りそうなんだったら○○が持ってた方がよくない?」
「そうかな……」

「はい、渡したからね。じゃあ、部活頑張って!」


アルノは俺に傘を押し付けて階段を下りて行った。

俺の手には傘が一本。

今から返しに行くのも、部活に遅れたら困るしな……

ここはありがたく借りておくことにして、俺も部室に向かった。


「○○先輩、お疲れ様です!」
「いいよ、そんなかしこまらなくて」

「善処します!……ところで、今にも雨降りそうですね」


後輩が部室の窓から空を見上げてそう呟く。

やっぱそうだよな。

アルノが家に着くまで降らないといいんだけど。




・・・




全員がアップを終え、シュート練習が今から始まろうかというグラウンドに生ぬるい風が吹く。

肌で感じるのが容易なほどの湿気。


「コース狙ってシュートしろよ!」


監督の檄が飛ぶ中、ボールが飛び交う。


「…………?」
「おい、早く行けよ。お前の番だぞ」

「あ、すみません!」


後輩の反応が悪い。

何を気にしているのかと不思議に思っていると、腕に冷たい何かが落ちた。


「あ……」

直後、それは轟々と音を立てて勢いを強くした。


「一旦部室に行ってろ!一年は用具の片付けも!」


雨が降っては外で満足に練習もできない。

体育館が空いてなかったら、ウェイトルームでトレーニングかな。

スマホを開いてみると、部活が始まってから二十分も経ってない。

あれ、アルノ、まだ家に着いてないんじゃない?

アルノの歩くスピードなら学校から家まで三十分以上はかかる。

今、雨に降られてる可能性が高い。

何処かで雨宿りでもしていてくれればいいんだけど。

そわそわしていると、先生が部室棟にやってきた。

表情が渋い。


「体育館も空いてなかったし、ウェイトルームも野球部が使ってるみたいだから、今日はこれで終わりだ。風邪ひかないようにしろよ~」


先生の姿が消えてから、部室は歓喜に包まれる。

こんなのほぼオフだ。

みんな喜ぶのは当然のこと。


「よし……!」


俺は急いで鞄に荷物を突っ込んで、傘を持って部室を飛び出す。


「あ、○○くん……!」
「ごめん、井上!今日は急いでるから!」


井上に声を掛けられたけど、それすら振り切って、傘をさして走り出す。

今から走れば、アルノがどこかで雨宿りをしているという条件下で追いつける可能性がある。

靴に水がしみてきたけど、そんなのもお構いなし。

俺は家までの通学路をひたすらに走った。

しかし、アルノの姿はない。

いつの間にか目の前には見慣れた一軒家。


「ただいま」
「おかえり。○○、早かったね」

シャワーを浴び終えた直後なのか、部屋着でタオルを首にかけて、まだ髪の毛も濡れたままのアルノが出迎えてくれた。


「雨、降られた?」
「うん、結構びしょびしょになっちゃった~」

「ごめん。俺が傘借りたばっかりに」
「いいよいいよ。私が押し付けたんだし。ほら、○○もお風呂入ってきちゃいなよ」

「そうする」
「出たら一緒にご飯作ろ」

「うん。そうしよう」

アルノがそう言うんだ。

傘を借りて、自分だけ雨を避けた身の俺に拒否権はないだろう。




・・・




濡れた髪を乾かしてリビングに行くとすでにアルノはエプロンを着けてキッチンに立っていた。


「何作るの?」
「肉じゃが」

「それなら、俺が作るよ。アルノは休んでて」
「嫌だ!一緒に作るの!」


…………。

多分、何言っても聞かないだろうなぁ。


「じゃあ、味付けとかは俺に任せて。それまでの工程は一緒にやろう」


二人でやれば、料理も早く終わる。

てか、キッチンに立つのも久しぶりだ。

母さんと二人だったときは、部活終わりでも関係なく毎日料理を作ってたっけ。



「○○、手際いいね」
「まあね。アルノが来るまでは結構やってたから」

「へー。えらいね」
「そう言うんじゃないよ。母さんに苦労かけたくなかっただけだから」

「それが偉いんじゃん」
「そうかな……」

「ちょっとかがんで」

そう言われて、俺は体をアルノの方に向け、膝を曲げる。

アルノと目線が一緒なのがちょっと違和感。

とか考えていたら、頭をふわっと撫でられる感覚。


「偉いですよー!……なんて。友達が言ってたんだ、これ」
「恥ずかしいんですけど……」


シャンプーの匂い。

微笑むアルノと、息遣い。

顔が熱い。

アルノの方見れない。


「ほ、ほら、そろそろできたんじゃない?」
「ほんとだ。いい匂い!」

何とか話題を逸らすことに成功した。

やっばい。

まだドキドキ言ってる。


「早く食べよー」

誰のせいでこんなことにと思いながら、俺は席に着く。

器に盛りつけられた肉じゃがは真っ白な湯気を立てていて、食欲がそそられる。


「ん!この肉じゃが美味しい!」
「そう?よかった」

THE・家庭の味。

俺の父さんが得意だった料理で、唯一父さんから教えてもらった料理。

きっと、父さんは肉じゃがしか作れなかったんだろう。


「なんかね、優しいって言うか、ホッとするって言うか……とにかく、すっごい美味しいよ」
「そんなに褒めなくていいよ……恥ずかしい」

「もっと言ってやろ~」


アルノの褒め殺しは食べ終わるまで続いた。

食器も片付け終えて、頭がポヤポヤしてくる時間。


「ねえねえ、一緒に映画見よ」
「ごめん……どうしても眠くて……」

「え~。残念」
「明日は何でも言うこと聞くから」


ムッと眉をひそめたアルノを尻目に、俺は階段を昇って自室に戻った。

体は疲れてないはずなのに、どことなく疲労感に襲われている。

それもこれも、アルノが心臓に悪いことをするからだ。

ベッドに寝転がると意識はすぐに薄れ、俺はものの数秒で眠りに落ちた。




・・・




「ん……」

朝五時。

習慣とは怖いもので、練習も試合もないからゆっくり寝られると頭では分かっていても、身体がそれを許さない。

流石にまだまだ寝られるから、時計の確認だけと起こした体をもう一度寝かす。

何か用事があったらアルノが起こしにくるだろ……

休日の特権、二度寝を思う存分堪能することにした。

の、だが。


「んん……」

時刻は十時。

流石に寝すぎた。

リビングに降りてみると、置手紙が一枚。

両親が出かけてるってだけの報告。

なんだ、いつも通りか。

冷蔵庫を開けて、水分を補給して。

ロールパンを一つ口に咥えてテレビを点ける。

休日の昼前ってなんも面白いのやってないなと思いながら食べ終えて、アルノはまだ起きてきていないのかと心配になる。

二時間くらいソファでごろごろしていても中々アルノの姿が見えない。


「アルノ、起きてる?」

アルノの部屋のドアをノックして生存確認。

返事があればよし。

無くても、流石に部屋に入るのは……だから出来ることは無いけど。


「起きてるよ……」

弱々しい返事の後、寝癖が残ったままのアルノが部屋から出てきた。

寝起きだったか、起こしちゃったのか。


「…………?アルノ、ちょっとごめん」


なんとなくそんな予感がしただけ。

俺はアルノのおでこに手を当てる。


「アルノ、体調悪い?」


自分のおでこに手を当てると、その差は歴然。

明らかにアルノは熱がある。


「寒気と……咳が少し……」


風邪か……

原因は……あ……もしかしなくても、雨に濡れて帰ったせいだ。


「お腹は空いてる?」
「ちょっとだけ……」

「おかゆ作るから、アルノは寝てて」

急いでキッチンに向かい、炊飯器を起動。

その間に発熱時冷却シートを持ってアルノの部屋に戻る。


「アルノ、シートだけ持ってきたから出てくれない?」
「入ってきて……いいよ……」

アルノと生活を共にして、未だ入ったことのない部屋。

入っていいのか……


「いや……」


そんな余計な事考えてる場合じゃない。


「入るよ……」


女の子らしい部屋だな。

意外かも……

じゃなくて。


「シート、自分で貼れる?」
「貼って……」

ベッドに寝ころんだまま、うっすらと開けた目で俺の方を見つめるアルノ。


「昨日、何でも言う事聞くって言ってたよね……」
「言っ……」


たわ。

言った。

それに、アルノが風邪ひいたの多分俺のせいだし……


「失礼します……」

アルノの前髪を上げて、おでこにシートを貼る。


「冷たい……」
「おかゆはもうしばらく掛かると思うから、ちゃんと寝てて」

「待って……」

掛け布団の中からアルノの手が伸びて俺の服の裾を掴む。

別に力は全然入ってなかったし、そのまま部屋を出ようと思えば出られた。

だけど、なぜかそうできなかった。


「おかゆできるまで……ここにいて……いてくれるだけでいいから……」
「わかった。椅子だけ借りるよ」


返答を聞いて、アルノは安心したように微笑んで手を離した。

俺はアルノの部屋にあった椅子をベッドの傍らに持ってきてそれに腰を下ろした。


「ごめん、アルノ。俺が傘受け取ったから……」
「いいよ……私が押し付けたんだから……」

「おかゆ食べたら薬飲もう」
「うん……○○がいてよかったぁ……」


別に何ができるでもないし、何をしているでもないけど、アルノがそうして欲しいと思うならとただ傍らに座っていた。


「そろそろできるかな」
「早く戻ってきてね……」


キッチンに戻り、炊けたおかゆをシンプルに味付けして、風邪薬と水を持って部屋に戻った。


「アルノ、体起こせる?」
「うん……」

「食べられる?」
「食べさせて……」

今日は何でも聞くってのをいいように使われている感は多少あるが、俺はアルノの言うとおりにスプーンでおかゆを掬って口元に運んだ。


「おいしかった」
「薬飲んで寝てね」

「もう行っちゃうの……?」
「……食器洗ったら戻るよ」




・・・




部屋に戻ると、アルノは体を起こしたままボーっと窓の外を見つめていた。


「寝てなさい」
「んー」


アルノを寝かせて、布団をかける。


「今日はずっとそばにいてね……」
「うん、いるよ」

「手、握ってて……」

言われるがまま、そっと右手でアルノの左手を握る。

握り返してくる力は弱く、体調の悪さをそのまま表していた。


「頭撫でて……」

やりたい放題されてるな。

とは思うけど、俺は優しくアルノの頭を撫でた。


「へへ……」

アルノはゆっくりと目を瞑り、安心したのかそのまますやすやと寝息を立て始めた。

寝ているはずなのに、さっきよりも俺の手を握り返す力が強くなった気がする。

俺は観念して、アルノの傍にいることにした。




・・・




「ん……痛っ……」

いつの間にか寝てしまっていたようで、変な体勢だったせいか首が痛い。


「○○起きた」
「アルノ……体調は?」

「熱は下がったよ。にしても……」

アルノが左手を上げる。

まだ、手は繋がれたまま。


「本当にずっと握っててくれたんだ」
「アルノが握っててって言ったんだろ」

「そうだけどさ」

窓の外はいつの間にか日が沈み始めていた。

そろそろ夕飯の時間。


「ほら、もう少し横になってなよ」
「手、離しちゃダメだからね」

「はいはい」

アルノは再度布団に体を潜らせて目を閉じた。




・・・




「おはよ、○○」
「おはよう。体調どう?」

「治ったけど……」

翌朝。

アルノはあれから日が落ちても一度も目を覚まさなかったので俺は自分の部屋に戻って寝ることにした。

廊下で顔を合わせたアルノの顔色とかは良さそうだし、安心していたんだけど、どこか表情が怪訝。


「けど?」
「手、離さないでって言ったじゃん」

「え……」
「起きたら○○居なくて悲しかったな~」

「……何が言いたいんだよ」
「昨日は私が寝込んじゃってた分、今日は一緒に映画三昧しよ!」


風邪が治ったのはよかったけれど、体調がよかろうが悪かろうが、結局アルノからは逃れられないみたいだ。


「わかったよ。一日付き合うよ」
「やった~」

ただ、見るからに上機嫌なアルノを見ているとそれでもいいかななんて思えてくるのは不思議だ。

今日は逃がしてもらえないと覚悟を決めて、俺もアルノに続いてリビングに向かった。




………つづく

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