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わたし、人には恵まれるの!《第1話》

冬の終わりを告げる二月の下旬。

空気はまだ冷たく、吐く息が白くなるが、どこかに春の気配が漂い始めていた。

風は時折鋭く吹き抜け、枯れ葉を舞い上げては遠くへ運んでいく。

その音は静かな街に響き渡り、冬の名残を惜しむ。

そして、街路樹の枝先には、かすかに芽吹き始めた新芽が見え、まだ固く閉じられているが、その先に待つ温かな季節の訪れを予感させる。

「あぁ、どきどきする……。受かってるかな……。でもなぁ……」


あと五分で午前十時。

私が今いるのは、高校の同級生で、唯一の友人の和の部屋。

アニメのポスターやフィギュア、タペストリーに囲まれる部屋に置かれたテーブルの前に並んで座り込んでいた。

この日は大学の合格発表。

私はスマホをテーブルの上に置き、ぬいぐるみに顔をうずめ、神様に祈りながらその時を待っている。


「アルノなら大丈夫だよ!毎日あんなに勉強してたじゃん!」
「うぅ……でも……。あの日本の大学でトップの乃木坂大学だよ……?」


私が受験した乃木坂大学は、日本でも有数の学力を誇り、卒業生の進路も大企業ばかり。

卒業後の将来は約束されたようなもの。

だからこそ、普通の大学よりも入学の難易度が遥かに高く、浪人する人もそれなり。

それだけのことをしてでも多くの人に入りたいと思わせる大学なのだ。


「アルノなら大・丈・夫!ほら、顔上げて」


私の肩を揉んだり、背中をたたきながら励ましてくれる和。

和はなんども「大丈夫」と言ってくれているけれど、私の心の中は不安十割だ。

受験が終わった瞬間にミスした問題は未だに頭の中に鮮明に残っているし、空欄の箇所も建物を出た途端にすらすらと思い出してきたり。

あれも不安、これも不安と、私の中の不安は一切尽きない。

この調子なら、落ちている要素しか見当たらない。


「あ、十時になった」
「いやだ!見たくない!」

ぬいぐるみを固く抱きしめ、さっきまでよりも深く顔を埋める。

この結果で私の人生が大きく左右されるんだって思ったら、見られるわけがない。


「でも見ないと……」
「むりむりむり!」

「もう、しょうがないな……。受験票、貸して」


ぬいぐるみから顔を上げると、和が呆れた顔で右手をこちらに差し出していた。


「私が代わりに見てあげるから」

私はカバンの中に入れていた受験票を和に手渡して、大きく深呼吸をする。


「えーっと……」


和が私のスマホを手に取り、受験票を見ながら受験番号をサイトに入力していく。


「よし……」

受験番号、入力終わったんだ。

あとは次に進むボタンを押したら、【合格】か【不合格】かが表示される。


「じゃあ、行くよ」


和が画面をタップして、次の画面に進む。


「和……?」

和は画面を見て黙りこくったまま。

きっと、駄目だったんだ……


「アルノ、心して見てね」


スマホを私に渡す和の目は涙が滲んでいて、声もちょっと震えていた。

見たくないけど、見ないといけない。

私は薄目でスマホの画面に目をやった。


「ぇ……ごう……かく……?」

画面に表示されていたのは、【合格】の二文字。

安堵からか全身から力が抜けてしまい、私の手から滑り落ちたスマホがカーペットの上に落ちる。


「アルノ!おめでと!」


私よりも先に涙を流した和に力強く抱き着かれ、徐々にあの乃木坂大学に合格できたんだという実感が湧いてくる。


「和ぃ……」

実感が湧いてから、ようやく私の視界も滲みだす。


「ありがと……。ありがと……!」


決壊したダムのように、私の目から流れる涙は止まらない。

同じように、和の目から流れている涙も止まる様子はなく、私たちはお互い泣きながら抱き合った。


「はぁ、いっぱい泣いた」


しばらく泣いて、ようやく普通に話すことができるようになって、次にやってくるのは現実。


「学費と生活費稼ぎながら頑張らないとだ……」
「あ、そっか……大学に受かったら、施設を出て一人暮らしするって言っててたもんね……」


私は、大学合格を機にずっとお世話になっている施設を出て一人暮らしをすることを前々からずっと決めていた。

いつまでも、迷惑かけっぱなしではいられないから。


「でも、無理だけは絶対しちゃダメだからね!身体、壊してほしくないし……何かあったら私が助けにいくから!」
「なぎ……!」


和のやさしさで、また涙が出そうになってしまい、慌てて目頭を押さえて涙をせき止める。


「お互い別の大学になっちゃったけどさ、時間があったらまた遊ぼうね」
「もちろん!」

私たちは、どちらともなく再び抱き合った。


「お互い、頑張ろうね」


こうして進学が決まった大学。

新たな生活への期待で、私は胸がいっぱいだった。

どんな生活が待っているのかな。

和くらい仲良く……とまではいかなくても、友達もできたらいいな。

しかし、現実は世知辛いもので、私の期待していた生活なんてのはごくごく僅かな時間だった。




・・・




「はぁ…………」

ため息が蓄積し、部屋の空気が一気に重苦しくなる。

単純に暑さと湿度のせいかもしれないけれど、私はその空気に押しつぶされたように、畳に寝ころび天井を見つめたまま起き上がれない。


「もういくつ寝たら後期もはじまる……。はぁ……」


また、ため息一つ。

今日だけで何度ため息ついたかな。


「履修登録いつだったっ……け!」


何とか私を押し付けていた空気をはねのけ、体を起こしてパソコンを開き電源を入れる。

排熱の音と、スクリーンに映る会社のロゴ。

中古で、何世代も前の型のパソコンを買ったから、立ち上がるまでに五分は要する。


「長いなぁ……」


毎度毎度、じれったい待ち時間。


「パソコンも新しいやつに買い替えたいけど……」


そんなことを言っている余裕なんて私にはみじんもない。

ごろごろと変な音を立てている古臭い扇風機を熱中症にならないように辛うじて動かしているくらいで、電気代節約のために夕方でも、視認できているうちは電気をつけない。

押入れのドアも建付けが悪いし、外にあるポストも取れかかっている。


「家賃、学費、食費、光熱費……」


バイトをしても、余裕はない。


「はぁ……」

また、自然と出てくるため息。


「こんなことなら、施設に残ってればよかったかな……」


半年前に離れた施設。

優しかったみんなの顔が頭に浮かぶ。




ーーーーーーーーーー




「アルノちゃん、本当にいいの?うちから大学に通ったっていいのよ?」


三月の末。

アパートも無事に決まり、私はとうとうずっとお世話になっていた
施設を離れることになった。

施設の人は、お別れの日当日までずっと私の心配をしてくれて、まだまだお世話になってもいいと言ってくれていた。


「お言葉はうれしいですけど、大丈夫です!小学三年生からお世話になってますし、これ以上はご迷惑、おかけできませんから……!」


お母さんは、私が五歳の時に、お父さんは小学校三年生の時に亡くなった。

ともに、病気だった。

頼れる親戚もおらず、私はこの施設でお世話になることになった。

施設の人はとっても優しくて、洗濯や掃除、食事などの身の回りのことから、高校の学費まで、私の生活のありとあらゆるところをサポートしてくれていた。


「でも、大学生って忙しいのよ?それがあの乃木坂大学ならなおさら……。高校生の頃からコンビニでアルバイトをしているとは言っても、大学の勉強と両立しながら家賃も学費も生活費もなんて、やっぱり私は……」

「そんなに心配しないでください!天国にいるお父さん、お母さんにも私は自立して生きていけるんだよって姿を見てほしいですし、いつまでも甘えてたらそれこそ怒られちゃいますから!だから、大丈夫です!」


自信三割、虚勢七割。

それでも、施設の人に心配をかけたままお別れをしたくなくて、私は胸を張ってそう答えた。


「そう……。アルノちゃん、立派になったのね……」


そう言って、施設の人はぽろりと一粒涙を流す。


「ここに初めて来たときはあんなに小さかったのに……」
「ちょっと、泣かないでくださいよぉ……!」


私も笑ってそう言ったけど、正直今日までの思い出が頭の中を走馬灯のように一気に駆け巡り、涙目になってしまっていた。


「ごめんね。それじゃあ、何かあったらすぐに連絡してね。いつでも駆けつけるから!」
「はい!ありがとうございます!」

「じゃあね、身体には気を付けるのよ」
「はい!お世話になりました!」


こうして、私は約十年お世話になった施設を後にした。




・・・



「いやいや、ここで施設の人に頼るのは違う……」


私は首を振り、雑念を無理やり振り払う。

迷惑かけたくないし、自立するって決めたし、言ったのにも関わらず半年やそこらで頼りにしていては元も子もない。


「まだまだ、自分の力で踏ん張らないと……!」


言葉に出して、自分を無理やり元気づけるようにぐっと拳も握ってみたけれど、結局それは空元気。

本音を言うと、この生活を続けるのはかなりしんどかった。

想像していた、きらきらしている大学生活。

そんな想像とはかけ離れた私の生活。

友達もできないし、生活はいつもギリギリ。


「和、元気にしてるかなぁ……」




ーーーーーーーーーー




入学から二か月が経ったころ。

梅雨真っただ中の、珍しく晴れ間が見えていた日。

私の家に、和が遊びに来てくれた。


「結構古いアパートだね」
「うん……家賃抑えようとすると、こういうところにせざるを得なくて……」

「それもそっか。大学、友達とかできた?サークルとか愛好会とかには入ったの?」
「う……」

痛いところをつかれ、私の口からは思わずうめき声のようなものがこぼれる。


「バイトで忙しくなるから、サークルとかは入ってないんだ……。友達も……。ほら、私陰キャだから……。自分から話しかけに行くのとかできなくて……気づいたらもう至る所にグループできてて、今更声も掛けづらくなっちゃって……。教室でもいつも目立たないように一番端にぼっちでいるから……」

「ごめん…..。変なこと聞いちゃって……」
「ううん、大丈夫!私の話より、和は?サークルとか入った?」

「うんっ!乃木坂女子大にね、アニメサークルがあってね!」


大学生活の話をする和の目は輝いていた。

サークルの話、友達との話、ちょっとめんどくさい教授の話。

どれもこれも、和は楽しそうに話をしてくれた。




ーーーーーーーーーー




「やっとパソコン立ち上がった……」

大学のポータルサイトから履修登録を確認するのに約二分。

パソコンが立ち上がるまでが今回は七分。

明らかに割に合わないパソコン。


「履修登録は来週から……と」


スマホのカレンダーに予定を入力して、パソコンを閉じる。

そして次はカレンダーに入力されていたアルバイトの日程とのにらめっこ。


「授業、どうしよ……。夜勤もあるし、一限はきついの前期でわかったけど……」

個別塾とコンビニの夜勤バイトの掛け持ち。

塾は週に四日、コンビニは二日。

最初の頃は何とか両立することができていたけれど、徐々に私の体がその生活に追いつかなくなってしまい、寝坊に遅刻に課題の提出忘れを頻発し、その結果前期の取得単位は……


「四単位だもんね……」

二年生への進級はギリギリできたとしても、このままじゃ四年間で卒業するのは困難になってしまう。

そうなれば就活にも響くし、何より学費も嵩む。


「うぅ……どうしよ……」


だからといって、アルバイトをやめるのはできない。

ただでさえ削れる費用は削り、食費も可能な限り抑えて、服だって全然買ってないのに。

ここからさらに給料が減ったらそのうちホームレスに……


「今のまま頑張るしかない……のかな?ねえ、ヌオー?」


昔からずっと共にいたお気に入りのぬいぐるみ。

そんなぬいぐるみに話しかけて返答を待っても、ぬいぐるみが私のお悩み相談に乗ってくれるわけもなく、部屋には虚しい沈黙が流れる。


「あぁ、そうだ。大学に行って本、返さないと……」


起き上がるのでも精いっぱいだった重い体を、無理やり立たせ、私は部屋着からラフなTシャツに着替えて図書館の本を詰めたトートバックを肩にかけた。




・・・




三枚しかないTシャツの中の一枚。

ガビガビのハムスターが印刷されたTシャツを着て、トートバックを肩にかけて大学構内を歩く。

夏休みでもサークルや集中講義があるのか、生徒もちらほらと確認でき、みんなキラキラした服装や、かわいいメイクをしている。

対して私はTシャツでノーメイク。

劣等感ばかりが募る。

こんな私だからか、講義を受けている時も、食堂でお気に入りのカレーを食べている時もしばしば視線を感じることがある。

私だって、おしゃれをしたい。

でも、お金ないし……のループ。


「はぁ……」

また、ため息。

私は隠れるように小走りで図書館への数段の階段を駆け上がる。

入り口で学生証を通して図書館に入ると、惜しげもなく使われたエアコンで冷やされた涼しい空気に包まれる。

返却口で借りていた本三冊を返却して、私は新たな出会いを求めて本棚の前で立ち止まる。


「ん~……」

図書館で本を借りればお金がかからない。

空調設備も整ってるし、いくら選んでいても勤勉な学生なんだなって思われるだけ。

それに、借りた本を読んでいれば暇な時間だってすぐに過ぎる。

私はいつものように何種類もの本棚の前を練り歩き、本を吟味し、厳選した二冊をカウンターでスキャンしてバッグにしまった。

今回も面白そうな本を借りられたぞ。

私は心の中で自慢げに胸を張る。

どっちから読もうかなと思いながら図書館を出て、私の足は思わず止まってしまった。


「うそ……」

大粒の雨がアスファルトを打ち付け、坂道ではウォータースライダーのように水が流れる。

天気予報も確認せずに部屋を出たから、今日雨が降るなんて知らなかった。


「折り畳み傘……!」


私は慌ててトートバックに手を突っ込み、中を漁るけれどそれらしきものは見当たらない。


「あ……」

そういえば、この間来た暴風雨の時に壊れて使い物にならなくなっちゃったまま、新しいのを買うの我慢してたままだったんだということを思い出す。

雨が上がるのを待つか、このまま走って帰るか。

頭に浮かぶ二択。


「よし……走って帰ろ……」

本だけは絶対に濡らすまいと心に誓い、大きく息を吐いて気合を入れる。

正直足に自信はないけれど、なんとかなる!

そう思って足を踏み出した途端、明らかに力が入らず、階段の下にできていた水たまりが近づいてくるのを感じた。


「ぐへ……!」

一瞬で服は濡れ、転んだ拍子にトートバッグの中から財布と小物入れが飛んでいき、さらに財布から学生証が飛び出す。

辛うじて本が濡れていなかったことを確認して、吹っ飛んだ財布たちを拾おうとしたのだが、


「…………いたっ!」


滑った時に足を捻り、痛みで思うように体が動かなかった私は、再び水たまりの上にへたり込んでしまった。

雨の中、傘もささずに座り込むなんて、ただでさえダサくて目立つのにさらに目立っちゃう。

実際、図書館の前を通過する学生はみんな、一度私のほうを見てから通り過ぎていく。


「もう、最悪……」


雨に濡れた体はだんだんと冷えていき、捻挫をした足首だけが熱を持つ。

もう、限界かも……

状況も相まってか、私の頭の中にはどんどんとネガティブな感情が渦巻く。

俯く私の目には涙が滲む。

それすら、雨が流してしまう。

しかし、突然私を打ち付けていた雨が遮られた。

上を見上げると、誰かが私に傘をさしてくれていた。


「え……?」

傘を持っていたのは、同学年位に見える男の子。

右手には傘、左手には私のバックから飛んで行ってしまった財布と小物入れが握られていた。


「……アルノさん……傘、もってないの?」

男の子は学生証に付いた水滴を自分のシャツで拭いた。


「折り畳み傘、壊れてて……。だから走って帰ろうかなと……」
「雨、多分まだまだ強くなると思うよ」


男の子が見つめる空。

黒く、分厚い雲が遠くに見える。


「それに、足挫いたりしてるかもしれないし。そしたら、走って帰れないし、本も濡れちゃうよ」
「わかってます……わかってるけど……」


それしか、選択肢がないから。

足がどれだけ痛くても、走らないと……


「よかったら、僕の家来なよ。ここから近いから」
「…………家?」

「あ、いや、えと……!変な意味はなくて……!僕は一人暮らしじゃないし、このままだと本も濡れるし、服もこれ以上濡れちゃうと体冷えて、シャワーとか浴びないと風邪ひくかもだし……!」


男の子は、さっきまでの印象とは違い、慌てて弁明をしていた。

それは多分、私が突拍子もない「僕の家来なよ」という発言に驚いてしまったのを、不審がっているんじゃないかと思ったがゆえのものなのだろう。

その姿が信頼でき、何より誠実で優しそうだなと思った私は、彼のその優しさに甘えることにした。


「じゃあ、お言葉に甘えさせていただきます……」


彼が差し出す手を取って、私は挫いた右足に体重をかけないように立ち上がる。


「えっと……お名前は……」
「あ、そういえばまだ名前も言ってなかったね。僕は小川○○。経済学部の一年」

「小川○○さん……経済学部で……同い年……?」
「うん。だから、敬語なんて使わなくていいよ」

「そしたら、○○くん?いきなりだと馴れ馴れしいから、小川くんのほうがいいかな?」
「○○くんのほうでいいよ。バッグに入ってる本は僕が持つよ。財布とかといっしょに入れたら濡れちゃうし、僕が財布やら学生証やらを持つの、嫌だと思うから」

「あ、ありがとう……」


彼に本を渡して、代わりに財布と小物入れをバッグに入れる。

私とは初対面のはずなのに、こんなに優しくしてくれるなんて。

彼の優しさに、さっきとは別の涙が溢れてしまいそうだ。


「それじゃあ、行こうか。ちゃんと傘に入っといてね。あ、歩くの辛かったら言ってね」
「ごめんね、何から何まで……」


私は彼の持つ傘の下、彼の家に向けてキャンパスを出た。



・・・



三分ほど歩いた先、彼と並んで歩いていると住宅街に入り込んだ。

しかし、前にネットの記事を見た記憶が確かなら、ここはお金持ちばかりが住んでいる場所だった気がする。

私はそれを意識したとたん、緊張で体が固まってしまう。


「着いたよ」

彼が足を止めた。


「えっ……!?」


高級感の溢れる門の向こうには広い庭。

そしてその奥には豪邸と形容するのがぴったりな建物。

一体いくらするのか……

私は眼前に広がるその光景に息をのむ。


「○○くんの家って、もしかしてここ……」
「うん。そうだよ」


彼にとっては日常だから当然のことなのだと思うけれど、涼しい顔でうなずかれると狼狽えていた私の立つ瀬がない。

○○くんが鍵穴に鍵を差し込み、門が開く。

綺麗に舗装された道と、丹念に整えられた庭木を通り過ぎて、○○くんは豪邸の扉を開けた。


「ただいま~」
「お、お邪魔シマス……」


玄関広っ……

てか、照明すごっ……

私の部屋くらいありそうな玄関。

天井からはシャンデリアが吊るされ、その眩しさに目が眩む。


「お兄ちゃん!おかえり!って、女!?」


ぱたぱたと足音を立てて、小さくてかわいらしい女の子が○○くんの帰りを迎える。

お兄ちゃんって呼んでたし、○○くんの妹なのだろう。


「彩、ただいま」
「その女の人だれ!?貧乏そうだし、Tシャツ……ダサいし」

「な……!」

何も言い返せねぇ……

くそう、あの子に好き放題言われてるのに、ぐうの音も出ない自分が情けない。


「彩、そんなこと言っちゃダメ。ごめんなさいは?」
「ご、ごめんなさい……」


彩と呼ばれた○○くんの妹がぺこりと頭を下げる。


「ごめんね、アルノさん」
「あ、いや……。私は別に……」

頭を上げた妹さんは、謝りはしたけれど不服そうではある。


「彩、爺やはいる?」


じ、爺や……!?

爺やなんて言う人、物語の中でしか見たことないよ!?


「爺やなら、リビングにあるシャンデリアの掃除してるよ」


シャンデリア、まだあるのか……

彼の家についてから私は驚かされてばかりで、脳みそのCPUは処理が追い付かない。


「爺や~!ちょっと来てー!」

○○くんがそう呼ぶと、すぐにTHE・執事といった風貌のお爺さんが現れた。


「なんでしょう、お坊ちゃま」
「お風呂、今から沸かしてもらってもいい?あと、女性用の服……は、メイドさんにお願いして。あと、バスタオルと濡れたものを乾かす用意もしてほしい」

「かしこまりました。ご入浴されるのは、そちらのお嬢様でよろしいでしょうか?」
「そう。中西アルノさん。僕と同じ学部なんだ」

「中西、アルノです……よろしくお願いします……」


驚きに驚きを畳みかけられて、のどに言葉が詰まって、声が裏返ってしまった。


「それではアルノ様、今からメイドがお風呂までご案内いたします。お荷物、こちらで預かってもよろしいでしょうか」
「お、お願いします……!」


私が肩にかけていたトートバックを爺やと呼ばれていた男性に預けていると、いつの間にやらそばにはメイドさんが一人控えていた。


「アルノ様、こちらになります」
「は、はい……!」


私、中西アルノは、もしかしたらとんでもない家に来てしまったのかもしれません!!!




………つづく



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