義理の弟は落ち込んでいるとき、意外と子供っぽいみたいです
一月下旬。
大会まで残り少なくなってきて、体育館にも異様な緊張感が走る。
それもそのはず、勝てば全国大会。
インターハイでは無いけれど、やっぱり『全国大会』という響きには誰しもが憧れる。
「もっと詰めろ!」
「こっち空いてるだろ!」
「カウンター走れよ!」
ただの部活の中の紅白戦でも、語気の強い言葉が飛び交う。
「俺に出せ!」
かくいう俺も、その雰囲気に充てられてか言葉が強くなっていた。
普段の練習からは考えられない雰囲気で紅白戦が進み、ブザーの音が体育館に弾けたところで全員の足が一斉に止まる。
「集合!」
その掛け声で、部員がまた足を動かし、監督を中心に輪を作る。
「一時間昼休憩だ。昼飯食ったらもう一回集合な」
「はい!」
ようやくお昼。
「疲れた~」だの、「体痛ぇ」だの言いながら体育館を出て部室に向かう。
「○○」
体育館を出てすぐ、今朝聞いたばかりの耳なじみのある、この時間には聞こえるはずのない声が聞こえた。
「あれ、アルノ。なんか用?」
声の主はもちろんアルノ。
休日のため私服で、後ろ手を組んで俺の方を見上げる。
「これ、忘れてったよ」
アルノが差し出したのは見慣れた保冷バッグ。
「あ、弁当忘れて行ってた?」
「うん、忘れてった。今日は休日だから、購買やってないでしょ?一日練習なのにお昼抜きは○○キツイかなと思ったから、持ってきてあげた」
「ありがとう。休みの日にわざわざ」
「ううん、全然。練習見られたからいいかなって」
「いつから居たの?」
「三十分くらい前……とか?」
全然気が付かなかったわ。
結構練習ハードだったし。
「○○、練習だとあんななんだね」
「あんなってなんだ、あんなって」
「んー……。気迫がすごいというか、圧が強いというか」
「大会近いからね」
「応援行くから。午後も頑張ってね!」
アルノに親指をグッと立てて部室に向かう。
その道中、隠れてやり取りを見ていたのであろう部員に囲まれた。
「愛妻弁当かよちくしょう!」
「なっ……!見てたのかよ……!」
「しかも何だあれ!『頑張って!』って、彼女かよおい!」
「かの……!」
「…………おい、その反応……。うそ、だよな……。義理の姉弟じゃないのか……?」
「それは……」
「い、言わなくていい!仲間だと思っていたお前の口からそれを聞いたら俺は泣き崩れてしまう!」
そんなことを吐き捨てて、チームメイトは走り去っていく。
てか、それはあまりにも失礼じゃないか。
俺を何だと思ってるんだ。
・・・
それの存在に気が付いたのは十時くらい。
「あ……」
○○、弁当忘れてるじゃん。
もう練習始まっちゃってるだろうしなぁ。
今日は休日だし、購買もやってないしなぁ。
お昼抜きはつらいだろうしなぁ。
それに、頑張って○○のために作ったしなぁ。
よし、届けてあげようじゃないの!
簡単な服に着替えて、上着を着て、マフラーを巻いて。
お弁当をいつものバッグに入れて、よく晴れた通学路を歩く。
いつもは学校に行くにつれて人が増えているのに、今日はだーれもいない。
こういうのも新鮮でいいな。
景色を楽しみながら歩く。
いつもの風景だけど、いつもとはちょっと違う。
○○がいないとつまらないな……
とは言っていても、着々と通学路は消化される。
気が付くともう学校は目と鼻の先で、到着までにかかった時間はいつもより少しだけ早い。
早く○○の顔を見たくて、冬なのにもかかわらず開きっぱなしになっている体育館の扉の陰から中を覗いてみる。
早く○○の顔を……なんて考えをしていた私は、ハンドボール部の練習風景に圧倒されてしまった。
迫力も、空気も試合と何も変わらない。
圧がすごい。
私は思わず、その圧に言葉を失ってしまった。
「…………あ」
「俺に出せ!」
我に返った瞬間、○○が強い口調でボールを呼んだ。
いつも、家ではあんなに優しい○○。
学校でも物静かな方で。
試合の時だって、冷静にプレーをしていたのに。
こんな一面もあるんだ……
○○が、どれだけ本気でハンドボールに打ち込んでいるのか、痛いほど分かった。
もっと、○○のために何かできることは無いのかな……?
悶々と考えていると、ぞろぞろと体育館からハンド部員が出てくる。
その列の中、タオルで汗を拭きながらこちらへ来る○○の姿を捉えた。
「○○」
声を掛けると、○○は少しびっくりした顔をした。
当然と言えば当然で、休日に私が学校に来る理由なんて普通ないもんね。
「あれ、アルノ。何か用?」
「これ、持ってきてあげた」
「あ、弁当忘れて行ってた?」
「うん、忘れてった。今日は休日だから、購買やってないでしょ?一日練習なのにお昼抜きは○○キツイかなと思ったから、持ってきてあげた」
「ありがとう。休みの日にわざわざ」
「ううん、全然。練習見られたからいいかなって」
「いつから居たの?」
「三十分くらい前……とか?」
まあ、いつもと違う○○を見られたってだけで、全然苦でもなんでもなかったけど。
「○○、練習だとあんななんだね」
「あんなってなんだ、あんなって」
「んー……。気迫がすごいというか、圧が強いというか」
「大会近いからね」
「応援行くから。午後も頑張ってね!」
○○は何も言わず、親指を立てて部室の方に行ってしまった。
その表情はなんだか、自信が見えていて、今度の大会の応援も楽しみになるものだった。
・・・
「あー!くそ!」
自信はあったんだろうし、それに裏付けられた練習もしてきたんだと思う。
しかし、二月の頭に行われた大会……
「お疲れ様、○○」
結果は、全国まであと一歩届かなかった。
大会が終わって、家に帰って、風呂にも入って。
それでも悔しさは排水溝には流れていかず、体に纏わりついたままのようだった。
「最後の対戦相手の高校、強いチームだったね。素人目でも、今まで見てきたチームよりも強いなって思ったよ」
「あの高校は全国常連校だからな~。行けると思ったんだよな~!マジくやしいな~!」
普段と全然違う〇〇の様子。
砕けた口調がどれだけ悔しかったのかを物語っている。
「あー!くやしい!」
ソファのクッションに顔をうずめて叫びを押し殺しているけど、それだけじゃ抑えきれていない。
「…………疲れた」
ひとしきり悔しがって、搾りかすくらいしかなかったであろう体力も全部使い切って、仰向けになった○○。
「ご飯できてるよ」
「ん……」
○○は手を合わせると、何も言わずに黙々とご飯を食べ進める。
いつもみたいに、「美味しい」って言ってはくれていないけど、箸が止まらないというのが何よりの証拠。
口いっぱいに、リスみたいに頬張っている○○を眺めるのもかわいいからいいか。
「ごちそうさまでした」
食器も片付け終えて、私たちはソファでくつろぐいつもの時間。
○○はクッションを抱いたままずっと床を見つめてる。
今日の試合の反省してるんだろうな。
「……………..」
私は、ちょっと魔が差して、隣に座る○○の頭をそっと撫でた。
反応は無しで、私は調子に乗って○○のことを撫で続ける。
五分くらい撫で続けていた時だった。
「わ……!え……!」
クッションを脇に置いて、○○が私のことを抱きしめる。
私の方から行くことは時々あれど、○○の方からって言うのはかなり珍しい。
珍しいから、どうしたらいいのかわからなくて、無言で抱きしめられて身動きが取れないままわたわたとしてしまう。
「ど、どうしたの急に……!」
「ちょっとだけ、こうさせて」
「い、いいけど……」
嫌なわけなんて全く無いけど、突然すぎて頭がショート寸前。
心臓もバクバク言ってるし、変な汗も出てくる。
〇〇にはバレないように、私は大きく息を吸い込む。
にしても、本当に悔しかったんだろうな。
「頑張ったんだけど、勝てなかった……」
「うん」
「点差も三点だったし……」
「うん」
「みんなと全国、行きたかった……」
「これが最後じゃないでしょ。インターハイもあるんだから」
「インターハイ……」
「〇〇たちならいけるよ」
私に巻き付いていた腕が解けて、○○が離れる。
「また、応援してよ」
「もちろん」
「夏、頑張るから」
「うん」
「寝る」
「おやすみ」
自分の部屋に戻っていく○○。
今日はなんだか子供っぽくてかわいかったな。
また、あんな姿も見せてほしいな。
………つづく