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『あおはるっ!』 第9話

和・咲月ー!足、大丈夫なの?
咲・うん、軽い捻挫みたいな感じ

教室に帰るなり、咲月は大勢の女子たちに囲まれ、その後に井上さんがすごい勢いで咲月に絡み出す。

薺・おかえり、咲月は大丈夫だった?
〇・多分。俺も別に詳しいわけじゃないからなんとも言えないけど

腫れがひどいわけでもなかったし、軽くは歩けてるし、骨折なんてことはないだろう。

薺・そーだ、月曜に打ち上げどうするかって話出てるけど○○はどうする?
〇・どうするかな……ちなみに井上さんは?

薺・知らんなぁ~。気になるなら自分で聞いてみれば~

こいつ……!

なんか、それとなくそんな話題が聞こえてこないかな……

和・そうだ、咲月は打ち上げどうするの?

きた!

井上さんからその話題を出してくれるとは!

咲・クラスみんなで行くの?
和・ううん。さっき鈴谷くんと話して、咲月と椿木くんも入れた四人でどこか行こうかって話になったんだけど

え、四人で?

俺は素早く薺の方を見る。

薺・あ、バレちった?

決まっててあんなこと言ってたんか。

薺・ごめんって、そんな睨むなよ~

全く悪びれていない様子の薺。

〇・別に怒ってねーよ

なんなら、少し嬉しいまである。

心の中でガッツポーズをしていると、

和・椿木くんはもう鈴谷くんから振替休日の日に打ち上げしようかって話聞いた?

井上さんが、打ち上げの件で声をかけてきた。

〇・あ、うん。聞いた聞いた

突然のことで、ちょっと戸惑ってしまったが、何とか平静を保つ。

咲・○○、もちろん行くよね?
〇・ああ、行くよ

和・やった!
咲・場所どうする?

薺・グループでも作ればいいんじゃない?
和・いいね、それ!

確かに、それなら疲れ切った今、無理に決めることもない。

でも、それには一つ問題が。

和・私、誰とも友達じゃない……

その一言に、薺がにやりと不敵に笑う。

多分、俺にしか見えないようにやってる。

薺・じゃあ、今なっちゃおう!

井上さんが、笑顔でQRコードを差し出す。

あの井上さんと、連絡先を交換できる……

薺、ナイス!

QRコードを読み込んで、『nagi』と表示されたアカウントを友達に追加する。

咲・グループ、私が作るね!

咲月の作ったグループに招待される。

メンバーは四人。

なんか、いいなこういうの。

和・じゃあ、今日はこのまま解散?
咲・せっかくだから、一緒に帰ろうよ!

薺・ちゃんと歩けるの?
咲・そこは大丈夫

咲月が俺と薺を交互に見る。

咲・杖はあるから!

〇・杖って……まあ、いいけど

そう言えばさっきも俺のこと杖代わりにしてたな。

クラスメイトたちが、まばらに帰りだした。

俺と咲月がいない間にホームルームは終わっていたみたいだ。


薺・いや~球技大会楽しかったね
〇・ああ、来年もバドにしようかな

初めて、四人で帰る帰り道。

咲・味占めてるね
薺・うん、完全に

〇・うるさいなぁ!優勝したからすこしくらい調子乗ったっていいじゃんか!
和・私もいっしょにバドミントンにしようかな

味方がいた……

和・椿木くん、カッコよかった。スマッシュいっぱい決めてたもんね

ズバッてと言いながら腕を振る井上さん。

かわいい……

和・あ、私こっちだ

T字路に差し掛かると、井上さんが右折側を指さす。

そっちは確か、駅だったかな

和・じゃあね!咲月、鈴谷くん、椿木くん!

井上さんがそう言ってT字路を曲がろうとした時、

薺・俺達のこと名字で呼ぶの、なんか他人行儀じゃない?

薺がぶっこんだ。

和・確かに……

井上さんはどこか納得している。

和・じゃあ、二人も私のこと和って呼んでよ

マジカマジカ。

それはちょっと聞いてないぞ。

薺・うん、わかった
和・○○くんもいい?

不意に名前で呼ばれて。

思考回路が停止して。

〇・うん、もちろんいいよ

そのまま、返事をしてしまった。

和・改めて……咲月、薺くん、○○くん、また月曜日!

井上さ……和は、身を翻して小走りで帰っていった。

まさか、去年は話すことさえできなかったのに名前で呼び合えるまで仲が発展するとは……

半ば有頂天になりながら帰った。

左腕は、グイっと引っ張られたまま。


〇・ふぅ……もう筋肉痛来てるな……

夜になり、風呂から上がるともうすでに足や腕がところどころ痛む。

筋肉痛が早く来るぶんにはいいのだが、あれくらいの運動でこんなにも痛むのは体が鈍っている証拠かな。

〇・…………

部屋の隅に丸まったヨガマットに目が留まる。

〇・うん……

ストレッチくらいは、しておこうかな。

太腿の裏やわき腹をゆっくりと反動をつけずに伸ばしていく。

〇・うわ、痛ってぇ……

結構効くな、これ。

しかし、やっているうちに痛いのがどんどんと気持ちいいくらいにまでなってくる。

〇・あー……ん?

携帯の通知音が鳴る。

グループに薺がメッセージを送ったみたいだ。

『場所、どうしようか?』

そこに咲月が

『どこか行きたいところある?』

打ち上げにちょうどいい場所……

頭を悩ましていると、

『あんまり打ち上げっぽくないかも知れないんだけど、いいかな?』

井上さんからの提案。

『わたし、遊園地行きたい!』

確か、少し足を延ばせば遊園地あるな……

多分、俺達三人に考えさせてもあんまり決まらないだろう。

なにより、和が行きたいって言ってるんだから、俺はもちろん賛成だ。

『俺は賛成!楽しそうだし、いいと思う!』

多分、思うことは俺達三人みんな一緒だったのだろう。

『いいね!私も行きたい!』

『俺も~』

場所さえ決まれば後はとんとん拍子で決まっていった。

集合時間も、集合場所も。

遊園地はそこそこ有名なところだけど、俺らが振替休日なだけで普通の月曜日だしそんなに混まないでしょと予想。

それでも保険をかけて、少しだけ早めに駅集合にすることにした。


和・わ、久しぶりにきた!

チケットを買って、園内に入る。

観覧車やジェットコースター、コーヒーカップにメリーゴーランド。

沢山のアトラクションが並ぶ、比較的オーソドックスな遊園地。

月曜なのに、そこそこ人が入ってる。

咲・ねえ、どこから行こっか

咲月が俺たちの方を見ながら目を輝かせる。

楽しみにしてたんだろうな。

〇・足、完全に治ったわけじゃないんだからな。あんまり走り回るなよ
咲・はーい

聞いているのかいないのか、咲月は薺と一緒にジェットコースターの方に小走りで向かう。

〇・あんま先行くと迷子に……

多分、もう声の届く距離じゃないと思ってあきらめる。

和・○○くんも早く行こ!

和が満面の笑みで、俺の手を引っ張って二人を追いかけんと走り出す。

〇・え、ちょ……!

手……!

ハイタッチまではよかったけど……

握られるのはまだ心の準備が……!

猛スピードのジェットコースター。

本来なら絶叫マシンとしての役割を果たせていたはずなのだろう。

だけど、今の俺に対してはなんの効果もない。

初めて、購買で話した時に握った手。

その時ももちろんドキドキしてたけど。

今回は、状況とあの笑顔も含めて、その時のドキドキを軽く超えてくる。

和・すごかったね~
咲・うん、結構声出ちゃった!

ジェットコースターを降りて、前を歩く女子二人組。

その後ろ姿を見ながら、俺達は後をついて行く。

薺・なんか、上の空?

薺がにやにやしながら聞いてきた。

やっぱりこいつは目ざといな。

でも、

〇・なんもねえよ

この気持ちは全部、俺だけのもの。

たとえ薺にも、くれてやらない。


薺・結構遊んだね~

時間は過ぎて夕方に。

キラキラとしていた昼間とは違い、夕日に照らされてノスタルジックな雰囲気を醸し出す。

和・うん、アトラクションは全部遊んだんじゃないかな?
咲・あ、まだ一つ乗ってない!

まだ、観覧車に乗ってない。

薺・どうする?二人一組とかにしてみる?

薺が変なことを言い出した。

和・いいね、面白そう!
咲・どうやって分ける?

二人はなんか乗り気だし。

もし、井上さんと二人になれたら……

軽く、想像してみる。

……だめだ。

あんな狭い空間に二人きりなんて、俺の心は耐え切れない。

薺・じゃあ、グッパでいっか

ただ、俺がここで一人ごねても意味はなさそうだ。

大人しく、

薺・グッとパ!

薺の掛け声に合わせて拳を突き出す。

薺・決まったね

すんなりと決まった組み合わせ。

一発で決まった。

グーを出したのは……

和・○○くんとだ!

おいおい、マジかよ……

薺・じゃ、お二人さんお先にどうぞ~

押し込まれるように背中を押されて、俺は観覧車に乗り込む。

和・なんか、ワクワクするね

ゆったり回る観覧車。

〇・そう、だね

まだ、始まったばかり。

バドの練習のときは話す内容として明確なものがあったからいいけど、こういう時には何を話せばいいんだ……

和・わぁ……

夕日に照らされる街を、和が目を輝かせて眺めている。

少し、目を潤ませるその横顔に俺は見とれてしまう。

最初の会話以降、中々話は盛り上がっていない。

……和は、楽しめてるのかな。

観覧車は回る。

もうすぐ頂上。

和・今日一日、楽しかったね

和が、急にこちらを向いた。

〇・うん、楽しかった

純粋なその瞳に、言葉を引き出されるみたいだった。

和・改めて、ありがと
〇・どうしたの、急に

和・球技大会で、誰かと二人の種目に出るなんて初めてだったんだ

和は、少しだけ下を向いた。

和・去年もそうだし、もっと言うと中学校の時からかな。大人数の種目で、なんとなく出て、なんとなく応援してっていうのがいつものことだったの。だから、二人きりでっていうのが新鮮だったんだ

そして、顔をあげて。

和・だから、ありがとう!

夕日に照らされて、最高の景色の上で。

それでいて、心からの言葉なんだろうと感じさせるほどに輝いた笑顔。

〇・こちらこそ、ありがとう

なんとなく緊張もほぐれて、俺も少しだけ素直に。

観覧車は、あと半周。



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