僕がひろったケルベロスと、振り回されっぱなしのショッピング
「つ、疲れた……」
「荷物持ちご苦労様、ゴシュジン!」
「ご主人はやめろ……」
買い物が終わり、三人の着替えやら寝具やらを買いそろえ、ついでにスーパーにもよって食材も買いそろえて帰ってきた。
そして、帰るなり俺は荷物を置いてベッドに倒れこんだ。
あまりにも疲れた。
こいつら、こんなにフリーダムだとは思わなかった。
「お買い物、たのしかったね~!」
「たのしかった~!……ゴシュジンはなんでそんなに疲れてるの?」
「ふたりのせいじゃないかな……?」
「アルノだけだ、俺の味方は……」
ただ買い物行くだけでこんなに疲れるなんて。
「食べ物類、冷蔵庫入れといてくれ……」
「はーい!」
素直ではあるんだよなぁ。
しかし、テンションが上がると手が付けられない。
ほんとに首輪とリードをつけておかないといけないのかもしれない。
・・・
「うし、買い物行くぞ」
「やった~!」
シャツと短パン。
ラフ中のラフな格好に着替えて家を出た。
買うものは、三人の着替え、寝具、食料。
下着とかも必要だろうけど、そこに俺は立ち入れないので、非常に不安だがこの三人に任せるしかない。
「買い物はどこに行くんですか?」
「ん~、まあ買うもの多いしショッピングモールかな。食べ物系は暑さでダメになっても嫌だから帰りがけ近くのスーパー寄ってって感じで行こうと思ってる」
「ショッピングモール?」
「知らないのか……。まあ、犬だったんだもんな」
「犬じゃない!ケルベロス!」
「犬とケルベロスじゃカッコよさ違うんだから!」
「わるかったわるかった。ケルベロスな」
思ったよりもテレサとヒナに詰められて俺は慌てて訂正した。
確かに犬とケルベロスじゃ威厳もカッコよさもかなり違う。
「それで、ショッピングモールって?」
「ショッピングモールっていうのは、いろんな店が一つの建物に集まってるところのことを言うんだよ。まあ、買い物好きな人からしたら遊園地みたいなところかもな」
「へぇ!たのしみ!」
「ヒナ、服とか見るの好きだもんね」
「なら、結構楽しいんじゃないか?」
三人を引き連れて、やってきたのは徒歩十五分くらいのところのショッピングモール。
こういうところは、田舎から都会に来た大きな利点だ。
地元なら車で一時間くらいだもんな。
「わぁ~、ひろーい!」
「お店いっぱいだね~」
「まず服かな。えっと……二階か」
俺が案内板を見て店の場所を確認していると、アルノが控えめに背中をつついてくる。
「ん、なんだ?」
「あの……二人が……」
「あっち行ってみよ~」
「おもしろそ~!」
ちょっと目を離したすきに、テレサとヒナは服とか全く関係ないほうへと二人で歩いて行ってしまっていた。
「ちょ……!二人とも勝手に動くな!」
俺は慌てて二人の腕をつかんで引きずり戻す。
ショッピングモールの存在も知らなかったやつらに勝手にウロチョロされたら迷子ルート確定だ。
「勝手に動くな」
「だって、あっちからおいしそうな匂いしたんだもん!」
「わたしも、甘いもの食べたかったの!」
「わかった、あとで買ってやるから今はおとなしくしといてくれ」
「は~い」
軽い返事。
不安だ。
「アルノ、二人のこと頼むよ」
「わ、私ですか……!」
「俺一人じゃどうにもならん」
「わ、わかりました……!」
「じゃあ、気を取り直して、二階な。勝手に動くんじゃないぞ!」
一列に並んでエスカレーターに乗り込む。
前科一犯の二人は、俺とアルノで挟んで逃げられないように包囲しておく。
「ここの店から自由に選んでくれ」
「わーい!」
「自由だ~!」
プチプラブランドの店。
安くてかわいいからかなり人気らしい。
と、ネットに書いてあった。
「……二人とも、たのしそうですね」
「あれ、アルノは二人についてかないの?」
「私は……あんまり服とか詳しくないし、そもそもおしゃれな服とかは……」
「へぇ、別に何着たって似合いそうなのに」
「そ、そんな!あの二人はスタイルもいいし、かわいいのでそうかもしれませんが、私は……」
仲良さげに手をつないで服を選びに行った二人を、どこか遠い目でアルノは眺めていた。
「私は、そんなんじゃないので……」
「そうかな?アルノだって、あの二人に負けないくらいかわいいでしょ」
「…………!や、やめてくださいよ……」
「アルノ~!はーやーくー!」
「ほら、ヒナが呼んでるよ。あの二人ならぴったりなの選んでくれるだろうし、行ってきな」
「あ、あの……!」
アルノが控えめに俺の手を取る。
ショッピングモール内の冷房のせいか、ほんのりと冷たい。
「○○さんも、一緒に来てください……。その、○○さんの意見も……聞きたいです……」
「俺で、いいなら」
「やった……!あ、こほん……行きましょう、○○さん」
そのまま、アルノに手を握られたまま、服を体に当てながらその程を確認していた二人に合流する。
「あ!手つないでる!」
「なんか仲良くなってない?」
「こ、これはその……ち、違くて……!」
アルノは慌ててつないでいた手を放す。
隣から見える右耳が真っ赤だ。
「も~、照れなくていいのに~!このこの~」
「だ、だからぁ……!」
「二人は買うやつ決まった?」
「決まったよ~!」
「じゃあ、アルノの服も……」
「だから、ちょっとあっち見てくるね~!」
「あ!おい!」
選んだ服の入ったカゴを俺に押し付け、またどこかに行ってしまった。
慌てて俺も店を出てみたけれど、もうすでに二人の姿は見えない。
「くそ……どこ行きやがった、あの二人……」
「ヒナ、すばしっこいんですよ。テレサはそうでもないはずなんですけど……ヒナに引っ張られていったたんですかね」
「アルノなら追えたりとかしない……?」
「無理ですね」
「まじかぁ。まあ、そんな遠くには行かないだろうし、あとでいいか。アルノの服も選ばないとだしな」
俺たちは二人を追うのを諦めた。
アルノでも無理なら、一旦あの二人のことは後回しだ。
「アルノはどんなのがいいんだ?」
「えっと……動きやすい服がいいです」
「じゃあTシャツとかか」
二人が選んでいた場所から少し違うコーナーに行って、ラフな服が並ぶところでアルノは足を止めた。
「○○さんなら、白と黒どっちが似合うと思いますか?」
「うわ、迷うな!アルノならどっちも似合うと思うけど……個人的には白かな」
「じゃあ、白にします」
それからもアルノは俺に二択を提示し続け、俺はそこからアルノに似合うだろうなって方を選んでいった。
これだとアルノの好きな服を選ぶという点では不十分なんじゃないかとも思っていたけれど、アルノはどことなく満足げだったからこれはこれでよかったのかもしれない。
「じゃあ、俺ちょっと会計してくるから待ってて」
「あの、今更なんですけど、お金の方は大丈夫なんですか……?」
「ああ、まあ気にしなくていいよ。その……うちから仕送りしてもらってるし、家ではああいったけど、マジであんまり気にしなくていいよ」
「わかりました。ありがとうございます。私、外で待ってますね」
アルノは一礼して店を出て、俺はカウンターへ。
「カードでお願いします」
「かしこまりました」
俺は財布から一枚のクレジットカードを取り出し、店員さんに渡す。
進学し、家を出た時に”両親”から渡されたカード。
今の今まで使っていなかったが、今回ばかりは甘えさせてもらおう。
「お待たせ。二人が戻ってきたりは……」
「してません……」
「だよな。探しに行くか」
「あの、私、袋持ちますよ」
「気にしないで、このくらい」
「すみません……」
「荷物持ちは俺に任せてさ、アルノはあの二人を探すのを……」
「○○く~ん!」
遠くから声が聞こえ、二人がこちらに駆け寄ってくる。
「買い物終わった?」
「服はな。あとはここで枕買って、スーパーだな」
「美味しそうな匂いは?」
「甘いもの!」
「忘れてないよ。枕買ったらな」
「いーまーがーいーいー!」
「子どもか!……わかった、カフェ行こう」
三人の枕は一日くらい我慢してもらって、帰ったら通販で頼もう。
・・・
「うま~」
「あま~い」
カフェで各々飲み物と軽食をテイクアウトし、テレサもヒナのご機嫌も取ったところで俺たちはスーパーへと向かった。
しかし、機嫌を取ったと思ったのがそもそもの間違いで、スーパーもまた。この子たちにとっては物珍しいものであった。
「わー!」
「あ、おい!」
そのため、ショッピングモールでの二の舞。
またしてもアルノと二人、テレサとヒナを見失った。
「まあ、ここならそんな広くもないからすぐ見つかるだろうけど、あの二人とアルノの落ち着きの差はどうなってんだ?」
「きっと、たのしいんだと思います。あの二人。初めて見る場所、初めて見るものにテンションが上がってるんです」
「アルノは上がってないの?」
「上がってないことはないんですけど、私もこういうお出かけはそうそう経験したことがないので緊張してしまって……」
「そう言う事ね」
「それに、知らない場所で○○さんのところを離れたらどうなるか……」
「賢い選択だと思うよ。とりあえず……あの二人探すか」
幸い、スーパーは広くないため二人はすぐに見つかった。
精肉コーナーで立ち止まっているあたり、犬……改めケルベロスの本能なのだろうか。
「もう勝手な行動するんじゃないぞ」
「ごめんなさい」
「なさい」
「わかればよろしい」
まあ、こんなのでわかってくれれば苦労はしないわけで、寄るコーナー寄るコーナーで毎度足を止めるものだから買い物が全然終わらない。
気が付けば、スーパーに入って一時間経ってようやく買い出しが終わった。
・・・
そんなこんなでこの疲れようというわけだ。
今度から、三人連れての外出は覚悟しないと。
「はぁ、一旦寝る。お前らはどうする?」
「じゃあ、寝ようかな~!」
「寝よう!」
「寝るテンションじゃねえだろ……。そしたらマットレスがクローゼットの上段にあるから出してくれ」
「はーい」
床にマットレスを二枚敷いて、テレサとヒナがその上に寝転がる。
「枕なくていいのか?一応クッションくらいならいくつかあるぞ」
「じゃあほしい!」
「ちょっと待ってろ」
ベッドの上、枕元にあるクッションを三つマットレスの方に放り投げる。
「それ使え。……アルノは寝ないのか?」
「あ、わ、私も、寝ます。…………」
アルノの視線がこちらを向く。
いや、こちらというよりかは、俺の後ろに。
「……これか?」
アルノの視線が捉えていたのはおそらく、大きな犬のぬいぐるみ。
「……使うか?」
「い、いいですか……!」
「ああ、もちろん」
アルノにぬいぐるみを手渡すと、大事そうに抱きかかえて二人にならんで横になった。
なんか、昨日の晩みたいだな。
三人が並んで横になって眠っている図。
……あれ、ケルベロスって必ず一つの頭は起きてるもんじゃなかったっけ……?
まあ今はそんなことどうでもいいか。
「くぁあ……。おれも寝よ」
今は疲れた体を休めるのを最優先にして、俺も眠りにつくことにした。
==========
「君も、一人なの?」
大雨。
橋の下。
流れる勢いをだんだんと強くする川。
痛む痣と、乾いた傷口。
「僕も……一人なんだ」
「クゥン……」
「そうだね。こうしてれば、一人ぼっちじゃないね」
段ボールに入った、茶色い子犬。
泥だらけで、弱っていて。
お腹もすかせていて。
「パン、食べる?」
半分に割れたコッペパン。
今日の給食の残り。
それをまた半分に割って、子犬に分けてやると、嬉しそうにそれにかじりついた。
「おいしい?」
「ワン!」
「よかった。僕も、おいしい」
大雨。
濁流。
橋の上を走る車の音が耳障りで、雨が川をたたく音がうるさくて。
「抱っこ、してもいい?」
「ワン!」
ちょっぴり湿ってて、生乾きの匂いもして。
だけど、どうしてだか落ち着く。
落ち着いた僕は、徐々に、徐々に。
「帰りたく、ないよ」
意識は、すり抜けるように、僕の手を離れていった。
==========
「夢か……。懐かしい夢だったな……」
幼少期の記憶。
あの時の、数少ない”いい思い出”。
「……ん、もうこんな時間か」
スマホに映る時刻は午後六時。
視線を下にやれば、すやすやと寝息を立てる三人。
アルノはさっき渡したぬいぐるみを大事そうに抱えている。
「こんなに気に入ってもらえれば、そいつも本望だろうな……」
夕飯、作るか。
三人を起こすのは、できてからでいいや。
今日は何作ろうか。
何を作ればあの三人は美味しいって喜んでくれるかな。
食べてもらう人のことを想像するだけで、料理ってこんなにもワクワクするものになるんだ。
「よし、うまい飯作りますか!」
キッチンで一人、気合を入れて、頬を叩いた。
………つづく!
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