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『あおはるっ!』 第6話

ア・だって瑛紗は、もうすぐ転校しちゃうから

アルノ先輩は、窓の外を眺めて、どこか思いに耽るような顔をした。

アルノ先輩の言葉が嘘でもなんでもないというのは、その表情だけで十分だった。


瑛・私、転校するんだ

先輩の口から出た、衝撃の言葉。

俺の頭は見事にフリーズした。

薺・え、冗談とかじゃ……
瑛・ないよ
薺・ですよね……

わかってる、そんなことは。

池田先輩は、よくからかうような冗談を言う。

だけど、決して。

瑛・言うの、遅くなってごめんね

そんな、悲しい顔をして言うことなんてなかったから。

薺・あの、いつ……なんですか?
瑛・今月の末に新幹線で。あと二週間もないかな

薺・どうしてですか?
瑛・親の仕事の都合でね。こんな中途半端な時期になっちゃった

薺・どうにかしてこっちに残ることは……!
瑛・こっちの方に親戚が住んでたりしないからさ

どんな手も打てない。

瑛・ごめんね

そんな顔をしないでください。

胸がきつく、きつく締め付けられる。

薺・なんで、こんなギリギリに……
瑛・それはね

池田先輩は、立ち上がった。

そして、数歩前に出て、

瑛・薺くんと離れるの寂しいからさ

先輩の表情は、わからない。

俺の表情も、わからない。

数十秒の沈黙があって。

瑛・今日は、解散しようか

俺達は別々の帰り道を歩いた。


咲・あ、薺、先に来てたんだ

週が明けて、薺は誰よりも早く登校して、誰もいない教室で机に突っ伏していた。

〇・あー……おはよ、薺

多分、あのことだろうな。

隣で訝しんでいる咲月はどこまで知っているんだろう。

咲・どうしたのさ、そんなに落ち込んで

あんまり踏み込まない方が……

薺・ちょっと、そっとしておいてほしい

ほら、言わんこっちゃない。

鞄を置いて、俺と咲月は教室から出る。

咲・ねえ、薺になにがあったのか知ってる?
〇・まあ...…

話しても、いいのだろうか……

咲月なら、問題ないか……

〇・実は……

俺が話し始めた瞬間。

和・二人とも、おはよ!

井上さんがやってきた。

〇・お、おはよう
咲・おはよ~

なんとか挨拶でごまかし……

和・なにコソコソ話してたの?

効かないか……!

〇・いや、なんでもないよ
咲・うん、ほんとになんでもないの

和・にしては二人とも表情険しかったよ?

粘り強い……!

和・悩み事なら私に任せて!

もうこの際、井上さんにも言っていいか?

〇・教室、見てみて

まばらに人が来はじめた教室で、薺はまだ机に突っ伏している。

井上さんはそんな薺に、

和・ねえ、どうしたの?

すぐに声をかけに行った。

薺・なんにも、ないよ

消え入りそうな声。

案の定、対話は拒否。

和・ほんとにどうしちゃったの?

珍しい薺の落ち込み姿。

幼馴染の俺達ですら驚いたその姿に、井上さんは案の定驚愕していた。

〇・実は……

まだ、本人の口から聞いたわけじゃないから憶測の域を出ないけど。

和・そんなことが……
咲・うう、辛いなぁ、それは

〇・うん、なんて声かけたらいいか……
咲・今は、そっとしとこっか。学校来ただけでもえらいよ

結局、薺は放課後までこの調子から戻ることは無かった。


〇・おーい。もう放課後だぞ

○○がなにやら俺に呼びかけている。

薺・うん、わかった

俺は顔は上げずに返事をする。

〇・先輩のこと、聞いたよ
薺・そっか

〇・部活は?
薺・出れるわけないじゃん

今、先輩に会ったとして、俺はどんな顔をすればいい?

〇・じゃあ、今日は俺も部活行かない
薺・じゃあ、あと五分待って

前の席。

椅子が引かれる音。

〇・早く復活してくれや

などと文句を言いながらも○○は待っていてくれる。

なんだかんだ言いながらも、人に寄り添うということにおいて、○○は俺の知り合いの中でも指折りだ。

と言うか、一番だ。

咲月が好きになるのもわかるよ。

多分、俺が女子なら惚れてた。

薺・よし、帰ろう

だから、こうしていることに少しだけ罪悪感も芽生える。

まだ、多分、先輩と話せはしないけど。

〇・それでよし

少しでも、前を向かないと。


〇・にしても、まさか先輩をデートに誘ってたなんてな。電話来た時はビックリしたよ
薺・うん、勢いで誘ったらオッケー貰った

コンビニで、少し早めのアイスを買って。

二人で並んで、歩きながら。

〇・すげーな、お前……ちぇ、はずれた
薺・俺は……お!

薺が自慢げにアイスの棒を見せてきた。

薺・あったりぃ!
〇・うわ、いいなぁ!

笑い声が響く。

薺、少しは元気になったかな。

〇・先輩、あと二週間もいないんだろ?
薺・ああ、そうらしい

〇・思い、伝えんの?
薺・どうしよっかなぁ……

薺は頭の後ろで手を組んで、空を見上げる。

薺・正直、迷ってる

絞り出すようなその口調。

薺の葛藤を表すにはそれだけで十分だった。


それから、薺は何度か部活に顔をだしたらしい。

本人曰く、何話せばいいかわかんなし、どんな顔すればいいかわかんないけど、そこはその場のノリで何とかする。とか言っていた。

だけど、肝心な先輩の方が部活に顔を出してくれなかったそうで。

そんなのが十日続いたあたりで薺は、「俺、嫌われちゃってんのかなぁ」って言いながら、再び机に突っ伏していた。

〇・そんなことねーよ、多分
和・うん、嫌いなら、転校することも隠して行っちゃうと思う

薺・そうかなぁ……
咲・シャキッとしてよ。落ち込んでるの、らしくないよ

薺・だよな、らしくないよな!
咲・急に元気になられてもビックリしちゃうんですけど

それでも、薺は放課後はカメラを持って部活に出続けていた。

池田先輩が転校する前日。

〇・あ、あれ
ア・瑛紗……

教室の窓から、何やら話している二人が見えた。


瑛・薺くん

俺が適当な写真を撮っていた時。

池田先輩が後ろから声をかけてきた。

薺・池田先輩……明日、ですよね
瑛・うん。だから、私の唯一の後輩くんに挨拶しとかないとって思って

先輩は、伏し目がちにそう言った。

その表情は、あの時転校を告げたときよりも、ずっとずっと寂しそうだった。

瑛・ねえ、薺くんはさ、写真部楽しかった?

笑顔を作る先輩。

薺・すごく、楽しかった……です……

沈黙が流れる。

薺・その、もっと何か言えたらよかったんですけど……
瑛・ううん、その言葉だけで充分

そよ風が、吹き抜ける。

桜はもう、咲いてない。

薺・あの、先輩……!

当たって砕けろだ。

言うだけ、言ってみよう。

だけど。

瑛・私、行かなきゃ……!

先輩は、俺の言葉を遮って走り去っていってしまった。


そして、翌日。

薺・なーにやってんだろうなぁ……

俺は、たった一人で屋上にいた。

薺・そろそろ、先輩は出発するころかな……

静かだ。

みんな、授業受けてるから当然か。

さぼったの知られたら、咲月や、井上さん、○○にもどやされるかな。

ガチャリと、ドアが開く音がした。

やばい、誰か来た……!

〇・薺、見つけた
薺・○○……

〇・黄昏てたのか?
薺・そんなとこ

〇・行かなくて、いいのか?

真っすぐな目。

俺の心の中をのぞく様な、そんな目。

薺・…………
〇・アルノ先輩から、色々聞いてるよ。駅なら、今から走れば間に合うんじゃないか?

薺・……!
〇・行けよ、薺

今日は脅迫にも似た、その言葉。

〇・お前の足なら、間に合うだろ

薺・なあ、○○

〇・……?

薺・一発、気合入れ頼む

〇・はは、まかせろ

○○は、俺の後ろに回り込む。

〇・準備いいな?
薺・おう!

〇・行って……

勢いよく、背中を叩かれる。

〇・こいや!

押し出されるように、俺は走り出す。

途中、先生に廊下を走るなとか言われた気がする。

誰かに声をかけられた気もする。

だけど、今は関係ない。

俺は、ただ一人を目指して走った。


駅に着いて、血眼になって探した。

人をかき分けて。

ただ、想い人を。

見覚えのある影があった。

階段を上るその姿、間違いない。

薺・池田先輩……!
瑛・なんで……ここに……?

薺・学校サボって、来ちゃいました

先輩は、ご家族に荷物を預けて階段を下りてきた。

瑛・もう、ダメじゃんか、サボっちゃ
薺・……どうしても、伝えたいことがあって

瑛・やめて、それを聞いちゃったら……
薺・いえ、言わせてください

先輩の制止を、振り切って。

薺・俺、先輩のことが好きです

一息に、言い切る。

瑛・だと思ったから、聞かないようにしてたのになぁ……

先輩の声が、震えていた。

瑛・私もね、薺くんのこと好きだよ
薺・じゃあ......!

瑛・でも、付き合うことは出来ない

先輩の頬には、一筋涙が伝っていた。

瑛・二週間会わないだけでもこんなにつらかったのに、離れ離れなんて、耐えられないから……
薺・先輩……

すぐに先輩は、涙を拭って笑顔を見せた。

その笑顔は、昨日見たものと一緒。

強がってる笑顔。

瑛・ねえ、私たちお互いの写真は撮ってるけどさ、一緒にってないじゃない?

先輩が、スマホを構えて、俺のそばによる。

瑛・笑って

優しく、ささやくようにそう言って、

瑛・はい、チーズ!

シャッターを切った。

瑛・さて、そろそろ行かなきゃ
薺・その写真、くださいよ

瑛・どうしようかな……

この前のように、はぐらかす。

瑛・ねえ、また会えるよね……

消えてしまいそうなほど、小さな声で先輩が呟く。

薺・絶対、会えますよ……!
瑛・だよね……

先輩は、一つ頷く。

瑛・じゃあ、"またね"
薺・はい、"また"会いましょう

階段を駆け上る先輩。

俺は、その姿を見送って学校に戻った。


戻るころには、もうお昼頃。

○○から、屋上にいるって連絡が来てた。

薺・ただいま
〇・あ、おかえり

屋上には三人。

薺・何で二人もいるんだよ

おどけたように笑う。

和・おつかれ、鈴谷くん
咲・思いは伝えられた?

薺・ダメ、だったよ

駅での一件を、三人に話す。

和・そっかそっか
咲・私たち、お昼買ってくるね

二人が購買に向かう。

〇・まあ、頑張ったじゃん

親友からの、何気ない一言。

薺・そう......かな......

堪えていた涙が溢れだす。

〇・二人には内緒にしといてやるよ

いつもとは逆。

少し悪い顔をして差し出されたタオルを受け取って、それ以降何も言わない○○の隣で、涙が枯れるまで泣いた。






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