『あおはるっ!』 第10話
和・ねえねえ、後どのくらいかな
〇・あと半分くらいじゃない?
和・そっか……
和はそう呟くと、おもむろに立ち上がった。
和・じゃあ、後の半分は……
そして、俺の隣に座る。
和・隣、いいかな?
落ち着き始めていた心音が、再びテンポとボリュームを急激に上げる。
〇・ア、イ、イイヨ
ちょっと、状況を冷静に把握しないと……
あと半分だねって話してて、そうしたら和が隣に来て……
いや、なんで!?
和・やっぱり景色綺麗だね~
いやいや、そうじゃなくて……!
もう観念して、深呼吸を一つする。
冷静に考えろ……
てかこの展開、告白できたりするのか……?
和は、目を輝かせて外を眺めているまま。
〇・あのさ、和
男だろ。
言っちまえ!
〇・俺、和のこと……
グワンと、不自然に揺れた。
和・え、何……?
景色が動かない。
『緊急のトラブルの為、観覧車の運転を一時的に急停止させていただきました』
アナウンスがあり、正式に観覧車が停止したのだと告げられる。
和・嘘……
〇・マジか……
どんなトラブルなのかわからないし、すぐに運転が再開される可能性だってある。
だけど、精神的にきついのが今まさに頂点を過ぎて下って行っているということ。
それだけでなんとなく落ちるんじゃないかと思わせる。
あと、心なしか風が強くなっている気もしなくもない。
袖のあたりを、掴まれている感覚。
〇・大丈夫?
コクリと、小さく頷く和。
風でゴンドラが揺れる。
その事実が恐怖心を一層煽る。
和・手、握っててもいい?
〇・うん、もちろん
「ありがと」と小さく呟いて、俺の手をギュッと握る。
朝に俺の手を引っ張っていった時とは違って、力強く握られた手。
その手は、触れていなければわからないほど微かに震えていた。
眉尻が少し下がり、唇を軽く結んだその表情からも不安や恐怖が読み取れる。
ゆらゆらと揺れるゴンドラ。
俺が……
俺が、しっかりしないと……
薺・観覧車なんて、小学校以来じゃない?
咲・確かに。確か、昔は○○が高いところ怖いってごねてなかったっけ?
薺・そうそう。「止まったら嫌だ~」って言ってたね
咲・結局、動いてるときは大丈夫だってなったんだよね
懐かしい話に花が咲く。
まあ、あの頃よりも○○は成長してるから大丈夫だろう。
なんて、思っていた矢先。
薺・あ、止まった
そろそろ頂点に向かおうかという時に、観覧車が停止した。
咲・どうしちゃったんだろ……
アナウンスから考えられるのは、まあ乗り降りの時に何かしらのトラブルがあったのか……
咲・まあ、今は景色楽しもうよ
薺・だね。これが○○だったら大騒ぎ……
○○、だったら?
ハッとして、咲月と顔を見合わせる。
咲・もしかして、ヤバいんじゃない?
薺・あいつ、気絶したりしてないといいけど……
三個先、中の見えない真っ赤なゴンドラに思いをはせる。
どうか、無事でいてくれと。
下は、絶対に見れない。
さっきよりも、一層風が強くなったように思う。
一秒が一分に、一分が一時間に感じる。
正直、マジで怖い。
動いているんだったらまだ大丈夫だった。
止まっちゃったらそれはもう、天空に幽閉されているのと一緒だ。
冷や汗が止まらない。
だけど……
和の方を見ると、先ほどよりも表情が暗い。
握る手にも、力がだんだんと籠っている。
それに、さっきまでは離れていた肩が近づいている。
この空間に、咲月も薺もいない。
この空間で、和のことを安心させられるのは俺しかいない。
和・ねえ、○○くんは怖くないの?
小さな声でそう聞いてきた和。
怖い。
怖いに決まってるけど。
〇・余裕だよ、こんなの
最大限、精一杯。
俺が今できるMAXの強がり。
声は、震えてないと思う。
俺が毅然とした態度でいないと、和に余計な不安を与えてしまう。
和・う、動いてるときはいいんだけど、止まると怖いね……
〇・下は見ない方がいいよ
和・わかった……じゃあ、○○くんの方見てる……
〇・それで落ち着けるなら、いくらでもどうぞ
程なくして沈黙。
何か、落ち着く様なことでも喋れたらいいんだけど。
生憎、そこまでの余裕は俺にもなかった。
だけど、
和・本当に余裕そうだね……
顔には、絶対に出さない。
観覧車が止まり始めてから五分が経った。
『大変お待たせしました。ただいまより運転を再開させていただきます』
アナウンスと共に、観覧車が動き出す。
和・あ、動いたね……
〇・このまま動かないんじゃないかと思ったよ
和・もう、冗談やめてよ
安堵からか、さっきよりも声が大きくなる。
和・まだ、ちょっと怖いかも
そう言って、
和・降りるまで、手つないだままでもいい?
高威力の上目遣い。
〇・もちろん、全然大丈夫!
和・ありがと
俺、手汗大丈夫かな……
さっきまではトラブルのおかげで意識せずに済んでたけど、今はまた話が違う。
結局そこから、会話らしい会話は出来ずに観覧車を降りた。
和・ほんとにありがとう。○○くんが手を握ってくれてたから結構安心できた
〇・なら、よかった
少しして、薺と咲月も観覧車から降りてきた。
和・二人とも大丈夫だった?
咲・うん、ビックリはしたけど……そっちは、○○大丈夫?
和・うん、すっごい頼もしかったよ!
薺・え、ほんとに?
和が、観覧車での一連の出来事を話す。
和・○○くんがいなかったらどうなってたことか……
薺・で、○○は正直どうだった?
薺がこちらに話題を移す。
〇・正直、マジで怖かったよ!止まるとやばいよアレ!
俺の言葉に、咲月と薺は大笑いし、和は驚いた顔をしていた。
和・え、そうだったの……?
そんな素振り、一切見せてなかった。
私が見ていた横顔は、ものすごく頼もしくて。
私が握ってもらった手は、安心感があって。
〇・あ、実は……俺、高所恐怖症なんだよね。動いてるときは何ともないんだけどね
まさか、○○くんが高所恐怖症だなんて思わなかった。
和・どうして……?
だとしたら、あの時間を耐えるのは相当なものだったと思う。
〇・俺まで怖がってたら、和に余計に怖がらせちゃうんじゃないかって思って……だから、絶対に怖がる素振りは見せないようにしてた
そう言うと、○○くんは恥ずかしそうにはにかむ。
すごいや。
やっぱり、○○くんはすごい人だ。
咲・やるじゃん
薺・かっこいいじゃん
〇・う、うるさいな!
二人に脇腹をこずかれている○○くん。
あの時、「余裕だよ」って答えた○○くんは、文句なしにカッコよかった。
和・確かに、カッコよかったよ
〇・ちょ、和まで!
多分、○○くんはずっと前からこうなんだろうな。
和・ほんとに、カッコよかったよ
今度は、聞こえないように呟いた。
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