私を助けてくれた、王子様みたいな彼の義理の姉になるって本当ですか!?
休日の昼下がり。
ぽかぽかの日差しと、クーラーの音。
ぽかぽか、何て言ってはいるけど、一歩でもこの部屋から外に出たら汗だらだらなのは間違いない。
こんな中で練習とか試合を頑張ってる○○は偉いなぁ。
凄いなぁ。
「アルノ~」
リビングに顔を出した○○。
○○、今日は部活が休み。
「なに?」
「俺、これから駅前に新しくできたスポーツショップに行くんだけどアルノは……」
「私も行く!」
あ、気持ちが先行しすぎた。
この前の○○の休みは珍しく二日間もあって、本当は一緒にお出かけとかもしたかったんだけど、私が風邪を引いた所為で一日無駄にしちゃった。
だから、いつも以上に○○からの提案が嬉しくて、○○の言葉を遮るようになってしまった。
「おっけ。じゃあ、準備して。俺の用事が終わったら、一緒に本屋とかカフェとか行こ」
優しく微笑む〇〇。
こういうところですよ。
本当に。
「わかった!ちょっと待ってて!」
足取り軽く、二階の自室に戻って、高ぶる気持ちのままクローゼットとを開ける。
この前買ったワンピース。
玄関の靴箱には新しいヒールもある。
鼻歌交じりに服を着替えて、急いで鏡の前で髪を整える。
「お、お待たせ」
正直、新しい服を初めて着るときって言うのは不安。
似合ってるかな。
可愛いかな。
「それ、新しいやつ?」
「うん……」
「めっちゃ似合ってる」
「ほ、ほんとに!」
お世辞かもしれないけど、○○にそう言ってもらえるのはすごくうれしい。
この服、買ってよかった。
・・・
「ん~……松やに、テープ、新しい練習用のシャツとパンツ……シューズも欲しいな……」
そう呟きながら、○○は靴がたくさん並んでるところに歩き出す。
私もそれに着いていくけど、どれがよくてどれがどう違うなんてさっぱりだ。
「軽いのがいいかな……」
でも、真剣に吟味する○○の横顔はカッコいい。
「アルノはどれがいいと思う?」
「え、私に聞かれても……○○より詳しいわけじゃないし……」
「参考としてさ」
「えっと……あの水色のやつは?」
「ちょっと試し履きする」
そう言った○○は用意されているベンチに座って水色のシューズを履き、跳んだり踏み込んだりしている。
「いいな、これ。これにする」
意外と、○○は私が選んだのを気に入ってくれたみたいで、自分のサイズのシューズが入った箱をかごに入れていた。
○○が会計を済ませて、私たちは並んでお店を出る。
大きな袋を持った○○の表情は、どこかいつもよりも嬉しそうで、そんな○○を見ているとこっちまで幸せな気持ちになってくる。
「ごめん、ちょっとトイレ行ってくるからここで待ってて」
「うん。あそこの日陰に居るね」
○○は小走りで建物の中に入っていき、私は日陰に避難。
うっとおしいくらいに日差しがじりじりと照り付ける。
にしても、○○が私の選んだシューズで試合するのかな?
試合、見に行きたいな。
今度、うちの高校で練習試合するなら行ってみようかな。
「ねえねえ」
でも、勝手に見に行っていいものなのかな……
○○が帰ってきたら聞いてみよう。
「ねえ、そこのかわいい子」
もしいいよって言われたら、絶対に見に行こう。
「君だよ」
いきなり肩に手を置かれ、顔を上げると男の人が三人組で私を囲んでいた。
年齢は私や〇〇よりも上。
大学生くらい。
「君、今暇?俺たちとどっか行かない?」
ナンパだ。
拒絶するなりしたいけど、足がすくんで身体が動かない。
「何も言わないってことは一緒に来てくれるってことだよね」
怖い。
助けて。
○○、助けて。
「あの、僕の”彼女”に何か用ですか?」
「はぁ?」
「あ……○○……」
肩に置かれた手が離れ、代わりに私の目に映ったのは、男の人の腕を掴んで睨む○○。
「腕、何掴んでんだよ」
「じゃあ、僕の彼女を取り囲んでるそこの二人を今すぐ離してください」
「あんま舐めんなよ、クソガキ」
さっきとは一変して、男の人たちは○○に対して明確な敵意をあらわにしている。
このままじゃ、○○が危ない……
「殴るでもなんでもすればいいじゃないですか。ただ、これだけ人の目があるのにそんなことしたらそっちは社会的にタダでは済まないと思いますけど」
冷たい声色の○○。
「あ?」
男の人たちが一歩引き、周囲が見えるようになると、私たちを囲むようにして遠巻きに人だかりができているのが分かった。
「どうします?僕から手は出しません。彼女から離れてください」
「……ちっ。クソガキが。久々に上玉だと思ったのによ」
渋々、と言った表情で、大きなため息をついて三人の男の人たちが人混みの中に消えていった。
それでも、私はまだ怖くて、手が震えたままだった。
「ごめん、アルノ。怖い思いさせた」
だけど、そんな私の手を○○が優しく包み込むようにして握ってくれた。
おかげで、ちょっと震えが収まった。
「ううん。ありがと、○○」
「そんな、お礼なんていらないよ。とりあえずここ離れよう」
○○に手を引かれて、人だかりをかき分ける。
手汗とか、大丈夫かな。
今度は、別の意味で手が震えてきた。
そう言えば、前にもこんなことあったなぁ。
私は、そう遠くはないはずなのにどうしてか懐かしく思える過去の記憶に思いを馳せた。
ーーーーーーーーーー
『本日の降水確率は……』
リビングからは朝のニュースの音が聞こえ、窓の外に広がる空は分厚い灰色の雲に覆われている。
「やばいやばい……!」
時刻はもうすぐ七時半。
本当はこの一時間半前に起きる予定だったのに、呑気に二度寝していたらこんな時間。
私は大慌てで制服に着替えている。
「おーい、今日雨降るらしいから傘持ってけよ~」
「わかってる!」
お父さんの声が部屋の外から聞こえる。
私はとりあえず準備をして部屋を出る。
「いってきます!」
「おー。いってらっしゃい。帰ったら話すこと……」
お父さんの言葉を最後まで聞かずに玄関を飛び出す。
どんよりとした空の下、慣れないダッシュで足がもつれながら学校までの道のりを走っていると。
「ん……?」
学校まであと半分。
そこまで来たとき、ひたりと腕に何か嫌な感覚。
それはぽつりぽつりと勢いを強めていく。
「傘ささないと」
そう思って鞄に手を突っ込む。
だけど、それらしき感覚は指先にない。
「あれ……?もしかして……」
忘れた。
でも、このくらいの雨なら全力で走れば……
しかし、現実はそうも甘くない。
見る見るうちに雨脚が強くなり、当たると痛いくらいの雨になった。
「これじゃあ着くころにはびちょびちょだよ……」
普段とは違う近道をしているから、この辺を通る学生の姿はおろか、通行人の一人も見当たらない。
ひとまず近くの商店の軒下に避難して髪をタオルで拭く。
これじゃあ遅刻確定かな……
傘もない私ではこのまま登校するのもままならず、雨が勢いを弱めるのを待つしかない。
桜もこの辺の道は通らないし……
傘さえあれば……
「ね、ねえねえ君」
傘を差した、小太りの男性。
近くに人はいないし、話しかけてるのは私にだろうか。
「えっと、私……ですか……?」
「傘とかなくて困ってるの?」
「そうですけど……」
なんだろう、怖い。
まだ何をされたわけでもないけど、怖い。
「このままじゃ学校遅刻しちゃうんじゃない?」
「そうですね……」
「よ、よければ、ぼ、僕の車で送ってあげようか?」
「いえ、大丈夫です。このまま遅刻してくので」
なんとかはぐらかして、この状況をなんとか...…
「遠慮なんてしなくていいからさ!」
男が傘を閉じ、私の右腕を掴む。
手首の辺りを締め付けられていく感覚。
「ちょっと、離してください……!」
振り払おうとしてもどうにもならない。
力が違う。
嫌だ。
怖い。
だれか助けて……
「あの……その子、嫌がってますよね」
おずおずと、状況に驚きながらと言った声で。
同じ学校の制服を着た男の子。
「な、何だよお前!」
狼狽えた様子の男はパッと私の腕を話して、彼の方に矢印を向けた。
「別に何って訳じゃないんですけど、流石に嫌がってる女の子と、その子の腕を掴んでる男性って図は問題あるんじゃないかと思って」
「嫌がってるかどうかなんてわからないだろ!」
「いや、それは苦しい言い訳じゃないですか?」
「…………っ!」
「通報とかはしないでおくんで、その子から離れてもらえません?」
男子生徒の冷静な物言いに、男は不貞腐れた子供のような顔をして、傘を差しなおして去っていった。
「大丈夫だった?」
「はい……あの、ありがとうございました……」
「いいよ、お礼なんて。あれで知り合い同士だったら俺めっちゃダサかったよね」
男の子はけらけらと笑っている。
あ、そう言えば……
「あの、私のせいで遅刻……しちゃいますよね」
「それも別にいいよ。俺、半ば諦めてたから」
「でも……」
「傘、無いんでしょ?入ってく?」
「え……」
「ごめん、流石に嫌だったか……これじゃさっきの人と変わんないよね」
「う、ううん!嫌じゃない!」
食い気味にそう言った私にちょっと驚いてる彼。
「じゃあ、どうせ遅刻なんだしのんびり行こ」
彼が傘を広げる。
私はその傘の下に入れてもらった。
「名前、何て言うの?」
「中西アルノです。一年四組です」
「同級生なんだ!俺、三組の○○。よろしくね」
「はい、よろしくお願いします」
「中西さん、敬語いらないのに」
「わかりまし……じゃなくて、わかった」
地面に当たる雨の音を聞きながら、二人で同じ傘を差しての通学路。
三組の○○くんか……
ちらりと、ばれないように横を見てみる。
かっこいいな……
意識しだしたら、急に顔が熱くなってきて、バクバクと心臓もテンポを速くしていって。
学校に着いて、彼と別れてもなおそのドキドキは中々収まらなかった。
・・・
「ねえねえ、桜」
「なぁに?」
お昼休み、桜に今朝のことを話してみた。
「え!何それ、王子様みたいじゃん!」
「だよねだよね!めっちゃカッコよかったんだ~」
「○○くんって、隣のクラスのハンド部に入ってる人だよね」
「ハンドボールやってるんだ」
「すっごい上手なんだって。うちのクラスのハンド部みんな言ってたよ」
「ちょっと、部活覗いてみようかな」
そんなにハンドボール上手なんだ。
やっぱり、プレーしてる姿もかっこいいんだろうな。
「ちょっと今日どこで練習するのか聞いてくるね」
桜が近くでお弁当を食べていたハンド部男子の輪に飛び込んでいく。
数十秒話をして、情報を手に入れて戻ってきた。
「今日は体育館だって。ドア開けっぱなしで練習するみたいだから、邪魔しなければ見て行ってもいいと思うって」
「そ、そっか……」
だけど、放課後に私がハンドボール部の練習を見に行くことは無かった。
単に緊張してしまって、意味もないのに彼のことを意識してしまって、意気地がなかったから行けなかっただけ。
そのまま真っすぐ、桜と一緒に自宅のマンションまで帰ってしまった。
・・・
ご飯も食べ終え、お風呂にも入って。
髪も乾かしてリビングに戻ると、お父さんがいつになく真剣な顔でソファに座っていた。
「アルノ、ちょっと座りなさい」
お父さんのこんなに真剣な顔なんて早々見ない。
怒られるようなことしたかな……
「父さんな、再婚しようと思ってるんだ」
身構えただけ損した気分。
「うん、いいと思うよ。相手はどんな人?」
「すごく優しくて、誠実な人なんだ。それに、アルノと同い年の息子さんがいるらしいぞ」
「へ~」
同い年の男の子か……
どんな人なんだろ。
怖くないといいな。
「で、急なんだが今週末には向こうのお家にお世話になるから荷物だけ簡単にまとめておいてくれ。部屋も作って待っていてくれてるらしいから」
本当に急だ。
今週末って、あと三日しかないじゃん。
私は急いで荷物をまとめて週末を迎えた。
・・・
「どんな人か楽しみだな」
「そうだな、いい人たちだぞ」
お父さんの車でお父さんの再婚相手の人の家に到着。
どんな人かドキドキするな……
「すいません、本日からお世話になります」
玄関が開いて、きれいな人が私たちを出迎える。
これが新しいお母さん……
私はお父さんに続いて頭を下げる。
「そんなかしこまらないでください。ほら、○○下りてきなさい!」
○○……?
○○ってもしかして……?
「今日からよろしくお願いしま……す……」
目、あった。
彼だ。
紛れもなく彼だ。
この間助けてくれた彼だ。
「どうぞ、上がってください。○○はアルノちゃんのお部屋に案内してあげて」
「うい」
玄関を上がると、お父さんは○○くんのお母さんと一緒にリビングの方に向かっていってしまい玄関には私と彼の二人きり。
どうしたらいいんだ……
「中西……だと俺もそうなるから……アルノ。今日からよろしく」
な、名前呼び……!
ドキドキが止まらない。
「よろしくお願いします」
「なんか、緊張するな……」
「だね……」
その日はずっと、どこかぎこちないままだった。
・・・
「ねえ、桜聞いて!」
翌日、学校で桜に会って一番に私は彼と一緒に暮らすことになったことを報告した。
桜ならもっときゃーきゃー言うのかと思ったけど、驚きすぎて声が出ていなかった。
「本当に……?」
「うん、本当に!私のが一日誕生日が早かったからお姉ちゃんなんだ~!」
「うれしそうだね」
「うれしいよ!」
すっごいうれしい。
ーーーーーーーーーー
だけど、嬉しいのもつかの間。
緊張しすぎて、恥ずかしすぎて、彼とまともに話せるようになるまで冬超えて春まで行ってしまうなんてこの時の私はまだ知らなかった。
・・・
「アルノ?」
「……あ、ごめん。何?」
「アルノ、何頼む?コーヒー飲めないでしょ」
「なんだと!その通りだけど。じゃあ、ココアで」
「オッケー。てか、なんか考えてたけど何考えてたの?」
「ふふ、内緒~」
私が○○を揶揄うようにそう言うと、○○はわかりやすく悔しそうな顔をする。
カフェの窓の外は快晴。
私の心も晴れ晴れ。
王子様みたいだったよって言うと、きっと○○は恥ずかしそうな顔をするんだろうな~なんて思いながら、私はアイスココアの到着を待っていた。
………つづく