違和感を感じて目を覚ますと、義理の姉が僕のベッドに潜り込んでいました
年を越して、冬休みが明けた。
幾ら暖冬とはいえ、朝は冷えるもので、新学期の始まりは、凍える様な木枯らしが告げた。
年末年始は部活動もなく、毎日こたつやらベッドやらに潜ってぬくぬくと生活していた体にはこの寒さは厳しい。
早速、新学期一発目の登校から冬の洗礼を受ける。
「さむい……今年は暖冬って言ってたのに……」
毎日ごろごろ生活していたのはもちろん俺だけではなく、アルノだってそう。
半分まで来たところで、マフラーを巻いてくるのを忘れたことに気が付いたらしく、首をコートに埋めるようにして俺の隣を歩いていた。
「俺のマフラー使う?」
「いいの?○○が寒くなっちゃうんじゃない?」
家出る前も、出てからも全然気が付かなかった俺も悪いし、ちょっとは彼氏らしいこともしないとだし。
「俺は全然大丈夫だよ」
「じゃあつかう」
俺が自分の首から外したマフラーをアルノの首にかけると、細くさらさらな髪の毛が手に触れる。
アルノが、唇をきゅっと結び、視線を斜め下に逸らす。
ほんのり、頬も赤く染まる。
アルノのそんな表情を見ていると、こっちの体温の方が上がってきてしまう。
「あの……このくらいは慣れてもらわないと……こっちまで照れ臭くなってくる……」
「ごめん……急だったから……」
なるべく優しくマフラーを巻き終えると、アルノが何も言わずに俺のコートの袖口を指でつまむようにして引っ張っているのに気が付いた。
それを口にしないのが何ともって感じだ。
これで間違えていたらとんでもなく恥ずかしいことになるのだが、間違えているはずなんてないと信じて、俺はアルノの手を握った。
寒さの中に、ほんのりと体温を感じる。
アルノは何も言わないけど、握り返す力は確かに感じる。
だけど、学校の敷地に入ると、アルノはパッと手を放してしまった。
やっぱり、学校内でイチャつくみたいなのはまだまだハードルが高いのだろう。
無論、俺にとってそうなのでそこら辺は二人の歩幅で進んでいきたいと思っている所存だ。
「今日は部活ある?」
「今日までは無いよ」
教室の前について、つかの間のお別れ。
「じゃあ、一緒に帰れる?」
「もちろん」
「お昼は暇?」
「暇だよ。空き教室とかで一緒に食べる?」
「うん」
お昼ご飯の予約を取って、アルノが教室に入っていくのを見送った。
・・・
四限が終わるチャイムが校内に響いて、教室からは購買に昼食を求める生徒たちがぞろぞろと出ていく。
「○○、一緒に飯食おうぜ~」
弁当箱を持った同じクラスのハンド部のチームメイトが俺の席によって来る。
いつもミーティングで別の教室に行って、毎日毎日一緒にお昼ご飯を食べてる仲だから、断るのは少々心が痛む。
「悪い、今日はちょっと」
「おいおい、まじかよ!お前、俺を置いて誰と飯食うんだよ!」
こいつは、いちいち反応がでかいな。
俺がアルノと付き合っていることは伝えていないし当然かもしれないけど。
「ってか、お前の弁当っていつも美味そうだけど誰が作ってんの?」
「毎朝、アルノが作ってくれてるよ」
「愛妻弁当かよ!ちくしょう!」
「アルノちゃん、料理上手なんだね」
後ろの席からひょこっと顔を出したのは井上。
興味津々と言った様子で、俺の弁当箱を見ている。
「栄養バランスもちゃんと考えてくれてるんだ」
「羨ましいな」
「井上?」
「あ、いや、何でもない」
「悪い、俺もう行くわ」
一言断って席を立ち、教室を出ると、廊下にはすでにアルノの姿があった。
「どこ行くか」
「屋上は?陽も出てるし暖かいよ、多分」
初めて入る屋上にわくわくしながらアルノの後を付いていく。
屋上のドアを開けると、突風が襲ってきた。
「うわぁ!風つよ!」
風に驚いてよろけたアルノの背中をそっと支え、いざ屋上に足を踏み入れると、先ほどの風が嘘だったかのような陽気だった。
「ほんとだ、暖かい」
「でしょ」
日当たりのいいところを確保して、腰を下ろし、弁当箱を開く。
「いただきます」
「どうぞ」
毎日安定して美味しいアルノの作るお弁当。
日に日に、俺の好みの味に近づいているのは、母さんに料理を教わっているからだろうか。
「ごちそうさまでした。今日も美味しかったです」
「お粗末様でした」
弁当を食べ終えて、まだ昼休みは余裕がある。
一月には珍しいかもしれない陽気に、頭がぽやぽやとする。
「…………」
そんな俺のことを、アルノがじっと見ている。
「俺の顔、何か付いてたりする?」
「いや……そう言うわけじゃないんだよ……うん……」
アルノは何か、自分の中で決心したように頷いた。
「これから、すっごい重いこと言うかもしれないけど……いい……?」
「なんでも言ってよ」
「その……よそ見は……あんまりしないでほしい……です……」
ぽつ、ぽつとアルノの口からこぼれた言葉は、そんな当たり前のこと。
俺を困らせてしまうのではないか、なんて考えてこれを言わないようにしていたのかもしれないと思うと、かわいらしくて笑いがこみあげてしまう。
「何言ってんの。よそ見なんてするわけないよ。俺が好きなのは、アルノだけだよ」
「……なんか、言わせたみたいになっちゃった」
「別に、俺はいくらでも言うけど」
「じゃあ、また欲しくなったら言ってもらおっと」
アルノは満足したのか、立ち上がって体を伸ばした。
・・・
「はぁ……」
深く吐いたため息が、真っ白に染まって空へと立ち昇る。
冬の風って言うのは、一段と身に沁みる。
空もどんよりとしてきて、今にも雪が降りだしそう。
「あ……」
下駄箱から出てくるなじみのある影。
「○○!」
声を掛けて、手を振ってみるけど反応がない。
「おーい」
聞こえなかったのかな。
そう思い、駆け寄ってみると。
「悪い、お待たせ」
○○は、柱の前に立っていた女の子の元に行ってしまった。
「○○……?」
どうして……?
私だけって、言ってたじゃん……
「あれ、アルノ。いたんだ」
○○は背後に佇む私にようやく気が付いたようで、いつもの○○とは思えないような冷ややかな目を私に送ってくる。
「○○……だよね……?」
「そうに決まってんじゃん。他に誰に見える?」
「あ……えっと……」
普段とは全く違う、怖いくらいに冷たい対応に、私は言葉を言いよどんでしまう。
「その子とは……どういう関係……?」
誰なんだろう、この子。
「ああ、新しい彼女。アルノ、重いんだもん」
「ごめん……」
「てことだから、じゃあ」
○○は、女の子と一緒に遠くに行ってしまう。
待って。
待って。
追いかける私の声は、○○には届かない。
どれだけ走っても、○○には追い付くことができない。
待ってよ。
待ってってば。
「○○……!」
・・・
「待って……!」
じっとりとした汗が額を伝う。
一筋の涙が頬を伝う。
窓の外で吹く風の音が不気味に部屋の中に響く。
ここは、学校なんかじゃない。
私の部屋。
私の、ベッドの上。
あれは、夢だ。
ひどい夢だった。
○○はあんなこと言うはずないのに。
それは、私だってよく分かっているはずなのに。
私の不安な気持ちが、こんな夢を見させたんだ。
もう一回眠りについて、こんな夢のこと忘れよう。
目を瞑って、布団にもう一度潜り込んで。
寝よう、寝ようと考えるほどに、不安は暗闇に乗って大きくなる。
このままじゃ、眠れない。
・・・
寝返りを打とうとして、何か違和感があることに気が付いた。
俺の布団に、誰かいる。
恐る恐る掛け布団をめくってみると、その違和感の正体はアルノだった。
俺と向かい合うようにして布団の中に居た。
「アルノ……?」
寝ていた場合、起こすのも忍びない。
小さく、囁いて名前を呼んでみる。
「寝てるの……?」
「おきてる……」
「どうしたの、急に」
「怖い夢見て……それで、寝れなくなって……」
ホラー映画をあれだけ見てるアルノが怖くなる夢って、どんなもんなんだ。
「お昼はごめんね……」
「どうしたのさ」
「夢の中で、○○にフラれた」
「それは……」
それは、だいぶ怖い。
俺だって、アルノにフラれる夢なんて見たら確実にへこむ。
「今日は……一緒に寝て……」
背を向けたまま、ぽろっと零すようにアルノはそう言った。
いつにもまして小さな背中を、俺は思わず抱きしめていた。
「ちょっ……」
「今日くらいはこうさせてよ。今回は、朝まで離さないからさ」
「…………うん」
安心したのか、単に眠気が襲ったのか。
すぅすぅと寝息を立てるアルノ。
自分から言った手前、話すことは絶対にない。
ないけれど、今度は俺の方が寝れなくなりそうだ。
・・・
「ん……」
腕の中のアルノがもぞもぞと動く。
どうやら、目を覚ましたみたい。
「おはよ」
「おはよ……ほんとに朝まで離さないでいてくれたんだ」
ベッドから降りると、冷え込んだ部屋が覚醒を促す。
「なんか……ごめん……私、めっちゃ重かったかも……」
「謝んなくていいよ。重くたって、アルノからなら大歓迎だし」
「ほんとに?」
疑うように、首をかしげてのぞき込むアルノ。
ぱちっと目が合って、二人して笑い出す。
「朝ごはん食べよ」
「そうしよう。俺も手伝うよ」
部屋を出て、寒さが襲う。
「くっついてていい?」
と、アルノは質問したが、俺の同意を得る前に背中に抱き着いてきた。
「歩きにくくない?」
「いいの」
不安になりやすくて、甘えるのも急で、だけどそんなところが愛らしいアルノにくっつかれながら、俺たちはキッチンに向かった。
………つづく