義理の姉とデートに出かけたんですけど、やっぱりまだまだ恥ずかしいみたいです
俺には、母さんの再婚でできた中西アルノという同い年の義理の姉がいる。
同い年なのに姉って言うのもおかしな話なのだが、アルノの方が誕生日が一日早かったので俺が弟になったのだ。
同じ学校で、接点もほとんど無かったけれど、急に一つ屋根の下。
相手は美少女で、俺も最初は胸を躍らせた。
しかし、家と学校とではまるで態度が違う。
家では普通に接してくれているのに、学校ではツンケンしてて、友達からは怖いだの、お前が心配だの言われる始末。
そんなことよりも、部活で疲れすぎて動けない。
ネットニュースの内容も全く頭に入ってこない。
「○○~」
金曜の夜。
ソファに寝転がり、スマホをボーっと眺めていると、キッチンの方からアルノに呼ばれた。
「ん~?」
俺は、体を起こしてアルノの方を見る。
「ちょっとお願いがあるんだけどさ」
「お願い?」
アルノがコーヒーを淹れて、カップを二つ持って俺のところへとやってくる。
だけど、きっと片方……アルノが飲む方はココア。
アルノはコーヒー飲めないから。
「うん、お願い」
アルノが俺の隣に腰を下ろす。
そして、カップをテーブルの上に置いて俺の方に向き直った。
「あ、明日から三連休だよね……!」
「うん、そうだね」
「暇な日ってあるかなぁ……!」
「暇な日……」
土曜日、部活。
日曜日、練習試合。
月曜日、部活のメンバーと遊びに行く(仮)。
「暇な日、無いかも……って、アルノ?」
「そっか……」
肩を落として、俯いて。
もう、パッと見ただけでも落ち込んでますとわかるような落ち込みよう。
「あー……っと」
なんか、心が痛い。
普段あんなに家事とかやってくれてるのに、ここで断ったら……
「げ、月曜日!月曜日なら空けられる!」
「本当に……?」
上目遣いと不安そうに顰めた眉。
「ほんとに!絶対に!」
「じゃあ……!」
「うん、何でも聞くよ」
ようやくパアッと表情が晴れる。
「じゃあ、月曜日空けておいてね!」
そう言ってアルノは階段を駆け上がって部屋に戻ろうとする。
まあ、アルノが喜んでくれるなら一回くらいいいだろう。
そう思いながら俺は温かいコーヒーを啜る。
コーヒーを。
……あれ、そう言えば。
机の上に残ったマグカップ。
俺は右手に持ってるから……
「アルノ~!」
階段の下から体半分覗かせて部屋に戻った義姉を呼ぶ。
「なあに?」
アルノも階段の上から顔を覗かせる。
「ココア、一口も口つけてないけど」
「…………あ」
「忘れてたんかい……」
アルノが階段を下りてきて、再度ソファに腰かける。
俺もその隣に座って、さっきと同じ並び。
「なんか見る?」
「じゃあ、○○が見たいやつ」
「じゃあ、泣けるやつで」
リモコンを操作して、電気を消して。
いつもの光景。
いつもより、アルノとの距離は近かったけど。
・・・
土曜日、練習。
次の日の試合、監督同士がライバルみたいな関係だからいつもの三倍は監督の気合が入っていた。
フットワークで何回吐くと思ったか。
ただ、二日乗り切ればアルノとのお出かけ。
日曜日、練習試合。
当たりの強いハンドボールの試合。
いくつか痣ができていた。
だけど、口うるさい監督の指示にも、いつも以上に接触してくる相手選手にも耐え抜いたし何とか勝利も収めた。
これで明日はアルノと(以下略)
「ただいまー。疲れた……」
玄関を開けて、一直線にソファにダイブ。
なんか、もうこのまま寝ちゃいそう。
「あ、おかえり〇〇」
「あぁ……アルノか……」
クッションから顔を上げて返事。
エプロンを着けたアルノがしゃがんで目線を合わせながら俺のことをじろじろと観察するように見ていた。
「ご飯もうすぐで出来るから先にお風呂入ってきて」
「あーい」
バッグを肩にかけなおしてリビングを出る。
出た先、母さんと鉢合わせた時。
「ふふ、いいわね~」
なんて言いながら、しかもニヤニヤしながらリビングに向かっていったのを俺は見逃さなかったからな。
・・・
そして迎えた月曜日。
なんだかんだ、アルノと二人で外出するなんて初めてかもしれない。
アルノと暮らし始めたのはまだ一年にも満たないしそんなもんか。
なんて思いながら目覚めたけれど、どこかそわそわして敵わない。
ジャージから私服に着替えて、姿見で今日のコーディネートを確認。
出来るだけシンプルにって考えるとどうしてもモノトーンになるな。
「えっと……○○、起きてる……?」
俺がもやもやと悩んでいると、ドアの向こうからアルノの声。
別に俺は寝坊癖があるわけではないんだけど、アルノは心配だったのだろう。
「起きてるよ」
ドアを開けて、アルノと対面。
「これから髪セットするんだけど、アルノは?」
「わ、私も行こうかな……」
二人並んで洗面所で髪の毛をいじる。
じっと鏡の中の自分を見つめながら、こうして並んで出かける準備って言うのは服装とか髪型のドキドキ感って薄れるな、と気が付く。
「よっし……」
俺の方は完了。
さて、アルノは……
「ここがこうで……あれ?」
まだかかりそう。
「編み込むんでしょ。俺がやるよ」
手に付いたワックスを流水で洗い、念入りに水気をタオルでふき取る。
「え、できるの?」
「アルノよりは手先器用なんで」
「否定できない……」
眉間にしわを寄せて、唇をムッと結んで。
ぐぬぬって表情だけどすんなり髪は触らせてくれた。
「んー……」
細くて繊細な髪の毛。
元からそんなつもりは毛頭ないけど、ちょっとでも雑に扱ったら……
「…………って、そんなに見られてるとやりづらいんだけど」
視線を感じて鏡を見ると、映った俺の手元をじーっと見られていた。
「だって、どこ見ればいいかわからないし……」
「じゃあ目瞑ってて」
俺の指示通り、アルノはそっと目を閉じる。
妹とか居たらこんな感じなのかな。
慣れないことで緊張しているのか下唇をキュッとしまったところとかもなんだか幼く見える。
「これでいいかな」
「わ、上手……」
褒めてくれたアルノ。
だけど、どこか不服そう。
「どうかした?」
「いや…………ちょっと手慣れてるなぁって……」
「そうだった?」
「もしかして、元カノとかにもやってたの……?」
いじらしくそんなことを聞いてくるアルノになんだか意地悪をしてみたくなる。
「さあ、どうかな~」
まあ、彼女なんて居たこともないし、一人っ子だし。
女性の髪の毛をアレンジすることなんてほとんどなかったので、今回はたまたま上手く行っただけ。
どうかな~、なんてのはただのハッタリ。
だけど、アルノには存外効果的だったようで。
「○○、彼女居たんだ……」
ぽつりと呟いて黙り込んでしまった。
なんか、すっごい申し訳ない気分。
「…………」
「…………?」
「彼女、居たこと無いよ」
「ほんとに?」
「ほんとに」
ホッとした表情を浮かべるアルノ。
学校ではクールに思われてるんだろうけど、意外と表情とかがコロコロ変わっておもしろい。
「ほら、早く行こう」
「うん!」
二人で並んで玄関を飛びだす。
いつもならここから十メートルくらい後ろをアルノが歩くんだけど……
「………………」
今日は、緊張した面持ちで隣を歩いていた。
「今日は隣でいいんだ」
「だ、だって……」
「だって?」
「だって……デート……だし……」
デート。
デートか……
確かに、デートだよな……
アルノは、恥ずかしそうに俯く。
「そ、そう言えば今日はどこ行くんだよ……」
急に視界が狭くなって、顔が熱くなって、言葉が詰まって。
アルノがまさか今回のお出かけにそこまでの意味を持っていたとは思わず、こっちまで恥ずかしくなる。
「遊園地に行こうと思ってたんだけど、○○はジェットコースターとか大丈夫?」
「ああ、大丈夫」
「よかった。じゃあ、早く行こ」
アルノはこちらに手を差し出す。
俺はその手を握ろうとした。
「や……」
のだが、
「やっぱ、まだダメ……!」
アルノはその手をすぐに引っ込めてしまった。
・・・
「高校生二枚でお願いします」
お昼前、程よい距離感を保ったまま俺たちは遊園地にたどり着いた。
祝日と言うこともあり、子供連れやカップルが多く、遊園地は大変にぎわっていた。
「はい、チケット」
「ありがと」
アルノにチケットを手渡したのだが、やっぱりそっけない。
いつものか。
学校外でもなんだな。
「じゃ、何から行く?」
「うーん……ジェットコースターとか?」
「おっけ。行こっか」
ジェットコースターに絶叫し、コーヒーカップで目を回し、迷路で頭を使って。
ここの遊園地には初めて来たのだが、存外楽しい。
「つ、次はお化け屋敷行こ……!」
「え゛…………」
前言撤回。
お化け屋敷何て言ったら前までの言葉は嘘になるかもしれん。
「ここのお化け屋敷ってすっごく怖いって有名だし、楽しそうじゃん!」
「そ、そうかな……どこも変わらないんじゃ……って、聞いてないし」
俺が御託を垂れている間、アルノはもうすでにお化け屋敷の方に向けて歩き出していた。
「あーもう、わかったよ……」
大きく息を吐いて、心を決める。
気絶だけは、しないようにしよう。
・・・
「面白かった~!」
「生きてる……」
お化け屋敷を出て、晴れ晴れとした顔のアルノとは対照的に、俺は死の淵からなんとか生還したかのように疲弊しきっていた。
さすが全国でも話題になるお化け屋敷。
怖すぎ。
「もう一周行くのもありだな~」
アルノのつぶやき。
それが実現したら俺は恐らく長くない。
「そ、それよりもお腹空かない?もう夕方になるのに、何も食べてないな~って」
「確かに。フードコート何があるかな~」
なんとかアルノの興味を逸らせた。
ピークが過ぎても疎らにしか空いていないテーブルを一つ確保してようやく心を落ち着ける。
もうあんなのはごめんだ。
「何食べよう……あ、ホットドックとかいいな」
「わたしは……」
それぞれ分かれて食べ物を買ってから席に戻る。
俺はさっき目を付けたホットドック。
アルノはチュロスを買ってきていた。
「いただきます」
「いただきます。ん、おいしい……!」
確かにうまい。
遊園地のクオリティだからって舐めて……た……
痛いほどに視線を感じる。
視線の主はもちろんアルノ。
視線の先は俺が二口目を口に運ぼうとしたホットドック。
「……一口食べる?」
「あ……う……でも……」
「はい」
俺はホットドックをアルノに差し出す。
俺としては受け取ってくれればよかったんだが。
「あーん……」
「え……?」
アルノは差し出したホットドックを、身を乗り出して、そのまま口を開けて。
俺が持ったままのホットドックを口にした。
「お、美味しい?」
「ん!」
ホットドックを頬張りながら、満面の笑みで頷いた。
その笑顔はもう、形容しがたいくらいに愛らしい。
「そだ、○○もチュロス食べる?」
「いいの?」
「もちろん、はい」
アルノもチュロスをこちらに差し出す。
俺も先ほどのアルノと同じように、差し出されたチュロスにそのままかぶりつく。
「うん……うん、美味いなこれ!って、アルノ?」
「ごめん……恥ずかしくなってきた……なんか、付き合ってるみたいだったから……」
一連の流れを冷静になって思い返した時、まるで恋人同士がやるようなことをやっていたのだと気が付いてしまったのだろう。
恥ずかしそうに目を伏せて、頬を赤く染めている。
「お、おう……」
気にしてないみたいだったから、俺も普通に接してたのに、アルノが恥ずかしそうにするからこっちまで照れ臭くなってくる。
それから俺たちは無言で食べ終え、若干気まずい空気が流れる。
「もう日も暮れ始めてるし、そろそろ帰る?」
「観覧車だけ、乗って帰ろ?」
「確かにまだ乗ってないな。じゃあ、最後に観覧車乗るか」
こくりとアルノが頷く。
観覧車は意外と待ち時間も無く、スムーズに乗ることができた。
「観覧車なんて久々だな。小学生ぶりとかかな」
「私も。外、すごい綺麗」
向かいに座ったアルノが外を指さす。
夕日に照らされて、世界がオレンジ色に染まる。
二人っきりという静かな空間もノスタルジックな雰囲気に一役買っている。
「ねえ、隣行ってもいい?」
「別にいいよ」
真ん中に座っていた俺は、左側を空けて座りなおす。
アルノがその空いたスペースに移動したのだが、距離が意外と近い。
「アルノは今日、楽しかった?」
「うん、楽しかった」
「よかった」
「○○は?」
「学校じゃなかったら、出かけててもいつも通りに接してくれるんだな~って思った」
「いじわる」
「冗談だって」
お互い、顔を見合わせると無性に笑いをこらえられなくなって、狭い観覧車の中は笑い声で満たされる。
「学校でも、こうやって話せるように頑張るから」
「難しかったら無理に頑張らなくてもいいよ」
「ううん、頑張る」
「そっか」
観覧車はゆっくり回ると思っていたけど、この時間はすぐに終わってしまった。
楽しい時間とか、幸せな時間って言うのはすぐに過ぎて行ってしまうっていうのはやっぱり間違いじゃないんだな。
・・・
「楽しかったね」
「またどっか出かけよ。部活休みだったらだけど」
「それも楽しみにしてる」
本日のデート(仮)に大変満足した俺たちは、暗くなってきた空の下を家に向けてゆっくり並んで帰っていた。
「ねえ、○○」
「ん?」
「行きは……できなかったからさ……その……」
もじもじとするアルノ。
ああ、そう言う事。
これで違ったら恥ずかしいけど。
「ん……」
俺はアルノに右手を差し出す。
「へへ、やった」
そう呟いて、アルノの左手が重なる。
家に着いて、義父さんと母さんに茶化されるまで、握られたその手が解かれることは無かった。
………つづく……のかも?