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泡沫のような奇跡を 《後》

「おっ待たせ~」
「ごめん、海の家ちょっと混んでて」

注文された品を、それぞれに渡していく。

その最中、さっきまでとは少しだけ雰囲気が違うように思えた。

ご飯を食べ終えて、二人はまた海へと向かい、俺と咲月はまた留守番。

気温も落ち着いてきて、潮風も相まって涼しさも感じてきた。

「……」

だけど、昼食前とは違って、咲月から話しかけてくることはなく、話しかけてもぼやけた回答しか返ってこない。

なんとも煮え切らない感情を抱いたまま、日は傾き始め、俺達は帰宅の準備を始めた。


「今日はありがとうございました」
「うん。ゆっくり休んで」

咲月が家の中に姿を消していく。

俺も帰って休もうと、背を向けた。

「あの」

背後から、呼び止める声。

「少し、お話いいですか?」

声の主は咲月のお母さん。

「はい、もちろんです」

お母さんは、軽く会釈をして、話を切り出す。

「○○さんは、咲月のことどう思っていますか?」
「えと、それはどういう……」

「最近、咲月はあなたのことばかり話すんです。それは楽しそうに」
「それは、よかったです」

「私、咲月はあなたのことが好きだと思うんです」
「……」

「○○さんは、どうですか?咲月のこと、どう思っていますか?」

俺は。

俺は、どう思っているんだろう。

「俺は……」

今日まで、一緒に過ごしている時間はかなり短いと思う。

しかし、咲月の見せる表情の一つ一つが俺の心にずっと残っている。

きっと、これは。

「咲月さんのこと、好き……なんだと思います」

咲月のお母さんの表情が、少し鋭くなった。

「それは、咲月を生涯背負える覚悟があってのことでしょうか」
「覚悟……ですか……」

「咲月は、身体に障がいを持っています。私にとっては普通の女の子ですけど、世間一般の目は違う。私たちのような健常者と付き合うというのとは根本から違うんです」

言葉が、俺に重くのしかかる。

喉は凍り付いてしまったように言葉が出てこない。

「あなたは、どうですか?」

俺は、何も答えられない。

「すみません。変なことを聞いて」

礼を一つして、玄関の扉が閉まる。

俺は、そこに立ち尽くしたまま動けなかった。

俺に、そんな覚悟があるのか。

家に帰り、ベッドに寝ころんでからも、頭の中をぐるぐると巡っていた。


それからも、咲月は変わらずカフェに顔をだしていた。

だけど、俺は避けていた。

咲月が一人で帰るのもそれなりに多くなっていたから、俺が送っていく頻度は以前に比べればぐっと減った。

咲月のお母さんが言っていたことは本当かどうかわからない。

だけど、俺は軽々しく好きだと思うなんて言ったことを悔いていた。

「先輩……」

ぼーっと、包丁を持ったままキッチンに立ち尽くす。

「あの、先輩!」

桜に肩を叩かれてようやくハッとする。

「あ、ごめん。どうした?」
「いえ、包丁を持ったままだと危ないですよ。あと、先輩アップです」

「ありがと。気を付けるよ……」

包丁を片付けて、俺はスタッフルームに戻り、椅子に腰かける。

スマホを確認すると、咲月からのメッセージ。

『アルバイト何時までですか?』

返信しようか、五分ほど悩んだ。

『もう終わったよ』

だけど、気付けば返信していた。

『あの、公園行きませんか?』
『いいよ。だけど、その前にちょっと行きたいところあるんだけどいいかな』

『はい、大丈夫です』
『すぐ迎えに行くよ』

俺は荷物をまとめて、咲月の家へと走った。


「お待たせ」
「どこ行くんですか?」

「どこでしょう」

俺は咲月の車いすを押して、歩き出す。

公園を横切って、カフェも通り過ぎて。

見えてきた、大きな鳥居。

「ここ、神社ですか?」
「そ、神社。ここ、願いが叶うって有名なんだよ。てか、なんでも叶うって洋平は言ってたかな」

洋平が崇拝しているあの神社。

「ちょっと、お願いしたいことがあって」 
「……じゃあ、私もお願い事しようかな」

二人で五円玉を賽銭箱に投げ入れて、頭を下げてから手を合わせる。

強く、強く願う。

普段は信じていないけど。

咲月が、一人でどこにでも羽ばたけるように。

俺なんていらないくらい、自由になれるように。

これだけ叶ってくれればいい。

強く、願う。

お願いを伝え終えて、目を開くと。

咲月がじっとこちらを覗くようにしてみていた。

「咲月はもういいの?」
「はい、ちゃんとお願いしました」

「何お願いしたの?」

鳥居をくぐって、咲月に尋ねてみる。

「私は……秘密です」

ちょっと、頬を赤く染めながら咲月はそう答えた。

「○○さんこそ、何をお願いしたんですか?」
「俺は……咲月についてお願いしたよ」

「わ、わたしですか!」

咲月の顔は、直前よりももっと紅潮した。

「咲月が、一人でどこにでも行けるようになりますようにって」
「一人で……ですか……」

「うん。俺なんていらないくらいにね」
「え……」

歩行者用信号が青になる。

「○○さん、私とお出かけしたりお話するの嫌だったんですか?」
「あ、そうじゃ……」

俺はまた、言葉を間違えた。

「すみません。ご迷惑でしたよね……私、帰りますね……」

レバーを倒して、車いすが動き出す。

咲月が横断歩道を渡り始め、信号は点滅し始める。

俺は、咲月の背中を見ているだけだった。


私は、涙をこらえていた。

楽しかったって思ってたのは、私だけだったのかな。

しつこいなって、思ってたのかな。

そうだよね。

私は、普通の女の子じゃないもんね。

電車に乗るにもスロープを出してもらわないといけない。

砂浜も自由に走り回れない。

階段も、エスカレーターも使えない。

普通の女の子と違って、面倒だもん。

そりゃ、私の相手なんて嫌だよね。

○○さんに背を向けて、私は車いすを走らせる。

信号が点滅してる。

早く、渡らないと。

目の端を動く景色が変わらない。

動いていない。

「なんで……!」

レバーをガチャガチャと動かしても、反応がない。

遠くからエンジンをふかす音。

「咲月!」

衝撃。

倒れた私は、地面に伏したまま顔を上げる。

空を飛んでいた。

人が、空を飛んでいた。

鮮血は傾く夕日を透かし、鈍い音が響いた。

「〇……〇……さん?」

急ブレーキをかけたのであろうタイヤの跡が道路に残り、およそ二十メートルほど先には男の人が横たわったまま動かない。

わかってる。

あれが○○さんだってことはわかってる。

だけど、それを頭が拒否している。

早く駆け寄らなければいけないんだってこともわかってる。

だけど、私にはその足が無い。

「○○さん!○○さん!」

私は必死に声をかけるだけ。

彼を中心に広がる血だまりは、じわじわとその大きさを広げていく。

「返事して!○○さん!」

返事は無い。

ぴくりとも動かない。

「大丈夫ですか!?」

通行人のカップルが事故に気が付いたみたい。

女性の方は私に駆け寄ってきて、男性は救急車を呼んでいる。

すぐに到着した救急車に、彼は運ばれていった。

真っ暗な廊下を、手術中と書かれたランプだけが照らす。

「咲月ちゃん、○○は……!」

洋平さんの言葉にも、私は反応できない。

私のせいだ。

私のせいだ。

私が悪いんだ。

私が……

「先輩、大丈夫なんですか?」
「わからん!でも、今は信じるしかないだろ!」

信じる。

「神頼みしかできないって……もどかしいですね……」

神頼み……

「…………!」

私は腕の力全て使って、車いすを走らせる。

街灯だけが頼りの道を、全力で。

あの場所を目指して。

「はぁ……ついた……」

真っ赤な鳥居。

夕方、○○さんと一緒に来た神社。

私はお賽銭を投げ入れて、固く手を結ぶ。

お願いします。

○○さんを、どうか助けてください。

○○さんを無事に返してください。

《私は、どうなっても構わないから》


白い天井。

繋がれた管。

機械音が部屋に響き、体は動かない。

「おぉ……目を覚ました……」
「ぁ……」

体を動かすと、全身に痛みが走る。

「動いちゃだめだ。全身を打撲しているから」

お医者さんが、驚いた顔で俺に忠告をする。

「奇跡だよ。あんな状態で運ばれてきたのに全身打撲で済んだんだから」
「あの、車いすの女の子は……」

「車いす……?どうだったかな……」

きっと、夜遅いから帰ったのだろう。

にしても、体痛い……

その日は検査を行われたが、目立った外傷は見つからず、すぐに病室に返された。

夜には痛みも引いて、体を起こせるようになった。

咲月を助けるため、身を放り出した俺は車に轢かれた。

ブレーキ音が聞こえていたとはいえ、スピードはかなりあったから骨が砕けていてもおかしくなかっただろう。

なんで、俺は生きている?


およそ、一週間で退院できることになった。

お医者さんは、なんども奇跡だと言っていた。

やはり、状況証拠だけ組み合わせればこんなものでは済まないのが普通だと言っていた。

「よっす、今日も来ちゃった」
「体、もう大丈夫ですか?」

二人は、毎日のようにお見舞いに来ていた。

「うん、全然大丈夫。明日退院だしね。多分走っても問題ないと思うよ」

洋平が慣れた手つきでリンゴを剥く。

でも、それは別に俺にじゃなくて自分が食べるため。

「よかったです。アルバイトはいつ復帰ですか?」
「それも、もう少ししたら復帰するよ」

桜が小さくガッツポーズ。

でも、やっぱり少し気になる。

咲月はこの一週間、一度もお見舞いに来ていない。

多分、引け目を感じているんだと思う。

自分のせいで……とか、思ってるんだろう。

そうじゃないよって、言いに行こう。

俺の言葉選びが悪かっただけだって、伝えに行こう。

そして翌日、どこにも後遺症らしきものも見当たらず、退院することができた。

荷物をアパートに置いて、最初に向かったのはカフェ。

咲月が来ているかもしれないし、店長も心配してたって桜が言っていたし。

「失礼します!」

いつも通りのアイドルタイム。

店長はカウンターで新聞を読んでいた。

「おお、○○!退院したか!」

店長が俺の頭を撫でまわす。

「ちょ、やめてください」
「心配かけやがってよ~。で、もう働ける体なんだな」

「はい。週明けからシフト入れてください」

店長にお礼とお詫びをして、店を出る。

咲月はいなかったな。

だったら、家に直接行ってみるか。

菅原と書かれた表札の下のインターホンを鳴らす。

いつもは家の前で咲月が待っていることが多かったから、ちょっと緊張する。

「はい」

インターホン越しから、咲月のお母さんの声が聞こえる。

「潮です」

そう伝えると、すぐに玄関が開く。

「あ、○○さん。最近カフェにいませんでしたね」
「え、咲月さんから聞いてませんか?俺、入院してたんです」

「そうだったんですね」
「あの、咲月さんは?」

「咲月……」

ほんの一瞬、間があって。

「咲月って、どちら様ですか?」

その言葉に、俺は大きな衝撃を受けた。

そんなはずはない。

そんな言葉が出てくるはずが無い。

俺に覚悟を問うほど、咲月のことを大切にしていたこの人が、そんなことを言うはずが無い。

「どういうことですか……咲月さんは、あなたの娘ですよね。あんなに、大切にしてたじゃないですか」
「あの、私は夫と二人で暮らしてて……《娘なんていませんよ?》」

壁を作るように、扉が閉じられる。

咲月が、いない。

そんなはずない。

『ちょっと、聞きたいことがあるから今すぐカフェに来てくれ』

洋平と桜。

二人にそう連絡をして、俺はもう一度カフェに向かった。


心が落ち着かず、無意識に人差し指で机をたたいている。

「どうしたよ、そんな慌てて」
「なにか、あったんですか?」

二人が俺の向かいに座る。

「なあ、二人は覚えてる?」
「なにを?」

「菅原咲月って女の子」

頼む、覚えていると言ってくれ。

そして、その行方を教えてくれ。

「知ってますか?」
「いや、知らん」

俺の願いも虚しく、二人も咲月のことは記憶のどこにもないようだった。

「ほんとに、言ってる?」
「ああ、マジで知らないぞ」

「ドッキリとかじゃ、ないよな」
「大学の人とかですか?」

なんで、誰も知らない。

なんで、誰も覚えてない。

すぐに泣いてしまって、誰よりも笑う、あの咲月のことがなんで誰の記憶にもない。

なんで俺しか、覚えていない。

「ごめん、ちょっと頭整理させて」

両手で顔を覆い、深く息を吐く。

「ほんとに、何にも記憶ない?」
「本当に知らないぞ、そんな子」

「海には、何人で行った?」
「私たち三人です」

「かき氷は?」
「誰も頼んでないのにお前買ってたよな」

この世界から、《菅原咲月》という女の子の存在が消えた。

理由もわからず、彼女はいなくなってしまった。


俺は、おぼつかない足取りでアパートまで戻った。

ふらふらと、よろよろと。

探すように、求めるように。

気力なく、ベッドに腰掛ける。

傍らに放ったままの鞄が転がっている。

その鞄には、きらりと水色のイルカが揺れていた。

「咲月……」

キーホルダーを引き手から外し、持ち上げてみる。

思い返されるあの日の光景。

目を閉じればあの時の笑顔が今も鮮明に浮かぶ。

「どこ行っちゃったんだよ……」

ギュッと握り、胸のあたりで抱え込む。

カーペットには、大粒の涙のシミが出来ていた。


「先輩、元気ないですね。最近笑ってるところみてないです」
「ああ、やっぱり《咲月》って子のことだろ。あいつにとってはめちゃくちゃ大事な子だったんじゃないかな」

アルバイトも、全く身が入らない。

なにも、する気が起きない。

「おい、○○」

アルバイトが終わり、帰ろうとすると洋平が声をかけてきた。

「なに」
「ちょっと、着いてきてくれよ」

洋平は、また俺を神社まで引っ張っていった。

「なんで神社なんだよ」
「別に!○○が少しでも元気になりますようになんてお願いをしに来たわけじゃないからな!」

鳥居をくぐって、本殿が見えてくる。

「俺の前では別にそれでいいけどよ、桜の前でくらいは多少笑ってやってくれ」
「…………」

「桜、お前のことめちゃくちゃ心配してるから」
「そっか……」

理解はした。

だけど、完全にその言葉を受け止めきることはできず、洋平から目をそらす。

「お節介はここまで。俺は帰るよ」

そのまま、洋平が去るのを待つ。

賽銭箱の向こう。

何かが、光を反射した。

「……!」

俺はすぐにそれを拾い上げる。

「これ…..」

ピンクのイルカのキーホルダー。

咲月が持っていたもの。

お揃いで買った、あの日の思い出。

触れていると、なんだか咲月のことを近くに感じるような感じがする。

…………?

近くに、感じる?

「洋平!」

俺はすぐに洋平を追いかけた。

「なんだよ、急に大きい声出すようになって」
「手伝ってほしいことがある」


「伝承を調べる?なんでさ」

俺は、さっき拾ったキーホルダーを見せる。

「これから、咲月の気配を感じる」

洋平は、難しい顔をして俺を見つめる。

「お前、何言ってんだ」
「似たような話、あっただろ」

「似たような……あぁ!」

かんざしに、彼女の存在を感じていた男の話。

男はずっと、ここに彼女がいると言っていたそう。

「じゃあそこに、お前の言う《咲月》ちゃんがいるってことか?」
「確証は無いよ。だけど、調べてみたい」

俺は真っすぐ、洋平を見つめる。

「わかったよ。じゃあ、明日朝一番に図書館行ってみよう。桜にも声かけとくな」
「助かる。人手は多い方がいいから」

俺は、家に帰ってすぐにピンクのイルカを机の上に丁寧に置いて、一筋の希望を抱きながら目を瞑った。


「よし、やるか」
「絶対手掛かり見つけましょう」

やる気の二人を尻目に、手掛かりになりそうな文研を片っ端からテーブルに持っていく。

「ごめん、めちゃくちゃ量あるけど……」
「まかせろって」

「はい、先輩のためですもん」

お礼を言って、文献を読み込む。

探しているのは、男のその後。

かんざしの中から彼女を救い出せたのかどうか。

もし救い出せていたとしたら、その方法はどんなものだったのか。

絶対に探し出す。

絶対に、咲月を取り戻す。

その時俺は、どうなってもいいから。

意気込んで情報収集を開始したはいいものの、読みづらい文献たちに苦戦を強いられ、特に収穫が無いままに一日目を終えた。

その後も二日目、三日目と、特に目新しい情報は得られない。

そして四日目、本の山が半分以上減った時。

「この話、今までのとちょっと違うな」


男は、神前でそのかんざしをへし折った。

こんなものは彼女ではない。

こんなものに、彼女はいない。

そして、神を恨んだ。

彼女を返せ。

彼女無き世界で、俺はむざむざと生きる気はないぞ。

はやく、彼女を返せ。

ならばよいと、男は聞いた。

彼女は、等価を交換したのだと。

自分の命と引き換えに、男を救ったのだと。

一人の命に一人が等価として差し出すのは、およそその命しかあるまいと。

体が熱を帯び、気が付けば季節は廻っていた。

いや、巻き戻っていた。

目を覚ました男は、床に伏していた。

体は痛む。

だるさも残る。

しかし、目の前には涙を流す彼女の姿。

男は戻ってきたのだ。

彼女が神に祈る前に。

男は立ち上がった彼女を引き留める。

これは私の運命なのだと。

私は、もう間もなく命を落とすだろう。

それも、一つの運命なのだと。


「おい、これじゃないのか……」

見つけた。

きっと、これだ。

「信じてもいいんですかね、こんな昔の話」
「でも、これしかない」

この話の男と私は同一人物なのだろう。

これは伝承であり自伝のようなもの。

男が体験した話だろう。

ならば、あるいは。

「すぐに、キーホルダー持ってくる」

神社集合。

俺はアパートに帰り、キーホルダーを握って神社に向かった。


「いいんだな」
「ああ、やるしかない」

大きめの石を手に持ち、キーホルダーを地面に置く。

「ここまで必死な○○、初めて見たよ」
「だって、俺は……」

「……っ!」

「咲月が、好きなんだ」

腕を勢いよく振り下ろして、破片が飛び散る。

グワンと、吐き気を催すほどに世界が揺れる。

俺は桜と洋平の腕をつかむ。

「もし戻ったら、咲月のこと頼んだからな!」
「ああ、まかせとけ」

全身の痛みと共に、俺の意識は暗闇へと引きづりこまれた。


「咲月ちゃん!」

頼んだからな。

親友が、あんな目で俺に頼んできたんだ。

それに、全部思い出したよ。

なんで、忘れちまったんだろうな。

「あ、洋平……さん……」

あの話の通りなら。

咲月の存在と引き換えに○○が命を落とさなかったのなら。

○○はこのままだったら……

「私……ちょっと、失礼します……!」

そう言って車いすを走らせようとする咲月ちゃんを、桜が止める。

「待って」
「桜、さん……すみません……本当に、すみません……」

「謝らないで。○○先輩、助けたいんでしょ?」
「私が死ぬべきだったんです。私が勝手に……」

「それ以上は、言っちゃダメ」

桜が咲月ちゃんの唇に指をあてる。

「○○を助けたいのは俺達も同じ。だから、一緒に行こう」
「【神頼み】するんだろ?」

「もう、それしかできないから……」

一人なら、その命を失う。

なら、三人なら。

「俺たちも一緒に【神頼み】するよ」

もう頼まない。

これは、挑戦だ。


体の痛みと共に、ぼんやりと俺は目を覚ました。

「具合はどうだい?」

見覚えのあるお医者さん。

命、助かった。

また、咲月は……?

「少し、体が痛みます。あの、車いすの……」

俺がそれを聞く前に、お医者さんは病室を出てしまった。

咲月はどうなった?

頼むから、無事でいてくれ。

検査が終わり、どうやらケガは腕の打撲と足の骨折らしい。

後遺症も残らないだろうと言っていたし、前も聞いたような奇跡だという言葉を連発していた。

病室に戻り、俺は窓の外を見つめる。

洋平でも、桜でもいい。

咲月はどうなったのか、教えてくれ。


「よ、元気か?」
「洋平!やっときた……」

目を覚ましてから二週間後、ようやく洋平がお見舞いに来た。

「さ……!」
「咲月ちゃん、だろ?」

「ああ、てことは無事なんだな」
「それは、自分の目で確かめてくれや」

洋平はベッドのそばの椅子に座る。

「にしても、俺達も大変だったんだよ。みんなめっちゃ高熱出して、死ぬかと思った」
「高熱……?お前ら、まさか」

「ああ、一人じゃなくて三人だったらどうよって神様に提案しにいってやった」

洋平は子供の用に笑った。

ほんとに、なんてバカなことを。

「あの話の男も言ってたじゃん。そういう運命なんだって」
「でも、お前がいないと俺は楽しくない。それに、せっかく咲月ちゃんも助かるんだから、お前も無事じゃないとダメだろ普通に考えて」

ほんとにバカだ。

筋金入りのバカだ。

「ありがとな」
「桜と咲月ちゃんにも言ってやれよ~……あ、咲月ちゃんは明日来るってさ」

洋平は剥き終わったリンゴを置いて病室を出ていった。

それに続いて桜が入ってくる。

「先輩、無事で何よりです」
「うん。三人のおかげだ」

「こんな時に、こんなことを伝えるのはどうかと思うんですが……」
「うん」

「私、先輩のことが好きです」

曇りなき眼で、偽りなき言葉を。

真実の言葉。

だからこそ、俺はそれにきちんと向き合わなきゃならない。

「ありがとう。そして、ごめん」
「……」

桜は、目を伏せる。

「俺、咲月が好きなんだ」
「……知ってました。イルカのキーホルダー、お揃いだったし。先輩、ずっと咲月ちゃんのこと考えてましたもんね」

桜はそう言うと唇を噛んで、俺の目を真っすぐ見た。

「じゃあ、帰ります。バイト、早く復帰してくださいね!あと、咲月ちゃんは明日来るらしいです!」


病室の前の壁に寄りかかって、桜が出てくるのを待つ。

告白、したんだろうな。

多分ダメだったんだろうな。

喜んじゃ、ダメなんだろうな。

「失礼します」

桜が病室から出てきた。

「帰ろっか」
「はい……」

桜は、涙をこらえているみたいだった。

唇をキュッと占めて。

手を固く握って。

「頑張ったね」
「あんまり優しくしないでくださいよ」

「飯、食いに行くか」
「先輩のおごりで」

「了解」

病院を出て、桜は足を止めた。

「どした?」
「そのまま、前向いててください」

背中に、感触。

頭?

顔かな?

そして、すすり泣く声。

「頑張ったな。今は泣いていいよ」


翌日、先生がやってきておよその退院日を伝えにきた。

「治りはやいね、君。来週には退院できるよ」
「ほんとですか」

来週か……

早く、体動かしたい。

ベッドの上でそわそわとしていると、コンコンとドアをノックする音。

「どうぞ」
「し、失礼します」

車いすを動かして、咲月が病室に入ってきた。

「あ、その……」

「ごめん!」
「すみません!」

被ってしまった謝罪。

「私、勝手に勘違いして、突っ走って……」
「違うよ。あれは俺の言い方が悪かった」

「でも、私はなにもケガしてないのに、○○さんは……」
「いいんだって」

「よくないです!」

頑固だ。

「じゃあ、一つだけお願い聞いてもらってもいい?」
「はい」

「来週、退院するんだ」
「よかったですね!」

「迎えに来てほしいんだ。咲月に」
「そのくらいだったら、もういくらでも!」

久しぶりに咲月と話した。

楽しい。

落ち着く。

なにより、ホッとした。


週が変わり、足の骨折はまだ治ってないものの、松葉杖をついてロビーを練り歩いていた。

「こっちです!」

手を振る咲月の姿。

「来てないかと思っちゃった」
「すみません。少し遅くなってしまって……あの、この後ご予定は……」

「流石にないよ」
「じゃあ、カフェによって行きませんか?」

二人並んで、並木道進む。

久々の外の空気はかなり気持ちいい。

そうこうしているうちに公園が見えてくる。

「ちょっと、付き合ってよ」
「はい、もちろんです」

カフェに向かう前に少しより道。

「ここ、俺達が初めてあった場所だね」
「ですね」

「俺、咲月に会えてよかったよ」
「私もです」

俺は一つ咳ばらいをする。

覚悟はできてる。

もう、ぶれないから。

「咲月、聞いて」
「は、はい……!」

咲月は背筋を伸ばし、姿勢を正す。

「俺、咲月のことが好きだ。泣いてるとこも、笑ってるとこも、びっくりしてるとこも、全部全部、大好きだ。俺と、付き合ってほしい」
「…………!」

咲月は目を見開いて、その瞳が潤む。

頬に涙が伝う。

「わ、わたしで……いいんですか……」

声はかなり震えていて、言葉も途切れ途切れ。

「咲月がいいんだ。咲月じゃなきゃダメなんだ」
「嬉しい……嬉しいです……」

「咲月は、俺でいいかな?」

咲月は、涙を止めるためになんどか深呼吸をして、

「よろしくお願いします!」

夏の太陽よりも眩しい、輝くような笑顔でそう答えた。

抱き着く二人と、ゆらりと揺れる二匹のイルカ。

二匹のイルカがこつんとぶつかり、キスをしたように見えたのはきっと、気のせいだろう。


……fin



後書きと補足的なもの

最後まで読んでくださった読者の皆さま、ありがとうございます。
そして、この作品のさっちゃんの設定面で不愉快になられた方がもしいらっしゃいましたらここで謝罪させていただきます。すみませんでした。

では、作品内で説明不足だと思いながらもノイズだと思って省かせていただいた説明をさせていただきます。
神社にしたお願いが通った場合と通らなかった場合のお話です。

通ったお願いは、洋平の○○が教えてくれたのを無駄にするような赤点を取りたくない、○○の咲月が一人でどこにでも行けるように、咲月の○○を無事に返してほしい、三人の○○の命を救ってほしい、伝承の女の不治の病を治してほしい……ですね。

通ってないのは、洋平が物語上最初にお願いして言わなかったやつと○○が咲月を連れて行ったときの咲月のお願いです。

通らなかったお願いをここで補足させていただくと、洋平は「彼女が欲しい」咲月は「またみんなと仲良く遊びにいけますように」

ここで通ったお願いとそうでないお願いを比べてみていただきたいです。

前者は全て自分のためでは無くて誰かのため。後者はどちらも自分のためのお願いなんです。

その、人の為にとしたお願いが少しだけひねくれて、等価と交換することで叶ってしまうからこんなことになってしまったわけです。

ひねくれてしまう理由は、最初の方にも書いてあるように人魚が祀られているというものです。

魔女狩りや人種差別が起こるようなこの世界、同じ人種でも身体に障害があるだけで他と見る目が変わるようなこの世界で、人のように見えても足がヒレなんて生物がいたら、それは迫害対象か神格化かのどちらかですよ、僕の想像としてはですが。

ある所では迫害され、ある所では死してもなお神格化され、そんな人魚だから、純粋なお願いをちょっと屈折させて叶えるわけです。

人魚笑ってますよ。人間バカでおもろいなって。

以上で補足は終わりにします。


最後に、ちょっとだけ愚痴を……笑

ここはもう読まなくても大丈夫です。

まじでこの作品きつかった!!!

身体障がいについて書くのもそうだし、神社の設定とかもそうだし!

わからないことが多すぎたし、話長すぎだし、頭にあるものが全然文章にならないし!

リクエストをいただいて、話を練り始めてからこの作品が初めに思いついて、最初はいいじゃんって思ったわけですよ。

でも、書いてみるとなかなかキツイ。

もう甘いだけの作品でもいいんじゃないかとも思ったんですけど、そうしたらなんか自分で納得できない気がしちゃって…

何回ももう嫌!!!ってなりました笑

だから、褒めて!ってタグもやりました笑

あれ、ほんと助かりました。あれやってモチベ爆あがりしましたから笑

ここまで読んで下さっている方いますか?

いたら嬉しいな。

こんな愚痴を書き連ねているところまで読んでるなんて、もう僕のファンじゃないですか()

てことで、そんなファンのみなさま。(そうじゃないかもだけど、そう言うことにしておいて)

ぜひ、感想をくださるとうれしいです。

質問箱とか引用RTに、一言でもいいので送ってくださるともう嫌!!!ってなりながら書いていた過去の僕が報われます。

では、また次の作品をお楽しみに!

ここまで読んでくださった方々、本当にありがとうございました!














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