『あおはるっ!』 第2話
〇・どうしよう、どうしよう、どうしよう
翌朝の通学路。
俺は頭を悩ませていた。
昨日の成果は結構あったはず。
だが、コロッケパンで本当によかったのか?
女の子に、コロッケパン。
レタスサンドとかにしておいた方がよかったんじゃないか?
咲・……?なにぶつぶつ言ってるの?
〇・なあ、咲月
咲・何……?
〇・女の子って、コロッケパン貰って嬉しいか?
咲・え、どういうこと?
腹を抱えて笑っている薺と、呆けた顔の咲月。
咲・バカなこと言ってると遅刻するよ?
咲月はまるで相手にせず先を行く。
薺・はは~ん……わかったぞ、○○
薺が肩を組み、顔を近づけてくる。
薺・昨日、パン買えなかったって言うの嘘だろ
〇・い、いや、そんな訳ないだろ!?
薺・わっかりやすいなぁ
またしても大爆笑。
薺・当てて進ぜよう
薺が顎に手を当てて俺の顔をジロジロと見る。
薺・去年、井上さんを購買でよく見かけた。で、一年間の経験則によると、
○○が教室を出た時間を考えると、パンが売り切れているなんてことそうそうない
〇・……だな
薺・コロッケパン買って帰ろうとしたら、お昼買えなくて困ってる井上さんを見つけた○○は、居てもたってもいられず、パンを押し付けて帰ってきたって訳だ!
こいつ、特殊能力でも持ってるのか?
薺・どう?当たってるなら正直に言ってくれよ~
〇・……
薺・そしたら昨日の貸しはチャラにしてやる
〇・……お前の言ってた状況から俺の行動まで全部当たってるよ
薺・やっぱりか……○○って嘘つくのほんとヘタクソだよねぇ
〇・……ありがとう?
薺・加えて天然……でも、別に悪いことじゃないんじゃない?
急に薺の表情が優しくなる。
薺・大きな一歩じゃん
〇・ああ、こっからだ
咲・早くー!遅刻しちゃう!
先に行った咲月が大きな声で手を振りながら俺達を呼ぶ。
薺・まずは、遅刻なんかして悪い印象を植え付けないようにしないとね
たしかに……!
俺は絶対に遅刻なんてするまいと全速力で走った。
〇・はぁ……はぁ……疲れた……
咲・あっぶなかった~
薺・お疲れ~二人共
教室に飛び込み、疲労困憊の俺達に向かってのんきに拍手する薺。
〇・誰のせいだと……
薺・俺がコンビニ寄ってたせい?
咲・…………
〇・おい、俺はいいから咲月にだけは謝っとけ。お前殺されるぞ
薺・すみませんでした。お詫びに学食のプリンを……
薺が咲月に頭を下げる。
ふと、窓際の女神に目をやる。
和・ふふっ
あれ?
今、もしかしてこっち見て笑ってた?
……恥ずかし!
遅刻はしなかったのに、なんかみっともないとこ見られちゃったかもなぁ。
〇・おい、薺
薺・ん?
〇・やっぱ、俺にも謝れ
薺・なんで!?
薺・なあ、○○
〇・なんだよ、昼飯なら今朝コンビニで買ったぞ?
薺・いや、違くて。今朝のお詫びに咲月にプリン奢るって言っちゃったからさ
〇・自業自得じゃねぇか
薺が手を合わせる。
薺・頼む、この通り
〇・はぁ……しょうがねぇな。早くいくぞ
咲・よろしく~
咲月の間抜けな声を聞いて、俺達は戦場へ向かった。
〇・どうしよ。俺もなんか甘いもの買おっかな
財布を開いて、手持ちを確認する。
〇・……まあ、大丈夫か
薺・あ、そのカード
〇・ああ、これ?
俺は、縦型のカード入れから、一枚のカードを取り出す。
薺・それ、まだ持ってたんだ
病院のテレビで使えるテレビカード。
ちなみに一枚で約十五時間。
〇・ああ、なんかお守り的な?これの使用時間が減らないってことは、健康ってことじゃん
薺・でた、謎思考
〇・それに、こんな変な物でもさ、貰ってお礼言えてないんだ
薺・くそ真面目かよ
〇・い、いいだろ別に
薺・あ……!じゃあ、俺はプリン買ってくるよ。○○は何も言わずにちょっと遠いけど、右斜め後ろを見てみな
そう言って薺の姿は人の荒波に消えていく。
右斜め後ろ?
恐る恐る見てみる。
和・んー……今日はいるかな……?
井上さん!?
って、また購買ダッシュに出遅れたのかな……?
和・あ……!
え、今、目合った?
井上さんが小走りで近づいてくる。
何で?
心の準備できてないんですけど!
和・椿木くんいた!
〇・はい……!何でしょう!
ビックリしすぎて思わず敬語になってしまう。
〇・あの、どういったご用件で?
和・ふふ、何で敬語なの?
〇・そ、そうだよね
恥ずかしい……
和・これ、昨日のお礼
井上さんが俺の前に差し出したのは購買で大人気のフルーツサンド。
和・このために今日はいつもの倍は早く出たんだ!
なんか自慢げな井上さんもめっちゃかわいい……!
和・椿木くんが購買に来なかったらどうしようかと思ったよ
井上さんは、笑った。
俺の脳内には一抹の疑問。
〇・同じクラスなんだから、教室探した方が早くない?
和・…………確かに!
〇・井上さんって意外と抜けてるんだね
和・ちょっと、失礼な!
人混みのはずれ、二人の笑い声。
ああ、なんて幸せなんだ。
今回ばかりは薺に感謝しておこう。
和・あ、ごめんね、椿木くんがお昼買う時間無くなっちゃうね
〇・いや、今日は買いに来たんじゃなくて、友達の付き添いに来ただけなんで。今はそいつを待ってるって感じです
和・じゃあ、私も一緒に待ってよっかな
おいおい、マジか……
和・ねえねえ、椿木くんって何部入ってるの?
〇・一応、文芸部に……
和・身長も高いし、筋肉もついてるし、何かスポーツやってたのかと思った
〇・中学までは、野球やってました
あ、また敬語出ちゃった。
薺、早く帰ってきてくれ……
心臓が持たん……
和・友達って、鈴谷くんだよね
〇・ああ、うん
和・遅いね
〇・っすね……
人混みの中に目を光らせる。
目を逸らす人影一つ。
じっと、その影を睨む。
薺・いや~遅くなった
観念したのか、人の隙間を縫って出てきた。
薺・おや、井上さん
和・はい、井上 和です
薺・鈴谷 薺です
薺・で、なんで二人が一緒に?
〇・あとで話すから、早く教室戻らないと食べる時間無くなるぞ
薺・え、そんな時間?
〇・そうだよ、俺だけじゃなくて井上さんも待たせてたんだからな
俺達は先生に目を付けられないギリギリの早歩きで教室に戻った。
咲・二人とも、遅いな......
教室の扉が開く。
咲・あ、帰って......
二人と並んで。
〇〇の隣を、もう一人。
井上さん?
なんで、二人と一緒に?
〇・わり、遅くなった
咲・あ、うん.....えっと......
和・井上 和です
井上さんは、そう言って私に一礼。
私は慌てて立ち上がって、
咲・菅原 咲月です
同じように、礼を返す。
薺・はい、お詫びのプリン
咲・あ、うん
〇・この二人とはもう何年も一緒で……
和・へぇ……だから仲いいんだね!
結構仲良さげに話してる○○と井上さん。
和・これからよろしくね!
咲・あ、えっと……うん、よろしく
急に会話の矢印がこちらに向いて少し驚いてしまう。
和・和でいいよ
咲・じゃあ、私も咲月でいいよ
和・やっと新しいクラスで友達出来たよ~
和はそう言いながら、私の手を離さない。
いつもクールに見えてたけど、意外とそんなこともないんだ。
仲良く、なれるかも。
薺・○○はこれから部活?
〇・ああ、今日は顔出してこうかなと
薺・すぐ終わる?
〇・多分
薺・じゃあ、着いてこうかな
〇・咲月は?
咲・私は……
咲月が何か言おうとするのを、
和・一緒に帰ろ!
井上さんが遮る。
咲・和と一緒に先帰る
〇・わかった、二人共気を付けて
和・うん。また明日
〇・また、明日……
手を繋いで、仲良さげに帰る二人の背中を見送る。
薺・おーい。早く行こうや~
〇・あ、ごめん
バッグを左肩にかけて、実習棟の空き教室に向かった。
薺・意外と遠いよな
〇・静かでいいじゃん
と、言った瞬間。
?・見つけました!椿木先輩に、鈴谷先輩!
静寂を破壊する賑やかな声。
薺・げっ……!小川……!
彩・「げっ」とは何ですか
俺達に詰めてくるのは、小川彩。
中学の後輩。
背後から気配が消えた。
あいつ……逃げたな。
〇・なんでいるんだ?
彩・今年から高校生ですよ
小川は、自慢気な顔を浮かべる。
〇・この学校だったんだな
彩・先輩たちを追いかけてきたんです
〇・なんで?
彩・先輩たちのプレーをもう一回間近で見たかったんです
小川は、俺達の後輩で、中学の頃の野球部でマネージャーをしていた。
彩・なのに、来てみたら先輩たちは野球部に居ないじゃないですか
〇・あー……ごめんとしか言えないなぁ……
彩・なんで、野球部に入らないんですか?
〇・入ってはいたよ。三か月もせずに辞めたけど
彩・なんで……!
〇・まあ、過去のことだから。じゃ、俺は行かなきゃいけないとこあるから。またな
ちょっと悪いことしたかなと思いつつ、俺は空き教室に急いだ。
彩・教えてくれたっていいじゃないですか……
〇・すみません、遅くなりました
?・来ないかと思った
〇・ちょっと後輩に絡まれまして
?・じゃあ、次は先輩の番かな?
〇・アルノ先輩ってそんなめんどくさい人なんすか?
ア・ふふ、どうかな
たった二人の文芸部。
俺と、アルノ先輩の二人。
野球をやめて、なんかいい部活ないかなと思ったときに目に入ったのが文芸部の張り紙だった。
〇・これ、俺のおすすめの本です
ア・じゃあ、はいこれ
〇・あざっす
活動内容は特になし。
活動日も指定なし。
なんとなくの内容として、お互いのお勧めの本を紹介しあい、その感想を言うというのがある。
ア・今日はもう帰り?
〇・はい。薺、待たせてるんで
ア・……そっか、じゃあね
扉を閉める前、どこか残念そうな顔をしていたのは気のせいだろうか。
……それよりも、薺を探さなければ。
そう思い、実習棟をしばらく歩いていると、ほんの十分前に聞いた声とその主に絡まれる薺の姿を見つけた。
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