切り株
ドルジの実家には樹齢100年を超える大銀杏がある。子供の頃は兄弟と太い幹の麓を駆け回り、廻る季節の中で僕たちを見守ってくれていた。小学生の頃、お祭りから帰り大銀杏を見上げると、木の天辺は空まで続いて、いつか星に届くように感じたのをよく覚えている。先日、久しぶりに家に帰るとその大銀杏が伐採されていた。あまりにも大きくなり過ぎて、倒れる可能性があったのでやむを得なかったらしい。切り株を見ると真ん中付近に亀裂が入っていて、限界が近かったのが見て取れる。庭の大半を占めていた風景が切り取られ、何だか居心地の悪さを感じた。ずっと続くと思っていたものが急に無くなると寂しい気持ちになる。でも、本当はずっと続くものなんて一つも存在しない。そんな当たり前のことを何度も忘れてしまい、失うたびに気付かされるのだ。ふとよく見ると、切り株の傍から銀杏の新芽が生えている。今後はこいつが新しい時代を見守ってくれるようだ。庭で猫と戯れる子どもを見て今度は嬉しい気持ちになるドルジなのでした。