今回は、珍しくミャンマーの最近の経済情勢を解説します。
※8月9日に「シンガポールの銀行の動向」を追記
ミャンマー経済の基礎(世界銀行のレポート)
まず、はじめにミャンマーのような途上国には、往々にしてデータがありません。
そのため、データ取得、データ作成、データ分析をできる世界銀行のレポートは貴重です。
半年に1度発行されているミャンマーのレポートがありますので、ミャンマー経済の詳細を知りたい方はご参照下さい。
Myanmar Economic Monitor Reports (worldbank.org)
ミャンマーの経済状況(周辺国との比較)
ミャンマーとミャンマーを囲む周辺国の経済の比較です。
ミャンマーの経済規模(日本の県との比較)
ミャンマーを日本の県に例えると、長野県と似た規模のGDPレベルです。
ミャンマーとその周辺国の1人あたりGDP推移
1人あたりGDPは、ミャンマーがASEAN10ケ国中で最低です。
ドル・チャットの実勢レート
これらの状況を踏まえた上で、2021年1月以降のドル・チャットの実勢レートは以下です。
クーデター以前の2021年1月1日は1ドル=1.900チャットでしたが、2022年8月末に4,000チャットになり、そこから23年5月初旬までは1ドル2,800チャットで安定していました。8カ月間もレートが安定していたのは、奇跡に近いと思います。
しかし、23年5月中旬あたりに、じわじわとチャット安が進み、6月下旬には跳ね上がり、7月末時点では1ドル=3,300になっています。
さて、何が起きたのでしょうか?!
米国による経済制裁(2銀行への制裁)
23年6月21日に米財務省が、ミャンマー外国貿易銀行(MFTB)とミャンマー投資商業銀行(MICB)の2銀行を「特別指定国民(SDN)」に指定する金融制裁は発動しました。
これにより、MFTB、MICBにミャンマー政府が預金していた米ドルが凍結されてしまったのです、、、
2銀行の位置づけ
2銀行の位置づけは、Two Big to Myanmar Governmentです。
上の図は2005年に出版された書籍の図です。
国営銀行(State Banks)の下に、MEB(経済銀行)、MFTB(外国貿易銀行)、MICB(投資商業銀行)の3つがあることがわかります。
この3行のうち、主にドル決済を担っている2行が制裁対象になってしまいました、、、
ミャンマー人の友人は、Netflixの決済が止められたと怒っていました。
ミャンマー人が、ドルを使用するアメリカ製品・サービスの購入は、不可能になると思われます($・・)/~~~
EUの制裁の効果
最近の報道(7月6日)では、EUの制裁の効果が上がっているというものがあります。
Myanmar regime opens bogus bank accounts to bypass Western sanctions on MOGE (myanmar-now.org)
EUが2022年2月1日にミャンマー石油公社(MOGE)に対して金融制裁を科して以降、MOGEが各プロジェクトで得た収益5億430万米ドルが海外の口座で凍結されているようです(内訳は、シュエガス田→中国へのガス売却3億2,680万ドル、ヤダナガス田→タイへのガス売却6,900米ドル、中国のガスパイプライン使用料1億890万ドル)。
ここで、あれ?!
と思った人は、国際金融に関してのセンスがある人です!(^^)!
なぜ、EUの制裁で、米ドルが止まる(海外の銀行口座の米ドルが凍結される)のでしょうか?
米国の制裁によって、米ドルが止まるのなら理解できますが、、、
EUの制裁の隠れた効果(hidden effect)
経済制裁を理解したい人に、最もおすすめなのが、以下の本です。
(桐島は、他に「経済制裁の研究-経済制裁の政治経済学的位置づけ」、「経済制裁-日本はそれに耐えられるか」という書籍しか読んでいませんが、、、)
最近のアメリカの経済制裁をわかりやすく解説しています。
そこに、EUの制裁で、米ドルが止まる理由が書かれていました。
答えは、ディリスキング(De-Risking)でした。
ディリスキング(De-Risking)
少しでもミャンマーという国がリスクだと認識すれば、EUがミャンマーに制裁したことを踏まえて、民間銀行はミャンマー企業やミャンマー人の口座を自主的に閉鎖しています。
米ドルが凍結されているのは、主にシンガポールと言われています。
シンガポールは、アメリカ、EUとのビジネスが多いため、ミャンマーに構っていて、金融業務が出来なくなることを恐れているわけです。
(「ミャンマーの経済規模、長野県レベルですので、まあ、それは、アメリカとEUを選びますよね♪」)
更に、米国の恐ろしさは、その罰金の大きさである。
このような額の罰金に耐えられないため、シンガポールの銀行は、ミャンマー企業・人との取引を辞めたのです。
FATF(ブラックリスト)入り
少し専門的な知識になりますが、ミャンマーは、2022年10月21日に、先進国の金融政策当局(日本でいると財務省が出席)でつくる金融活動作業部会(FATF:ファトフ)により、ブラックリスト(行動要請対象の高リスク国)に追加されました。
これは、北朝鮮、イランに続き3ケ国目です。
金融政策で世界で最も権威がある国際機関のFATFが、ミャンマーを「危険」と宣言しているため、(シンガポールの)銀行は、ミャンマーの企業への金融サービスの提供を辞めようとしているわけです。
シンガポール(銀行)の危機感
火種となったのは、以下のグラフです。
これは、23年5月17日に国連が公表したレポートです。https://www.ohchr.org/sites/default/files/documents/countries/myanmar/infographic-sr-myanmar-2023-05-17.pdf
その後、41のみならず、91のシンガポールに拠点を置く組織(Suppliers)がミャンマーとの武器の取引に関係があることが判明しました。
故に、シンガポールの民間銀行は、自主的にミャンマーとの取引を停止したのです。知らず知らずに、武器を扱う組織に金融サービスを提供している可能性があるためです。
まとめると、以下の流れです。
国連のレポート(5月17日)→欧米制裁の雰囲気を感じる→民間銀行は自主的に取引停止=ミャンマー政府・企業・人のシンガポールの口座の閉鎖→ミャンマーはシンガポールの銀行の資金にアクセスできなくなる→政府チャット安の進行
世界は、蜜に繋がっていることがわかります。
少し長くなりましたが、23年7月末時点のミャンマーを取り巻く状況です。
シンガポールの銀行の動向(8月9日追記)
8月9日に日経Asiaに以下の記事が出ました。私が上記で述べた動きがうまくまとまっています。
ポイントは以下の通りです。
●UOB@シンガポールは、9月1日以降、ミャンマーの地場銀行と他国の銀行間の送金取引を中継する業務を停止(=コルレス銀行機能を停止)
●他行が関連するUOBのビザやマスターカードの取引も停止
※同じ銀行内口座の資金移動は可能(=Book Transferは可能)
●OCBC、DBSも同様の対策を取ろうと準備中。
●背景には、米政府のシンガポールへの働きかけがある。
●(ミャンマー企業はシンガポールの銀行からタイの銀行へ切替えるはずなので)今後は、タイの銀行の存在感が高まる。