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8限目:ADX=戦後賠償=ODA2.0

最近、ADXを勉強し始めた桐島です。
最近ずっと考えているのは、ADX=戦後賠償=ODA2.0です。

ADXというのは、IT分野が成長し、テック・ベンチャーが興隆しているインドや東南アジアの企業と、日本企業の協業(コラボ)です。

いまや日本企業は、大企業病を患っていて、邪魔オジ、オバに高い給与を払って、高コスト体質になっています。大きな変化が連続的に生じているが機動性が無くついていけない状況です、、、

大学時代にマージャンやらディスコ通いやらサークル活動やらでろくな勉強もせず、社会人になってからは行きたくもない土日の営業ゴルフに付き合い、行きたくもない銀座の飲み屋付き合い、ひたすら上司のケツの穴をなめることでエラくなっていた日本人の中高年のおっさんは、能力もなく、管理職能力もないが、高い給料だけ貰っている、というのが典型例です。

このおじさんの頭の中にあるのは、1970年代、80年代のJapan as No1のイメージです。日本が中国、韓国、東南アジア、に経済力で勝っていて、我々の技術力がNo1。教えを施してあげようという上から目線の感覚です。

しかし、若い方は認識の通り、日本(日本企業)は、世界から取り残されつつあります。ギリギリ日本の中の天下、トヨタだけ着いていけるかどうか、という現実です。

そこで、ADXの出番です。
真摯に他の国から学ぶという日本が得意としてきたモデルの復活です。
※私が一番好きなのは、北海道大学が招いた"boys be ambitious"で有名なクラーク先生

以下の資料には、日本が技術・ノウハウを提供と記載ありますが、実質的に逆の矢印もあります。
アジアから技術・ノウハウを提供いただくために、機会を創るものです。

200609_ADXフル版

現地でビジネスチャンスを得て、技術・ノウハウを日本に還流させて、日本企業の成長に繋げる目的があります。

あれ、みなさん、どこかで見覚えがありませんか?
現地でビジネスチャンスを得て、日本企業の成長に繋げる!!!

そうです。戦後賠償です。
以前、以下の記事で記載したのですが、多くの日本企業は、紐付き戦後賠償で、東南アジアで市場を得て、技術を磨いて、それを日本に持ち帰ったのです。自動車会社にしろ、大成建設にしろ、大林組にしろ、そうなのです。

あのコマツのトラックにしろ、以下のような散々な状況だったにも関わらず、インドネシアをはじめ、戦後賠償先で仕事を受注したために、改良・改善が出来たのです(キャタピラー社への対抗も、アジアという大きな市場があったため可能でした)。

 小松製作所は、昭和35年(1960年)当時もブルドーザー生産の国内シェアが60%に達する日本の一流建設機械メーカーだった。しかし、国内のダム工事においてさえ、「じゃまにならない場所で急がない仕事をあてがわれた」ほど性能が悪く、故障の続出でアメリカのキャタピラー社、アトキンソン社製品に押され放しであった。
 国産ブルドーザーの性能が向上するのは昭和36年(1961年)、キャタピラー社の日本上陸に対抗した小松の徹底的な品質改善の努力以後のことである。

日本(日本企業)は、また1から出直して、虚心坦懐に学び直さなければいけない。これを薄々感じていたが、行動に出来なかったというのが、バブル崩壊の1990年以降の日本の30年間でした。

実際に、行動に移せた企業(リクルート、富士フィルム、SONY、オムロン、等)もありますが、多くの企業が行動できずに、その結果として、最近の優秀な学生は、既存の大企業を見限って、ベンチャーやスタートアップに行くという構図になっています( ゚Д゚)

私の所属している官庁も他人事ではありません。
だって、公務員なので、邪魔オジ、オバを蹴散らす組織インセンティブ構造が無いのですから、、、基本的に定年退職まで居座れます。

戦後賠償が形を変えて、1950年から始まったODA(1954年4月社団法人アジア協会、1961年3月海外経済協力基金)は、現在でも、途上国の要請主義で、日本の技術を供与するという古いままの形になっています。

誰もが、日本の技術力を疑わなかった時代には、多少の上から目線でも、相手国に対して、インフラ開発・整備、技術協力支援をしてきたことは、誇れる日本の歴史でした。

しかし、今や、日本の誇れる技術というのは、目減りしてきたというのが現実ではないでしょうか?

多くの日本企業は、古き良き日本的なカイシャモデル(年功序列、終身雇用)を美化し続けて、結果として、グローバル化、DXが起こす破壊的なイノベーション、産業アーキテクチャ(基本構造)の劇的な変化に適応できなくなっています。

今こそ、戦後賠償の時のように、日本の技術を相手国に馬鹿にされながらでも、アジアに取り入って、1から出直して教えを乞いながら、市場を作っていく。そういう時代になりつつある気がします。その精神は、ODAというよりは、精神面で新しいODA2.0という気がします。

ADX=戦後賠償=ODA2.0というのは、どうすれば、日本が再度1から出直して、他国から学び、他国と共に成長して、日本社会自体を良いものにしていけるか、という観点の表現ですが、最近の私の大きな問題意識になります。

ふわっとした、まとまりのない話でした。

See you soon.

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