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共感性羞恥が刺さる…『静かに、ねぇ、静かに』




画像:ブクログより

はじめに

SNSが日常の一部となった現代、私たちは誰しもが「見られる」存在になっています。そんな時代の「旅」が、ただの観光ではなく「SNS映え」のためのパフォーマンスになっていると感じたことはありませんか?本谷有希子の短編小説「本当の旅」には、そんな現代人の滑稽さと痛みが描かれています。読んでいて不快になるほどの「気持ち悪さ」に、なぜか共感してしまう……。今回は、そんな作品の魅力と考えさせられるテーマについて語ります。


「気持ち悪さ」に共感する理由

主人公とその友人のづっちんが繰り広げる「旅」は、観光地を訪れることが目的ではなく、SNSに写真を載せることが目的化しています。私たちが「そんなの気持ち悪い」と思うのは、自分の中にも彼らの要素があるからではないでしょうか。
旅先での行動や他人に流される様子には、日常的に感じる不安や弱さが投影されています。特に、怪しいタクシーに乗りながら誰も真剣に対処しない場面には、「集団に属することで意志を失う怖さ」が凝縮されいるように感じました。この様子をみて読者でいる私たちは、「あほすぎるやろ」とついつい冷笑してしまいますが、友人、職場、国家——私たちはどのコミュニティでもこうした現象に遭遇します。


ジョージ・オーウェルの『象を撃つ』との共通点

この短編を読みながら、ジョージ・オーウェルのエッセイ『象を撃つ』が思い浮かびました。ビルマの村で暴れる象を撃つように群衆に求められた主人公は、象を殺したくないと思いながらも、周囲の期待に逆らえず引き金を引きます。この物語に通じるのは、「集団の圧力が人をどうしようもない行動に駆り立てる怖さ」です。集団心理の中で個人の意思が薄れ、結果として大きな悲劇を生む構造には、時代や文化を超えた普遍性があります。


まとめ:あなたの中にもある「気持ち悪さ」

「静かに、ねぇ、静かに」は、現代社会に生きる私たちの弱さや、集団の中で意志を失う怖さを鋭く描き出しています。人間関係やSNSの世界で「自分を失う」瞬間に心当たりがある方には、この物語が突き刺さると思います「自分は関係ない」と言い切れないからこそ、この物語の「気持ち悪さ」は不快でありながら目を離せなくなる魅力を持っているのです。読後に浮かび上がるのは、他人事では済まされない、自分自身の鏡像かもしれません。



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