【ネタバレあり】『ママは君を殺したかもしれない』(樋口美沙緒著)から見える、母親という存在の苦悩と葛藤
1. 本書との出会いと初めの印象
図書館の新刊コーナーでふと目に留まった『ママは君を殺したかもしれない』。その強烈なタイトルに惹かれ、興味本位で手に取ってみたものの、その内容に引き込まれ、一気に読了しました。読後、ただの小説とは思えない深いテーマと、家族や社会について考えさせられる重みが残りました。
2. あらすじ
※このコラムには、物語の結末に関するネタバレが含まれています。まだお読みでない方や内容を知りたくない方はご注意ください。※
本作は、脚本家としてのキャリアを築きつつ、一人息子・悠を育てている主人公が、学校から息子を支援学級に入れることを勧められたことから苦悩が始まります。ある日、思い通りにならない息子に怒りが爆発し、首を絞めてしまいます。その瞬間、彼女は過去へとタイムスリップし、息子がまだ1歳の頃に戻ります。「理想のママ」になる決意を固めた彼女は、キャリアを手放し、育児に専念するも、現実は思うようにはいかず、夫婦の関係もぎくしゃくしていきます。ついには「理想のママ」にもなれず、自分の愚かさに気づいた瞬間、再び意識が遠のき、気がつくと現実に戻り、家族の元へ帰るという結末を迎えます。
3. 主人公と夫、異なる人生の視点
この物語の核のひとつに、主人公と夫との生活の対比があります。主人公が「理想のママ」を目指してすべてを捧げた結果、キャリアも失い、育児でも苦しむ中で、夫の生活はほとんど変わらないのです。夫は理解があり家事にも協力的とはいえ、依然として「補助」的な存在。彼女の苦悩が浮き彫りになるこの対比は、現代社会の構造の象徴といえるでしょう。仕事を辞め、理想の母親像を追い求めた主人公とは対照的に、男性は家庭に完全に注力することは難しく、女性が圧倒的に多くの負担を背負っている現状がリアルに描かれています。
4. 「理想のママ」という呪縛
物語の終盤、主人公が母親への愛情や期待を叶えられなかった過去と向き合う場面があります。母親からの愛を求め、「いい子」を演じていた彼女は、母の愛に飢えながらも、母親は弟ばかりを溺愛していました。母親自身も未熟なままに「母」としての役割を背負わされ、不満や苛立ちを溜め込んでいたことが伝わってきます。このような過去があるために、主人公は無意識に「理想のママ」を目指し、息子に自分の理想を重ねてしまうのです。
女性の生殖可能な年齢が限られる中で、自己の未解決の過去と向き合えないまま、母親となり、育児を「自分の人生のやり直し」としてしまう人が多いのかもしれません。この物語を通して、親とは常に未完成な存在であり、それゆえに社会全体で育児や家庭への理解を深めるとともに、特に多くの負担を背負う女性が、本当の意味で自分自身の選択ができる環境が求められていると痛感させられます。
『ママは君を殺したかもしれない』は、現代における母親像や社会的構造の課題をリアルに描き出した作品です。家族や親子の関係について、これまで見過ごしてきた感情や思いに気づかせてくれる一冊でした。