
生をより深く、美しく変える“エイブル・アート”の半世紀ー文化功労者で、たんぽぽの家元理事長・播磨靖夫の遺作『人と人のあいだを生きる』が発売!
こんにちは、どく社共同代表・編緝室長の多田智美です。みなさま、いつもあたたかい応援をほんとうにありがとうございます!
「読むことは、立ち止まること。」を掲げ、2021年2月の創業から4年。おかげさまで、どく社では、慌ただしい日々のなかでも、少し立ち止まって考える時間を与えてくれるような本を4冊刊行してまいりました。

本記事では、1月31日に刊行したどく社第5弾となる最新刊『人と人のあいだを生きるー最終講義 エイブル・アート・ムーブメント』をご紹介します。この本はどく社にとって待望(!)の1冊です。著者は、障害のある人の芸術・表現活動が普及していく礎を築いた文化功労者で、奈良・たんぽぽの家 元理事長・播磨靖夫さんです。

挿画はたんぽぽの家所属のアーティスト・山野将志さんによる《どうくつ》(2010年)
播磨さんは、1970年代に新聞記者から転身し、障害のある人の生きる場「たんぽぽの家」づくり、わたぼうし音楽祭、エイブル・アート・ムーブメント(可能性の芸術運動)、Good Job!プロジェクトなど、ケアとアートをむすぶ数々の市民運動を提唱・実践。半世紀にわたり障害のある人のアートや表現活動を支え、精神的支柱として、他者と生きる共生社会の進展に大きな足跡を残してきました。NPOという概念を日本に普及した立役者のひとりでもあります。
残念ながら、播磨さんは、2024年秋に享年82で逝去。障害のある人の表現活動をとおして、生をより深く、美しく変える社会運動「エイブル・アート・ムーブメント」のなかで深めてきた思想、他者と生きる社会のはじめかたを、病床から「最終講義」として遺しました。
『人と人のあいだを生きる』の主な内容
本書は、大きく3章で構成しています。

第1章は、「最終講義 エイブル・アート・ムーブメント」。2023年12月25日女子美術大学で行われたオンライン講義をもとに加筆修正しました。


第2章には、「可能性の芸術論」として、播磨さんが掲載したいと話してくださった「障害者アートと人権」「社会連帯とアートの役割」に加え、ここ30年で播磨さんが書かれた「エイブル・アート・ムーブメント」関連の論考や記事を全4本再収録しています。


第3章には、「播磨靖夫の視点原点」として、「エイブル・アート・ムーブメント」にも通ずる、播磨さんの視点や活動の原点を感じる原稿を再収録しています。たんぽぽの家をオープンする前の1975年に書かれた書籍の「はじめに/おわりに」、そして、長年編集長を務めておられた雑誌『グラスルーツ』(発行:JYVA[社団法人日本青年奉仕協会])への寄稿記事から、5本を収録しました。


『グラスルーツ』の再掲載は、編輯担当としても特にこだわった点です。
というのも、「エイブル・アート・ムーブメント」について執筆された播磨さんの言葉は、現状の課題を提起し、あるべき社会に向けて、力強く方向づけるような、企業や行政、あるいは障害のある人の表現活動に携わる人たちへ届ける魂の叫び、力強いメッセージという印象。一方、1970〜80年代に執筆された『グラスルーツ』での記事からは、批評的な態度とともに、播磨さんのユーモア溢れるお人柄が滲みます。
批評的な播磨さんと、笑いで軽やかに世界をほぐす、やさしく、ユーモラスな播磨さん、その両方の側面を、この本に閉じ込めたいと考えました。私の提案を聞いた播磨さんは、「多様性は豊かさや。僕に一貫しているのは、“自律”と”共同性”。いつの時代に書いたものも、そこは踏み外してないと思う。どれを入れるかは任せる」と話してくれました。
解説は、哲学者の鷲田清一さん
「あとがき」はご執筆いただくことが叶わず、「あとがきにかえてー斜めはすかいで異所懸命に」というかたちで、2024年6月に播磨さんがお気に入りだった奈良市内にある中華料理レストランで、「エイブル・アート・ムーブメント」の活動をともにしてきた各地の仲間たちに語った言葉をもとに構成。

たんぽぽの家で播磨さんと20年近く活動をともにしてきた岡部太郎さん、森下静香さんには、「本書出版にあたって」として出版の背景について綴っていただきました。
また、長年おつきあいのあった哲学者の鷲田清一先生には、「解説」を寄せいただきました。仙台からの帰り、播磨さんと新幹線で同じ車両に乗り合わせたときのエピソードからはじまる「解説」からは、鷲田先生の目を通した「播磨さん」が浮かび上がります。

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「いやいや、僕なんてまだ道なかばやから……」

冒頭に、「待望(!)の」と書きました。
じつは播磨さんの本は、どく社を立ち上げる前から、ずっとあたためていた企画でもありました。どく社共同代表の多田智美、原田祐馬は、それぞれ編集事務所MUESUMとデザイン事務所UMA/design farmとしても活動しており、約15年ほど、たんぽぽの家やGood Job!センター香芝の活動に伴走しています。たんぽぽの家・森下さん岡部さんとは、出版社を立ち上げる以前から「いつか播磨さんの本つくりたいですね」と話していました。
一方、当の播磨さんは、「いやいや、僕なんてまだ道なかばやから……」と笑顔ではぐらかし、なかなか本づくりを進められずにいたのでした。
しかし、昨年5月末、病気の治療のために入院。退院して自宅療養中だった播磨さんからお声がけいただき、ご自宅を訪ねることになりました。「自分の活動は、ずっと道なかばやと思ってきたけど、少しくらいは若い人たちに遺せることがあるかもしれない。どく社で、本をつくってくれないか?」と話してくださいました。
その日は、お寿司を囲みながら、美味しいお茶とビール、日本酒で退院祝いの乾杯をして、笑いが絶えないあたたかな時間を過ごしました。素敵な作品やたくさんの本に囲まれた部屋で、「病室では無機質なものに囲まれていたけれど、自分の部屋に戻ってきたら、好きなものからエネルギーをもらって元気が出てきた」という笑う播磨さんの姿が印象に残っています。
その後、12月末の刊行を目指し、大急ぎで準備を進めていきました。本が完成して、全国各地から届く本の感想を、播磨さんにお伝えしたいと思っていたのですが、残念ながら、完成した本を届けることは間に合わず。ですが、表紙を含めて、印刷前のサンプルはお届けできました。
エイブル・アート・ムーブメントを提唱した播磨さんの言葉を中心に遺した本書。思想家、運動家といった枠を超え、ひとりの多様で魅力的な人間としての播磨靖夫さんが浮かび上がる本を目指しました。
「最近の日本人は、死者との共生感覚が無くなってきている」と話していた播磨さん。この本を通して、播磨さんと出会い、それぞれの心の中に生き続ける、播磨さんとの共生のお役に立てれば幸いです。
