「情熱」
「曲はオケ(演奏のみが入った歌無しの伴奏の意味)で送ってもらえるの?それとも譜面?」
確かこう返事した。
あの時のわたしはとにかく話が早かった。
親友に「もしああやってすぐあなたが返事をしなければ、この道は開かれなかったかもしれない。シミュレーションゲームの『どちらを選びますか?はい、いいえ』みたいだったね」と後に言われた。
何かにかられていたかもしれない。全ての判断と行動が早かった、速かった。
折り返しすぐ送られてきた楽曲のファイルを開いた。
綺麗な、雨降る様なピアノが入った曲だった。
その時期に一番歌いたい事は自分の中に既にあった。
断片を書きため、詞の習作のようなものも書いていた。
それに、そのピアノの曲はぴったりくるように感じた。
「これで書こう。これを歌おう。」と思った。
「メリー・ゴー・ラウンド」が一人称で歌う歌。
次々とショーや公演が延期されまた中止されるこの春の中、
(歌うたいであるわたしもまたその同じ春の中にあり、舞台で歌えずにいたのだったが)
鳥の羽の様なふわりとした衣装を纏い、ひとけの無い世界の飾り窓の向こう、
踊り止めず踊り続ける一人のバーレスクダンサーを見ていた。
彼女はまるでメリー・ゴー・ラウンドのようだ、と思った。
同じ頃、「カルーセル・エルドラド」という、とても古くて有名なメリー・ゴー・ラウンドが、その遊園地の閉園と共に解体される事をニュースで知った。見惚れるほど美しい、美しい、メリー・ゴー・ラウンドだった。解体後保存されるらしい、とかまた何処かで再び組み立てられるらしい、とかの話も聞こえながら、既に決められた「眠り」に入る前の最後の時間を廻り続ける「彼女」を見ていた。
メリー・ゴー・ラウンドの代名詞は「she」なのか「he」なのか知らない。何となく一人で踊り続けるダンサーの『彼女』を「あのメリー・ゴー・ラウンドのようだ。」と思ったのだったが、歌詞の中では自然に「『僕は』、一人。」と、メリー・ゴー・ラウンドに語らせた。きっとこの今のわたしの想いの中にいろんな誰かが入っていて、いろんな誰かに送っている歌なのだ。
一時間ほども、届いたオケを繰り返し聴いていたろうか、一気に歌詞を書き上げ、頭の中のメロディーを唇で追いかけ、マイクをセットし仮歌を録り、すぐに相手に送り返した。
やはり何かがわたしをすごく急がせていた。かりたてていた。逃がしたくなかった。
「たった今しか歌えない」という事。
「今しか応える時はないかも」という事、この縁、この流れ。
わからない、ただ、今もう一度やれと言われてもあんな速度であんな風にはできないと思う。真夏の、マイクが音を拾ってしまうのでエアコンを切ったスタジオの中でほぼ一発録りで歌った歌。
その仮歌の入ったファイルを受け取った相手からもすぐに返信があった。
「いいね。やっぱ君スゲーね。」
今回のコラボレーション曲の為に、わたしの「歌」を思い出して連絡をくれた相手は、かつての音楽の仲間だった。
やり残しや思い残しを沢山置いたまま別の道に歩いていった仲間だったのだが、彼からのメールを見て「融点。」の声を聞き「氷解」を覚えたのは一瞬の事だった。一瞬で、泳いできた自分の厳しい海は消えた。
たとえば、彼が、もし、しぬ時、わたしの歌を思い出してくれるかなあ、
ああいう歌を歌う人間は、唯一だったなあと。
もしそうなら、わたしも満たされた胸を抱いて泡と消えてゆけるかなあ、
などと思っていた位、何よりも大切にしていた、仲間の一人だった。
その彼から突然「コラボやらないか」と連絡があったのだった。短いメールだった。その短い言葉に、件の親友がたとえた「シミュレーションゲーム」(よく知らないけど。)の、運命を決める選択肢を選ぶように、しかしすみやかな判断でわたしは返信したのだった。数多あった筈の返事のパターンの中からやはり短く。
「曲はオケでもらえるの?譜面でもらえるの?」と。
彼からは、歌詞について「『死にたいけど生きようぜ』っていう内容にして。」とだけ注文をつけられた。
死にたかったけど生きたかったのは突然連絡をくれた彼なのかもしれない。
カンが恐ろしいほどさえわたっていた。
あるいは音楽の神様がちらっと一瞥をくれて、わたしはそれに気付けたのじゃないかと思う。
・・・舞台が閉ざされ、踊れないダンサー。
踊れども観る客のいないダンサー。
消えてゆくお店の灯。
人のいないホール。
雨続きの夜。
働き営み続ける人々。
踊り続ける彼女。
奏で続ける、書き続ける、造り続ける、焦がれ続ける誰か。
奪われるもの。
きらきら廻り続ける、あのメリー・ゴー・ラウンド。
僕は眠る、でも
忘れないであの、光の花咲く丘。
君を待つ、ずっと待ってるから、
そして時が満ちたら君をまた必ず呼ぶよ。
このやみのあとに。
わたしの目に今見ているのは、何か明るいもの、眩しいもの、光。それをたくさん込めて書いた。
きらきら廻るメリー・ゴー・ラウンドのイメージがその間ずっと胸に一緒にあった。
「情熱」
と、すっとタイトルをつけた。
ーーー僕は知っているのです。
赤という色がどんな風に美しいか、
それは情熱の中で静かに燃えて流れる血の色です。
例えば、学ぶ僕の中に・歌う小鳥の中に・無駄に流される事無く
一滴残らず燃やし尽くすものとして。
『ジ・アナザー・ナイチンゲール』より
これは当時レコーディングエンジニアをやってくれた彼と、おそらく最後に共同作業で録った歌の歌詞だった。その中でわたしは「情熱」について奇しくもこんなふうに書き、歌っていた。布石は、鍵は、「情熱」だったのかもしれない、別の道を歩んでもただ音楽を続けさせていたのは音楽への尽きない熱だったと思うから。
さて。などという、よもやま話は全部おまけです。
聴いて頂く曲に全部が本当には入っている筈なのだと思います。
そして自分の作った何かが誰かたった一人に届くという事は、それは大変な事です。知っている。
でも今不思議にこれがたくさんの人に届くといいなあとも思っています。
今だから書けて歌えた。
たった今、わたしと同じく、このたった今を生きる人たちの、
或いは消えかけたかもしれない情熱へ、燠の姿で時を待つ情熱へ、未だ燃え盛る情熱へ、命を彩る情熱へ、人の世の美しい情熱を言祝ぎ。
歌い放す歌です。
そして放たれた歌は全部、受け取った貴方のものです。
2020年11月 蠍座新月が情熱を告げた後、耀(あか)るい秋の中。
髑髏海月
最後に、明るく眩しく踊り続けるその姿で歌のイメージに美しい彩りを添えてくれていた「彼女」であるダンサー、SAFIさんに感謝します。
今回のコラボレーションメンバー、左よりDaisuke、髑髏海月、美彩
楽曲はこちらからお聴きいただけます。お好みの環境で、お手元にて是非どうぞ
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