残念でならないこと
母は17歳で失明してから
世の中のルールを学んでない
15歳で中学校を卒業して集団就職をして
二年目で脳腫瘍と言われて
手術をしたら何もありませんでしたと言われ
その後じわじわと失明している
可哀想な人なんだ
不運だとも思う
ただ、可哀想な人というのは
可哀想だから何も言って貰えないんだ
気が強いのもあって
人の話を聞き入れない
特にめんどくさいことは無理だ
父が生きていた頃
父と母が同じように
新しいことを取り入れた生活を
してくれていたら良かったのにな
せめて、と思うことが沢山ある
でも、そのせめてさえも不可能だ
わたしは「あんたは五体満足なんだから
○○くらいはしなさい!」
と強要されてやらされていたことが
山ほどある
それは小学生がお葬式に出ることだったりもした
その時は「わたししか出来ないんだから仕方がない」と思っていたし「偉いわね」なんて言われていたけど
あの「偉いわね」には「可哀想に」が重なっていたんだって今頃気がつく
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