拝啓、君へ/逢ひ昔

拝啓、君へ
逢ひ昔


季節の変わり目はいきなり来るものだから

迎える準備ができないままに

仕方なく薄手のブラウスを羽織って

まだ夜明け前の空気を残す並木道を

少し速足で歩きました

やがて暗めの服の目立つ人ごみに交じり

満員電車に乗って

大学に行くのです

気づけば あの春の日

君と最後に会った日から

もう半年が経つのですね

お互いの道を進むことを約束して

さよならを言ったのに

厚い雲に塞がれた空のせいか

暗い気分になってしまうのです

新しい生活は順調ですが

どこか寂しいような気がします

人々の体温で

電車の中は嫌になるほど暑いのに

心の中は氷のように冷たくて

ただただ時間が過ぎ去っていくのを

じっと待っているのです

それは窓の外を流れていく景色を

ぼうっと眺めるようなもので

もうすでに

降りる駅に近づいても

なんだか体を動かすのが億劫で

もう どうにでもなってしまえという

鉛のように重い気持ちになって

ドア脇の席に座って

遠くに行くことにしました

車窓からビルが消え

ちょうど学校では一時限が始まったころ

海が見える駅に降り立ちました

薄鈍色の空を映した海は

決して美しいものではなかったけれど

なんだか自分の心の中みたいだなんて

クサイこと考えたり

そんな自分に

恥ずかしくなったりして

それからそれから

誰もいない海岸を

裸足で駆け抜けた

雲が晴れて

太陽が

一番高いところに昇るまで

砂にまみれた足を

十月のさざ波にさらして

その冷たさに

後悔しつつ靴を履く

そういう体験を

僕はしたんだ

いつか また

君に会うことがあれば

あの時の気持ちを

やりたいことができること

どこまででも走っていける

そんな気持ちを持てたら

そんな体験を

二人一緒にできたら

でも そうはならない

記憶の中の君は

僕の一歩も 二歩も 前を

スキップするような人 だったから

もう 僕らの間は

身体も心も

あの海の向こう側よりも

遠く 遠くなってしまっているのだから

もう送ることもないこんな手紙は

いっそ破ってしまおうか

僕が僕の道を行くために

いつかあの海を渡る

そんな日が来たら

この手紙のことを思い出して

懐かしい気持ちになるかもしれない

ひとまず今は

引き出しの一番奥にでも

しまっておこうか

それでは またいつか会える日まで


さようなら

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