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最初の夫

 今朝も雨だ。気温が高いために水蒸気が雪になれず、雨粒のまま落ちてくる。

 街ではまだ雪を見ていないが、ニュースによると山では無事「ゲレンデ開き」だそうだ。
 私は雪国育ちで子供の頃からスキーもスノーボードもお手の物であるが、近年これだけ雪が少ないと、ゲレンデのことなど思い出しもせずに冬が終わってしまったりする。さみしい。


 25歳のとき東京の人と結婚した。彼もウィンタースポーツが得意だった。東京というのは雪の降らない街なので、スノボをするためにはいつも雪国 (新潟辺り) まで「ちょっとした旅行」をしなくてはならない。冬休みはもちろん、学校のある日でも放課後はゲレンデに入り浸るという生活で育った身としては、だいぶ骨が折れる。(昔は千葉の辺りにザウスという室内ゲレンデもあったが、あの狭さは最悪だったな)
 ーー東京というのは何をするにもこじんまりとして、お金と手間ばかり掛かる、というのが私のような田舎者の印象だった。

 けれどもそれが都会の人にとっては当たり前なんだろう。思えば最初の夫は、私と結婚するためにずいぶんとお金も労力も投資したものである。あちこち旅行にも連れていってもらったし、プレゼントもたくさんもらったし、私は学生だったしで大人の彼に完全に甘やかされていた。私の気まぐれで別れたりぶり返したりを繰り返し、「結婚してもいいよ」と伝えたときには彼は大喜びで、私の気が変わらないうちにと思ったのだろうが、ポンとマンションも買ってくれたのだったーー。

 それが結婚したとたん、一変してしまった。よくある話で、釣った魚にエサをやるのがバカバカしくなったんだろうね。ある日「スノボに行きたい」と言ったら、「いくら掛かると思ってんの?」としかめっ面をされてびっくりしてしまった。その後はモラハラの嵐だった。夫の給料でごはんを食べることも気まずくなり、私はパートタイムで営業の職に就いた。すると驚くことに夫は「浮気しちゃおっかな」と脅してきたのである。妻が働きに出ることに対し、「仕返しに浮気してやる!」とはどういう理論なのかーー。結婚生活は2年で終了した。


 昔、妻に隠れて多目的トイレで何やらいかがわしい事をやらかしていた芸人さんいたよね。私の元夫にも、ああいう弱さがあったのだろうと思う。彼はいわゆるモテ男で、女が結婚したがるタイプの男だ。イケメンで背が高く、収入も安定している。都会的なデートも楽しめるしスポーツやアウトドアにも精通していて、人当たりも良く、安心して女友達にも紹介できる男だった。
 けれどもそんなモテ男が、私のようなふらふらした女を何のあてもなしに何年間もただじっと待ち続けているものだろうかーー?  そんなわけはない。私から得られないものを他の女で賄っていたのだ。つまり彼は私の前で「善人」を演じていたのである。それが実際に結婚してしまったものだから、いい人で居続けることにも限界が来るし、そりゃストレスだったことだろうね。
 まぁ、もう20年も昔のことだ。魅力的な彼のことだから、今ではきっと良縁に恵まれ幸せな人生を送っていることだろう。(と願っている)


 だいたい私こそ悪い女だったのだ。10代で彼と出会い「都合のいい男」としてさんざん利用してきた。彼に対する恋心やトキメキなどとっくに失っていたが、長年尽くしてくれた彼に報いようと「けじめ婚」のつもりだった。もっと正直に言うと、世間の荒波に揉まれ、刺激的な恋愛の数々に疲れきった私は自暴自棄になっていた。ほとんど病的で「優しい彼と結婚すれば楽が出来る」そう思っていたに違いないのだ。そんな状態では何もうまくいくはずはない。


 自業自得とばかり、残念ながらその後、私の人生はさらに悪くなってゆく。25歳から30歳までの間に3回も結婚するという異常事態の中で精神が完全に崩壊してしまうのだ。こうして過去を振り返ることが出来るほどに回復するとは思いもしなかった。30歳の私は地獄の炎に焼かれていたーー。
 9.11では、熱さに耐えきれず燃え盛るビルから飛び降りて亡くなった人もたくさんいたわけだが、例えるなら当時の私の精神状態もそのようなものだった。ただ「精神」なので、どこへも飛び降りようがなかったのだ。地獄の炎に焼かれ続け「このまま自分の煩悩を焼き尽くしてしまわなければ!」と思えるまでには、長い長い時間が掛かったのである。

 今、同じ思いをしている人は世界中にたくさんいることだろう。苦しいだろうが、それは焼き尽くしてしまわなければいけない。必要なことなのだ。そしてその苦しみも、いずれは終わる。物事は常に変化しており、あなたが今どんなに絶望していても、その中に永遠にとどまることは不可能だ。必ずよくなる。


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