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「音大&音楽現場取材」編 2  (2000年代物書き盛衰記〜 ゼロ年代真っ最中に小説家商業デビューした私だがなぜか干されてしまって怪しい評論家もどきライター兼講師に?)

「音大&音楽現場取材」編 2
(2000年代物書き盛衰記〜 ゼロ年代真っ最中に小説家商業デビューした私だがなぜか干されてしまって怪しい評論家もどきライター兼講師に?)



2005年7月8日

 いつものように、音大のオーケストラの授業を見学する。このオーケストラも、ブラームスの交響曲第1番を練習し始めて、早や3ヶ月過ぎた。合間にワーグナーやモーツアルトの練習が入っていたが、おおむねブラームスに取り組んできた。このあたりで、少しまとめておこう。
 指揮者のO先生は東京芸大の指揮科の出で、民音コンクール入賞者だからまさしく正統派の音楽家の代表選手というべき人である。芸大の卒業試験で、同じブラームスの交響曲第1番を指揮したというので、いわば思い出の曲である。それだけに曲への思い入れも強く、毎回情熱的な指導をする。
 学生たちの方は基本的に授業なので、みんなが能動的に受講しているわけではないようだ。特に弦楽器は人数が少ないので、1回生から入っている。弦楽器で最大4年の年季の差は大きいから、やはり腕前もばらばらであり弦のアンサンブルをまとめるのは至難の業である。コンサート・ミストレスはソリストとしても有望な4回生で、面倒見がよくしっかりしているので、学生集団のリーダーとしてはよい人選だと思う。だがいくら彼女がすぐれたコンサート・ミストレスでも、これだけ粒のそろわない弦のアンサンブルを整えるのはかなり大変だろう。
 一方、管楽器は上級生の中から選ばれているので、モチベーションが高く腕前もみな質が高い。お互いの気心も知れていて、アンサンブルとしてちゃんと自発性を持っている。
 打楽器は今回出番が少なく、ティンパニーだけだがこの学生も手堅い奏者である。
 このようなオーケストラのコンディションで、指揮者はいかにブラームスをつくっていくのだろうか、興味は尽きない。
 ただ残念なことに、ブラームスの交響曲に不可欠であるホルンの学生がかなり不安定な腕前で、大事なソロでもめったに成功しない。これはかなり致命的な欠点だといえる。
 この日も、O氏と話をした。
O氏:「なかなか、学生がブラームスの語法を身につけてくれなくって、大変だ」
Q:「そんなに難しいものですか」
O氏:「そりゃね、みんながみんな、ちゃんとブラームスの音をイメージできてたらいいんだけど、みんな、聴いてないからねえ。意外なくらい、ブラームスを聴いてない」
Q:「あんなポピュラーな曲なのに、そんなものですか」
O氏「うん、かえってあなたみたいな素人のクラシック・ファンのほうが、ブラームスに詳しいですよ」
 音大生がブラームスをあまり聴かないなんて、そんなことがあるだろうか。個々のレッスンに日々追われてるだろうけど、ブラームスやベートーヴェンの交響曲を全部弾いたことや、聴いたことがないなんて、ちょっと信じられない。不思議に思って、練習の休憩中、フルートの女子学生に訊いてみた。
Q:「ブラームスの1番、どんな人のが好きですか?」
学生:「たくさんCD聴いてみたんですけど、なかなかこれっていうのがなくって。この前、N響アワーで、サヴァリッシュさんが振ったのを聴いたんですけど、それがすごくいいなあ、と思いました」
Q:「なるほど。本番では、そのイメージで演奏するんですか?」
学生:「そうですね。コンサートがいつものオペラハウスじゃなくて、シンフォニーホールだから、あのホールすみずみまで響かせられるように、がんばろうと思います」
 なかなか優等生的だが、しっかり自分の目標を定めているのが感じられた。
 次に、ヴァイオリンの女子学生に聞いてみた。
学生:「そうですね、どの演奏がっていうより、自分の納得のいくように弾けるまでが大変です」
Q:「どんなところが難しいですか?」
学生:「すごく派手に、いっぱい音符弾く部分より、かえって静かな、音の少ないところが難しいんですよ。合ってなかったら目立つし」
Q:「なるほど。弦楽器はいつもたくさんで弾いてるけど、弱音の部分はやっぱりこわいですか」
学生:「こわいですね。音もきれいに小さな音をだすのって難しいし。あと、この曲は、弓使い、ボウイングっていうんですが、それをどうするかによって、全然変わっちゃうから、指揮者と相談して、それをみんなに徹底させるのが、けっこう大変です。ほら、第1ヴァイオリンだけでも10何人いますから」
 聞いていると、奏者たちは、プロの演奏を聴いてイメージを作っていく、というよりも、とにかく演奏現場でのいろんなことを、こなすので今は精一杯、という印象だった。それはそうかもしれない。この学生たちは、ブラームスだけを練習しているのではないのだ。
 日々のレッスンでは、それぞれの先生が課す課題を懸命に練習し、他の学科の勉強ももちろんある。それに、各楽器で個別にアンサンブルの授業がある。管楽器はオーケストラと吹奏楽の両方の演奏会があるし、それらとは別に、様々な学内発表会があり、その練習もこなしていくのだ。
考えてみると、ブラームスのCDをいくつも聴いて、イメージを作っている時間などないのかもしれない。まずは楽譜をさらっておかなくてはならないし、一曲だけの練習で一日終わるというわけにはいかないだろう。中には学費をアルバイトで稼いでいる学生も大勢いるのだ。
音大生の生活は、華やかそうで、実は地味に毎日こつこつ練習に明け暮れている、そういうものなのかもしれない。考えてみれば、プロの音楽家の生活だって、同じようなものなのだろう。

 その日、練習のあと木管5重奏のグループに密着取材を依頼した。案外軽いのりで、OKしてもらえた。この学生オーケストラの、木管パートのトップ奏者が集まって結成したアンサンブルである。近々コンサートもするらしい。ホルンだけは、卒業生の人が加わっている。
 木管楽器はオーケストラでは非常に重要で、弦楽器と金管楽器の橋渡しをしたり、重要なメロディを担ったり、ソロを吹いたり、ハーモニーを作ったり、大忙しである。
 編成によって変化はあるが、だいたいフルートとオーボエが並んで、クラリネットとファゴットがその後ろに並ぶ。この4つの楽器のトップ奏者は、緊密に連携しなければならないため、正方形に4人並ぶようになっている。
 ちなみに、オーケストラは実によく考えられた配置になっている。どこのオーケストラでも、弦楽器のそれぞれのトップは、指揮者の周りに固まって、アンサンブルを整える形になっている。その後方に、木管のトップが固まり、さらに後ろから、金管が大きな音量で音を響かせる。指揮者はコンサートマスターのヴァイオリン奏者とアイ・コンタクトをとり、コンサートマスターは、弦楽合奏を整える。弦楽器はみな、コンサートマスターの弾くのを見ながら、弓使いを合わせるのである。
 木管5重奏のグループだが、編成はフルート、オーボエ、クラリネット、ファゴット、ホルンといったもので、モーツアルトの時代から、こういう形の室内楽がずっと受け継がれてきている。世界でも木管楽器のスター・プレイヤーたちは、よくこういうクインテットを組んでいる。音大のクインテットは、いかがなものか。



2005年7月12日

 

 今日は、学生オーケストラのトップ・プレーヤーたちによる木管5重奏の練習を見学させてもらう。このクインテットについて、もう少し紹介しよう。元々は、この音大が学生の発表会として行っているアンサンブル・コンサートのために結成されたグループで、メンバーが少し入れ替わりながら、何度かステージを重ねてきた。今回、卒業を前に、独立したコンサートを開きたいというメンバーの希望で、初のコンサートをやることになった。そのための練習である。
 さて、知り合いのフルートの学生に案内してもらって、練習室に入る。まず、フルートとファゴットとオーボエの3人が来ていて、さかんに音だしをしている。クラリネットとホルンは、いつも遅れてくるらしい。筆者が自己紹介すると、オーボエが言った。
 「あ、あなたの本、書店で見ましたよ」
 「え?どこの?」
 「住吉です」
 「へえ、そんなとこにもちゃんと置いてくれてるのか」
 自分の本が都心の書店以外でも売られているのは、うれしいことだ。
 フルートは首からホイッスルをぶら下げている。
 「それ、どうするの?」
 「アンコールで使うんです」
 さすがプロの卵たち、アンコールでは何か笑いをとるつもりなのか。
 ファゴットは、曲順について二人に意見を求め、あれこれ考えている。この学生がどうやらリーダー格らしい。そうこうするうち、ようやくクラリネットとホルンが登場。ホルンは卒業生で、唯一の男性である。
 さっそく、練習が始まった。問題のアンコールから通していく。まずは日本の歌メドレーで、聞きなれた旋律が、木管のアンサンブルで演奏されると、新鮮に聞こえる。それから、にぎやかなポルカで、この曲にホイッスルが出てくる。しかし、狭い練習室でホイッスルを鳴らすと、耳をふさぎたくなるくらいうるさく聞こえる。フルートが持ち替えでホイッスルを鳴らすのだが、そのタイミングが難しいらしく、何度もそこを練習していた。
 ようやく、プログラムの曲目に取り掛かる。ヒンデミットの『小室内音楽』である。

 このクインテットの曲目を先に紹介しておこう。
 イベールの『3つの小品』、ヒナステラの『フルートとオーボエのデュオ』、ダンツィの『木管5重奏曲ト短調』、モーツアルトの『自動オルガンのためのアンダンテ』、ヒンデミットの『5つの管楽器のための小室内音楽』。
 いかにも、通好みのプログラムだが、木管アンサンブルとしては定番の曲もある。
 さて、練習だが、どんどん曲を通していく。もちろん、本番が近づいている段階なのだから、当然かもしれないが、改めて、この学生たちはほとんどプロなのだ、と思わせてくれる演奏である。
 近代フランスやドイツの、複雑な音楽なのに、譜面どおりに吹くのは、すらすらやってしまうようである。その上で、各自がお互いの音に耳をすまして、アンサンブルをその場で作っていくのだ。あまり言葉で相談する必要はないらしく、ざっと通してみて、いくつか疑問点を出し合うか、少しテンポのことを話し合うだけで、もう出来上がり、という感じである。
 たいてい、オーボエとフルートが注文を出し合い、他の3人がそれに合わせる、というパターンが多い。そういう役割が出来上がっているのだろう。このアンサンブルが特にそうなのかもしれないが、一般的に、フルートとオーボエは積極的な性格の人が多いのかもしれない。余談だが、世界的に人気の木管5重奏のレ・ヴァン・フランセでも、フルートのエマニュエル・パユとオーボエのル・ルーが主導権を持っているようにみえた。

 この練習室を借りているのは1時間半で、次はまた別の部屋に移動しなければならないそうだ。5人が半円に並んで、綿密な演奏を繰り広げるさまを見学していると、奏者たちが音楽に没入する集中力の高さがよくわかる。たちまち時間は過ぎて、部屋を移動する。
 卒業生のホルンの人に話を聞くと、仕事は今はフリーランスだそうだ。いろんな楽壇のエキストラを務めながら、オーディションを受けて採用されれば幸運、というのが相場らしい。本当に、食べていくのが大変な職業である。
 他の学生4人も、それぞれ課題を抱えていて、この夏はみな、海外や国内の大きな講習会や合宿に参加して、コンクールを受けるのだそうだ。そうやって在学中からキャリアを積んでいって、それでもなかなか仕事につながらないのだ。もっともピアノやヴァイオリンの場合は、もっと若く、10代初めからコンクール歴を重ねていくのだそうだから、管楽器奏者の場合は、まだスタートが遅くても間に合う方だといえる。
 だからといって、管楽器でも10代で華々しくコンクール入賞を重ねるスター予備軍たちが大勢いるのだ。音大出だからといっても、実力でたちまち蹴落とされる厳しい世界なのだ。
 そんなことを考えていると、吹奏楽の授業で1回生たちが、四苦八苦して合奏する姿を思い出した。あの子たちの何人が将来、音楽家として生き残れるのだろうか?
 この4回生の学生たちは、おそらく大勢の奏者の中から、トップレベルにまで勝ち残ってきたに違いない。4年間の間に、スランプもあれば、私生活の波乱も経験してきただろう。楽器奏者につきものの身体的なトラブルもあったかもしれない。そういう苦労を乗り越えてきて、それでもなお、何百人もいる音大の管楽器奏者のトップクラスにいてさえ、卒業後の進路は暗中模索のようである。ましてや、どこかの楽団から引き合いがあるといったこともなさそうである。
 全く、割の合わない賭けとしか、言いようがない。
 だが、この学生たちは、それぞれ自分が音楽家として一本立ちしていく夢を抱いて、何年も何年も、毎日欠かさず楽器を練習し続けてきたし、これからもそうするのだ。その努力が、成功という形でむくいられるかどうかわからないが、自分の歩んできた音楽人生に悔いが残らないよう、精一杯音楽を楽しんでほしいものだ。
 さて、練習の最後に、このクインテットの4人にコメントをもらった。
 リーダー格のファゴット「音大でもこうして独自に学生が外部で公演するのは初の試み。お客さんがこのクインテットを好きになってくれたら。この公演で自分たちも何か得たい。自分たちも楽しく、お客さんも楽しくなれるような演奏会にしたい」
 フルート「こういう自主公演は初めてなので思うがままに、先生に言われてやるんじゃない、自分たちらしい演奏が出来たら」
 クラリネット「初めて聴いたお客さんに、木管5重奏っていいなあと思ってもらえたら。クラリネットって、こんな音なんだ、とか、ホルンってこういうのなんだ、って」
 オーボエ「違う楽器のアンサンブルにつきものの苦労を乗り越えて練習してきたから、5人のそれぞれのカラーを出せたら。これからずっと演奏家としてやっていく音楽人生のデビューとして、大切にしたいステージ」
 ちなみに今後の予定は?
 「クインテットとしては、後期は多忙で集まれない。卒業して3年後に再開しよう、という感じ」
 とのことだった。いたって乗りは軽いのだが、本人たちは多忙な音大生活のなかで、自主公演の貴重な機会として、前向きに取り組んでいる、その意気込みが伝わってきた。
 このクインテットの本番も、GPから聴かせてもらった。



2005年7月14日

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