演奏会評) 山下一史指揮、大阪交響楽団定期演奏会 「常任指揮者就任記念」 R.シュトラウス:交響詩「英雄の生涯」(途中から有料記事)
演奏会評
山下一史指揮、大阪交響楽団定期演奏会「常任指揮者就任記念」R.シュトラウス:交響詩「英雄の生涯」
「山下一史 常任指揮者就任記念 “英雄とは”」
2022年5月13日(金)19時00分開演
ザ・シンフォニーホール
指揮/山下 一史(常任指揮者 2022年4月就任)
ソプラノ/石橋 栄実
◆ワーグナー/ジークフリート牧歌
◆R.シュトラウス /4つの最後の歌
◆R.シュトラウス/ 交響詩「英雄の生涯」
※大阪交響楽団
http://sym.jp/publics/index/641/
⒈ 山下一史 常任指揮者就任記念 “英雄とは”
山下一史さんが指揮するプロのフルオケ演奏を聴くのは、2011年以来だ。
あの年、大阪での公演で、東日本大震災で被災した仙台フィルへの募金箱を同じザ ・シンフォニーホールのホワイエで持っていた姿を、今も思い出す。
それ以前から、山下さんにはずいぶんお世話になっていたのだが、長らく無沙汰してしまったお詫びを兼ねて、大阪交響楽団の指揮者就任を寿ぐ。
山下一史さんをずっと聴いていたのは、大阪音大オペラハウスの指揮者時代だ。その後、千葉交響楽団に行ってしまった山下さんの指揮を、一度は東大オケの演奏会で、次に新国立劇場のカルメン公演で聴いた。これからは、大阪交響楽団の指揮者としてどんどん聴く機会が増える。嬉しい限りだ。
その大阪交響楽団が大阪シンフォニカーという名称だった頃に、私は何度もコーラスで共演したことがある。懐かしい楽団であり、大阪市内のパドマ幼稚園でのコーラス合わせ練習を思い出す。あの頃は、私も20代だった。
その後多忙になり、大阪交響楽団になってからもほとんど実演を聴く機会がなかった。古馴染みのオケの音が、どう変わっただろうか。
1曲め、ワーグナーの『ジークフリート牧歌』。最初の一音から、弦の響きの温かみがある。常任就任記念への、オケからのあたたかな歓迎の気持ちが音に表れている。
2曲めはR.シュトラウス『4つの最後の歌』。ソプラノの石橋栄実さんは変わらず美声で、シュトラウスの最高傑作であるこの難しい歌曲、貫禄十分な歌いっぷりだった。
後半、R.シュトラウス『英雄の生涯』を、山下さんは暗譜で没入して指揮した。再現部からのクライマックスの壮大さには身が震える思いだった。とうとうと流れるレガートが、まるで山下さんの師匠筋にあたるカラヤンのように聞こえる。
その指揮姿も、下半身がどっしりと動かず、肩を中心に両腕で曲線を描き、強音があくまでなめらかに響く。山下さんが一段とスケールの大きなマエストロとなって、大阪に帰ってきたことを実感した。
R.シュトラウス『英雄の生涯』は、交響詩とはいえ、普通の物語の描写音楽ではなく、現実と仮想がないまぜとなった、いわば大人のためのエンタメ音楽とでもいう趣がある。そこを、コンマスの森下幸路さんのソロが諧謔とおかしみを醸し出して、まるでウィーンのオケのような味わい。
一方で、愛のテーマの箇所は、これでもかばかりにロマンティックに演奏する。
曲の終わりには「人生色々あったがもういいんだ」というような、穏やかな諦念の境地を描き出す。
この演奏会、ヴィオラに座るウラジミール・スミコフスキーさんはウクライナ出身の古参楽員で、ヴィオラ副首席奏者だった。今年2月に退団されたが、今日は客演している。昨今のウクライナ侵攻の悲劇に、さぞ心痛めていることだろう。
⒉ 大阪交響楽団の今後
ただ、せっかくの就任記念なのに、客の入りは良くはない。大雨と、JR環状線の事故が重なったせいもあるのだろうけど。
この夜の、ものすごく充実した大人の音楽のステージを、もっと大勢聴きに来るようでないと、大阪人は近世以来の粋さを失ってしまう。山下&大阪響、地元愛に頼るだけでなく、大人の音楽ファンは全国から聴きにきてほしい。
ところで、私は今夜のこの演奏曲目を、かつて2007年、山下一史さんの指揮する仙台フィルの演奏で聴いている。
土居豊:作家・文芸ソムリエ。近刊 『司馬遼太郎『翔ぶが如く』読解 西郷隆盛という虚像』(関西学院大学出版会) https://www.amazon.co.jp/dp/4862832679/