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一句鑑賞:「ブラジャー買おかな」「ほんまに買えよ」かにキムチ/黒岩徳将

 黒岩徳将さんの第一句集『渦』の感想を書く準備をして数か月、俳句的にキャパオーバーが続き、いまだ書けずにいる。忙しいという割には、五月ふみさんの「一句鑑賞のアドベントカレンダーやるよ」という企画が楽しそうでつい飛びついてしまった。自分がよくわからない。わかるのは、インドア派で普段出会える確率ははぐれメタルのそれの割には、お祭りにはよく出没する人間らしいということだ。

 黒岩徳将さんの句集『渦』は期待に違わず素晴らしいものだったが、ひとつだけ残念なだったのは私のイチ推しの句が入集していないことであった。すなわち、

「ブラジャー買おかな」「ほんまに買えよ」かにキムチ

『天の川銀河発電所』(左右社)

で、知る人ぞ知る名句である。
 掲句の第一印象は、おそらく「ブラジャーを付ける必要がない人物」同士が、下着売り場で冗談と本気のないまぜになったような他愛もなく楽しい会話をしている景だった。その口語・関西弁・875の自由なノリに、当時まだまだ文語に縛られていたわたしはぞっこん惹かれた。
 かにキムチとはヤンニョムだれにワタリガニを漬け込んだ「ケジャン」という料理らしい。食べたことはないが、とても美味しそうで、エキゾチックと言うほどではないが、すこし異郷のイメージだ。季語か、季語ではないか、そういうことは気にしない。ただ、明るく屈託のないプラスのイメージはある。
 なぜ入集しなかったのか、下世話なことだが少し考えた。「ブラジャーを買うことを迷ったり茶化す」作中主体の具体的イメージを本来作者は持っていたが、作品が人口に膾炙されるうちに、その主体の解釈が多様に広がって、句が独り歩きして、優しい黒岩さんがあるいは少し持て余してしまったのではないか、というのがわたしの結論だった。
 わたしはブラジャーを買うことに性差はないと思っている。犯罪にならない限り、欲しい人が欲しいだけ買って着用すればよい。それを逡巡する会話の主体も誰であってもよい。そのような多様性を肯定する明るさと憧れを「かにキムチ」が持っているからだ。ゆえに掲句はLove&Peaceの象徴とさえ言っても大げさではない。だから胸をはって、高らかにこの作品を叫んで欲しい。
 以上、本当にゲスの勘繰りだったら良いと思う。第二句集の冒頭にあっさり載っていたりしたら、わたしは感激してパルプンテさえ唱えられるだろう。それだけの名句だ。
(了)


 
 この記事は五月ふみさん主催の一句鑑賞アドベントカレンダー企画で書かせていただいたものです。わたしは12月15日を担当しましたが、その前はもちろん、その後も、もっと楽しい鑑賞が続きますのでお楽しみに!


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