ここまでわかった犬たちの内なる世界〜#01 なくてもあるものを探すイヌの能力 イヌは “かくれんぼ” を楽しめる
皆さんは、SNS上で流行っている
'What the fluff' Challenge (ホワット・ザ・フルッフ・チャレンジ)という遊びをご存知でしょうか?
早速ですが、実物(動画)をごらんください。
#WhatTheFluffChallenge compilation: The best what the fluff videos
:ABC Television Station
ごらんのように、飼い主がイヌの前から突如、姿を消して
愛犬がどんな反応をするか試すというゲームです。
犬にとってはドッキリなのか?
What the fluff' Challengeの「fluff」とは「ふわふわとした」という意味で、イヌのことを指しています。
これは、ほとんどの人間にとっては愉快で楽しいゲームである
ことはおそらく間違いないでしょう。試しに今、『What the fluff' Challenge』でググってみたら、ヒット数は
なんと39,900,000 件です!
しかし、当事者であるイヌの心理はどんな塩梅になっているんでしょうね。
次のAとBのどちらに近いと思いますか?
(あえて人間語に変換しますね)
🅰️ あっ、ママ(パパ)が消滅しちゃった😱
🅱️ ははん、かくれんぼですね😅
動画のイヌたちの反応は様々です。
事態を容易に把握できるイヌもいるようです。直後に遊びに誘うポーズをとってハイテンションになるイヌの様子からは、
Bだと推断できます。
一方、飼い主のパフォーマンスを目の当たりにして、固まったような不安な様子を見せるイヌもいます。
しかしこの動画を見る限り、どちらかといえばBが多数派のようですね。
(ともあれ、イヌには個体差があるので、こうした奇抜ともいえるアイデアの遊びを導入する際は、イヌを注意深く見なければならないことを物語っていますね)
「対象の永続性」を持っている犬、持っていない幼児
それではイヌたちは、見たことがあるのに「今は見えないもの」を心の中に思い描けるということなのでしょうか。
次の場面を想定してみましょう。
あなたなら簡単におもちゃを手に入れることができます。ハンカチを取り除けばそこにおもちゃがあると知っているからです。
ところが、赤ちゃんは違います。生後5ヵ月ごろになるまで,ハンカチをどけておもちゃを取ろうとはしません。まったく興味がなくなったようすを見せたり、泣き出したり...。
赤ちゃんにとっては、<自分から見えなくなる=その存在がなくなる>ということなのです。
見えなくてもそのものが「ある」とわかることを、スイスの児童心理学者ジャン・ピアジェは、「対象の永続性」と名付けました。
次に、ハンカチとは別の例をあげてみましょう。
こういうパターンのしぐさを示せば、対象の永続性の概念を持っていないことになります。自分の経験の結果だけで、ものの存在をとらえているわけです。
✳️ 参考画像:もしもネコが目の前で「りんご箱」の中に隠れたとしたら、人間の赤ちゃんとイヌ(成犬)はそれぞれどんな反応を示すのだろうか?
ちょっとしたシミュレーション画像を描いてみた。
人間の場合、「対象の永続性」は、生後5ヵ月を過ぎるころから獲得されるといわれている。生後5ヵ月に満たない幼児なら、りんご箱を覗くことはないかもしれない。
イヌは、頭の中にネコの具体的な動きのイメージを描くのだろうか。断定はできないが、描くはずだ。なぜなら、イヌは物事を考えたり記憶したりする際、人間のように言葉を紡ぐことはないが、おそらくイメージ(=映像)を頭にめぐらせているからだ
ところで、冒頭のドッキリのような'What the fluff' Challenge は、対象の永続性を利用した遊びといえます。
実は、'What the fluff' Challengeを、単なる遊びではなく科学の実験としてとらえ、イヌの認知に関する研究を深めていこうという動きがあるのです。
オーストラリアのラトローブ大学の研究チームは、「What the Fluff !?」というタイトルのプロジェクトを立ち上げ、動物がこの現象にどのように反応するかデータを集めています。飼い主に自宅でイヌと一緒に'What the fluff' Challengeをするように依頼し、映像を分析しているというのです。
私が育てた若いゴールデンレトリバーは、「対象の永続性」を記憶にとどめ挑戦してきた
対象の永続性について、もう少し立ち止まって考えてみましょう。
以前、筆者が八ヶ岳山麓の牧草地をフィールドにして、イヌたちの行動をつぶさに観察したことは、ナビゲーション記事『ようこそ! 犬たちの内なる世界へ』でお話しました。
その牧草地のイヌたちの話をしましょう。
ある日のこと。
私は数頭のゴールデンレトリーバーとモッテコイごっこを楽しんでいました。様々な方向にボールを投げることでイヌたちの目先を変えて、回収のスピードと正確さを競わせる。そんなゲームです。
ボールを追って駆けまわるのは、牧草地の犬たちのルーティンだ
30分が経過しました。「終わり!」の宣言をしても、イヌたちの顔は「まだ遊ぼうよ」と言っています。そこで私は、ちょっとしたトリックを使いました。
実際には投げずに、投げるふりをしたのです。存在しないはずのボールの軌道をイヌたちの眼が追っている隙に、私はさりげなくボールをポケットにねじ込みました。
うまくいきました。イヌたちは私の計略にはまり、あらぬ方向へ駆け出し、まごまごし始めました。
やれやれ、これでようやくクールダウンだな……と思ったのも束の間。
1頭の若いイヌが、私のそばにぴたりとついて、ジーンズのポケットのふくらみを鼻面で突きます。
ボールは投げられていないと素早く察知して、「そこにかくしたでしょう?」と言っているのです。
そのイヌは、生後1年にも満たないロンドというゴールデンレトリーバーです。
ボールを追おうと走りかけた兄弟犬のルイが、ロンドの先で止まりました。ロンドの動きをヒントに、ボールのありかに気づいたようです。
そんな状況の中、この日はなんとかモッテコイごっこを終了させることができました。
間もなく9カ月齢を迎えるロンド(左)と兄弟犬のルイ(右) この日は、長時間にわたり筆者の撮影に付き合わされてかなり食傷気味の様子
数日後のこと。
寝泊まりしているレストハウスから私が外へ出ると、ジーンズのポケットのふくらみに歯をあてようとするイヌがいます。ロンドです。
手品師のように隠しておいたボールをサッと取り出して投げ、イヌたちを驚かす。このひそかな私の目論見は、ロンドに見事に打ち砕かれてしまったのです。
その後、ポケットに隠したボールを察知するというロンドの行動を決めているのは、においの情報ではないことがはっきりしました。
真冬のある朝。
かじかみそうな手をポケットに突っ込んでいる私を、ロンドが見つけました。隣にはルイもいます。
素早くかけ寄ってきたロンドは、ポケットの中の私の「こぶし」をくわえようとしたのです。ポケットの中身をボールと勘違いしたことは明らかです。
(でも、もしかすると、そこにあるものが「ボールじゃない」とわかっていて、ふざけてみたのかもしれません。)
ともあれ、ロンドの一連の行動からは、イヌは対象の永続性を認識できるだけでなく、対象の永続性を記憶にとどめ、その記憶にもとづいて探索するということが読みとれます。
イヌが「対象の永続性」を持っていることの証拠は、いくらでも挙げることができそうですね。
たとえば、あなたと暮らすイヌがベッドの下に転がったおもちゃを探しているのを見たことがあれば、そうです。まさにそのとき、あなたと暮らすイヌが対象の永続性を理解しているのをあなたは見ているのです。
「見えない移動」についての科学の検証でわかったこと
イヌと「対象の永続性」については、わずかですが
実験も行なわれています。
2016年に報告された 研究は次の通り。
ビスケットの色やサイズが変わったことにイヌが驚いている(頭に思い描いていたことと食い違う)ために
見つめる時間が長くなったと考えられます。
つまり、このイヌの反応は、「見えない移動」(不可視変位)を理解でき、スクリーンの後ろに隠された物を記憶していることを示唆しています。
(こんな実験わざわざするまでもないじゃん)
と、ツッコミを入れたくなるところですが、
イヌが対象の永続性を持っていて、しかもそれが低次元ではないことが、「科学的に」示唆されたというわけです。
論文の著者によれば、隠された物に対処するイヌの能力は、1〜2歳の人間で観察されるものとほぼ同じだそうです。
✳︎参考サイト
Dogs and Object Permanence | Psychology Today https://www.psychologytoday.com/us/blog/ulterior-motives/201802/dogs-and-object-permanence
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ここまでわかった犬たちの内なる世界 第1期
127匹のイヌたちと寝食を共にするように暮らし、6万㎡の牧草地をフィールドに“半放し飼い“のイヌの群れをつぶさに観察した筆者が、イヌをめぐ…
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