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ポニーテールとシュシュ 【名探偵コスティーナ x プリンセスバランサー NKさん】

 本稿は、NKさんの疾走感溢れる作品「プリンセスバランサー」シリーズpart 1 のside B storyになっております。まずは、本物からお楽しみください、すっごい面白いから、穂音の太鼓判ばんばん、大判焼きばんばん。

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 電車が急ブレーキをかけた。ちょうど、優子がメールを送信し終わった瞬間のことだった。
『智子、今ちょっと面白いもの見てる。座席の右と左の端にOL風の女性が座ってて。なんとおソロの黒髪ポニーテール、グリーンのワンピ、グリーンのバッグにグリーンのバレリーナシューズ。見分け方は右がグリーンのシュシュ、左が淡いピンク!』
 突然の空間と時間のきしみにだって、優子は耐えられる。彼女のあだ名はプリンセスバランサー。掌にほうきの柄を立てて、四十五秒くらいは平気。
 殆どの乗客が斜めになって、おっとっとなどと声をあげる中で、OL風の女性二人は涼しい顔をしている。ポニーテールを揺らすこともなく。
 二代目プリンセスバランサーの双子発見、と呟きかけると、スローモーションのように何かが床に転がるのが見える。
 あれは、睫毛まつげカーラー。
 ピンクのシュシュの女がさっとそれを拾い、グリーンのシュシュの女に渡す。
「ありがとうございます」
 グリーンのシュシュは表情が固い。蜃気楼みたいに立ち昇るサボテンのような刺々。急ブレーキに完璧なバランスをとったはずだったのに、睫毛カーラーを落としてしまったことを悔いているのだろうか。

 線路内に立ち入ろうとした男がいたらしい。プリンセスバランサーの動体視力は、線路脇で取り押さえられようとしている、妙ちくりんな髭の男を捉えていた。たまにドラマで見る何だっけ、そう、エルキュール・ポアロみたいな。
 間もなく、電車は動き始めた。
 優子は目を見張る。
 グリーンシュシュが右手のカーラーをカシャカシャしながらお洒落睫毛を作成し始めたのだ。何という絶妙のバランス感覚。二代目プリンセスバランサーの称号は、こちらに贈呈しようかしら。
 なんということもなしに、優子は数を数える。カシャカシャカシャ、四、五、六、七。十五まできた時、サボテン女は信じられないという表情で睫毛カーラーを見つめ、さらに速度を早めてゆく。
 カシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャ。
 もう睫毛とれちゃうよ。
 瞼が赤く腫れていくのが見える。
 痛みに耐えかねて優子はハンカチで自分の眼を覆う。
 あれ、カシャカシャが止まった。
 ハンカチをずらして前を見ると、ピンクのシュシュがサボテン女の右手を押さえていたのだった。
「いくらやってもスイッチは入らないわ」
 ピンクシュシュはバッグの中から睫毛カーラーを取り出して二、三回振ってみせてから仕舞う。
「さっきすり替えさせてもらったから」
 サボテン女の全身から棘が放たれていく。けれどもピンクシュシュは絶妙なバランスでその全てを避けてしまう。あ、やっぱり二代目はこっち。
「睫毛カーラーはスイッチ。十五回カシャカシャすると、あのひとに仕掛けた爆弾が爆発する仕組みだったのね」
「どうしてそれを」
 今にも枯れそうなサボテンが言う。
 ピンクシュシュはそれには応えず微笑む。
「とりあえず電車止めないと、って思って警部に頼んだのよ。線路に入り込んで電車に警察手帳をかざそうとしたみたい」
「計算ずくってこと」
 優子が思わず口に出すと、ピンクシュシュは照れたようにこちらを見た。
「あれは勢い」

「憎しみに支配されるの」
 とグリーンシュシュは言った。
「わかるわ。でもさっき、ずいぶん放出したのではないかしら」
 ピンクシュシュは、ポニーテールをほどいた。豊かな黒髪がウェーブを描いて広がった。
「これに替えてみて」
 淡いピンクのシュシュを差し出す。
「全身グリーンコーデをしたくなったら、それはあなたの危険信号。そんな時には、他の色をさしてみて。バランスを保ってくれると思うわ」

 女は右の第八肋骨を引き抜くと、グリーンシュシュと睫毛カーラーをしまい、飲むヨーグルトを取り出した。
「それから、これを飲むと良いのよ。警部はね、毎日ぶちまけてばかりで飲もうとしないの。だからいつまでたっても真っ白な脳細胞のまま」

 優子はスマホを見る。智子から返信が来ていたのに、気づかなかった。
『また変なもの見つけたねー! でも、グリーンシュシュの女性って、嫌な予感がするから関わらないで欲しいよ。アタシの予感は絶対だから。ピンクシュシュの方は大丈夫。っていうか、知り合いになりたい感じ』
 あ、そうなんだ、と辺りを見回したがもうどこにもいない。

 彼女の名は、名探偵コスティーナ。


<了>

  

 side A の本物はこっちですよ! NKさん、ご快諾ありがとうございます。


 きっかけを作ってくださったのは、やっぱり、あの方々でした。ありがとうございます。書いていてはちゃめちゃに、楽しかったです!