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moon river

      presented by  "ほのラジ”

新しいお月見「お月見コンテスト2021」三日月賞 受賞作品


第一章


 洞窟のようだなと思って歩いていると、前方に小さな灯りが見えた。地面は形や大きさがまばらな石を敷いたようにでこぼこしていた。この暗闇では油断すると転んでしまいそうだ。
 灯りのところまでくるとそれが松明だとわかる。その先からは暗い道を照らすように規則的に松明の灯りが続いていた。そして今いる場所がどうやら建物の中だと分かった。どこかの地下室か。灯りを頼りに歩みを進めていった。自分の影が石の壁に伸びているのが不気味に感じた。
 分厚い木の扉が開いている部屋があり、そこから光が漏れていた。
 誰かがいる気配。中の影が動く。物音がした。
 
 思い切って覗いてみると、サビ猫が神経質そうに大きな本のページをゆっくりめくっていた。
「中に入りなよ」と雄のサビ猫は静かに言った。その影は黒々としていて今から理不尽な事を言われるんだなという予感がした。
「君は例のアレを見てるよね」
 こちらが言葉に詰まっているとさらにサビ猫は続けた。
「アレは私たちの大好物でね。年に一回、必ず食べるようにしているんだけど、最近は中々手に入らなくなってしまった。というのも、アレが見える人間が年々減っているせいなんだよ。どうかな。アレを捕まえてきて私たちに譲ってくれないだろうか」
「アレというのはその、あの変な喋り方をする魚のような、あのグロテスクな生き物のことかな?」
「そう」
「捕まえるってどうやって?」
 サビ猫は面倒くさそうに後ろ足で耳の後ろを搔いた。そして少し怒りながら「わかりきった事を聞かないでくれ。これだから人間は…」
 言い終わらないうちに部屋の中の松明が一斉に消えて真っ暗闇になってしまった。
 暗闇の中で「約束したよ」と聞こえた。

 目覚めるとボートにいた。
 岸辺が見えない。大きな湖だろうか。
 そこには月と自分しかいなかった。
 静かな水面を覗くと知らない猫の顔が映っている。
 じっとこちらを見ている。まさかと思って自分の顔に触れてみると柔らかい毛に覆われている。大きな耳がぴくぴくと動く。長くて立派なヒゲもある。
 目の前の水面に小さな水泡がぷくっぷくっと上がってきて、何か生き物が呼吸しているんだなと思っていたが、その生物が水面に上がってきて何か喋り出すのはもうわかっていた。沈んでいく前に捕まえてさっきのサビ猫のところに持っていかなければならない。
 使命感がむくむくと湧いてきた。
 月が水面に浮かんだ小さな生き物をぬらぬらと照らしている。


第一章イラスト



第二章


 満月が空に、湖面に映えて、どちらが本物なのかよくわからぬ。
 面妖な魚のような生き物を探している。ぷくぷくと泡の見えるあの辺り。釣糸を垂れても、無駄なような気がする。浮かんできたところを掬いあげるしかあるまい。
 調子はどうかしらと声をかけられて振り向くと、舳に鴉がとまっている。ああ、まあ、まあです。羽音ひとつしない。あのう、あなたは、夜なのに平気なんですか、その、鳥眼って言うじゃありませんか。鴉は忍び声で笑う、色々ありますから。
 宅の猫に名前が付きまして、祝いの儀式をしますの。その席に、どうしてもあの方が必要なのです。名前が付いたっていうのは、すごいことですから、お分かりですわね、言葉の重さというもの。
 ああ、はあ、あの方、ですか。アレは猫の好物だとばかり思っていたのですが。
 鴉の顔に冷笑が浮かんだ。
 あのう。
 話しかけようとした刹那、しゅううう、と鴉は崩れはじめ、黒い犬に姿を変えた。それは音もなく湖へ飛び込み、ぷくぷくの描く同心円にすう、と近づいて共に泳ぎ去った。
 

 驚かれないのでございますね。隣に白い犬が座っている。ああ、まあ、そんなもんかなと思いまして。左様でございますか。申し遅れましたわたくしは、先のものと共に、準備をしているところでございます。ああ、猫さんに名前が付いたんですよね、おめでとうございます。
 あのう。先ほどの方は鴉なのですか、それとも犬。
 犬の顔に微笑が浮かんだ。
 貴方様はいかがでございますか。人間、それとも。
 自分の顔を湖面に写してみる。大きな耳、ぴーんとのびたひげ。
 儀式が終わりましたら、あの方にはこちらへお戻りいただきますので、ご安心のほどを。
 犬は音もなく湖へ飛び込み、すう、と月を咥え泳ぎ去った。

 今夜は月蝕。


第二章イラスト


第三章


 幼いころ寝る前に蚊帳の中で祖母がしてくれる話はどこか不思議で面白かった。怖いけど続きが気になってしまう。
 祖母自身が実際に体験した話だと言っていたが、今ではちょっとそれは信じ難い類のものばかりだと思っている。
 しかし、全て祖母の創作した話だとすると、じゃあ祖母はいったいどこから「話の種」みたいなものを仕入れたのだろうと思わずにはいられない。

 この話もまたそんな話の一つだった。
「ばあちゃん、どこまで話して聞かせたっけかね? ああ、そうだそうだ。人間が猫になったり、カラスが黒い犬になったり、白い犬が水に映った月を咥えて持ち去ったりしたとこまでだったよなぁ」
「ばぁば?」
「なんだぇな」
「水に映った月は持っていけないでしょ? 」
「それがよぉ、出来るからおっかねぇべしょ。犬が水から月を持っていっちまったらよぉ。月が消えちまって、真っ暗で何にも見えへねえ。いやーみんな夜になると困って仕方なかっただ。そんでもよぉ、すぐに返しに来たから良かったべしね」

 祖母の話はここで終わる。

 
 そして先日、私は「月を返す犬」という映画を見て驚愕した。

 その夜は寝付けないままに、深夜の映画番組を見ていたのだった。古い名画を放映するやつだ。
 いざ、はじまる、という段になって画面が乱れた。昨今では珍しいことだな、と思ってテレビをつけたり消したりしていると、すぐにノイズは消えた。
 聞いたこともないタイトルだったが、どうやらドキュメンタリーのようだ。「阿無衣(あむころも)」と言う縄文詩人の、ええ、縄文? そう、縄文詩人の直筆と思われる文書が発見されるまでの記録映画。ええ、縄文時代に文字? 文書? 
 そんなことってあるのだろうか。

 文書は山奥の湖の畔にひっそりと佇む、小さな社から発見されたのだという。
 ぼろぼろの紙に書きつけられたのは、漢詩のようだ。視聴者のために、字幕が供される。

魚語リテ世界ヲ憂フ
猫此レヲ得ントス
鴉ノ大羽根ハ黒犬トナリ
魚ヲ敬イテ宴ニ招カム
白犬湖中ニアリテ月ヲ呑ム
闇夜ニ祈リ捧グレバ 
犬即チ月ヲ返サム

「ばぁば…」
 思わず口をついて出ていた。

 その社を訪ねてみよう。
 翌日、テレビ局に電話をしてみた。
「いやあの、ちょっと何おっしゃってるのか良くわからないんですけれども。その時間は、『ティファニーで朝食を』を放映しましたよ。ご存知でしょ、あの『Moon River』のアレです」

 ぐるぐると目が回り出した。
 ここはどこだ。
 洞窟のようだなと思って歩いていると、前方に小さな灯りが見えた。
「中に入りなよ」
 と、雄のサビ猫は静かに言った。


第三章イラスト







<了>


 わたしたちは ”ほのラジ” です。ちょっと不思議な小説を書いて楽しむのを身上としております。


穂音(ほのん): 文、曲 担当


ぼんやりRADIO: 文、イラスト 担当



こちらの「お月見コンテスト」に参加希望です。

どうぞよろしくお願い致します。

追記

ぼんやりRADIOさんが、楽屋話をお書きになりました。ほのラジに興味を持ってくださりありがとうございます。ようこそ、いらっしゃいました。






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穂音(ほのん)
お気持ちありがとうございます。お犬に無添加のオヤツを買ってやります。